遠回りの果てに


「お前が好きだ」
「は?」
本気で聞き間違いだと思った。
それ以外の可能性を思いつかないほどに。
「お前が好きだって言ってんの」
「どういう冗談?」
「冗談じゃねぇよ」
これ以上、聞き返したりしたら本気で怒ることはわかっていた。
それくらいの間は、一緒にいたから。
だけど。
ねぇ。
思いもしなかったわよ。
今にも、その真剣な顔が笑い出すんじゃないかと思うくらいに。
「本気なんだ」
わたしが答えないと、トラップは言葉を重ねた。
どう、答えろって言うのよ。
一緒に住んで、一緒に暮らして、しばらく離れてたってそんな風に見たことはなかったのに。
どう答えてほしいのよ。
「返事もしてくんねーのか?」
「勘違いじゃないの?」
怒らせる、とは思ったけど。
動かない思考の内で、口が勝手に動いただけだけれど、それを言い訳にするつもりはなかった。
怒鳴られて当然だと思った。
怒鳴られれば、少しは考えられるようになれるんじゃないかと思ったのかもしれない。
「そうか」
だけど、トラップは怒らなかった。
怒鳴りもしなかった。
ただ、悲しそうだった。
それでいて、笑っていた。
ひどく、寂しそうに。
罪悪感はなかった。
安堵感だけがあった。
怒るような、怒鳴りたくなるような、そんな「本気」じゃなかったんだって、それだけを思った。
背を向けたトラップが遠ざかっていくのを、ぼんやりと見ていた。

そんなことがあった後、たまに会うトラップはそっけなかった。
もちろん、一人で会いに来たりなんかしないで、いつもパーティのみんなと一緒。
からかったりしない。
髪を引っ張ったりもしない。
話し掛けてこない。
目も合わせない。
たまに目が合うと、ぞっとするほど冷たい目で見てくる。
何よ、それ。
何よ、なんなのよ。
どうしてそうなっちゃうのよ。
そんなに本気じゃなかったんでしょう?
振りさえしなかったのに、それで納得してしまうような。
そんな想いにすぎなかったんでしょう?
気まずい雰囲気を感じ取って、優しい二人がフォローを入れてくれる。
だけど、硬直したような空気が変わることはなかった。

「なによ」
「なんだよ」
「どうしたっていうのよ。なんであんな態度を取るの?」
パステルたちに断って、トラップを連れだした。
「なんでって」
トラップが嘲笑した。
わたしと自分の、両方をあざ笑うように。
「今まで通りにいくとでも思ってたのかよ」
冷たい目が、わたしを見据えた。
「前と同じようにふざけてろって? 振っといてそこまで望むのか?」
振ってはいない、なんて詭弁にすぎないわね。
わたしはトラップを受け入れなかったんだから。
「だけど、こんな風になるなんて」
「それくらい、我慢するんだな。ほんとはまだお前に会いたくもないんだ。あぁ、冷たくしてお前の気を引こうってんじゃねーから安心しろ」
トラップは、すぐにでも元の場所に戻ろうとした。
「そんなに、本気じゃなかったじゃない」
進んでいた足が止まった。
「わたしに、怒りもしなかったじゃない。普通、怒るわよ。あんたなら怒るでしょう? なんで怒らなかったのよ。混乱してたのよ。いきなり、あんなこと言うから」
怒ってくれたさえいたら、もう少しはまともな対応ができたかもしれないのに。
「甘えるなよ」
トラップは、わたしを見もしなかった。
「甘えてんじゃねーよ。余裕がなかったのはこっちだって同じだ。怒らなかったからなんだ? 怒ってたら答えが変わってたのかよ。んなわけねーだろ。そんなもんどっちだっていいんだよ」
そのまま、わたしの視界から消えた。

怒ることも出来ないくらいに、本気だった。
それ以上何も言えないくらいに、本気だった。
前みたいに戻れなくなるくらいに、本気だった。
だからって、答えが変わるわけじゃない。
トラップの言うとおりだった。
トラップは正しかった。
今の状況は、辛くて苦しい。
前みたいに戻りたい。
そう思うけれど、それはトラップを好きだから?
そうじゃないわよね?
ただ、前の方が居心地が良かったから。
わたしが望むあいつだったから。
ただ、それだけ。
振った代償として、振った責任として、今を受け入れなくてはいけない。
トラップとじゃれあえていたのは、昔の話。
今は、違う。
トラップは冷たくなって、わたしに会いたくすらなくて。
でも、そういう時期はそのうち終わる。
いつか、わたしを好きじゃなくなって、誰か他に好きな人ができたら。
そしたら、また前みたいに戻れる。
それまで、待ってみようか。
いつか来る、それまで。

