ゆき。


 荒涼とした大地。
 対に見えるは、新緑を湛えた都市。
 ふたりの少女が、ここ。マーズホープ市の公園のベンチで、会話を弾ませていた。
「この文字なんだけど…」
 身長の大きいほうの少女、が左腕を見せる。そこには、『ギア』と呼ばれる機械があった。
 『ギア』と言うのは、簡単に言うと。記憶装置、リモートコントローラーを兼ねる、政府が送る生活必需品である。
 この区域の殆どの機械は、このギアの入力装置により作動する。その為に修理も税金で賄われ、1人につき2つ与えられる。
 このギアの使い道は入力装置に終わらず。個人の情報を管理、整理、新たに得た情報の追加入力など情報面でも多岐にわたる。
 また、DNA鑑定、血圧などによる完全なプライバシーの保護により、このギアは所持者以外の入力は、
使用者の危機的状況(エマージェンシー状態)のみとなる機械だ。
 そのリョウのギアには、新たに買った古語の辞書ツールから得た情報が映し出されていた。
「この文字なんだけど…」
 呆けていたためか、リョウのその言葉が聞こえていなかったようなので、さらに聞く。
 そのリョウの友達。身長の低い方の少女、サリサは、遅ればせながらも、リョウのギアを覗いた。
「『ゆき』ってよむのかな?」
 そのサリサの問いに、リョウはギアの画面に映し出されているボタンに触れた。
 ギアは無機質かつ、流暢な言葉で「ゆき。」と話す。
「うん、『ゆき』で良いみたい」
 サリサはギアに映し出された『ゆき』の解説を見た。
 細かに写し出されてはいない、ただ、その雪の説明がほんの少し、触れる程度で説明されていた。
 しばらくギアを覗かせる。サリサはやや窮屈そうに説明を読む。
 彼女の傍らにはサポートと呼ばれる板状の機械がある。この2人、同じ年ながら身長が10cm以上違う。
これでいて2人とも平均身長と大して変わらない。この差はその「板状の機械」が大きく関係する。
 身長の大きいリョウはサポートなど一切使わない、これは身体的にまったく必要としないからだ。
サポートというのは身体能力が極端に落ちた人類のため、生活を補助するための機械だ。先程の板状の機械は、
歩行が困難な者の為のサポート。無重力に近い重力の地場を作り出し、空気圧により移動する。サリサはこの他、
聴力のサポートを使っている。
 これは別段珍しくなく、普通の1つ2つぐらいのサポートを使っていた。
 はっきり言うと、リョウの一つも使わないほうが、珍しい。
 一息ついたサリサは、顔を上げる。
「ねぇ。『ゆき』、見たいと思わない?」
 顔を上げた彼女に尋ねるその瞳は、好奇心でイッパイだ。
「白くて小さいものか…」
「きれいだと思うよ。あたし達、生れてから晴れと雨以外の天候って見たことある?」
天候が動かせるようになって1世紀以上。この時代、雪は大災害のひとつには間違い無かった。
「バイオチップが降って来ると思えば良いのかな?」
「薬なんかに使われるものと、いっしょにしないほうがいいと思う…」
 有機物質で造られた、情報処理の物体に例えられるとは心外だ。
 そんなもんかなと思い、白くて小さいものを他に思い浮かべるもどうもピンとこない。「サリサ、見たいと思わない?」
「でも、この星じゃあもう見れないでしょ。都市は全部天候の操作されてるし」
「だから、マザー(地球)なら見れると思うよ」
少々考える。この町から天候操作されていない区域への道のりのことだ。
「ここからマザーまでは大して旅費はかからない。でも、まだ天候操作もしてないような場所に行くのにどれだけの旅費が必要と思う?」
 リョウは首をかしげた。軽く計算するが、簡単にその答えが出た。
「学生の身分じゃあ、とてもじゃないけど行けないよね」
 落胆の色はさすがに隠せない。
 しょうがないと思いつつも、やはり見てみたいものがあった。
 まあ、来年の卒業後の楽しみがまた増えただけだ。
 リョウはギアを操作して、自分の所持金と貯金残高を見るが、やはりだめらしい。残念そうに俯いた。
「でも」とサリサが切り出す。「ギア用のデータファイルでも、もっと詳しい情報データがあるんじゃないの」
 それは思わぬ盲点だった。はっと顔をあげ、俯き下を見ていた瞳を輝かせた。
 いくら月では起こらぬ天候でも、マザーでは実際今でもあるという。この辞書データよりも、もっと詳しい『ゆき』のデータが在ってもおかしくは無かった。
 好奇心というのは強いものである。思い立ったその瞬間ふたりは顔を見合わせ、ベンチから離れる準備を急ぐ。
 サリサはやれやれと言った感じだが、手馴れた手つきでギアを操作し、サポートを呼び出す。
歩行サポート使用者のことも考えられたベンチだけに、ベンチからサポートへの移動は、スムーズに進むが、
そこはサポートを使っていないリョウとサリサの差が出る。ただ地面に足を着けるだけのリョウは、少しの時間がもどかしい、
と同時に羨ましくもあった。
 やはり、サポートを使えるのは羨ましい。自分の足で動かなければならないリョウは、歩行用サポートが便利に見えて仕方が無かった。
「サリサ、サポートにあたしも乗っけて」
「自分で歩けるのに何言う」そう返す。
 サリサにしてみれば、リョウのサポートなしで動けるのが羨ましかった。増してリョウは走ることが出来る。今の世の中、
走れるというだけで、プロスポーツ選手としてのスカウトがくる時代だ。リョウにしてみればスポーツなんかは興味が無いが、
サリサはスポーツ観戦が好きで、自分もやりたくてたまらない。
結局は、どっちもその『足』が羨ましいのだ。


