「海の外に出たいなぁ」
人魚のパステルがつぶやきます。
「駄目ですよ、姫様」
世話役のマリーナがパステル姫のつぶやきを耳ざとく聞きつけました。
「言ってみただけ。でも、行ってみたいと思わない? 海の外には空とか陸とかあるんだよ。わたし、この目で見てみたい!」
「わたしは興味はありません。海の中から見上げた先が空ですし、海の底が陸ですよ」
「海の中からじゃなくて、海の外から見たいの」
「駄目です!! 姫様は外の世界よりも、もっと別なことに興味を持ってください」
そう言うと、マリーナは今日のパステル姫のスケジュールについて延々と話し出しました。
「一日くらい、ゆっくりしたいのに」
「姫がちゃんと勉強されたら一日くらいは、お休みいただいてもよろしいですよ」
一日も欠かさずにきちんと日程をこなすパステル姫に、マリーナも折れました。
「ありがとう、マリーナ。今日も頑張るね」
パステル姫の微笑みに、マリーナも満足して笑顔を返しました。
さて、そして数日後のことです。
日ごろの成果が認められ、パステル姫は一日自由の身となりました。
姫は嬉しくて嬉しくて、朝から海の中を泳ぎまわっていました。
泳ぎ疲れたパステル姫は、海中の岩に腰をおろして休憩していました。
「せっかくの日なのに、天気が悪いなんて残念」
真っ暗な海上はずいぶん天気が悪そうです。
海の底には音までは聞こえてきませんが、海面は波打ってるようです。
海の中もあまり穏やかだとはいえません。
それでも、泳ぎが得意なパステル姫の障害になることはありませんでした。
「こーんなにのんびりできるのも久しぶり。またマリーナにお願いしようっと」
パステル姫が気持ちよく腕を伸ばして上を見上げると、さきほどは見えなかった影が見えました。
「なんだろう」
好奇心をくすぐられた姫は、迷いながらも少しずつその影に向かって泳ぎ始めました。
「足!?」
パステル姫はびっくりして大きな声を出しました。
人魚姫には当然、足はなく、その代わりにひれがあるだけです。
なので、足を見るのは初めてなのです。
「人間なんだ…」
マリーナたちから聞き知ってはいますが、実物を見るのは初めてです。
パステル姫はドキドキしました。
「この人、何してるんだろう」
だらりとした足は動く様子がありません。
見上げると、何かに掴まっていた腕が、力をなくしてずり下がっていくところでした。
「へ?」
姫が驚いている間にも、人間の体は少しずつ海の中へと入ってきました。
「ど、どうしよう。人間は海の中では息が出来ないって。でも…」
悩んでいるうちに、人間の全身が海の中へと沈んできました。
パステル姫は慌てて、その人をつかみました。
「海の上に出さなきゃ」
マリーナの言いつけが頭をよぎりましたが、今はそんなことを言っている場合ではありません。
姫は勢いよく頭を海の上に出しました。
とたんに雨が姫を打ちましたが、姫は気にせずに明るくなっている方向に泳ぎだしました。
海の中では人も重くはありません。
泳ぎづらくはなりましたが、あっという間に砂浜に着きました。
人間を砂浜に横たえた姫は、はじめてその顔をまじまじと見つめました。
「うわぁ、かっこいい」
海に濡れ、憔悴した血色の悪い顔をしてはいましたが、その人の顔かたちはパステル姫が今まで見たどんな人よりも素敵でした。
荒い息遣いは苦しそうでしたが、生きている証拠です。
「そ、それよりも、これからどうしよう?」
ぼーっと見とれていたパステル姫でしたが、状況を思い出したのか、頭を抱えてしまいました。
放っておいても良いのでしょうか。
それとも、介抱した方が良いんでしょうか。
「ノル先生を呼んでこようかな」
ノル先生というのは、とても優しいお医者さんです。
人魚たちだけではなく、魚やサンゴも診てくれます。
「でも、先生でも海の外には来れないよね。この人、大丈夫なのかなぁ」
パステル姫は、目の前で横たわっている人が心配で心配でたまりません。
「そうだ! キットン先生の薬を持ってくればいいんだ」
