災い転じて福となす?

1.

「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 みすず旅館に悲鳴が響きわたった。
 叫び声の主はクレイ・S・アンダーソン。
 クレイは自分の手を眺め呆然となった。
 そしてもう一声。
「なんなんだぁ!」 
「うるっせぇぞ、クレ……イ?」
 たまらずトラップが飛び起き、枕をつかみ投げようと――して、そのままの姿勢で固まった。
 廊下から賑やかな足音が近づいてくる。
 そして、バタンッと勢いよく扉が開くと同時にパステルが飛び込んできた。
「ど、どうしたの!? クレイ……って、あれ?」    
 一歩、踏み込んで小首を傾げる。
 部屋の中にいる人間は、妙な姿勢で固まるトラップだけだった。
 叫び声を上げた本人の姿が見あたらない。
「ねぇ、クレイは? 叫び声が聞こえたと思ったんだけど」 
 トラップに声をかけてみる。
 かけられた方はゆっくりと枕をおろし、部屋の中央を指差した。
「……?」 
 パステルは素直にその方向へ顔を向けた。
 そこには、猫がいた。
 黒曜石のような輝きの毛並みを持つ猫が……前足を呆然と見つめていた。


2.

「なんで、俺ばっかりがこんな目に……」
「ク、クレイ。そんなの落ち込まないでね。きっと元に戻る方法があるから」
 すっかりいじけて部屋の隅で丸くなる猫、もといクレイをパステルがなんとかなだ めようと試みた。
「しっかし、朝起きたら別の姿になってたなんて、ワンパターンもいいとこだよな」
「トラップ!!」
 あくびをかみ殺しながら、傷口に塩を塗りこむトラップをいつものように怒鳴る。
 だからといって反省する彼ではないのだが。
「とりあえず、ここ2,3日でなにか変わったことはありませんでしたか?  たとえば何かを食べたとか、誰かに喧嘩を売ったとか」
 ルーミィやトラップじゃないんだから、とパステルは思った。
 ちなみに、ルーミィはシロを連れてノルとお散歩中である。
 ここにルーミィがいれば、クレイの不幸度も2割増くらいになっていただろう。
「うーん、別に食事はいつもの通りリタの所だろ、 それに別に喧嘩なんてした覚えないしなぁ……」 
     猫になってもクレイはクレイ。
 前足をクロスさせ一生懸命原因を考える。
 あまりのかわいらしさにおもわずパステルはクレイを抱きしめた。
「かっわいい! かわいすぎるわ、クレイ」
「パ、パ、パステル!!」
 腕の中から逃げようと暴れてみるが、しょせん猫。
 それに、爪でも出してパステルを傷つけることになったらそれこそ大変だった。
   ……数分後。なんとか逃げだし、肩(?)で息をつく。
「んで、なんか原因を思い出したか?」   
 何故か機嫌の悪いトラップの言葉にクレイは再度記憶を呼び起こした。
「あっ!! そう言えば」 
「そう言えば?」
 パステルの言葉にクレイは三日前にのあった出来事を話した。


3.

 その日は、バイトが終わるのがいつもよりも遅くなった。
 急いで帰ろうと走っていると、
「た〜す〜け〜て〜」
 いきなりそんな声が聞こえてきたんだ。
 辺りを見回しても俺しかいないし、気のせいかなって思ったんだ。
 けど、一歩踏み出したら、
「プリ〜ズ。……あぁ、そこ行く黒髪のお兄さん。 ちょいとばっかし上を見上げてくれませんか〜」
 って、また声が聞こえてきたんだ。
 言われたとおり上を向くと……妖精がいたんだ。
 6枚羽の小さな女の子は滝のように涙を流して、蜘蛛の巣に絡まってたんだ。

