最凶? 最強?
草木も眠る丑三つ時。流石にこんな時間は外をうろつくものなど居るはずも無く、辺りは静寂に包まれていた。ここはシルバーリーブ。日中であれば、店や行き交う人々で結構活気があるのだが、深夜ともなれば、人通りなど当然あるはずも無い。辺りを照らす月が煌々と光を投げ掛けるのみである。
「クスクスクス。
さぁって今晩は何処に行こうかな。
グルメな僕としては、
出来れば幸せな人間が良いよねぇ。
そういうのに限って良い恐怖の感情を出してくれるしね♪」
こんな台詞が聞こえたかと思うと突如として、月の照らす広場に黒いもやが出てきた。それは次第に形をとり、ある一つのモノになる。ぼやけた輪郭がピントが合わさるように徐々にはっきりしていく。完全に形をとった時、そこには出来損ないのピエロのぬいぐるみの様なモノが、サンタクロースの様に大きな袋を背負い、まるでハンモックに寝そべっているかの様に中に浮かんでいた。
この、ピエロの出来そこないに見えるモノからはなにやら半端で無く禍々しい気配が漂っている。このピエロの様なモノの名は『ナイトメア』。いわゆる夢魔と称されるモノである。担いだ袋の中には『悪夢の粉』と呼ばれる粉が入っており、これを振りかけられた者は悪夢、それも飛びっきりの、現実には決して起こって欲しくないと粉をかけられた者が思っている事をリアルに見せてくれるという最悪な代物である。ナイトメアはこれを使い、悪夢を見せる事によって悪夢を見た者が出す恐怖や悲しみの感情を食べる事で、その存在を維持しているのだ。しかも普段幸せな者ほど、その感情は強く、ナイトメアとしては、またとないご馳走なのである。しかもこのナイトメア、人の苦しむ姿が堪らなく楽しくて好きという、誠に素晴らしい性質を持つのであるからして、正に目を付けられた者は気の毒としか言い様が無い。
「ん?
なんかこっちの方から、
幸せな人間、しかも複数集まってる気配がするなぁ。
よぉっし、今日のお食事決定!!
レッツゴ〜!!!」
それはそう言うとにぃっと笑い、また黒いもやとなって掻き消えていった。
黒いもやが再び現れたのは、シルバーリーブの外れにある家。どうやら最近建てられたらしい。木造だが、しっかりした造りの二階建てで、中には6人と1匹の気配がした。そう、ここはパステル達の家である。黒いもやは、家の隙間から易々とパステル達の家へと入り込んでいった。
家に入り込んだもやが現れたのはキットンとノルの部屋。眠る二人を確認すると、黒いもやは再びピエロの形になった。形を完全にとると、ナイトメアは担いでいた袋から、なにやら黒く光る粉を掴み出し、二人に振り掛ける。振りかけた粉が光りながら二人に吸収されたのを見届けると、ナイトメアはまた、もや状になってキットンの耳から入り込んでいった。
キットンは仲間達と共に、ある村を訪れた。日は燦々とさし、木の葉の影からは光が葉の翠を透かしてえもいわれぬ美しさを醸し出している。鳥たちはさえずり、まるで何かを祝福しているかのようだった。
何故、こんな所に我々は居るのだろう、とはキットンは思わない。ここに、捜し求めていた物が、人が在ると何処からか聞いて来ているのだ。何の疑問も無くキットンはそう思った。一歩一歩確実に歩みを進めるキットンは、視線の先に見覚えのある人影を見つけ叫ぶ。
「スグリ!!!」
キットンの声を聞きつけてその人影は振り返った。それは紛れも無く、キットンが捜し求めていた女性で、彼女はキットンの姿を認めると、持っていた籠を落として駆け寄って来る。キットンもまた、彼女を目掛け駆け出していく。二人はやっとお互いの所へとたどり着くと互いに抱きしめあった。目には涙すら浮かんでいる。
「ノイ! ああ、私のノイ!!
