わたしは、みすず旅館の台所を借りて、クッキーを作った。
「よしっ、出来たっと」
元通りに片付けた台所で最後の包みのラッピングを終えて、わたしは大きく伸びをした。
あぁ、疲れた。
色を分けた6つの包み。
シロちゃんのだけは市販のモンスター用のクッキーだけどね。
他のみんなにはわたしの手作り。
わたしは青い包装紙の包みを手に取った。
これだけは、特別。
きっと、伝わらないだろうけど。
わたしはその包みをそっと胸に抱いた。
伝わらなくていい、今はまだ伝えたくないから。
「パステル?」
ひょこんと戸口から顔を出したのは、意中の人。
ドキッと心臓が跳ね上がったけど、なんとか包みは落とさなかった。
「ど、どうしたの?」
「うん、いや、できたのかな、と思ってさ」
クレイは台所の中に入ってきた。
「うん、できたけど…」
バレンタインだからお菓子作るね、とはみんなに言ってあったけど。
待っててくれたのかな。
「これ?」
クレイが指差したのはテーブルに並べられた包みの群れ。
「うん、そうなんだけどね」
クレイは茶色のだとか緑のだとかを手にとって眺めてる。
「器用だよな、パステルは」
「そうかな」
包みを見つめるクレイの優しい眼差しが嬉しくて。
「うん。女の子らしいよな」
「…そうかな」
へへ、と照れ笑いをしていた。
クレイも笑いながらわたしを見ていた。
「もらってもいい?」
「え? あ、うん。でも、クレイのはこれね」
わたしはずっと持ってた包みをクレイにわたした。
「決まってるのか?」
「うん。この青いのがクレイので、水色のがルーミィの。紫がキットンってね」
「ふぅん。包装紙だけでも金かかったんじゃ…なんて言うもんじゃないか。サンキュな。大事に食べるよ」
包装紙の色分けをしたのは、クレイに渡すのを間違えないため。
「おいしいと良いけど」
クッキーなんて難しいものじゃないし、味見だってちゃんとしたんだから、それなりに出来てる事はわかっていた。
だけど、どこか自信がないような話し方になってしまう。
特別な人だから、なのかな。
「大丈夫だろ。パステルの料理の腕前はみんな知ってるし。砂糖と塩、間違えたりはしないよな?」
「当たり前でしょ? もう…」
クレイは「ごめんごめん」と笑いながら部屋に戻って行こうとした。
「あ、クレイ。それは1人で食べてね!!」
「あぁ」
返って来たクレイの声に安心した。
あれをルーミィたちに見せられたら大変だからね。
さて、他のみんなにも渡しに行かなくちゃ。
残りの包みを抱えて、まだ春の遠い外に出ていった。
夕食を食べ終わって、ルーミィと手を繋いで猪鹿亭からみすず旅館に帰る途中。
前を歩いていたクレイが振りかえった。
「どうしたの?」
「うん? いや。ルーミィ、ちゃんと歯、磨かないと駄目だぞ」
クレイはかがみ込んでルーミィにそう言った。
「わあってるおう!」
ルーミィはちょっと気を悪くしたようだ。
そりゃあそうだよね。いつも言われなくても、ちゃんと自分で磨いてるんだし。
でも、どうしていきなりそんな事言うんだろ。
「そうか? でも、今日パステルが作ったチョ…」
「わーーーーーっ!!!!」
クレイの言葉をわたしは大声でさえぎった。
あ、危なかった。
ルーミィもシロちゃんも耳を押さえてる。
クレイは辺りを見回して、わたしの方を心配そうに見た。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
そういうわけじゃないんだけどね…。
「う、うん。ちょっとね」
「ちょっと?」
「お、思い出した事があって」
「あぁ、なんだ。そんな事か。あんまり驚かせるなよ」
わたしの頭をぽんっと叩いた。
「ごめん」
あれで納得してくれて良かった。
幸い、ルーミィも驚いたせいで、クレイが言ってた事、忘れたみたいだし。
みんなへのクッキーは形抜きをしただけのものなんだけど。
クレイに渡したのは、その片面にチョコレートを塗ったんだ。
そんな事、ルーミィに知られたらすねちゃうからね。
クレイにも自分のだけが特別だったって知られたくないし。
今日は2月14日。
バレンタインデー。
甘いチョコレートと一緒に女の子から男の子に大切な想いを伝える日。
でも、わたしの想いはまだ伝わらなくて良いから。
もう少し、このままでいたいから。
END