「ちょい待ち」
 話の途中でトラップが静止をかけると、全員の視線がベットの上へと集中した。 
   視線を無視してクレイの首根っこを掴むと目線をあわせた。
「もしかして続きはこうか? お前はそのかわいそうな妖精を助けてあげた。 するとその妖精が『お礼に何か願い事はありませんか〜?』って言ってきたんじゃないだろうな」
 ご丁寧に『お礼に何か……』の部分はかわいらしく声を変えた。
トラップの言葉にクレイは鳶色の猫目をさらに丸くした。
「よくわかったな」
「……典型的パターンじゃねえか」
 大げさにため息をつくとクレイをパステルに向かって放り投げた。
「うわっ!! ちょっとトラップ危ないでしょ」  
「うるっせえ。それじゃ、自業自得だろうが。大体、なんで猫なんかに――」 
「言ってない」
「はぁ?」
 クレイの声にトラップは間の抜けた声をあげた。
 口には出さなかったが、パステルもトラップが言ったように 本人が願ったものだとおもっていた。
「だから、俺は助けたけどお礼はいらないって言ったんだ」
   クレイが嘘をつくとは思えない。
 しかし、それくらいしか原因は思いつかなかった。
その時……それまで静かだったキットンの笑い声が部屋に響いた。


4.

「なるほど、なるほど。そう言うことでしたか」 
 モンスターポケットミニ図鑑を広げ、一人で不気味に笑うキットン。
それを、今更ながら固まった状態で眺める三人(いや、二人と一匹?)
 いち早く回復したのは今回の被害者クレイだった。
「はっ!! おい、キットン。原因がわかったのか?」
「おそらくクレイが出会ったのはこのライトエルフでしょう。妖精族はたくさんいますけど、 六枚羽はこれだけですからね」
 いいながら、ミニ図鑑をクレイ達に見せた。

【ライトエルフ……蝶のような羽を六枚持つ小さな妖精。その生息地は不明。 明るく陽気な性格をしているが、彼らを見ることができるのはごく限られた者だけ。 彼らを見つけられたらよほどの幸運の持ち主と思っても良い。彼らは受けた恩は必ず返す ということをモットーとしている】  

 この項目を読んでお腹を抱えたのは、やはりトラップだった。
「くっ、あははははは!! よかったなクレイ。幸運の持ち主だってよ!!」 
 当のクレイは喜んで良いのか悪いのか、そんな複雑な心境だった。
「おそらく、この受けた恩は必ず返すって部分が関係あるのでしょうね」 
「けど、これじゃ恩を仇で返されてるんじゃねぇのか?」
 笑いから復活したトラップが言った。
 その一言にみんな悩みはじめた。
「……本人に聞くのが早いんじゃない?」
 パステルの案はそのライトエルフを見つけて元に戻してもらう。
 他に考えも浮かばずその案が通されたが、問題が残っていた。
「どうやって捜すんだ?」
 まるで人ごとのように言うクレイにパステルはため息をついた。


5.

 どうやって捜すか、そのことについて議論中のこの部屋の扉が突然開いた。
「ぱーるー、ただいまだおう」 
 部屋へと入ってきたのはルーミィとシロ、それから滅多に上までやってこないノルだった。
 ノルはその巨体を小さく丸めて扉をくぐった。
「あっ、おかえり。どうしたの? めずらしいねノルがここに来るなんて」
 パステルの問いに、ノルは無言で手を出した。
 首を傾げながらも手を覗くと、そこには――
「あぁ!! 俺が助けた妖精」
 そう、そこにはこれから捜そうとしていたライトエルフが眠っていた。
 銀色の長く伸びた髪を毛布代わりに体に巻き付けた姿で。
 ノルの話を聞くと、散歩の途中に空から振ってきたと言う。
 何があったのかはわからないが、気を失ったままなのでここに連れてきたという。
 ライトエルフには外傷もなく、目が覚めるまで待つということになった。
 待っている間に、ルーミィのおもちゃとなったクレイがパステルの腕の中に逃げ込むという エピソードがあったが……まぁ、今のところは些細なことだろう。
「う、う〜ん」 
 それから三〇分くらいたったころ、ライトエルフが目を覚ました。
「よかった……起きなかったらどうしようかと思った」
「やっとか。待ちくたびれちまった」
「トラップはずっと寝てたでしょ」
「とりゃーはねてたおう」
「ルーミィしゃんの言うとおりデシ」
「ふっふっふ、興味深いですねぇ」
 開かれたエメラルドグリーンの瞳に四人と二匹の顔が映った。
 とたんに、ライトエルフの顔が青ざめていく。  目線の高さからクレイが一番はじめに気が付きフォローする。
「あの、驚かして――」
「お腹空きました〜」
「ごめん。って、えっ?」
 静まり返った室内に、小さな客人のお腹の音だけが無情にも響いた。


6.