 しかし、その『ゆき』のデータは見つからなかった。
 大型店などに行っても見つからず。ギアデータ専門店に行っても見つからない。
 専門店の店員曰く、「ウチみたいな専門店で、マザーの関係に強い所でも行かないと、気象災害の詳しいデータなんてないよ」とのこと。
 リョウはいろいろなギアデータの店を知っているが。みんな中世時代以降の歴史・くらし関係などデータが置いてあるところだ。
 やはり、趣味のものには強いが、趣味に似て否なるものには疎い。
 日が落ちる頃。サリサはいつもどおり、リョウはがっかりしながら、二人はそれぞれの家に帰った。


「ただいま」
 家のドアを開け、リョウは帰宅の挨拶をした。けど、この時間は誰も居ない。
 父親は死去し、母親は仕事だ。
 母が稼ぎ、父が家事をする。2世紀前だと、仕事は男、女は家事が当たり前だったらしい。今、 リョウの知っている限りではそんなことはない。結婚や同棲をすると、向いているほうが仕事、向いているほうが家事だ。
 母は仕事、父は家事。昔からそういった環境のため、父の死去は家計には殆ど響かなかったが、リョウの仕事が増えた。
家事がリョウの仕事としてついたのだ。
 だが、リョウにはそれよりも怖かったものがある。
 リョウのサポートを使わないのは、父の遺伝なのだ。
 父親は一切のサポートを使わず。母は聴力、視力のサポートを使用している。
「サポートを使わない人でも、寿命は大して変わらない。それどころか、お父さんは早くに死んじゃった」
 自分も早死にするかもしれない。
 サポートを使っていたほうが、長生きできるのかもしれない。
 まだ、私はやりたい事が見つからないのに…。
 まだ、自分の夢が分からないのに。
 リョウは、ドライイート(水分を完全に抜き取った後の、安価の食品。月では、水は貴重品なので食物から水分を抜き取り。
水を生成する事が多々ある。その水分を抜き取られた食品は政府の推奨を受け、税を一切かからない)
の袋を開け、口に放りこむ。やっぱり、ドライイートの食品は味が落ちると思いつつ、自分だけならこれだけで良いやと思う。
 料理する時間より、今は、インターネットの世界に入るほうが先決だ。
「『ゆき。』に関することなら、今は何でも知りたい」好奇心でいっぱいだった。

「リョウちゃんはやっぱり遅刻か」
 ギアの時刻がそう指していた。
 義務教育の自宅学習は廃止され、学校という設備が出来て、そんなに日が経っていない。
リョウの様に自分の時間を何よりも大切にする人が、自分の興味が無いことを教わりにくると言うだけで、
リョウは遅刻を良くするであろう事は目に見える。まして昨日の様子だと、ついさっきの時間まで情報収集に明け暮れていることも、
予測が出来た。いや、今も情報収集をしている可能性もある。
 そんな状況での遅刻はわかりきっていた。
 ショートホームルームが終わり、1時限が始まってもまだ来ない。
 これは寝てるかな?
 サリサはそう予感せざるをえず、落胆した。


「遅い」
 二時限目と三時限目の間に、リョウは学校へ来た。
「ごめんなさい」
「一、二時限目のデータはこれに保存してあるから」
 呆れつつも、サリサはリョウのことを気遣っているようだ、顔色や体調を見ながらスティック状のファイルを渡した。
「サンクス」
 軽く御礼を言うと、早速ギアにデータを入れる作業を始めた。軽快にギアを操作し。たいした量ではないデータをインプットする。
「寝不足…。じゃあないみたいね」
「さっきまで寝てたから」
 少し照れつつ言ったその一言で、寝始めた時間の見当がつくだけに怖い。多分学校が始まる少し前か、始まった後であろうことが。
ちなみに、リョウの場合スケジュールをつめると、1、2時間寝れば充分らしい。
 サリサもリョウの調べている『ゆき』が気になっているらしい、早速リョウにその事を聞き始めた。 三限目が始まる直前と言うのも忘れて。

