託された言の葉
今年のバレンタインにあいつからチョコをもらった。
「ありがたく受け取りなさいよね。本命なんだから」
居丈高な告白に似た言葉に、おれはしばし動きを止めていた。
「まさか受け取らない気じゃないでしょうね?」
動けなかったおれに、マリーナはそう言った。
あくまでも高飛車に、だけどわずかに包みを持つ手を震わせて。
不安をかき消すように、震える手を握り締めた。
「おれも、なんだ」
それだけの言葉を添えて。
思い返すのも恥ずかしい一場面。
だけどそれは、確かに通り過ぎた過去の映像だった。
おれが触れたとたんに止まった手の震えも、不安に彩られた瞳が笑みに変わったのも。
だから、こうしてホワイトデーのお返しなんてもんを選んでるわけなんだよな。
んでだ、贈るもんは決まってる。
恋人同士って言ったらやっぱ指輪だろ。
サイズは前に、パステルと店先の指輪を見てきゃーきゃー言ってたときに小耳にはさんでたからわかるしな。
変にゴテゴテ飾りのついていないシンプルな指輪を探した。
ほどなくして見つけたそれは、小さなガラス球のついたほんの安物。
今のおれにはこんなもんしか贈れねぇけど、あいつはきっと喜ぶ。
確信が持てる、ただそれだけのことが、おれとあいつが特別だってことを再認識させてくれる。
らしくねーかもしんねぇけどさ、おれだって男なんだ。
惚れた女に惚れられれば、ささいなことでも喜びに繋がる。
誰よりもあいつの傍にいられるんだ。
誰よりもあいつの傍にいてもいいんだ。
それが、嬉しくねぇわけがないだろう?
指輪を受け取って、店を後にした。
ホワイトデーの当日に小さな箱をたずさえて、エベリンの地へと降り立った。
マリーナの店へと向かうと、その階下のケーキ屋から、ちょうどマリーナが出てくるところだった。
いつかのときを思い出すような光景。
忍び足で近づいていく。
背に揺れる三つ編みを引っ張ろうとしたら、その束をつかむ前に、にこやかな笑顔が振り向いた。
「二度も同じ手が通用すると思う?」
「…つまんねぇの」
「馬鹿なことでいじけてるんじゃないの」
額をピンッとはじかれた。
「あにすんだよ」
「今日はどうしたの?」
額を押さえて文句を言ってもどこ吹く風。
ま、わかっちゃいるけどな。
「どうしたってことでもねーんだけど」
「わかった。ホワイトデーね。バレンタインのお返しを持ってきたんでしょ?」
「ちっとは気づかねぇふりしろよ」
せっかく『なに? どうしたの?』『当ててみろよ』『えー? わかんない』とかいう会話を期待してって嫌だな、こんなマリーナ。気持ち悪ぃわ。
「ほんと、子供みたいね。そんなに驚かせたい?」
「どうせおれは子供っぽいよ。悪かったな」
「悪いなんて言ってないわよ?」
「どーだか」
話しながらマリーナの店の内へと入った。
店のドアに下げられたプレートは「closed」のまま。
店内をくぐりぬけてマリーナの私室に座り込む。
「ケーキ買ったんじゃなかったのか?」
「あぁ、さっきの? ううん。予約を入れただけよ。今度の週末に友達の誕生日なの」
「ふうん。上手くやってんだな」
「当ったり前じゃない」
自慢げに答えるマリーナ。
マリーナが入れた茶を飲みながら、そんな会話が尽きることなく交わされる。
ポケットの中で小箱がもてあそばれる。
いつ渡そうか。
「あんたたちってほんとにいつもすごいクエストしてるのね」
「まぁな。そのわりにレベルは上がんねーけど」
「いいじゃないの。そんなことよりも大事なものがあるでしょう?」
「そうだけどな。おめぇの方はどうなんだ?」
「うん。順調よ。常連客もいるしね」