 どこに入るんだろうか?
 それが全員(ルーミィ以外)の意見だった。
 お腹が空いたと懇願するライトエルフのために、用意した食事。あきらかに許容範囲オーバーの量だったのだが、そ れはすぐに消えていった。
「ふぁぁ!! 八分目ぐらいですけどとりあえず動けるようになりました〜」
 それで!? なと言ったつっこみが浮かんだがみんな口には出さなかった。
「あぁ、自己紹介が遅れました。私の名前はシャルギエルって言います。シャルちゃんって呼んで下さいね〜」
「わーい、シャルちゃん。ルーミィは、ルーミィなんだおう」
「ルーミィちゃんですかぁ。よろしくですっ」
 部屋の中央でルーミィと巻き込まれたシロと三人で踊る姿を見てクレイは思った。
 戻れないかも知れない……と。
 半ばあきらめた表情で見つめるクレイとシャルの目があった。
「よくよく見れば、この間の黒髪のお兄さんではないですか。あの時は助けてもらってありがとうです〜」
「そ、そう言えばそうよ! ねぇ、シャル。クレイを元の姿に戻してくれない」 
 完全にあきらめた表情のクレイの前足をブンブンと振り回すシャルに、パステルは本来の目的を頼んだ。 
きちんとクレイを奪取してから。
「戻すんですかぁ? もったいない」
 クルクルと天井近くまで飛び立つと、逆さまの状態で首を傾げた。
 銀色の髪が重力に従って広がる。
「大体、なんで猫に何てしたんだ? クレイは、んなこと頼んでないって言うし」
 トラップが横から口をはさんだ。


7.

 私を助けてくれた黒髪のお兄さんはお礼はいらないって言いました。
 しか〜し、受けた恩は必ず返すがモットーのライトエルフがお礼をしないなんてことはゆるされないんです。
 だから、しばらくお兄さんの後をつけさせてもらいました。
 そしたら!! 昨日の夕方こんな光景を見たんです。
 芝生に寝ころぶ子猫を見て一言。
「猫はいいよなぁ。悩みがなさそうで……」 
 だから、お兄さんを猫さんにしてあげたんです。

 以上がシャルの話だった。
 たったこれだけの話なのに聞く側は疲れ切っていた。
 なにしろ、気合いの入ったジェスチャー付だったから。
「みっなさん。どうしたんですかぁ?」 
 一人元気なシャルがクレイの目の前に降りてきた。
「いや……気にしないで。それよりも、あれは別に願い事でもなんでもないんだから、人間に戻してくれるとありがたいんだけど」
 苦笑しながらクレイが言った。
 その言葉にシャルはため息をついた。
「はぁ、残念ですけどしかたないですぅ。じゃあ、本当は何になりたいんですかぁ?」
「……いや、別に何かになりたいわけじゃ」
 どうしても恩返しとして何かに変身させたがるシャルを説得し終えたのは、太陽が地平線に隠れようとする直前だった。


8.

「よかった……本当によかった」  
 猪鹿亭への道中、かみしめながら何度もそう言うクレイをパステルが笑った。
「笑うなよ。俺、人間に戻れないんじゃないかって不安だったんだからなっ」
「ごめんごめん。でも、元に戻れてよかったね」  
 隣に並んだパステルが見上げながら微笑んだ。
「うーん、ちょっと、残念かな。猫になったクレイなでるの気持ちよかったんだけどな」 
その言葉に文句を言おうとしたが、それはできなかった。
 突然、パステルがクレイの髪をなでたからだ。
「クレイの髪ってすっごくさわり心地が良いよね」
 それだけ言うと前を歩くルーミィの元へ走っていった。
 残ったクレイの気持ちを知らずに……。
「クレイちゃんってば、本当は猫のままの方がよかったのかなぁ」
 立ち止まるクレイにトラップがからんだ。
「なっ、なに言ってるんだ」 
「だって、猫のままだとパステルに抱いてもらえるだろ」
 ニヤリと笑って走るトラップを真っ赤な顔をしたクレイが追い掛けた。
そして、そんな彼らを遠くから眺めるエメラルドグリーンの瞳。
「そういえば〜、さっきのご飯のお礼がまだでした〜」
 さて、次の犠牲者は誰になるのだろうか……それは、この小さな悪魔のみが知る。


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