告げない想い

「クレイ、おはよー」
「おはよう、パステル」
いつもと変わらない、まだ肌寒い朝。
パステルはみすず旅館での朝食の準備を手伝いながら、目の端で確認したおれに声をかけた。
パステルと交わすなにげない一言がおれの一日のはじまり。
本来なら、おれも手伝うべきなんだけど、朝の支度はおかみさんとパステルで十分なようだ。
並んで厨房にいる姿は、まるで仲の良い親子。
2人を眺めていられる、誰もいないテーブルの席に座った。
「・・・リボン、変えたのか?」
以前は言われなければ気付かなかった事。
最近になって、やっとわかるようになってきた。
「わかった?」
白いリボンが大きく揺れて、パステルの顔が見れた。
「あぁ。わかったよ」
おれの答えにパステルは微笑む。
横にいたおかみさんにつつかれて、パステルは嬉しそうだ。
パンとスープを運んでくれたパステルはおれの正面に腰をおろした。
「みんなはまだ起きないだろうし、先に食べちゃおっか」
「そうだな」
「ノルも呼んだ方がいいかな」
パステルの視線が、おれを通りこして扉へと向けられる。
「さっき、井戸に顔洗いに行った時には、後で食べるって言ってたからな。まだいい んじゃないか?」
ノルはおれたちパーティの中では一番早起きだ。今日もおれが起きた時にはもう寝床 代わりの馬小屋の、馬たちの世話をしていた。
「そっか。そうだね」
それ以降はさして言葉も交わさず、食器の音だけが響く食卓になった。
居心地の良い、空間。
相手がパステルだからこそ、言葉は必要なかった。
時々、目を合わせて目だけで笑い合う。
──おいしいね。
──そうだな。
そんなやりとりができるこの時間がおれはとても好きだ。
できる事なら、ずっとこの幸せな朝のひとときが続くと良いと思う。
そのためには・・・。
「今日、バイト入ってるか?」
口に運びかけたスプーンを皿に戻して尋ねた。
「うん。いつも通りだよ」
パステルはパンをちぎりながら答える。
「じゃあ、まだ時間あるよな」
「そうだね。最近ちょっと忙しいから早めに行きたいけど、でも1時間くらいは空いてるよ」
確かに最近帰りが遅い。
それでもパステルは疲れたような顔は見せない。
今のバイトが気に入ってるせいもあるだろうが、仕事を心から楽しめるパステルはすごいと思う。
帰ってきてからもルーミィの相手をしたり、トラップやキットンを叱ったり。
パーティの母親役もちゃんとこなしてる。
「じゃあさ、これからちょっと付き合ってくれるか?」
「うん。いいよ。さてと、寝ぼすけなみんなを起こしてくるね。それから行こう」
パステルはそう言って、最後のパンを口にほうり込んで立ち上がった。
「食器は戻しとくよ」
おれに軽くうなずきかけて、パステルは階段を上がっていった。
軽快な足取り。
勢い良く開かれるドアの音。
そこからはじまる一騒動に耳を傾けつつ、食事を終えた。
一ヶ月前にパステルから貰ったチョコレートのついたクッキー。
パーティのみんなにわけへだてなく渡していたから、それに特別な意味が込められてるなんて思って なかったんだけど。
みんなのクッキーにはチョコレートはついていなかったらしい。
バレンタインデーは一般的には特別な相手にチョコレートを渡す日。
もし、本当におれのだけがチョコクッキーだったのなら、もしかしたらパステルは・・・。
はじめめて芽生えたわずかな希望。
でも、おれの方から何か言うつもりはない。
パステルがどれだけパーティを大事に思っているのかをよく知っているから。
今のまま、みんなでわいわい騒げるこの関係でいたいんだと思う。
パステルとならどんな関係になっても変わらずにいられると思うけど。
その事にパステルが自分で気付くまで、おれはゆっくり待っているつもりだ。
でも、今日はホワイトデー、なんだよな。
受け取った気持ちを返すための日。
今日くらいは一緒にいたい。
いくつかの店を回れば、きっとパステルが欲しがりそうなものもあるだろうし。
何を返しても喜んでくれる、それはわかってるけど。
できる事ならパステルがほしいものを渡したい。
パステルが口に出さなくても、ほしいんだなっていうのはきっとわかるから。
それくらいいつも、パステルの事を見てるから。
「お待たせっ!」
ぽんっと肩を叩かれた。
「驚いた?」
赤いコートを着込んだパステルは楽しそうにおれを覗き込む。
「あぁ・・・」
いつも、見てるはずなんだけどな。
色んな意味で時々パステルには驚かせられる。
もっとちゃんと見てないと、な。
「ね、クレイ。早く行こうよ」
おれにマントを手渡して、パステルが優しくせかす。
「そうだな」
1時間だけ、少しだけ距離を縮めてもいいだろうか。
今だけ少し・・・それでも、笑っててくれるよな・・・?

END



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