そんな気持ちを抱き続けて、気がつけば年月だけが過ぎ去っていた。
あなたを掴むためのわたしの手を、誰かの手が掴んだ。
硬く握りしめられた手を振りほどこうとしたのに、その手は放れない。
駄目よ、止めてよ。
この手はあの人のためにあるの。
あの人を掴むためにあるのよ。
誰かに握られていたら、それだけであの人はさらに遠くに行ってしまう。
お願いだから放して。
片手でその手を放そうとしたけれど、力強い手は放れない。
あの人が行ってしまう。
想像の中で、あの人がどんどん遠くに離れていく。
いやよ、いや。
放してよ、放してったら。
掴む手を空いてる片手で叩いて、殴って、引っ掻いた。
「そんくらいにしとけよ」
手の持ち主が優しく囁いた。
「お前は頑張った。よく頑張ったよ。なぁ、そうだろ?」
微笑みかけられて、わたしは抵抗を止めていた。
「ちっと休もうぜ。お前の手なんだからよ、他のことに使ったっていいじゃねぇか」
―そうかしら。
「そうだよ。無理させちまっちゃ可哀想だろう?」
―あんたいつからそんなに優しくなったの?
「さぁな。それより疲れてんだろ? ゆっくり休めよ」
―そうね。ねぇ、あんたの手って冷たいくせにあったかいのね。
強く握りしめられた手は、まだわたしとあいつを繋いでいた。
細くて骨ばってて冷たい手。
なのにどうして温かいのかしら。
「おれの手も悪くないだろ」
―そうかもね。ねぇ、わたしの手でも誰かに掴んでもらえるの?
掴むことしか考えていなかったわたしの手。
掴まれることなんてないと思ってた。
空に伸ばすだけの手だったはずなのに。
「あたりまえだろ? 望めばいくらだってあるんだからよ」
―そうなの?
「そうだな」
―掴まれるのっていいわね
「悪くはないな」
―優しいあんたも悪くないわ
「そうか?」
―あんたの手は望む手を掴めたの?
「そうだな。今だけだけどな」
寂しそうに笑った。
その顔に、見覚えがあった。
いつも、鏡に映ってるわたしの笑顔。
それに、とてもよく似ていた。
叶わない恋をしている、わたしの顔に。
―それって
ピピピピピッ。
目覚し時計の音に目を開けた。
夢、か。なんだ。
でも、そうよね。あいつがあんなに優しいわけないわ。
あいつが優しくなったら空から槍が降ってきそうだもの。
その発想に、自嘲的な笑みがこぼれた。
わたしの手を掴んでくれる手なんて、ないわよね。
「いつまで寝てんだよ」
ノックもせずに部屋のドアを開ける無礼なところは昔から変わらない。
わたしもあいつもドーマの実家に戻っていた。
久し振りの長めの里帰り。
わたしは古着屋で詐欺師。
あいつはクレイたちと冒険者。
変わらない生活の間の、ちょっとした休息。
「なにボケッとした顔してんだよ」
トラップがベッドから出てこないわたしに呆れて、声を寄越してきた。
「乙女の寝室にずかずか入って来るような礼儀知らずが戸口にいるから、寝巻き姿をさらせないのよ」
もちろん、これは冗談。
トラップ相手にパジャマ姿を見られたってどうってことはないんだけどね。
「けっ。誰が乙女だよ」
「あんたじゃないことは確かね」
「おめぇでもねぇだろが」
「あんたにはわからないのよね」
「誰にもわかんねぇよ」
やっぱり口が悪いのがトラップね。
夢のトラップも悪くないけど、こっちのトラップがトラップらしいわ。
いつものくだらない言い合いをした後、あいつは部屋から出て戸を閉めた。
わたしに背を向けたその口元がほんの少しだけほころんでいたことに、わたしは気付くはずもなかった。
END
──あとがき──
「ノルのようなトラップのトラマリ」でした。
ってどこがノルですか、といいますと、マリーナの見た「夢」のトラップですが、これは実は夢ではないです。
マリーナが半ば寝てるときにトラップが話し掛けたわけです。
こんなに会話がスムーズに行くものではないでしょうが、そこは大目に見てやってください。
普段は憎まれ口ばっかりのトラップが、あんなに優しくなるっていうのが自分でもちょっと気に入ってたりとかします。
すっごいやさしい顔してるんだろうなぁと思うと良いですよねぇ。いつもとのギャップがまた。
マリーナはいつものトラップも優しいトラップもいつか好きになるでしょう。
全部トラップですからね。
あ、最後にトラップが笑ってたのはマリーナが考えてるのと似たようなことを考えてたからです。
寝ぼけてる(というか半分以上寝てる)時の素直なマリーナもいいけど、ぽんぽん言いたいことを言うマリーナがいいな、と。
しかしこれはトラップ×マリーナではないですね。トラップ→マリーナですが。
それにしてもトラップとマリーナの言い合いはつぼです。
面白くて仕方ありません。
げんたつさん、遅くなりましたがどうぞ〜。