姫は、そう叫ぶと海の中にもぐっていきました。
キットン先生は薬剤師であり、パステル姫の家庭教師です。
マイペース過ぎて、姫はいつもキットン先生に振り回されていましたが、薬の調合の腕は確かです。
キットン先生は変わり者で、人魚たちや、魚たち用の薬のほかに、人間のための薬も作っていたのです。
パステル姫は勢い込んで、海の宮殿へと戻りました。
広い宮殿の中は、方向音痴なパステル姫なら迷ってしまいそうですが、しょっちゅう迷子になる姫のために、宮殿のあちらこちらにわかりやすい地図が書いてあるので、さすがの姫も迷いませんでした。
こっそりと、薬剤庫から目当ての薬を持ち出そうとしたのですが、気がとがめたのか、薬をもらうことを書いた簡単な手紙を残していきました。
そして、パステル姫は、再び大急ぎでさきほどの人間の元へと泳いでいきました。
彼は相変わらず砂浜に横たわっていました。
「よいしょっと」
姫は彼の顔の横に座りました。
「えーっと、キャップに一杯の薬を…」
いまだに荒く息を吐いている人の口に、姫は少しずつとはいえ薬を入れてしまいました。
とたんに、彼はむせ返りまた。
「わっ! ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
背中をさすりつつ、必死で声をかけました。
「だい、じょう…」
息も絶え絶えの様子でしたが、はじめて口を開いてくれました。
パステル姫は喜びましたが、人魚は人にその姿を見られてはいけません。
その掟を思い出した姫は、さする手を止めました。
「…だれ?」
彼の一言に、姫は凍りつきました。
振り向かれてはいけない。
姿を見られてはいけない。
姫は、慌てて海の中へと飛び込みました。
「はぁ」
「姫! 聞いてるんですか!」
「聞いてます、聞いてます!」
キットン先生に耳元でいつも以上の大声をあげられて、パステル姫は飛び上がりました。
「まったく、薬を持ち出すなんて言語道断です。しかも人間用のものを持ち出したりして、何に使ったんですか」
姫が海の中の宮殿に戻ったときには、薬を持ち出したことがばれていて、大騒ぎになっていたのです。
今は、薬剤師であるキットンからのお説教の最中です。
「べ、べつに、なにも」
「人間に会いましたね?」
「会ってないよ!」
「マリーナに報告しておきましょうか」
「会ってないってば!!」
「姫は嘘がつけませんからね。見ればわかります」
姫がキットン先生にかなうことはありません。
結局、パステル姫が人間に会ったことは、みんなにばれてしまいました。
姫はきつく叱られましたが、人間と会った日を境にパステル姫の様子がおかしくなってしまいました。
「ぱーるぅ」
「なぁに? ルーミィ」
「あしょぼうおう!」
「あとでね」
「いまぁ!」
「うん…」
姫の妹のルーミィが話しかけても上の空です。
日々ぼんやりとして、心ここにあらずといったぐあいでした。
「どうしましょう、ノル先生」
その様子を心配したマリーナが、ノル先生に相談しました。
「人間に、会ってから?」
「そうなんです。あの日を境に姫は何にも身が入らないようで、お食事もいつもの半分程度しか召し上がらなくて」
「姫は人間のために、薬を持ち出した」
マリーナも何かに気づいたのでしょうか。
驚愕に目を見開きました。
「でも、まさか、そんな…」
「姫も年頃だ」
「お食事をまた残されたんですね」
マリーナはパステル姫の食事の後片付けをしながら言いました。
「ごめんなさい」
パステル姫は謝りましたが、心がちっともこもってはいませんでした。
「姫」
「はい」
「人間に会いたいですか?」
「え?」
「姫が薬を持ち出した相手です。姫に薬剤庫荒らしのようなことをさせた人です」
「あの人のことをそんな風に言わないで!」
口調が荒くなったことには、マリーナよりもパステル姫の方が驚いているようでした。
「わたし…」
「会いたいんですね」
「うん」
姫は大粒の涙をこぼしながら、自分の気持ちを認めました。