「これから今日はデータ探しに行くの?」
 放課後になって直に、サリサはリョウに聞いた。
 今すぐにでも飛び出しそうなリョウに付いていく為だ。
 リョウに走られたら、とてもではないがサポートの普段の推進力では、追いつけない。
「あ、うん。サリサも行く?」
「興味があるからね」
 二人で学校を出ると、早速ギアに最初から入っているこの、月で最初にできた町「マーズホープ」の地図を開いた。2人ともだ。
 昨日回れなかったデータショップを回るためだ。
「ここから一番近い、まだ行っていない店は…」
「ねえねえ、ここ行こうよ」
 ギア内の店をマークして、宙にデータを映し出した。
 サリサは自分のギアからその宙に投影した情報を見る。
「ここから一番近い店ね」
 リョウは元気にうなずく
「それじゃあ、行きましょ」
 基本的には、サポート未使用者とサポートの時速は同じぐらいだ、2人とも普通に移動をしていれば、
どちらかがその速度に合わせると言う事は無い。リョウは焦るばかりで、思わずサリサを何度か置いていきそうになりながらも、
目標の店に着いた。
 ロボットの店番が2人を察知し、挨拶をする。
 2人は、手分けして店内を探すことにした。
 店に人間が居ない所は良くある。大型店や、趣味で個人経営している所以外の殆どが無人なのだ。
「マザー関連は・・・」
 声を出しながら探すリョウに比べ、サリサは静かに探す。
 日ごろ手馴れているだけ、リョウのほうが探すのは早い。リョウは災害の棚を見つけ、騒ぎはしなかったが大いに喜んだ。
 早速、ギアを使いサリサを呼ぶ。ちなみに、ギアに通信機能をつけるのは法律違反である。
 リョウは、サリサが来たのを確かめてから、再び『ゆき』についてのデータファイルを探し始めた。
「あったっ」
 リョウはそう言うと、ひとつのデータファイルを手にとった。
『気象災害ファイルヴォリューム3「snow」』
「リョウちゃん、『ゆき』じゃないよ」
 ぼそりと、眉間にしわを寄せつつ言う。
「えっと、『ゆき』は、日本語なんだって。英語だと『snow』」
「あたし、そんなの聞いてないけど」
「あれ、言ってなかったっけ?」 
 まったくこの子は。と、半ば呆れつつ、いつもの事と大して気にしない。
 その、データファイルの値段の高さに驚きつつも
(リョウは、趣味のことなのでよく、辞書データや資料データなどのデータファイルを買うが、そういったファイルの中で高価だった。)
、喜んで買った。
 そして、郊外にある、いつもの公園のベンチに座り。早速ギアにデータファイルを読み込ませる。
 ベンチの背もたれの後ろは、人口大気のない、荒涼とした大地が続く。
「だけど、よくあんな店にあったね」
 『ゆき』のデータのことだ。サリサは殆ど人の出入りのない小さな店にあったことを、言っている。
「あたしも、驚いた」素直な感想を言いつつ、読み込まれたデータを開く。
 開かれた目次欄を見る
 『ゆき』のシステムや、災害例、そして、『ゆき』によっての自然現象などの項目。
 目次には項目の簡単な説明書きと共に、映像が流れていた。
 一面白く覆われた草原、そこに舞い降りる白くやさしい綿のような『ゆき』。
 草原の奥には輝きつつも、飾られ、静かに佇む透明な樹木。
 その、雪の映像のきれいさに、二人は見惚れた。
 顔を見合わせ、上のほうから項目を見ていく。
 大雪による災害は、被害の大きいこと。
 今でも、マザーには一年中雪に覆われた地が極僅かにあること。
 そして、雪の影響による自然現象の美しさ。
 そして、ふたりは知った。今この一番近くで動いている。天候操作装置で、雪を降らせることも事実上可能なことも。


 リョウは帰路につきながら耽った。
 『この町に、うっすらでもいい。あの一面白の世界なったらどんな風なのだろうか』と。


 林立する居住スペースや商店街が並ぶビル。されど、広く取られた緑の地。交通は整備され、不自由のないように区画され、
誰もが快適な気温の中。天候操作装置の中で人工大気の中だけとはいえ、新鮮な空気が絶え間なく、満ちている。
『我々人類が初めて地球以外の星に都市を作るんだ、これ以上にない都市を造ろうではないか』
 そんなコンセプトの中、造られたのが「マーズホープ」。
『月にあるのになんで、マーズ(火星)なの?』お父さんに尋ねた。
『それはね、火星への挑戦状なんだよ』少し考えた後に答えた。
『ちょうせんじょう?』小さな女の子は不思議そうに言う
『そう、月だけでなく、今度は火星にも町を造ってやる。待ってろよ、火星』笑顔で、元気よく。
『へんなの。まだ月にだって、そんなに町多くないじゃん』自慢気だ。
『そうだね。でも、この町を造った人たちは、我慢できなかったんだよ』やさしく。
 お父さんは笑って答えた。
 そんな、この町に、雪が降ったら。
 美しい樹氷や、白に統一された草原。そして何より、雪景色に彩られた何年も前の大都市の映像を、思い出した。
 ゆきを降らせて見たい。