やっと記憶を取り戻したのね!」
「ええ、遅くなってすみません。
貴方と離れ離れになった後巡り合った仲間達に助けられて、
試練に打ち勝ち、貴方の事を思い出したんです。
記憶を取り戻してから、貴方の事が思い出されて、
会いたくって仕方ありませんでしたよ。」
「私だってそうよ。
貴方といつか会った時、胸を張れるように、
一人でも多くの仲間を探して、新しい故郷を、
私たちの故郷を取り戻そうと頑張っていたの。」
「そうなんですか。大変だったでしょう?」
「ううん、貴方といつかきっとまた会えるって思っていたもの。」
「・・・スグリ。」
キットンはスグリがずっと自分を思ってくれていた事、自分達の夢の為に、たった一人でも頑張っていてくれた事が嬉しくて、言葉が出てこない。言葉に詰まったキットンに更に強く抱きついたスグリの表情はキットンには決して見えなかった。
「・・・でもね、ノイ。
遅かったのよ。」
「・・・え?」
強く抱き合ったスグリのあまりにも思いがけない言葉に、キットンは彼女が何を言っているのか、すぐには理解出来ずきょとんとした様子で聞き返した。
「何を言っているんです?スグリ?
何が遅いと言うんです?
私たちは今こうやって再会したではありませんか。」
スグリの体を肩を掴んで離し、キットンは彼女の顔を見つめながら言う。
「いいえ、遅かったのよ、ノイ。
私はもう私ではないの。
私は、私たちが作ろうとしていた故郷は、
Zたちの襲撃によって破壊されてしまった。
国も、植物も、建物も、
・・・・・そして人も。」
「ではここに居る貴方は何だと言うんです!」
「私は屍。
ほら、私をよく見て、
体は血で赤く染まり、肉や骨をさらけ出している。
周りの景色だって、破壊され蹂躙され尽くして、
ここに在るのは無残な残骸。」
スグリがそう言うと、しっかり掴んでいた筈のスグリの姿は其処には無く、キットンは視線を移し呆然としながらへたり込んだ。其処に広がっていたのは、先程目にした美しい風景ではなく、破壊され、焼き尽くされた光景。そして、無残な姿で横たわるキットン族の同胞、何より愛しいスグリの屍。その体は血に塗れ、足はあらぬ方向へと曲がり、所々肉はおろか、骨までも晒している。あまりにも凄惨な光景にキットンは信じられない思いで声を絞り出した。
「嘘でしょう、スグリ。
嘘だと言って下さい!!」
キットンの嗚咽のような叫び声に答えたのはスグリではなく、後から来たのであろうパーティの仲間の声。
「嘘なんかじゃないよ、キットン。
全ては遅かったんだ。
君は記憶が戻ってからも、
全力で探そうとはしなかったじゃないか。
確かに、
パーティでの立場を考えた結果としては正しいんだろうけど、
でもその為に君は同胞を、
愛しい妻を犠牲にしたのさ。」
「違います、クレイ。
違う、そうじゃない!!」
「何がそうじゃないの、キットン?
あなたが選んだことなのよこれは。
今の幸せに溺れ、過去の幸せを見捨てたのは貴方よ!」
「私は見捨ててなんかいません、パステル!
私は出来る限りの事はしてきたんだ!!」
「でも、おめぇが遅かった事には変わらねぇだろ? これはおめぇの選んだ結果なのさ。」
「そんな、トラップ。
私が間違っていたと言うんですか?
