捧げない祈り
そこには大きなステンドグラスがある。
作られてからずいぶんと年月が経ち、決して綺麗とは言いがたいが
日の光に当てられればそこに描かれてる天使の像も眩しく輝く。
そのステンドグラスの上には、小さな十字架が掲げられていた。
縦と横の重なる部分に、赤い宝石が埋め込まれている。
金で出来ているとか、実は中身は胴で周りを金で塗ってあるだけなどと噂は絶たない。
入り口から神父がたつ台の間には、両側二列にイスが規則正しく並んでいる。
神父が立つ台の左側にはパイプオルガンが、そして右側には懺悔をするための部屋のドアがある。
ステンドグラスからは太陽の光が、先頭のイスの間から神父台を照らしていた。
「そうですか、あの時の・・・。見ちがえました」
「あ、ありがとうございます」
この教会は、あまり華美な服装は好まれない。白か水色、又は静かな色の服を着用するよう言われている。
照れたように笑った女性は、白いワンピースに薄い水色のショールを腰から両腕に下げていた。
「もう何人かいらっしゃいましたよ。あなたもですか・・?」
静かに微笑む男性、若いが神父だろう。
さしずめその女性と同い年、23歳前後。
白衣に同じ色の帽子をかぶっている、白衣の襟元と帽子には十字架の刺繍が見える。
銀髪のショートカットに、柔らかな笑顔が印象的だった。
「魂無くした者達は、悲しまれるのを好みません。
こうして祈るのを嫌う方もいます、それもよいでしょう。」
若き神父はステンドグラスの前まで立ち、女性に背を向けて、手を合わせ、上を向いた。
その先には天使の姿がかかれたステンドグラス。
「ですが貴方と同じように、こうして故人忘れがたくここに訪れる人もいる。
神信じる者も信じない者も、悲しみではなく、自分の姿を見せにくるのです。
貴方もでしょう?」
「はい」
その女性の声に、神父は静かに微笑んだ。
「では祈って下さい、心静かに・・・」
女性が手を合わせて目を瞑ると、神父がその前に歩み寄る。
「貴方の名前を・・」
「パステル・・・、グロリア キングです」
ガイナの、まだ新しい習慣。
この教会を知る者達が、あの惨劇で無くした身内のために祈りに訪れる。
あの惨劇のあった日に。
それはパステルも同じだった。
この地に帰ってきた三年前からずっとこうして一年に一度訪れている。
「そういえば・・、今日は一人ですか?」
「はい。まだ目が覚めなくて・・・」
うつむきがちにいうパステルに、はっとする。
「それは・・、すいませんでした。」
「いいえ」
そういって笑うと、ステンドグラスの前で微笑んでいる神父に一礼した。
神父も同じように一礼して、パステルに微笑む。
「祈りは捧げないのですか?その方に」
「はい、ささげる必要はないんです」
にこ。と笑うパステルに、一瞬驚いた神父の顔が、すぐ笑顔に戻った。
信じなければいけないのは、神ではないから
「そうですか」
光の注ぐイスのあいだの通路を通り、教会を後にした。
ステンドグラスと同じ彫像が、教会の前に門番のように立っている。
その間をくぐり、森の道を抜けると、見覚えあるガイナの風景がそこにあった。
彼は一つの場所にとどまってなどいられない人だ。
それは冒険者として、当たり前の事で。
しかしパステルはすでに冒険者カードはない。
ずっとあの家で、彼の帰りを待っていようと、そう心に決めてから
ずっとあの家で、帰りを待っていてほしいと、そう、彼に言われたのはもう何年も前のことで。
何か魔法にかかったのかもしれない。体に外傷はなく、おそらくクエストの途中で
つけたであろう傷があった。
いつか彼からもらった指輪、ずっと外せずに指に収まっている。
兄達と帰ってきた彼の身体は、ゆっくりと呼吸をしたまま、瞳は閉じたままで。
ただ待っていたパステルに『ただいま』と声をかける事はなかった。
そう声をかけてほしかったのに。
笑ってそう声をかけてほしかったのに。
うわごとのような言葉を繰り返しながら、ずっとクレイの横たわるベッドで泣き続けたのが
二年も前のことだった。
いろいろな人が訪れた。クレイのいる病院へ。
クエストであった人達、ドーマの人達、そして、パーティの仲間達。
レベルが上がらなくても
出かける前にくらべて強くならなくてもいいの
もし怪我したら 私看病してあげるから
だから 笑って帰ってきてほしかったのに。
「おいパステル!!」
肩の上でさっぱりと髪を切ったばかりのトラップが、血相を変えて走ってきた。
かと思うと突然名前を呼ばれ困惑し、返事も出来ないでいるパステルの腕を引っ張って
また自分が走ってきた道を走り始めた。
「な。何何?!トラップってば!!」
「いーから黙ってついてこい!!」
彼が走った先は病院の病室で、ぐいっと手を病室に押しやられ、背中を押された。
「な、何なのよ・・・」
悪態を付こうとしたパステルの言葉に重なる誰かの声。
確かに、自分を呼んだ。
トラップがアゴをくいっとパステルにむけて、その方向を向いた。
「二年もかかっちまったぜ、呪い解くのによ。オウムの時と大違いだな」
・・笑って帰ってきてほしかったのに・・
「パステル」
もう一度
呼んでほしかった声。
開いてほしかった口。
見てほしかった瞳。
自分を。
その彼が、今はベッドで座っていて
あの時の瞳のまま
顔のままで
そこに座っていた。
「綺麗になったな」
そう信じて、神には祈らなかった。
『祈らなくたってクレイは目が覚めるんだから。』
最近は言わなくなったパステルのその言葉が、トラップの脳裏をよぎった。
・・・祈らなくたって 目が覚めるんだから・・・・・
「ク れい・・・ッ」
涙で声にならなかった。
しかし確実にその声は彼に届いて、笑いかけてくれた。
いつのまにか抱きついていて、二年間する事のなかった泣き声を
今日は止めることが出来なかった。
「パステル、太陽のにおいだ・・」
そして泣きながら笑っているパステルの頬の雫を指で拭うと、
そのまま頬を包んだ。
「ただいま」
夢を見てたんだ ずっとそばで 君が笑ってる夢
きっと それだけの事・・
END
![]()
![]()