「ねえ、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「この町が、『ゆき』に覆われたら綺麗かなあ?」
「この町って・・・」
 あっけらかんと言うリョウに対し絶句した。
「マーズホープだよ」
 上の空で、人の顔も見ずに、質問の内容だけを答える。
「わかってるよ」
 いくらなんでも、学校の中で話す内容ではない。
 この話の主旨がわかっている分だけに、『今日の晩御飯は何?』と尋ねるようにいうリョウが怖いと思う。
 リョウはギアをいじり、もう時期くるギアのメンテナンスに備え、通信機器をはずしていた。
「ほら、『ゆき』、綺麗だったじゃない。実際で見たいよ」
「あんた、何言ってるかわかってる?」
「うん。『ゆき』が降ったら、交通機関、この町でも麻痺するよね」
 電話をはずし終えたリョウは、はずした後のギアの点検をしていた。
「それに、天候操作なんてやらなくても、マザーでも見れるじゃない」
「マザーの気候操作ができてない場所に行くのって、お金かかるじゃない、それに・・・」
「それに?」
「この町に降らせたい」
 サリサにはわかる、お金や時間のことじゃないのだと。リョウは純粋にこの町に『ゆき』を降らせたいのだと。
 そして、その『ゆき』の中の光景を見たいのだと。
「一応言うよ」
 わかってる、そんな言葉、無力だって。今のリョウには何の意味もない言葉だって。
「なに?」
 でも、言わなければ。
「お願いだから、そんなことは止めようよ」
 でも、わかってる。私のこころも。
 リョウの答えは、いま。新しい時限が来たという知らせで、遮られた。
 ただ、微笑かえして。


 その日の最後の授業が終わるまで、リョウはギアの操作をしていた。
 一見すると、まじめに授業を受けている様にしか見えないのか。誰にも注意をされずに。
 そして放課後。
「リョウ、大事な話がある」
「どうしたの?」
「ここじゃあ言い辛いから、いつものベンチでね」
「うん、わかった」
 リョウはギアをずっと操作していた。ベンチに着くと、操作を打ち切る。
「本当にやるの?」
「え。なにを?」
「天候の操作」
「ああ、あれね。やるよ」
 さらっと、いう。
「本気でとめるよ」
「そっか」
「いつやるつもり?」
 上を見て考える。
「この子が帰ってきた次の日かな」
 今使っているギアを、撫でる。
「メンテ終わった後って、調子いいじゃない」
 確かに、だけど。それは明々後日と言っていると同じ。
 だって、今日そのギアをメンテナンスに出すつもりみたいだから。
「どうやって天候操作するつもり?」
「えっと。まずは、気象庁にいって、『ゆき』の事聞く」
「そこで、明日でもいいから『ゆき』にして下さいとでも言うの?」
「そのあと、マザーコンピュータにアクセスする」
 少しおき。
「どうしても、『ゆき』にしてくれないって、言うんなら、自分で、マザーコンピュータまで行くかな」
「つまり、マザーコンピュータに介入するつもり?」
「そんなの無理だよ。あたし、素人だもん。気象庁のマザーコンピュータに、アクセスするなんて」
「庁内に入り込むつもり?」
「そうだね。進入防止のパスコードとかなら何とかなるし」
「そんなのできると思う?」
「そうだね、できる・・・かな。」
「警備員とか、ガードロボは?」
「見つからないようにする」
 現実にできることを使って、気象庁に侵入するつもりらしい。
 現実味を帯びつつ、絵空事を語る親友。
 この子なら本当に、パスコードとかを破っていきかねない。
 そして、確かに親友ならマザーコンピュータへ、外のパソコンからの介入の手段は取れるほどの実力も無い。
 そんな微妙な状態の彼女。そして、それを実行するだろう。
 きっと、侵入経路とかはもう調べてある。
 止めないと、本当に犯罪者になる。
「あ、そうだ、ママには内緒にね。ばれると煩いから」
「リョウ、私も止めるよ」
「サリサには無理だよ」
 にこやかに。
「だって」
 はっきりと。
「サリサも。この町の、『ゆき』に埋もれた景色、見たいんだから」
 本当のことをいった。

 とめなきゃ、とめなきゃ、とめなきゃ、とめなきゃ、とめなきゃ。
 あたしが止めないといけないのに。
 ・・・。
一人ぼっちだった。
 あたしの家は共働き。
 調理器があるから、あたしは料理をしなくていい。
 洗浄機があるから、あたしは洗濯をしなくていい。
 掃除機があるから、あたしは掃除をしなくていい。
 いつも、あたしは人に頼ることをしなかった。
 いつも、あたしは人に頼られる事がなかった。
 でも、機械には頼っていた。
 サポート。
 ギア。
 家庭用自動機械。
 両親は、働いてたし。
 あたしは、人見知りだった。
 そんなある日。走っているあたしよりも背の高い子が、私の前で転んだ。
 人見知りで、人への関心が殆ど無かったけど、あたしが手当てをした。
 あたしより、元気な子が転んだのが興味を引いた。
 そして、単なる気まぐれだった。
 その日を境にその子は、あたしを頼るようになった。
 頼られも、頼りもしなかったあたし。
 あたしも、この子がいると、自分がちゃんと生きていることを実感した。
 その子の名前はリョウ。
 だから、あたしはその子とは話もしたし、遊びもした。
 やがてその子は、あたしと対等に付き合うようになった。
 だから、あたしが止めないとなのに。
 あたしの大切な親友だから止めないとなのに。
 いま、止めたくない
 いま、一緒に行きたいと思っている。


