遠い空から


「ありがとうございましたっ!」
満面の笑顔で頭を下げた。
店の扉が閉まる音がしてから、頭を定位置に戻す。
「食事にしようかしら」
大量の衣服の隙間から壁の時計を見ると午後二時を過ぎたところ。
一人でお店を開いていると食事の時間もない。
また、いつお客さんが来るかわからないから、手早く作れて、さっと食べられるものにしないといけないし。
パスタとサラダを作って部屋に持っていく。
部屋のドアを開けておけばお客さんが来てもすぐにわかるから、いつものように開けたままにしておいた。
部屋に入ったら、どこからか小さい音が聞こえる。
なにかしら?
お皿を置いて、音の聞こえた窓辺に近寄った。
鳥が一羽、くちばしで窓をたたいてる。
「なにかご用?」
窓を開けると軽く飛び跳ねながら鳥が部屋に入ってきた。
開けた窓から十月の冷たい空気が忍び込む。
入ってきた鳥がすぐにでも出て行けるようにと、窓は閉めないで部屋に向き直った。
真っ白なその鳥は首をかしげながら歩き回ってる。
「ちょっとだけ、おとなしくしててね」
細く赤い脚にくくられた紙切れ。
それに気づいて、かがみこんだ。
器用に結ばれたその紙を外すと、用はすんだとでもいうように鳥は白い羽を広げて床から飛び上がった。
朝、掃除をしたばかりの床に羽毛が少し舞う。
「気をつけてね」
有能な配達屋に、そう声をかけた。
届くはずのない声に、振り向くこともなく、飛び立っていった。
「誰からかしら」
実家からの手紙が届いたのは先月のことだ。
早く手紙も送りたいけど、忙しくてそれもままならない。
ドーマでなにかあったわけじゃないわよね。
床に座り込んだまま、手紙を開けた。
『お疲れさん』
書かれていたのはそれだけ。
簡単で簡潔な一言。
「どうしたの?」
どうしたのよ、あんた。
わたし、寂しくなんかないわよ。
署名がないだけで、誰だかわからないと思うの?
冒険者のくせに、いつの間にここに鳥が来れるように調教したのよ。

あの日から、伝書鳩は数日おきにわたしのところに現れるようになった。
あいつからの手紙を足に結んで。
『お疲れさん』
いつも、それだけの言葉だった。
『ありがとう』
わたしが返す言葉も、いつも同じ。
あいつからの手紙を外す前に、わたしからの手紙をくくりつけて。
あいつからの手紙を外すと、鳩はすぐに出て行ってしまう。
あっという間に飛び立って、影も見えなくなるその伝書鳩が、まるであいつみたいだと思いはじめた。
あんた、何を考えてるの?
どうしてこんなことを続けるの?
聞くべき言葉は、いつも文章にはならなかった。

「いらっしゃい」
お昼の時間に迎え入れるのはこれで何回目だろう。
大きくないとはいえ、砂漠を越えてきた鳩を水でもてなすようになってから五回は経っていた。
あいつがどうしてこんなことを続けるのか、おぼろげながらわかったような気がしてきた。
そんなことがあるはずがないって否定してたのは初めのころだけ。
そうかもしれないって思っても、この手紙のやり取りは止められなかった。
嬉しかったんだもの。
幼馴染からの短い手紙。
わたしはあんたに恋愛感情は持ってなかったけど、それでも嬉しかった。
『お疲れさん』
家に帰れば、家族が待っていれば、当たり前のようにかけられる言葉。
詐欺師としての仕事の後はみんなで口々に言い合うけれど、古着屋での仕事の後にそう言ってくれる相手はいなかった。
そっけない手紙でも、たまらなく嬉しかった。
だから、止めないといけないやり取りをいつまでも続けていた。
ねぇ、だって、嬉しかったのよ。
この手紙が。
あんたの気持ちが。
わたしを想ってくれる、あんたの気持ちが嬉しかったの。
別の人が心を占めていても、それでも嬉しかった。
いつからか、あんたも心の中に入ってきたから。
いつの間にか、あんたがわたしの心を占めていたから。
手紙を開くたびに、別の言葉が書かれてるんじゃないかって、期待するようになったから。

