『予感』

 もうすぐ、俺の誕生日。
 けっこう忘れられがちだから、今年も期待はしてないけど。

 そして、その日はやって来る。


 俺は、パジャマに着替えてベッドにもぐっていた。でも、今日は何故だか眠れ なかった。
 時計を見ると、0時を過ぎていて。俺の誕生日が来た。
 「ハッピーバースデー…か」呟いて、苦笑する。隣のベッドではトラップとキ ットンの高いびき。
 やっぱり皆からは、忘れられてるんだろうな。仕方ないけど。
 …パステルからも。
 ほんの少しだけ淋しい気分。でも、それでも顔を見たくて。せめて、気配を感 じたくて。
 俺はパステルの部屋の前に立った。部屋からは、灯りが漏れている。
 ―まだ、起きてる?知らず、高鳴る胸。


 コンコン、と静かにパステルの部屋をノック。
 「パステル、まだ起きてるのか?」そっと声をかける。
 小さな音がして、ドアが開く。パステルが、パジャマにカーディガンを羽織っ た姿で現れた。
 まだ原稿を書いていたんだろう、表情はちょっと疲れが見える。もう休んで欲 しいけど、これが彼女の仕事でもあるし、俺たちの貴重な生活費にもなるし。俺 がもう少しちゃんと稼げたら、こんなに無理させないで済むのかもな。
 今度、もっと割りのいいバイトでも探してみるか。
 それにしても、起きてたなんて。『顔が見たい』っていう俺のささやかなお願 い、神様が叶えてくれたのかな?
 「どうしたの?こんな夜中に」
 小首をかしげて尋ねるパステル。…可愛い。
 「いや…ちょっと、眠れなくて。そしたら部屋から灯りが漏れてたから」
 自分の考えに照れてしまって、思わず頭を掻いた。ダメだ、こんなんじゃ俺の 考えがバレる。
 「とにかく、もう遅いから眠れよ、パステル。それじゃ…」
 「―待って、クレイ」不意に、パステルが俺を呼び止めた。
 「何?」俺は、なるべく自然に振り向いた。
 「あのね。お誕生日、おめでとう」
 パステルからの、信じられない言葉。俺が欲しかった、たった一言。
 「パステル、覚えててくれてたのか?」
 「当たり前でしょ?だって…」と言いかけて、彼女は慌てて口を押さえた。心 なしか、顔が赤みを帯びたような…何かあったんだろうか。
 「どうかしたか?」と、俺はパステルの顔を覗き込んだ。
 「な、何でもないよぉ、あはは。とにかく、おめでとう」
 パステルは、いささかひきつり気味の笑顔でぱたぱた手を振った。
 いまいち納得できないが…答えを無理強いするのもなんだしな。俺はとりあえ ず、パステルに礼を言ってなかったことを思い出したので、先に言うことにした 。
 「うーん…ま、いっか。とりあえず、ありがとう、パステル」


 パステルは、少し不満げな表情になった。ちょっと俺の言葉がお気に召さなか ったらしい。
 「ねぇ、クレイ。とりあえず、って何だかあんまり嬉しくないみたいだよ」と 声にも少し刺がある。
 「パステルのとにかく、っていうのも、あんまり祝ってくれてるようには聞こ えないぞ」
 俺が言うと、パステルは一瞬きょとんとした。その後、ふたり同時に吹き出し た。
 なんだか、こんなときでも俺たちって、どっか似てるのかな。
 「さ、本当にそろそろ寝ようか」
 「そうだね。クレイ、おやすみなさい」
 パステルはにっこりと笑顔で答えて、自分の部屋に戻ろうとした。俺は、無意 識に彼女の腕を掴んだ。
 「…何?」
 彼女の声に、意識が戻る。自分のとっさの行動に気づき、はっとする。
 でも、離したくない。このまま、抱き寄せてしまいたい。
 俺の中に湧き上がる感情。初めて気づいた、激しい想い。俺の中で激しく燃え て、彼女を包み込んで溶かそうとしている想い。
 でも、今はまだ早い。
 「パステル…ありがとう」
 俺の、せいいっぱいの言葉。全てをさらけ出して、告げてしまいたいけれど。
それはまだ、先のこと。
 「それじゃ、おやすみ」
 俺は彼女の腕を離し、自分の部屋へ戻った。

 部屋へ戻って、寝床へ潜る。
 さっきのパステルの表情が、目に浮かぶ。
 ただ照れているのとは、ちょっと違う表情。戸惑っているような、期待してい るような。
 あれは、どういうことだろう。
 俺は…少しだけ、期待してもいいんだろうか?

 今日は、何だか寝不足になりそうだ。


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