夢見たように
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「何か、ほしいものはある?」 いつにも増して優しげな顔で、クレイがわたしに聞いた。 みすず旅館の二階の自室。 部屋には二人だけしかいなくて、いつもなら隣から聞こえてくる喧騒もない静かなひと時。 「心を」 悩む間もなく、そんなことを答えていた。 「心?」 「クレイの真心を、わたしにください」 突拍子もない自分の言葉に驚くことはなかった。 クレイも少しも驚いてはいないようだった。 そして、その顔に微笑が広がっていった。 そこで、目が覚めた。 起きた早々に自分の顔が赤くなったことを自覚する。 でも、照れたというよりは自分に呆れたと言ったほうが正確かもしれない。 こんな夢、今までは一度も見たことがなかったのに。 隣で眠るルーミィとシロちゃんを起こさないように、そっとベッドから抜け出した。 顔でも洗ってこよう。 井戸でばしゃばしゃと顔を洗っているうちに、どうしてあんな夢を見たのかがわかった ような気がした。 昨日、トラップとキットンに誕生日プレゼントは何がいいのか聞かれたからだ。 わたしの誕生日まで後数日。 だけど、二人ともまだプレゼントを用意していないらしい。 女性に縁がないわけではない二人だから、何を贈ろうか決まらないのじゃなくて、たぶん 考えるのがめんどくさかったんだと思う。 「別になくてもいいよ。パーティだけでも嬉しいし」 「そうだよな」 「そうですよねぇ」 「おい、お前ら」 トラップとキットンが深く頷いていると、クレイから声がかかった。 「せっかくの誕生日なんだから、お祝いくらい用意してやれよ。好みが良くわからないって 言っても、もう何年も一緒にいるんだから少しはわかるだろ」 「けどなぁ。どうせ金を使うなら好きなもんの方がいいだろ」 「しまい込まれてそれっきり蓋も開けないようなものを贈っても仕方がないですしね」 あれ? ちゃんと考えてくれてるんだ。 それがちょっと意外で、なんだか嬉しかった。 「ガキじゃねぇんだから、開けてびっくりってのがないとつまんねぇとか言わないだろ?」 「言わないけど」 「パステルはほしいものとかないんですか?」 キットンのこの言葉と、このときのやり取りが記憶に残ってたんだ。 少し考えてから、もうすぐ家もできるってことで、どーしても手元に置いておきたい本と、 原稿を書くのに使うペンとインクを頼んだんだよね。 それにしても、聞いてないクレイが夢に出てくるなんて。 しかも、わたしの返事が…。 また、頬が赤く染まりそうだったら、熱を冷ますためにちょっと村を歩いた。 だけど、熱はなかなか引きそうになかった。 旅館に戻って階段を上がると、部屋から出てきたクレイとばったり顔を合わせた。 歩き回って冷めたはずの熱が、また顔に集中しそうになる。 「お、おはよう、クレイ」 「…おはよう。どうかしたのか?」 「全然。どうもしないよ」 不自然に顔を見ないままで、そそくさと自分の部屋に戻ろうとした。 「猪鹿亭には行ったのか?」 「ううん。これから」 「なら、一緒に行こうぜ」 「ルーミィとシロちゃんを起こして行くから、先に行ってて」 バタンッと戸を閉めて、やっと一息がつけた。 クレイに会わなかったら、忘れられたかもしれないのに。 妙に鮮明に残るクレイの笑顔が、頭に焼き付いてしまったようだった。 微妙な気まずさを保ったまま、わたしの誕生日を迎えた。 まだパーティがはじまる前、にぎやかだった部屋から、一人、また一人と準備があるから とか、用があるからとかで出て行った。 そして、残ったのはわたしとクレイだけ。 夕暮れ前のこの時間、クレイと二人きりになるこの時を、わたしはなぜだか知っていた。 どこかで経験したことのある光景だ。 それはたぶん、いつかの記憶かもしれない。 シルバーリーブに定着して、みすず旅館に泊まることが多くなってからの歳月は、決して 短いものではないのだから。 だけど。 「何か、ほしいものはある?」 記憶にない実体験ではなく、それは夢で出会った光景だった。 ずっと気にかかっていた、数日前の夢。 同じ言葉を、クレイは告げた。 わたしは、夢と同じ言葉を返しはしなかった。 正夢ではないかもしれなかったから。 でも、告げた言葉と同じだけの想いを込めて、クレイを見つめた。 なぜ、あんな夢を見たのか。 その理由は、わかりきっていた。 理由がなければ、あんな夢は見ないのだから。 夢に登場したのは、他の誰でもないクレイだった。 クレイ以外の誰も、登場するはずがない。 鳶色の瞳を、見つめ続ける。 クレイもじっと、わたしを見返していた。 夢の中では、心をほしがった。 だけど、ほしいのは心だけじゃない。 わたしを見つめ返す視線も、あたたかな手も、全て。 だから、クレイの手が頬に触れたとき、わたしは驚きはしなかった。 ごく自然に、目を閉じた。 END |