確かな言葉

今日はホワイトデーとかいう日らしい。
バレンタインに貰ったら何かを返す日なんだってよ。
それに何の意味があるんだ?
返すくらいなら貰わなきゃいいんじゃねーか?
とか思うんだけどよ。
まぁ、おれは貰えるもんは貰うけど、返す気はねぇ。
貰った時にちゃんと言っといたしな。
ただ。
こいつの意味がつかめなくて、おれはここのところずっとイライラしていた。
先月、マリーナから貰ったチョコレート。
すでに中身のない箱を手で弄ぶ。
おれの想いを伝えたのは去年のバレンタイン。
だから、おれにこいつを渡すっていうのには、たぶん意味があるんだろうが・・・。
どういう事なんだかな。
マリーナがおれに惚れるなんて事があるとは思えねーんだけど。
2月の14日に、マリーナにエベリンの広場に呼び出されたおれは、乗り合い馬車でエベリンに行った 。
その馬車の御者がまだ素人でよぉ。
そんな奴にエベリンの砂漠横断を任せるなんざ、乗り合い馬車の組合もどうかしてるぜ。
最後はおれが御者台に座る事になっちまってよ。
あいつより前に広場で待ってる予定だったのに、結局あいつを待たせちまった。
待たせたくはなかったんだけどな。
あいつは、ずっと待ってたから、だからおれは待たせるような事はしたくなかった。
って、んな事はどうでもいいんだ。
あいつは、笑顔でおれを迎えた。
久しぶりに・・・いや、はじめてかもしんねーな。
あいつの、あんな顔は。
いつもの作られたような完璧な微笑みってんじゃなくて、自然な笑顔だった、と思う。
「トラップ!!!」
その言葉と共にあったあん時のマリーナが焼き付いて離れない。
このチョコレートの意味はなんなんだろうな。
おれは何も望んでなかったのに。
ただ、あいつが無意味な想いを抱え続けてるのを見ていられなくて。
あいつに、笑ってほしくて。
・・・なんで、おれだけこんなに・・・。
朝からみすず旅館の自室に引きこもって、うだうだと寝っころがっていた。
「らしくねぇなぁ」
ぼそっとつぶやいた。
そうだ、おれはこんなんじゃないはずだ。
せっかくバイトもねぇっていうのに1日を無駄に浪費するこたぁないわな。
勢いをつけて身体を起こした。
「ねぇちゃんたちとでも遊んでくっか。おれは結構もてるんだしよ。外に出りゃ、いい女がいくらで も寄ってくるしな」
そうだ、あんな女に振り回されなくったっていいんだ。
言い寄ってくる女なんかいくらでもいる。
適当に、好みの女でもひっかけて・・・。
廊下に出るドアのノブを掴もうと伸ばした腕を振り上げた。
そのまま、ドアのすぐ横の壁に拳を打ち下ろす。
「っきしょう・・・できるわけねーじゃねーか!」
ドアにもたれて、座り込んだ。
「紛らわしい事すんじゃねーよ。なぁ、マリーナ。おめぇは、まだクレイの奴がいいのか? なんでお れじゃ駄目なんだよ。俺がおめぇを幸せにしたいんだ。・・・マリーナ」
どうしちまったんだろうな、おれは。
わけがわかんねぇ。
帽子で顔を覆った。
傷心のおれにおかまいなしに廊下が騒がしくなってきたかと思った時には、もたれてるドアが叩か れていた。
このオンボロ旅館が揺れりゃあ、そりゃ驚くわな。
「うっせー」
小声で返事を返したが、向こうに聞こえる訳がない。
しつこくドアは叩かれる。
「っせーな! 何でもねーよ!!」
今度は大声で返事をした。
ノックの音はおれの声でやんだが、話し声は続いている。
パステルの奴でも泣かせたかな。
またクレイの野郎に怒られんな。
まぁ、どうでもいいけど。
「いつまでふてくされてんのよ!! 八つ当たりなんて最低ね!」
おれの拳に負けないくらいの勢いでドアが叩かれた。
な、なんだぁ? っつーか今の声ってマリーナじゃねーか!? なんでここにいんだよ?
驚いた拍子に、ドアから少し離れちまった。
戸がわずかに開けられて、差し込んだ明かり。
ど、どうすりゃいいんだ?
「入るわよ」
おれが瞬間的に迷った間に、マリーナは部屋に入ってきた。
なんで入ってくるんだよ!
っていうか、だからなんでここにいるんだ!?
とりあえず、座り込んだまま、部屋の隅に移動した。いや、しようとした。
「トラップ?」
が、マリーナに襟首をつかまれた。
「な、なんだよ!」
とりあえず、振り向きざまにマリーナの手を外した。
っつっても、今更虚勢をはったところでどうしようもないわな。