半月が経っても、パステル姫の心からあの人間が消えることはなかったのです。
さて、困ったのはマリーナたちです。
パステル姫の気持ちはわかりましたが、相手は人間で姫は人魚です。
生活場所も習慣も色々と違うでしょう。
なにより、相手のことが全くわかりません。
すでに恋人や奥さんがいるかもしれないのです。
しかし、それならそれで、はっきりさせればパステル姫も諦めがつくでしょう。
「とりあえず、調べに行った方が良さそうね」
マリーナは、トラップに姫の護衛を頼むことにしました。
「報酬は?」
開口一番、そんなことを言ったトラップは、マリーナに頭を叩かれました。
「報酬なんかあるわけないでしょ。あんたみたいな口八丁な奴が一番適任でしょうが」
「ちぇー。でもよぉ。おれらって浜辺までしかいけねーじゃん。そんで何がわかるってんだよ」
「何事もやってみないとわからないわよ。陸沿いにしばらく泳いでみるのもいいんじゃないかしら」
「人間にばれたらどうすんだよ」
「あんたがいれば大丈夫でしょう?」
にっこり笑うマリーナに、おめぇは護衛してやんねーと、トラップは密かに思いました。
「んじゃ、行くか」
トラップは姫とマリーナをうながしました。
「気をつけて」
「マリーナがいれば大丈夫だと思いますから、マリーナのそばを離れないでくださいよ、姫」
ノルとキットンが見送ってくれました。
ルーミィは寂しがるので、友達のシロと一緒に部屋にいます。
「護衛はおれだろうが!」
そんな悪態をつくトラップを無視して、マリーナが先頭を泳ぎだしました。
パステル姫が方向音痴だということはトラップも心得ていましたので、「砂浜だった」ということだけを聞いて、あとはトラップが二人を先導しました。
「砂浜ならあれだろうな」
空が薄暗くなり、人影もおぼろになったころ、トラップたちは海面に出ました。
「まだ誰かいるわね」
遠目にも砂浜に誰かがたたずんでいるのが見えました。
「あの人だ」
パステル姫は一言そう言ったかと思うと、砂浜に向かって泳ぎ始めました。
「お、おい!」
「姫!」
驚いたトラップとマリーナが止めようとしましたが、パステル姫はどんどん泳いでいってしまいました。
「あ、あの」
「え?」
彼の前に、パステル姫が顔を出しました。
彼の暗い瞳に、姫の姿が映りました。
ただそれだけのことで姫は舞い上がってしまいました。
「あの、体は大丈夫ですか? わたし、無理に薬を飲ませてしまって…」
「君が!?」
彼はパステル姫に近づくと、その腕を取りました。
「は、はい。ごめんなさい」
姫は、そんな彼の様子を怒っているものと勘違いして、蚊のなくような声で謝りました。
もしかすると薬におかしな副作用でもあったのでしょうか。
「ありがとう。君がおれを助けてくれたんだね。おれを一生懸命運んでくれたことも、背中をさすってくれた手も、一日も忘れたことはなかった。おれはクレイ・S・アンダーソン。君の名前を聞いても良いかな」
「パステル・G・キングです、クレイさん」
「クレイでいいよ。君は命の恩人だ。もし良ければおれの家に君を招待したいんだけど…」
そこでクレイはおかしなことに気がつきました。
パステル姫はいつまでも海から上がらず、立ち上がりさえしないのです。
暗がりの中でしたが、透き通った海面の下は見えないことはありませんでした。
足があるべき場所には、魚のひれがあったのです。
「君は、もしかすると人魚なのか?」
「あっ…」
パステルは反射的に逃げようとしましたが、クレイの腕がそれを止めました。
「ごめん! 言わない方が良かったかな。でも、別に君に危害を加えるつもりはないんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ。おれは君にお礼が言いたかったんだ。君が人間かどうかなんて問題じゃないよ」
「良かった。わたし、あなたに嫌われたらどうしようって。会いたかったけど、嫌われたくなくて。会いにこれて良かった。あなたにそう言ってもらえるなんて思ってなかったから」
