翼持たない天使に
笑わないで、聞いて欲しい。
本当に、俺はそう思うから。
*
クリスマスは、決してご馳走を食べて馬鹿騒ぎする日ではなく。
救世主たる人がこの世に生を受けた日で。
人は、その救世主が生まれたことを静かに祝う日でもあると。
───頭を掠めるのは、年に1度きり。
「今年はどうしても、出たかったの」
教会の隅っこで、思いのほか暖房の効いた空間にうとうとしかけていた俺に。
隣に腰掛けるパステルが、つい半時ほど前に話していた。
「ほら、お父さんとお母さんが亡くなって……もう5年だから。何となく、私の中での節目っていうのかな」
彼女は道すがら、俺にぽつぽつ思い出を話していた。
「家にいた頃は、ずっと毎年皆で教会に行ってたのよ。ミサが終わってから帰って、家族でパーティーしてたの。だから、ここ数年は、教会でクリスマスを迎えるのがイヤだったのよ……まだちょっと、思い出しちゃって」
笑う彼女は、痛々しくて。
結局俺以外には、同伴者なし。
ひとつには、皆が俺たちに気を遣ってくれた(らしい)こと。
ふたつには、教会に座れる椅子がない(ノル限定)こと。
そして、みっつには。
単に、面倒だった(キットン&トラップ限定)こと。
ルーミィとシロは、行きたがっていたのだが……。
ミサの神聖な空気を、ふたりが打ち壊すのは明らかだったので、ノルに面倒を頼んで、俺たちがここに来た。
オルガンが、静かに美しい旋律を奏でる。
聖歌隊の賛美歌が、天井の高い空間に、まあるく響いていく。
俺は手持ちの歌詞を棒読みしているような状態だが、隣のパステルは珍しく声を高く響かせていて。彼女が幼い頃から親しんでいた、曲なのだろうと推察できた。
綺麗な声が耳に届いて、気を取られてしまいそうになって。
せっかくの法話を、きっちりと聞いていなかった。
参列者全員が手にしている蝋燭のほのかな明かりが、真剣な面持ちのパステルを光に浮かび上がらせて。
その横顔は、どこか神聖な不可侵のものにも見えた。
無事、ミサを終えて、帰宅する。
さくさくさく、雪を踏みながら歩く俺たちに。
ふわり、ふわりと雪が舞い降りてきた。
「わぁ……」
微笑んで、パステルが手を伸ばす。彼女の掌に、雪がひとつ吸い込まれて消えて。
一瞬、彼女は寂しげに目を細めて。でも、すぐに空を仰いだ。
絶え間なく、音もなく舞い落ちる粉雪。
「綺麗」
空を見上げたまま呟くパステルは、雪に紛れて姿を消してしまいそうなほど儚く見えた。
手を伸ばし、ぎゅっと彼女の腕をつかむ。
驚いた表情が視界を掠めたが、構わず華奢な身体を腕の中に閉じ込める。
「クレイ……?」
怪訝そうな声。きっと彼女は、俺を見上げているのだろう。
でも。離したくなくて。
その背中には、翼なんて生えていないのに。
君がどこかへ、俺を置いて行ってしまいそうで。
「パステル」
「……なあに?」
「頼むから、いなくならないで」
「え?」
「どこへも行かないでくれ」
「……クレイ」
「俺の前から消えないでくれ」
一瞬の沈黙。
そして。
「大丈夫」
彼女は、吐息とともに、呟いた。
「私の居場所は、ここだから」
小さな手が、俺の背中をとんとん、と叩く。幼子をあやす母のように。
……幼子を慈しむ、天使のように。
「あなたの傍に、ずっといさせて」
彼女がそっと、呟いて。
俺はぎゅっと、腕に力を込めた。
*
翼は生えていなくても。
君はやっぱり、慈しみ深き天使。
だけど。
お願いだから、ここにいて。
翼を持たないままでいて。
───俺の前から、消えないように。
(終)