あんたがこんなにキザだとは知らなかったわ。
あんたがこんなに、女心を掴むのが上手いなんてことも。
ずるいわよ、あんた。
こんな気持ちにさせておいて、いつも同じ言葉しかくれないの?
あんたの気持ち、打ち明けてはくれないの?
わたしに言わせるつもりなの?
「あんた相手に、何て言えばいいのよ…」

十二月二十五日のクリスマス。
世間ではカップルがツリーを飾って楽しむ日。
今日は伝書鳩があんたの言葉を伝えに来てくれるはずの日。
はじめて手紙を受け取ってから、もう二ヶ月も過ぎようとしていた。
はじめて手紙を受け取ったときは嬉しかった。
続くからどうしたのかと思って、たどり着いた答えを疑った。
しだいに待ち遠しくなって、いつからか…。
キザなあんたのことだから、今日のこの日には期待してるのよ。
もしかしたら、違う言葉が運ばれてくるかもしれないから。
望む言葉がもらえなかったら、わたしがあんたに届けるわ。
今日は、いつもとは違う手紙を用意してるから。
これ以上、待たされるのは性に合わないの。

そわそわと気もそぞろに店番をしながら、時計ばかりを気にしてた。
おつりを間違えるなんて、何ヶ月ぶりかしら。
「今日はデートかい?」
なんて言われたから、
「そうよ」
澄まして返事をした。

午後を過ぎてから、窓をたたく音が聞こえた。
お客さんがいなかったから、急いで開けたままのドアをくぐって自分の部屋に駆けて行く。
真っ白で黄色のくちばしを持つ鳩は、そこにはいなかった。
窓をたたくのは小さな石。
鳩じゃなくて。
石を投げるのは鳩じゃなくて。
扉に向かって駆け出した。
いつかみたいに、久しぶりに再開したあの時みたいに。
階段を駆け下りた先にはやっぱりあんたがいて。
宙に舞ったわたしを抱きとめるあんたがいて。
「作戦成功、だろ?」
そんな憎たらしいことを言うのはあんたしかいない。
「罠にはまってあげたのよ」
そんなかわいくないことを言うのはわたししかいない。
抱きしめる腕はあのときよりも強くて、あんたはあの時よりも逞しくなってた。
「おれの気持ちは一つ残らずおめぇのもんだ」
「わたしの気持ちもあんたにあげるわ」
道行く人には目もくれないで、あのときよりもずっと長くあいつをこの手で抱きしめ続けた。

END



〜あとがき〜
べたべたな展開ですが、これもまた一興、ということで(いつもだな)。
トラマリクリスマスでした。
当初は「伝書鳩」の設定だけありまして、クリスマスとは別で考えていたんですが、クリスマスのほうのネタが思いつかずにくっつけました。
しかし、クリスマスである必然性があんまりないですよね。
トラップもマリーナもイベントに重点をおくタイプではないと思うのでイベント物はクレパスよりも難しいです。
はじめはトラップは当日はこないで数日後に、と思ったんですが、それではそれこそクリスマスの意味がないので会いに来てもらいました。
今回のテーマのようなものは、「愛されることにより芽生える愛」のような感じです。
「愛されるより愛したい」と言うのは結構耳にしますが、「愛されて愛するようになる」というのも十分ありだと思って書きました。
まぁ、わたしのトラマリの基本はそれなので、いつも同じなんですが。
あと、マリーナをあまり待たせたくないので、わたしが書くと結構マリーナも積極的です。
気持ちがはっきりしてる相手には強気にいってもらいたいですね。
トラップも押す引くは心得てると思うので、タイミングは合わせてくれるかと。
マリーナにはトラップは誰よりもマメであってほしいです。
ともあれ、トラマリクリスマス、楽しんでもらえたら嬉しいです。
伝書鳩はマリーナがいない間にマリーナの店の窓を覚えさせたようです。
アンドラスの協力も込みで。
伝書鳩が砂漠を渡れるのかとか、実際は無理なのでまぁその辺はご愛嬌で(おい)。






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