時が過ぎても
あくびをしながら階段を降りると、下には十人程度の若い奴らが集まっていた。
降りてきたおれに数人が振り向いた。
「ぼっちゃん、おはようございます」
「ぼっちゃんは止めろって」
全くいつまでぼっちゃん呼ばわりされるんだか。
苦笑しながらテーブルについた。
十人が囲んでるテーブルの真ん中には、山と盛られたチョコがあった。
集まってたのはこれが目当てかよ。
「なんだよ、お前ら。いつから甘いもんが好きんなったんだ?」
甘党の男もいるだろうが、この家にはチョコに目の色を変えるような奴はそういない。
見回しながら聞くと、
「今日はバレンタインですよ」
中の一人が返事を返してきた。
「あぁ。あの甘ったるい習慣か。そんなんが嬉しいか?」
おれが聞くと、多少ばつの悪そうな顔をしながらさっきとは別の奴が口を開いた。
「マリーナの手作りは格別ですから」
「マリーナの手作り?」
「やだなぁ。忘れてるんですか。バレンタインは毎年マリーナが作ってくれるんですよ」
「おれらバレンタインなんて無縁でしたからね。それがあんな美人が作ってくれたものが食えるんですから」
「ふーん」
おれはつまらなさそうに相槌をうった。
亭主の前でおおっぴらに喜ぶのは気が引けるってわけか。
ばつの悪そうな顔をした理由がやっとわかった。
「美人ったって三十前のおばさんじゃねぇか」
「まだ二十七ですよ」
「同じようなもんだろ」
「違いますよ。ぼっちゃんはいいですね。あんな綺麗な奥さんがいて」
「よかねぇよ。口うるさくて厳しくてよぉ」
おれが文句を並べ立てようとしたらその場にいた全員が後退りした。
やべ。
「三十前で口うるさいって誰のこと?」
にこやかに立ってるであろうマリーナの方を振り向いたら最後だ。
「んじゃ、次の盗みの計画でも立てるか」
「そうですね」
口を合わせてその場から逃げだした。
置いてあったチョコは昼前にはなくなっていた。
夜になると昼間の喧噪もだいぶ静かになった。
おれは部屋で、何をするでもなくベッドに横になっていた。
この部屋のもう一人の主はまだ戻ってこない。
かみさん見習い―ったってあいつの場合はとっくに習う必要なんかねぇんだけど―のあいつは遅くまで雑事に追われてるからな。
と、思ってるうちに戻ってきた。
「まだ寝てなかったの?」
「あぁ。今日ってバレンタインなんだってな」
「そうよ。チョコは食べた?」
マリーナはタンスから寝巻きを引っ張り出して、すばやく着替えた。
「食べてねぇ。おれのはないのかよ」
「ないわよ。出しておいたので全部」
今度は鏡の前で髪をとき出した。
女ってのはしちめんどくせぇよな。
「他の奴らとおれと同じなのかよ」
「なによ。ほんとにあんたって変なところですねるのね。だいたいあんたがチョコレートなんかいらないって言ったのよ」
「そうじゃなくてよ」
「なによ」
「特別なのはおれだけなんだから区別ってのをしてもいいんじゃねぇの?」
「あんたには塩入りとか?」
鏡の中のマリーナが笑ってる。
こいつはいつも茶化しやがる。
おれはふくれてマリーナに背を向けた。
「あんたは短気すぎるわよ。でも、結婚して何年も経つのにそんなこと言うなんてね」
「ふん。呆れてろよ」
「わたしは嬉しいって言ってるのよ」
「どこがだよ」
言った時にはあいつの顔があった。
「……わかった?」
「わぁったよ」
不意打ちに柄にもなく赤くなった顔を背けながら応えた。
チョコよりも甘いかもしんねぇな。
END