パステルは胸に詰まっていた想いを一気に吐き出しました。
「おれもずっと君を探してたんだ。君に会いたくて仕方なかった。おれを助けてくれた人に会って直接お礼を言いたかった。それに…」
「それに、なんだって?」
クレイとパステル姫の間に入ってきた言葉は、トラップから発せられたものでしたが、隣には心配そうなマリーナもいました。
「あなたは…?」
「おれはそいつとこいつの護衛。盛り上がってっとこ悪いんだけどさ、あんま考えなしな発言されても困るもんでな」
「考えなしなんかじゃありません」
「どうだか。人間と人魚じゃ違いすぎるだろ。どうにかなるとでも思ってんのか? そいつはそれでも姫さんでな。遊び相手にさせるわけにもな」
「クレイはそんな人じゃない!」
パステル姫がクレイをかばうように、その体に腕を回しました。
「おい、マリーナ。おめぇ、姫さん連れて帰ってくんねー?」
「嫌よ。はっきりさせた方がいいもの。姫は本気よ」
姫の様子に、マリーナは青ざめた顔で答えました。
ここまで想いが深くなっているとは思っていなかったのでしょう。
「ったく、おめぇが止めろって言ったんじゃねーか」
トラップは、小声でマリーナに文句を言いつつ、懐から小ビンを取り出しました。
「あんたさぁ、本気だって言うならこれ飲める?」
「それは?」
「人魚になる薬。これを飲めば問題はなくなるだろ。どうだ? 家族も友達も全てを捨てられるか?」
緊張した空気が、その場に広がりました。
呆然と薬を見つめる三人でしたが、クレイが最初に顔をあげました。
「今すぐには、飲めません。家族や友人に何の説明もしないで、いきなり姿をくらましたりなんてことはできるはずがありません。だけど、家族に断ってからなら飲みます」
クレイが決然と言い放つと、パステル姫はより強くクレイを抱きしめました。
「一目惚れってのは偉大だな。いや、顔を見たわけじゃねーんだっけ。よくそこまで言えるもんだ」
「パステルが助けてくれなければおれは死んでいました。人間としての生活を捨てたって構いません。彼女は人魚でありながら、おれを助けてくれたんです。人魚の肉は不死の薬だと信じている連中もいるような、人間のおれを。必死で生かそうと努力してくれました。彼女の優しい手を忘れられなかった。おれは、助けられたときから、彼女に恋をしていたんです」
「なら、家族との別れを惜しんでくるんだな。一週間後にまたここに来る。その時まで、気持ちが変わってなかったらお前は晴れておれたちの仲間だ。帰るぞ」
最後はマリーナに向かって言いました。
マリーナが姫に近寄り、その腕を離させました。
「おれの気持ちは変わらないよ。一週間、待っててほしい」
「待ってます。あなたが来てくれるのを」
パステル姫はマリーナに抱えられて、トラップの先導で海へともぐっていきました。
取り残されたクレイは、その姿が見えなくなっても、海面をじっと見つめていました。
「どういうつもり!?」
パステル姫を寝かせたマリーナは、自室に戻ってトラップに詰め寄りました。
「お互い、本気みたいなんだからいいじゃねーかよ。一週間後にははっきりする」
「だけど…」
マリーナは唇をかんでいました。
悲痛な表情がその端正な顔を歪めています。
「姫はきっと悩まれるわ。相手の人に自分の世界を捨てさせるなんて、お優しい姫がよしとするはずないもの」
「思い出すか?」
「思い出すわよ」
「後悔してんのか? 少なくとも、おれは一瞬たりとも後悔なんざしてねーぞ。あいつも、きっとそうだ」
「後悔はしてないわ。だけど、あんたのご両親には悪いことをしたと思ってる。だって」
「もういいって。もう考えるな。おれはお前がいればいいんだ」
トラップはマリーナを抱きしめました。
お互いの指には、二十年前に贈り合った指輪が輝いていました。
「どうしよう、マリーナ」
パステル姫の瞳は、不安に揺れ動いていました。