「どうしても、トラップじゃ駄目?」
結婚したパステルに誘われて、ガイナの家を訪ねた。
クレイは仕事で出かけてる。
わたしは何も、答えられなかった。
トラップに告白されてから、何年がたっただろう。
奥手な二人が結婚するくらいの、それだけ長い時間が流れた。
トラップは、今もわたしに冷たい。
「トラップ、ずっとマリーナが好きだったんだよ。今も好きなんだよ。わたしが口を出すことじゃないと思うけど」
遠慮がちなパステルの物言いに、わたしは首を振った。
「いいのよ」
「好きな人とか、いるの?」
「いないわ」
誰も好きじゃなかった。
長い間、ずっと。
「トラップは、好きになれなかった?」
「待ってるのよ、わたし」
「え?」
パステルが目をしばたいた。
「トラップが昔みたいになってくれるのを、待ってるのよ。いつかそうなってくれると思ってたのに、どうしていつまでも冷たいのかしら」
「そんな、そんなの!」
パステルが興奮したように椅子から立ち上がった。
「そんなの、マリーナがトラップを好きになれば、すぐに戻れるよ。昔みたいになれるよ。マリーナは、トラップのことどう思ってるの? どうしても、好きになれないの?」
「好きとかじゃなくて、元に戻りたいの。前みたいに笑い合いたいの。寂しいじゃない、子供の頃からずっと一緒にいたのに。あいつのことなら、よくわかってるはずだったのに、今はもうわからないの」
どうしてなのかしら。
あんなに、単純な奴だったのに。
「トラップはマリーナが好きなんだよ。ただ、それだけなの。もう五年も経ってるのに、それでも忘れられないくらいに、まだ冷たくしかできないくらいに」
わたしは、どう思ってるのかしら。
「冷たいトラップは好きじゃないわ。前のトラップがいい。だけど、そう思うのが恋なの? 昔みたいに戻りたいけど、それが愛なの? ただの感傷じゃない?」
「だけど! だけど、昔みたいに戻りたいと思うなら。マリーナがそれを望んでるなら、それは」
それは?
それは、トラップを好きだって言うこと?
そうなのかしら?
「待ってるだけじゃ元には戻れないよ、マリーナ」
「わかってるわ。それはよく、わかってる。だけど、あやふやで恋なのかどうかもわからないのよ。そんないい加減じゃトラップに悪いわ」
「悪くないよ。ちっとも悪くない。トラップ、きっと喜んでくれると思うよ。ストレートじゃないかもしれないけど、だってトラップは今でもマリーナを待ってるんだから」
パステルは座りなおして、わたしの手を握った。
「恋じゃなかったら?」
「それでも、今よりはいいと思う」
「ありがとう、パステル」
パステルの暖かい手を、握り返した。

何泊かしていくはずだったガイナからドーマに向かって、ブーツ家の戸を叩いた。
エベリンに定住しているわたしは、ドーマに帰ってくるのも久しぶりだった。
母さんたちに出迎えられて、トラップの部屋に行く。
部屋では次の宝探しについての話し合いをしていたみたいだったけど、わたしの顔を見るなり、トラップはみんなを下がらせた。
話をうながすこともしないトラップは、自分からは口を開かない。
「トラップのこと、好きかもしれない」
「は?」
久しぶりに、トラップを正面から見た。
その目は、冷たいものじゃなくて、ただ驚いてるだけだった。
「トラップのことが好きかもしれないの。冗談じゃないわよ」
「冗談だとは思わねーよ。だけど、なんだよその『かもしれない』ってのは」
「だって、わからないんだもの。わたしはトラップと前みたいにふざけたいの。馬鹿なことを言い合いたい。からかったり、からかわれたりしたい。だけど、それが恋なのかどうかは」
トラップが近づいてきていたことにも気づかなかったのは不覚だった。
いつから抱きしめられていたんだろう。
「セクハラじゃない?」
「お前が好きかもしれないって言ったんだ」
「だからって手が早いわよ」
「恋にしてやる。『かもしれない』なんて言わせねー。そのためには、このくらいのことしなきゃな」
「そういうものかしら」
「そういうもんなんだよ。ったく何年待たせたと思ってるんだ」
「まだ待たなきゃ駄目よ」
「もう待てねーよ」
「駄目よ。強引すぎると嫌いになるわよ」
「ここまで待たせといてなにが強引だよ。あやうく爺さんになっちまうとこだったじゃねーか」
「まだ25じゃない」
「もう25だ」
「まだまだ人生は長いわよ」
「わっかんねーぞ。いつでも生きて帰ってくると思ってんなよ」
「そうだけど」
そう言われると、反論できないわね。
いつ、何が起こるかわからない世界であり仕事。
でも、もう会えないなんて嫌。
トラップが死んでしまうなんて嫌。
トラップの腕の中は、思ってたよりずっと居心地がいい。
離れたくなくなるくらいに。
「そうね、愛かもしれないわね」


END






――――あとがき――――
6666HiTのげんたつさんのリクエストの「FQ、マリーナ編」です。
今まで書いた中でもトラップの告白からまとまるまでに最も長い時間のかかったものとなりました。
トラップが告白してすぐにまとまる方が少ないトラマリではありますが。
トラップの一途さが良い感じです。
ずいぶんと遅れてしまいましたが、6666HiTおめでとうございます!!





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