 明々後日。
 学校帰り。
 放課後に。
 リョウは、今日、気象庁にいくと私に告げた。
「私も、行くよ」


 リョウは、気象庁に入ると、すぐに案内板を見た。
 相談センターを調べると、二階に上がる。
 『ゆき』の事について教えてほしいと、受付に話す。
「ゆき?」
 かわいらしい受付の人は首をかしげる。
「すいません『snow』です。」
 サリサは訂正をした。
 ああ、それね。といった感じで。こう答える。一応名前ぐらいは知っているらしい。
「どんなことでしょう。」
「詳しく知りたいんです」
 リョウはすぐさま答えた。
 詳しい人がいると、受付の人は、他の人を呼んだ。
 少し待つと、正装の男性が来る。リョウ達が『ゆき』のことを聞きたい人たちかを確かめ。席を設けた。
 詳しく聞けば聞くほど、サリサは『ゆき』をこの町に降らせたくなる。
 そして、リョウは言った。
「この町に、『ゆき』、降らさせてくれませんか?」


 やんわりと断られ。降らせた後どうなるかという重大さも、教えられた。
 交通の麻痺。
 それは想像してたいが、さほどでもない。
 気温の調整。
 これは、いつも適温にしてあるこの町の気温が狂うということ。
 それによる死者も考えられる。これはオーバーではないかとも思う。
 植物への影響。
 一時的に気温、降水量、湿度が狂うために、一部の植物はあっという間に枯れたりする。
 人体への影響。
 気温の低下により、体力が落ち抵抗力が落ちるため、病気になることが考えられる。
 さらに、気候制御ができなかったときの時代の、冬というおもに『ゆき』が降った頃の季節には、 体が弱った人が亡くなりやすいということも教えられた。
 サリサは、事の重大さが思ったよりも大きいことに驚いたが、『ゆき』を見たいという気持ちは、変わらなかった。


