「よぉ」
マリーナが店の準備をして、下のケーキ屋さんに朝の挨拶に行こうと戸を開けたら、そこにはトラップがいた。
建物の外につけられた細い階段。
その手すりに身体をあずけてトラップは立っていた。
「何? どうしたの?」
内心の驚きを瞬時に隠し、マリーナはトラップを店の中へと導きながら尋ねた。
「あぁ、ちょっとな」
トラップは寒ぃなぁと手を擦りつつ、マリーナの後についていった。
「部屋に入ってて。飲み物入れるから」
マリーナは台所に入り、トラップに「そっち」と指で部屋を指した。
「熱いの、頼むぜ」
そう言って、トラップは1つだけある椅子に座った。
「部屋に行かないの?」
「ここでもいいだろ?」
「で、どうしたの? みんなでこっちに来てるの?」
やかんに水を入れて火にかけ、カップを2つ取り出す。
手早く用意を終らせ、マリーナはトラップの方を向いた。
「いや、おれだけ」
「へぇ。珍しいわね」
小さな食器棚にもたれかかり、マリーナはつぶやいた。
「キットンの野郎がさ、今しか売ってねー薬草があるとか騒ぎ出しやがってよ」
「ふぅん。あれね。腰痛に効くとかっていう」
立てた人差し指を、頬にあててマリーナが答えた。
「知ってんのか」
「まぁ、エベリンでの事ならだいたいわかるわよ。でも、キットンってそんなものまで集めてるんだ」
「何か研究でもしてーんじゃねーの。湯、まだ沸かねーのかよ」
「せっかちね、もうちょっと待って。それであんただけ?」
やかんにちらっとだけ目を走らせて、マリーナは会話を続ける。
「あぁ。全員で来たってしゃーねーだろ。金の無駄だし」
「あんたがカジノに行かなければね。それが目的でしょ?」
「悪かったな」
「・・・それで、あんたはいつからいたの?」
「質問ばっかだな。朝からに決まってんだろ」
「嘘つきね、あんたって」
マリーナは白い湯気をたてはじめたやかんの火を止めて、トラップに近寄った。
「昨日の夜から?」
「真夜中についたんだよ。乗り合い馬車が」
トラップは、店の中に入ってから、ずっとマリーナを見つめていた。
真剣な眼差しで。
その視線に気付かないマリーナではない。
「あんたなら、鍵くらい開けられるでしょう?」
「待ってりゃ開くからな」
マリーナが近づくにつれ、トラップの顔が上がっていった。
トラップとマリーナはお互いの瞳だけを見ていた。
「寒空の下で何時間も?」
「寒いのが好きでね」
マリーナはトラップの目の前で立ち止まった。
「いつからそんなに嘘を言うようになったの?」
「嘘は得意でね」
トラップの腕がマリーナの腰にまわる。
「これも、嘘?」
「まさかな」
マリーナの腕がトラップの首にかかる。
「今日はどうして来たの?」
「寂しがりな女が泣いてんじゃねーかと思ったら気になっちまってな」
お互いに、瞳の奥を探り合う。
「泣かないわよ、失礼ね」
「どーだかな。おめぇも嘘つきだからな」
「そうね。軽薄な男が今ごろどうしてるのかとは思ったわ」
「女にでも囲まれてると思ってたわけだ」
「実は星を見上げながら1人で震えてたのね。イブの夜に」
「今日、最高の女と過ごせるんなら、それも悪くねーかと思ってな」
「ねぇ、トラップ。本当に?」
残る不安を振り払うように、言葉にしてみる。
「あぁ。今日一緒にいたいのはお前だからな。おめぇの方こそ、いいのか?」
「わたしがずっと誰を見てたと思ってるのよ」
「気付かなかったけどな」
「お互い様ね」
「メリークリスマス・・・」
トラップがマリーナをさらに引き寄せる。
「せっかく沸かしたお湯が冷めちゃうでしょ?」
マリーナはトラップを押しもどした。
「マリーナ」
トラップの手がマリーナを捕らえようとするが、マリーナはそこからも離れた。
「あのね。今はじまったばっかりなのよ? そんなに慌てないで欲しいわ。プレゼントはもうもらったしね」
「まだ・・・何も渡してねーよ」
「用意してないくせによく言うわ。もらったわよ、わたしが一番ほしかったもの。ね、トラップ。外に行かない? ツリーがあるのよ。
大きな」
マリーナは嬉しそうにはしゃいでいる。
その様子に、トラップも普段の調子を取り戻した。
「あ? 店は?」
「今日はお休み!」
「いいのかよ、そんなんで。っつーか茶、飲みてーんだけど」
「あんたが冷ましたんでしょー? しーらない。早く来ないと置いてくわよ」
楽しげなマリーナの声がトラップを呼ぶ。
「しゃーねーか」
トラップは立ち上がってマリーナの後を追いかけていった。
END