「もう一つの方は?」
「上手くいってるわよ」
「順風満帆だな。おれらのこと以外は」
笑顔が一瞬こわばり、おれを見つめたかと思うと、その表情が少しやわらいだ。
「…そうね」
バレンタイン以降、会えたのは今日がはじめて。
一ヶ月会えないくらい、今までのことを思えばたいしたことじゃない。
おれはいくらでも我慢できる。
マリーナがおれを想ってくれるなら。
だけど、こいつはこれでも寂しがりやなんだよな。
「寂しくなかったか?」
らしくねぇとか言うなよ。
こんなことを言うのは恥ずかしいに決まってるけど、おれの羞恥よりもこいつの方が大事なんだ。
「今まで会えなかったんだから、大丈夫よ。でも、そうね。少しだけ寂しかったかもね」
「続けられるか? これから先、もっと会えねーかもしんねぇ。おれもそう来れるわけじゃねーし。おめぇだって忙しいのは同じだろ? 無理なら早めに止めといた方がいい」
「厳しいわね、あんたって。まだ先にしてもいい話なのに」
「そういうわけにもいかねぇだろ。時間を無駄にさせたくねーしな」
「優しいのね」
「止めろって。体がむずがゆくなるだろうが」
「相変わらず照れ屋なんだから。わたしは平気よ。ちょっとは寂しいけどね。会えないことくらいわかってたもの。十分に考えてから、あんたに告白したのよ。わたしから止めたりしないわ」
負けん気の強い勝気な瞳がおれをとらえて離さない。
それならおれが遠慮することはねぇな。
「おれは言うまでもねぇよな」
「あら、ちゃんと言ってもらいたいわ」
「おれが止めるわけねーだろ。バレンタインのとき、どんなだけ嬉しかったか。おめぇは知らねーんだろうな」
「あんただって、わたしがどれだけドキドキしてたかなんて知らないんだわ」
「今度はおれが緊張する番だな」
ポケットから、箱をつかんだ手を取り出した。
「気の利いた言葉なんざ言えねぇけどさ。おめぇに似合うんじゃねーかと思ってな」
座ってるマリーナの膝に、箱を落とした。
一ヶ月前のおれのように、手を伸ばさないマリーナ。
震えるその手に、箱を持たせた。
「開けられるか?」
声もなく一つうなずいた。
こんなに感激してもらえるなんて思わなかったな。
箱の大きさから指輪だってのはわかってるだろうし、やっぱ女にとって指輪ってのは特別なもんなんだろう。
マリーナの細い指が、ゆっくりと箱を開ける。
そこに入っていたのは、紫の小さいガラスがはめ込まれた細い金の指輪。
箱から取り出して、自分の指へとはめる。
「ぴったり」
手をかざして、嬉しそうにおれを見た。
「おれは、あんま言葉にすんのは得意じゃねーからさ、寂しくなったらそれでも見てろよ」
「ありがとう。本当に、嬉しいわ。あんたがこんな気の利いたことしてくれるなんて思わなかったから」
「あんだよ。失礼な奴」
「日ごろの行いじゃないの」
マリーナは指輪をなでてひとしきり眺めると、指輪を外した。
「外さなくてもいいじゃねぇか」
「よく見たいんだもの」
指輪を愛しそうに見つめるマリーナから目をそらした。
見つかっちまうよな。
ほどなくして、小柄な体がおれの肩に寄りかかってきた。
「キザなのね」
「んなんじゃねーよ」
「わかってるわよ。言葉にするのは苦手なんでしょ?」
「そういうこった」
そんな言葉は会ってたって言えるもんじゃねー。
だから、指輪がおれの言葉をかわりに告げる。
おれが隣にいないときも。
「名前は入れなかったの?」
「おれとおめぇがわかってりゃ、それで十分だろ」
指輪の内側に彫られた言葉。
伝えたくても伝えられない、おれの気持ちを指輪に託した。
―――With love
愛を込めて
END