「いこう、サリサ。『ゆき』を見に」
 夕方、まだ日は隠れていない。
 従業員出入り口に行き、何もためらわずに入る。
 出入りが激しいのではと思った日中だが、まったく人がいない。
 その後、トイレの横にあるドアの前に立つ。
 ナンバーロックの電子鍵を、リョウはいじる。
「これかぁ、めんどくさいんだよね」
 リョウはおどけるも。簡単そうに開けた。
 中は倉庫らしい。
 コンピュータ用のデータとギア用のデータがいっぱいある。
 リョウは目を輝かせながら物色をした。
 ちなみに、明りは点けていない。
 サリサは、こんな所に居て良いのか思うが、このことに関してはリョウにすべて任してある。
「リョウちゃん。こんな所に居ていいの?」
 あまりにもこの場所から動かないリョウに聞く。
「ああ、大丈夫だよ。この倉庫が使われることは本当に極たまにだから」
 そうに言うと、先程からやっている。データの読み込みを再開した。ちなみに読み込んでいるのは、ギア用ではない。
 あんた、それ、データ泥棒だよ。
 公のデータを無断で閲覧および、読み込みは犯罪だ。
 一通り、データを収集した後。リョウはギアを見た。時間を見ているらしい。
 サリサもサリサで、データの種類を見ていたが、どれをとってもサリサには興味がないものばかり。
 飽きてきたために、休憩用のものか椅子に座り、歩行用サポートの手入れをしていた。
「サリサ、そろそろ出るよ」
 無言でうなずくと、サポートの手入れを終え。歩行用サポートを動かした。
 リョウはサリサにドライイートを渡すと、倉庫のドアを開けた。
 見事なまでに誰も居ない。
 サリサが倉庫から出たのを確かめて、非常階段の前に良く。
 いや、非常階段がある少し前で、何かの作業をしていた。
 何かあったのかと、サリサが近づくと、リョウは静止した。
「監視カメラがあるの、旧式に近いからか、画面の投影だけだけどね。めんどくさいから、偽物の映像を流すの」
「ねえ、それじゃあ、今までの道のり誰かに監視されてたんじゃないの?」
「ああ、大丈夫大丈夫。先に、その部分は止めておいたから」
 マイペースなのかそれとも計画的な行動なのか、よく判らない行動をとる。
 偽者映像の投影が始まると、リョウは階段を登り始めた。
 リョウはゆっくりと登る、サリサはサポートに段差が激しい時の仕様に変えてから、登る。
「えっと、14階」
「14階?」
「そう、そこにマザーコンピュータがあるコンピュータルームに入るための鍵があるの」
「どうしてそんなに詳しいの?」
「ああ、おととい調べたの」
「いったいどうやって調べたのやら」
「チャットで話してただけだよ」
「その、教えてくれた人もすごいわ」
 長く暗い階段を使い14階まで上がると、サリサはいったんリョウに停まる様に言われる。
「ちょっと、行って来るね」
「私はだめなの?」
「警備員室に行く道の途中にあるの」
 「危ないんじゃ」
「うん、だから、走ることができるあたしだけが行くんでしょ」
 そう言うと、リョウは走り始めた。絨毯が敷いてあるため、走っても殆ど足音がない。多分、靴のほうにも細工がしてあるのだろう。
 警備員室の前に来ると、いったん止まった。
 鏡を使い、中からは見えない、外からは見えるといった風に鏡を見る。
 警備員は今一人。
 リョウはサリサに嘘を言った。
 キールーム、コンピュータ室の鍵は、警備員室の中にあるのだ。決して、他の場所に保管されているのではない。
 ポケットから、ちょっとした機械を取り出す。
 なんてことはない、テレビだ。
 先ほど非常階段の前で、偽物を写すときに使った物。宙に映像を投影する、興味があって高価だが買ってしまった。
 ゴーグルタイプでは一人しか映像を見られないが、使用者以外でもこの映像を見れる。
 このテレビには、ビデオが付けられていた。
 ビデオの再生と、テレビの電源を同時に付ける。
 すると、監視カメラの一台の映像が変わった。いや、正確にはそのディスプレイに重ねて、成人男性が歩く姿が映し出されたのだ。
 中の警備員が気づく。
 照明装置をつけ、慌てて警備員室から飛び出していった。ガードロボに指令を出すには起動に時間がかかる。
怠けてガードロボの起動をしていなかったのだ、遠隔でも、動くまでには時間がかかる。仕方なく本人が出て行くしかないのだ。
それをリョウは知っていた、何時もそうなのだと。
 廊下を走り、リョウが来た方向と逆のほうへと行くのを見て、ほう、と安堵のため息をついく。
 オートロックのドアーを開け。鍵のかけてある場所へと向かっていき…。
 メインコンピュータルーム。
 その下にあるカードキーをとる。
更にもうひとつ、コンピュータを弄るとリョウは、テレビを消し。サリサの元へと走った。

「次の階へ行くよ」
 息を切らせつつ、リョウはそう言うと、階段をゆっくりと登り始めた。
 サリサが次の階はどこと聞くと。「22」と短く答えた。

 『22』
 ここが何階かを示すプレートを確かめて、ふたりは階段にどちらからでもなく腰を降ろす。
 なぜか思わず笑いがこみ上げてくる。ふたり同時にだ。
 くすくすと声をかみ殺して笑っていたふたりは、一息つく。
「もう少しだね」
 サリサが話し掛ける。
 この階が最上階、気象庁のビルは、この上は屋上なのだ。
 マーズホープの建物としてはかなり背の低いビルだ。気象庁が管轄をしている事しかこのビルにはないので、
この建物だけでギリギリではあるが今は済んでいる。
 22階。
 この上はもう屋上だ。
 行こう、サリサ。
 目でそう合図すると、サリサはサポートに乗る準備をはじめる。
 さぁ、行こう。私たちの見たい、白の町を創りに。
 すべてを綺麗なものに。あの美しい光景を見に。思い出の帰る町を見に。