「クレイもわたしを想っていてくれてすごく嬉しいの。嬉しいけど、こんなことになるなんて思ってなかった。クレイが人魚になるなんて。ねぇ、どうしよう、マリーナ。わたし、どうしたらいいかわからない!」
マリーナには、パステル姫の気持ちが痛いほど良くわかりました。
二十年前、今の姫と全く同じ思いをしていたのですから。
「姫は何を望まれていますか? 一番叶ってほしいことは何ですか? それがわかれば、苦しみを乗り越えられますよ」
実の母親のように姫の背中を優しくさすりながら、マリーナは言いました。
「クレイに会いたい。会いたいよぉ」
マリーナの胸に顔をうずめ、パステル姫は子供のように泣き出しました。
瞬く間に一週間が過ぎ、約束の場所に姫たちは向かいました。
「いいか? 海から出たら兵士がずらっと待ち構えてる可能性だったあるんだ。はじめはあいつ一人でも、影から出てきたりとかな。怒るなよ、姫さん。可能性の問題だ。いくら姫さんでも、あんたのために他の奴らが襲われるような事になったらどうするんだ。責任なんか取れねーんだから、肝に銘じとけ」
姫は、小刻みに震えながらも、コクリとうなずきました。
「マリーナは姫さんから離れるな。何かあったらすぐに海にもぐって宮殿にもどれ。宮殿内にいる奴らを逃がすんだ。わかったな?」
何かを言いかけたマリーナもうなずきました。
それぞれにすべき役割があります。
夫が決めたことに駄々をこねていられるような状況ではありませんでした。
「話はおれがする。お前らは離れてろ」
トラップは、一人で海から顔を出しました。
砂浜には、クレイ一人がいました。
辺りを十分に警戒しながら、ゆっくりと近づいていきます。
「彼女はどこです?」
「とりあえず、返事を聞こうか」
「家族には、出先で出会った遠い国の女性に恋をしたと話しました。彼女の国に行き、彼女と共に暮らすと。もう二度と、帰らないと。…承諾してくれました」
クレイが置いたわずかな間で、トラップは悟りました。
惜しむ親兄弟を説き伏せ、それでもなお上がる嘆きの声を背後に聞きながら、家から飛び出してきたことを。
二十年前のトラップ自身のように。
「わかった。姫さんを呼んでくる」
自分と同じように、たった一人のために自分の世界を捨てた男に、トラップは警戒心を解いて背中を向けました。
姫を呼びに行ったトラップは、マリーナと共に少し離れた場所で見守っていました。
「クレイ…。本当にいいの? もうお父さんにもお母さんにも会えないんだよ。いいの?」
「いいさ。もう決めたんだ。君が嫌にならない限りはずっと君の傍にいるよ。もっとも、君が嫌になっても、それから先も人魚の世界で生きていくけどね」
「嫌になんかならないよ。なったりしない」
「おれは君の重荷にはなりたくないんだ。親を捨てさせたとか、そんな風に思われたくない。思わないでくれるか? これはおれの意思なんだ」
「うん。うん」
姫は何度もうなずきました。
「君と、これから先の人生を共に暮らしたい。だから、人魚になるんだ。いいかい?」
「はい」
クレイは、パステル姫としばらく見つめ合い、その手に握られていた薬を取りました。
「愛してるよ」
「わたしも、愛してる」
クレイは、薬をあおりました。
「こうだよ、こう」
「こ、こうか?」
パステルがお手本として自分のひれを動かしましたが、続くクレイはまだどこかぎこちないです。
「ここを、こうやってね」
根気強くパステルは繰り返します。
クレイが人魚になってから一ヶ月、こんな光景が毎日見られるようになりました。
「ずっとお幸せでいられると良いわ」
仲の良い二人を見守る二つの影がありました。
「大丈夫だろ。もし駄目んなっても他の人魚だっていくらでもいるんだしよ。相手には不足しねーよ。だけど、最後まで上手くいくといいよな」
「そうよね」
多くの人に見守られながら、若い二人のこれからは続いていきます。
「ちょっと、待ってくれよ。こうだよな? こうかな」
「そうそう。そんな感じ!」
END
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