「『なんだよ』じゃないわよ。何やってんの? あんた。聞けば1ヶ月くらい前からおかしかったそう じゃない。ずっとこんな調子でいたの? いっくらみんなが優しいからってね、あんたちょっと甘えす ぎなんじゃない!? そのうち愛想つかされて、パーティから放り出されるわよ?」
言いたい事を言ってくれるよな。
人の気も知らねーでよ。
「おめぇに、会いたかったんだよ」
「はぁ?」
暗がりの中ではあったけど、マリーナが変な顔をしたのはよくわかった。
その顔を見たら、やけに笑えてきた。
「はは・・・あっはっはっは!!! 間抜け面だな、マリーナ」
あぁ、そうだ。こいつがおれを意識するなんてあるわけがねぇ。
全部、冗談でしかねぇんだ。
それがわかったらスッキリした。
そうだ、これで・・・これでふっきれるんだ。
「な、なによ。あんたねー」
文句を言いかけたマリーナの言葉が止まった。
気付いた時にはマリーナが両手でおれの頬をはさんでいた。
「・・・随分、情けない顔してるわね」
「あ?」
つめてー手だな、おい。
でも、我慢してやるか。
「あんだよ」
おれが聞くと、マリーナはニッと笑った。
うわっ。こいつがこうやって笑う時はろくでもねー時に決まってる。
反射的に後ずさりしそうになった。
「本当にわたしに会いたかったんだ? かわいーじゃない? トラップ」
「なっ!」
おれは慌ててマリーナから離れた。
「ち、ちっげーよ! んなわけねーだろーがよ。へっ。本気にしてやんの」
騒がしい心臓を気取られないように、鼻でわらってやった。
「あら? 違うの? 今日はせっかくトラップに会いに来たのに」
「は?」
「・・・本気にした?」
マリーナはおかしそうに笑ってる。
こ、この女は・・・。
でも、マリーナだな。
これでこそ、マリーナだ。
おれとこいつは、こういう風でいいんだよな。
きっと。
「本気になんかしねぇよ。何か用でもあったんだろ? 今日は泊まってくのか?」
立ち上がって、帽子を被り直した。
おれは、こいつにとっては、馬鹿な弟でいいんだよな。
それで、いいんだ。
あーっと、ランプはどこだっけな。
ベッドのわきに置いておいたランプに明かりを灯す。
「マリーナ?」
ランプを持って振り向くと、マリーナはまだ座り込んだままだった。
「どうした?」
「なんでもないわよ・・・」
およ? どーしたんだ?
「あんだよ。何怒ってんだ?」
「怒ってないわよ」
「怒ってるじゃねーか」
「・・・期待して来たわたしが馬鹿だったってだけよ」
期待・・・。
何を?
さすがにそれを聞くほど野暮じゃねーんだ、おれは。
「・・・ほんとか?」
ランプを床に置いて、膝をつく。
マリーナは横を向いていたが、その表情はすねた子供のようだ。
「悪かったな」
「なにが?」
マリーナがやっとおれの方に目を戻した。
少しずつ沸き上がってくる感情。
「ホワイトデー、用意してねーや」
「そんな事は、どうでもいいのよ」
「そっか。でも、おめぇ、おれに惚れてたのか」
「なによ、今更」
「おれにとっては『今更』じゃねーんだよ」
そう、本当にそうだ。
「どんな想いでチョコ作ったか、気付いてなかったの?」
「おめぇがおれに惚れるなんて事があるとは思わなかったからな。なんだよ、1ヶ月前からおれらっ てそういう事になってたのかよ」
マリーナがおれを好き、なのか。
「本人同士が気付いてなくてどうするのかしらね」
「慣れてねーからかな」
「そうね、想われるのに慣れてないのね、きっと」
おれもだな。
お互い様だ。
だからこそ、マリーナが望む言葉がおれにはわかるんだ。
「好きだぜ。おれはマリーナがな」
「わたしも好きよ、トラップがね」
「嘘じゃねーよな?」
「夢でもなさそうね」
一呼吸、間があった。
「マリーナが好きだ。他の誰よりも。おれにとってはおめぇが一番なんだ」
何度でも言ってやる。
マリーナが想われるのに慣れるまで。
こいつが寂しかった今までを埋めるために。
これが、おれからのホワイトデーって事でいいか?
もう、待たせたりしねーから。
おい、マリーナ。なんで泣くんだよ。
ハンカチなんかもってねーんだけどな。
おれの胸でも、いいか?
なぁ、マリーナ・・・。

END



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