 『メインコンピュータルーム』
 この部屋に気象庁のマザーコンピュータがある。
 カードリーダ-に、カードキーを通らす。
 パスワードを文字で請求さる。リョウは自分のギアからケーブルを延ばすと、カードリーダーにそのケーブルの端末を触れさす。
サリサに、簡単な指示を与えると、サリサはエマージェンシー(緊急)状態になっているリョウのギアを操作する。
エマージェンシー状態ではない限り、使用者以外のあらゆる指令に答えないからだ、メンテナンスの時でさえ。
 リョウは、端末を操作しつつ、サリサが操作しているギアのディスプレイを見る。
「RUN」
 そう言った刹那、リョウはギアのパネルにあるボタンを押した。
 宙にディスプレイが表示される、そこにはアルファベットとアラビア数字が13文字映し出された。
 何の意味ももちそうもない配列、それを右端からカードリーダーのパネルに打ち込む。
「開いた」
 サリサは素直に驚いた、こんなにも上手くいくものかと。
「ねえ、ひとつ聞いてもいい」
 ドアーを潜りながら聞き始める。
「何で、指紋や声紋、今じゃあ、DNAとかも、鍵に使えるのに、ここの鍵はカードキーとパスコードなの?」
「ああ、ここの殆どは、アイチェックだよ、あの目の網膜調べるやつね。だけど、不特定多数の重役とか、SE(システムエンジニア)
とかの人が通る時面倒だからパスコード&キーカードらしいよ」
 照明を点けずにマザ−コンピュータの前に着く、中には誰も居ないらしいが、
数台のコンピュータはディスプレイが点けっぱなしになっている。その一番奥がそのコンピュータだとはっきりわかったため、
迷わず、その前に居るのだが。入力装置がない。
 一番近くのコンピュータにリョウは触れると、キーボードを操作する。ディスプレイの電源はついていない。その替わり、
サリサのギアに、そのコンピュータに映し出されるべきものが映し出された。簡単にケーブルと、 コンピュータの本体がつながっているだけだ。
 いま、このコンピュータは、マザーコンピュータとつながっている。素人目にもはっきりしている。
 気象制御の画面が、マザーコンピュータに映し出される。
 サリサのギアには、一番近くにあるコンピュータのディスプレイに映し出されるべきものが今も映し出されているが、
ふたりともの視点はすでに、そこにはなかった。
 リョウのギアには、すでに『ゆき』の情報、いや、発生条件が映し出されている。
 さらにキーボードに触れ、操作をしようとする。
 もうすぐ、もうすぐに見れる。
 思い出の詰まったこの町がもっと好きになる季節(とき)が。
 設定画面にポイントした。
 一つ一つ入れていく、設定を。
 −3度。
 低い空に、雨雲を発生。
 基本的にはこれでいいはず。
 実行にうつす時だった。


 ドアは開いた。
 メインコンピュータルームのだ。
 警備員?
 いや、女性のスーツ姿の人だ。
 他に誰か居る。
 男の人だ。


 ふたりは頷く。
 実行ボタンを押すと、二手に別れ、逃げる用意をした。


 サポートの出力を限界にした。
 ふたりのうち、歩行サポート使用者は一人。
 片方の人、男の人は歩行サポートを使っていないようだが走れそうにない。リョウちゃんは確実に逃げ切れる。
 問題は、私のサポートがもつかどうかだ。


 軽く屈伸した後、すぐさま走り出す。
 サリサには悪いと思ったが、サポートの人が私の速さについて来れるわけがない。と判断し、全力で走り始めた。
 問題は、歩いてきた人のほう。
 相手は驚いて体制を整えてない。今がチャンス。


 ふたりは、完全に違うルートを取りつつも、この部屋から逃げられる方法を。
 リョウは、体当たりをして無理やりドアから逃げるつもりだ。歩くことができる程度の人と、サポートぐらい吹き飛ばせる。
 サリサは、いったん二人の出方を見るつもりだ。
 いきなりのことで錯乱しているだろう相手が近づいた時、上手く巻くことはできる。
 女性が、男性に指示を与えた。自分はドアを守り、男の方はサポートに乗っている女の子の方を捕まえるつもりだ。
 それを見て、ほんの少し走る速度を下げ、サポートの男性がサリサのほうへと向かうのを楽にさせた。
「サリサなら、頭が良いから、きっと巻くことができるだろう」そう思ったからだ。
 動き出したのを見て、すぐさままた全力で走った。
 女性は入り口で踏ん張る、リョウを止めるつもりだ。
「あまいよ、走れるんだからあたし。脚力、甘く見ないでよ」
 強引に肩から体当たりをする。
 吹っ飛んだ。
 1メートル。
 相手が悪かった。
 走れるほどの身体能力を持つものと。ただ、歩行用サポートを使っている人。
 わかっていた結果を見て、驚いている相手の横をすり抜ける。
 リョウちゃん、ありがとね。
 その隙にサリサも横をすり抜ける。
 出力全開のサポートと、Uターンをしなければならないサポート。故障でもない限り追いつけるわけがなかった。
 そして、追いかけるべき女性は。追いつくのは無理と悟り、近くにある電話で警備員に知らせた。
 走る、その人の手にはサポートに乗った人の手。
 サポートだけの推進力よりも微かだが早い。
 22階分の非常階段を一気に下りていく。
 この時、リョウの頭には一階の地図が開かれていた。
    出口は三つ。
 表玄関。
 従業員出入口。
 搬入用口
 非常階段に一番近いのは従業員出入口。
 逆に一番遠いのは、表玄関。
 搬入口は表玄関に行く途中にあるはず。
「リョウちゃん。二階から飛び降りれる?」
「えっ」
「普通の人の身体能力じゃあ、2メートルでも飛び降りるのはきついけど。
リョウちゃんなら3メートルぐらいいけるんじゃないかと思って」
「無理。挑戦もしたことないよっ」
「リョウちゃんは走るのかなり速いほうだよね。出来なくもないはず」
「だて、骨とか折れたら・・・」
「二階の階段前にお手洗いあったから、そこの窓とかから行ったら、警備員の裏もかけるよ」
「だけど」
「チャレンジしようよ」
「・・・だけど」
「だけどじゃない。これだけの時間をかければ、出口の近くに待ち構えられてるよ」
「違う、サリサはどうするの!?」
「一緒に行く」
「え・・・」
「ほら、休んでる暇もないよ」
 8・7・6・5・4・3・2・・・
 階段から飛び出す様に、サリサはガラスを割り。ダイブした。
 右手は窓のサンを使い跳ね上がるための勢いをつけ。
 左手は必死にサポートにしがみつく。殆ど立てた状態のサポート、空気圧を出すノズルは真下に向かっている。
(やばい、体重支えきれない。片手で、支えきれないっ!)
 鈍い音がした、空いていた片手は近くの木の枝をほんの少しの時間つかむと、肩が外れたのがわかる。
 力が、入らない。
 つかんだ枝は、すでに手から離れていた。
 左手はまだ、サポートを持っている。
 しかし耐え切れず、手を離した。
 カコン・・・。
 何の音?
 気がつくと、流れていっていた景色は、夜空を映していた。
 すぐ横にはサリサのサポート。
「地面に刺さってやんの・・・」
 そうサリサのサポートは地面に刺さるような形になって、たっている。
 鈍い肩の痛みをこらえ。仰ぎ見ていた空に、親友の顔が横から映る。
「大丈夫!?」
「かなり痛いみたい」
 サポートの能力では、とてもじゃないが1メートルの落下にも耐えられない。
 フルに使い切っても、この高さはねぇ。
「リョウちゃんは?」
「少し、足がしびれる位だった」
「酷い差だね」
「そこで悪いんだけど、私をサポートに乗っけてくれない?それと、痛み止め」
「痛み止め?」
 サポートを取りながら聞く。
「肩、痛いの、凄くね」
「え!?」
「それより、早く逃げないとだから、早く離れる用意しよう」
 痛がっているわりには、平和そうなことを言っている親友を、サポートに乗っけていつもの公園へ向かった。
「降らすの失敗しちゃったね」
「『ゆき』、か・・・」
「サリサ、何でついてきてくれたの?」
「気が向いたから」
「それだけ?」
「それだけ」
「見たかったね、『ゆき』の世界」
「もう侵入は無理だろうね」 
                                 「それより、重犯罪人のリストに載ってるかも」
「それ、本当に危険じゃない?」
「そうだね」
「逃亡先探さないと」
「普通にしてよっか、つかまるまで」
 二人は声をあげて、笑いながら、頷いた。
 それから、ふたりはつかまらなかった。
 ニュースなどでは大きく取り上げられたが、2日後にはもう過去の出来事になっていたし、何よりも、物的証拠、状況証拠、すべてが出なかったのだ。
 いや、出るには出た。おそらくカメラに写った男性だろうと。
 メインコンピュータルームでは、電気を一切点けていなかったため素性がわからず、ふたり組みという事ぐらいしか結局判らなかった。
 それゆえ、防犯カメラに写りこんだ男性だろうということになり、結局は誰も捕まることなく終わった。
 変更された天候は『ゆき』だったので、その日の内にsnowについて聞いた二人は、参考人として任意同行されたが、
結局はその日にsnowの事を聞いたぐらいしか判らなかった。


差出人:リョウ
件名:ついに出来上がったよ

ついに、あのムービーが出来たよ。
電信すると、ダウンロードが大変だから私の家にきて。

P.S.
さらに、旅行資金もたまったのだ。
そろそろ、行こうよ


「このムービーだよ」
 YUKI。
 それがファイル名。
 部屋の照明をすべて落とし、カーテンを閉めた。
 その後、ファイルを開くと、マーズホープの町並みが宙に立体ヴィジョンで映し出される。
 やがて、『ゆき』が降り始める。
 その立体ヴィジョンの中。
「どう?」
「凄い出来じゃない?」
 感嘆の息を漏らす
「気合入れたから、でも、ゆきってこんな風に降るんだね」
「なに、降らせたことなかったの?」
「データ入力だけ」
「夢、ないねぇ」
「うーん、一緒に見るのを初めてにしたかったからかな?」
「なるほど」
「そうそう、気温は勘弁ね」
「氷点下近くまでこの部屋を下げるつもりだったの?」
「そのつもり、かなりあった」
「そこまでは、これからにしようよ」

「そうだね、ゆきの降る、偏狭の地までの旅行か。楽しみだね」


 天候の操作が出来るようになって150年以上の時が流れました。
 天候による災害は無くなり、都市部はすごしやすく、常夏のリゾート地は年中それに適した気温。
 人工スキー場などが主流になり、冬のいらない時代。
 気象災害とされるようになった天候のひとつ、『ゆき』
 竜巻、大津波、ダウンバースト、雹、あられ、雷や台風。
 どれもこれも災害は消え、晴れと雨だけ。
 理想の大気に包まれ、気象災害はまさに偏狭の地のみの忘れられた頃。
 義務教育を終えたばかりのふたりがそんな土地を訪れました。
 ひとつの気象災害と称される美しさを見るため。
 少女と大人の掛け橋に居る二人が、本当のものを見るため。
END



HPへ 戻る