私は、何を犠牲にしてでも、
スグリを探すべきだったと!」
「・・・生きたスグリに会いたかったのなら、そうだ。」
「ノル・・・・・。
そんな、そんな、そんなっっっっっっ!!!!!」
仲間たちの追い討ちをかけるような言葉に、キットンの身を切るような叫びは辺り一面に響いていくのだった。
キットンの耳から出てきたもやはナイトメアの形を取ると、満足そうに笑った。
「ふぅん、やっとの思いで再会した、
愛するものと、手に入るはずだった故郷の喪失、
それに、仲間達からの自己否定か。
なかなか美味しい悪夢だったな。
オードブルとしては上々だね。
さて、と。
次はこっちの彼の悪夢を頂くとしよっか♪」
そう言うと、ナイトメアはまたもや状になり、今度はノルの耳へと入っていった。
モンスターの鋭い爪がうなりを上げて迫る。ノルは持っていたアックスでどうにか凌ぐとモンスターの腕を払った。体勢の崩れたモンスターがよろめいた所に振り下ろしたアックスがヒット、モンスターはあえない最期を遂げる。やっとの事で襲ってきたモンスターを倒したノルは、肩で息をしながら仲間達を省みた。いつものお使いクエストの帰り、もう少しでシルバーリーブという所でノル達はモンスターの襲撃を受けたのだ。振り返ったノルの目に飛び込んできたのは、無残な姿で横たわる仲間達の姿と、仲間達の返り血を浴びて赤く染まるモンスター。ノルはその光景を目にした時、目の前の景色が全て赤く染まったような錯覚を受ける。信じられない光景に、襲い来るモンスターを蹴散らしながら、ノルは仲間達に駆け寄った。
「クレイ、目を開けて。
パステル、トラップ、ルーミィ、キットン、シロ。
みんな、嘘だろう?
目を開けてくれ。」
仲間達に取りすがるように、ノルは一人一人に呼びかけるが、返事をするものは誰一人いなかった。
気がつくと、目の前には全く別の風景が映っている。仲間達の無残な亡骸は何処にも無く、目の前にはただ森の木々と、穏やかな光景のみが広がっていた。ノルにはこの景色に見覚えがあった。忘れられるはずも無い。ノルのやっとの事で見つけ出した妹、メルの居る大魔術教団の村だ。ほとんど放心した状態のまま、ノルは村の中心、メルの元へと向かって歩き出す。しかし、ノルは歩みを進めるうちにおかしな事に気付いた。嘆き悲しむ人がどんどん増えていっているのだ。ノルはなにやら嫌な予感がして、歩調を速め、終いには走り出していた。
やっとメルの家の前に着いたノルを見つけ、一人の人物が駆け寄ってきた。以前、協力して、メルを助け出したピートだ。ピーとは悲しげな表情でノルに駆け寄ると声をかけた。
「ああ、ノルさん。
もういらして頂けたんですね。
ありがとうございます。」
ノルは言っている意味がさっぱり解からずピートに尋ねる。
「一体何の事だ?」
今度はピートがきょとんとする番だった。
「ええ? 手紙を受け取っていらしたのではないんですか?」
「手紙なんて知らない。
気がついたらここに居た。」
「そうですか。
でも良かった間に合って。
さあ、メル様に会って差し上げてください。
これが今生の別れになるはずですから。」
「どういうことだ?」
「メル様はご病気なのです。
ですが、皆に心配をかけまいと黙って居られたので、
気付いた時には手の打ち様が無く・・・・・。
せめて最後に一目お兄様には会わせて差し上げたくて、
来て頂けるようにお手紙をお書きしたのです。
さぁ、メル様に会って差し上げてください。」
そう言うとピートはノルをメルの部屋へと連れて行く。ノルはいきなり妹が死の床にあると聞かされ、気持ちの整理もつかないままメルと対面する事となった。
メルの部屋に入ると、メルはベットに横たわっていた。顔色は悪く、白いというよりもどこか濁ったような色になっている。いつもの溌剌とした様子は消えうせ、まるで消えかかった蝋燭の火を思わせるような状態であった。この状態を見て、ノルには、メルに残された時間は無く、もはや、死の影を拭い去る事など出来ない事を実感する。突然の肉親との別れに直面し、ノルが何も言えないで居ると、メルの方からノルに話し掛けてきた。
「ご免なさい、兄さん。
折角やっと会えたというのに、私はもうダメみたい。
始めはただの風邪みたいなものだから、
大丈夫だと思ってたんだけど。
ご免なさいね。
でも、兄さんなら大丈夫よね。
あんな素敵な仲間が居るんだから。」
メルの無理した様に笑うのを見て、ノルには先程の事を言うことなど出来はしなかった。言えば、メルは更に苦しみ、最後まで自分を心配しながら心残りを残して死んでいくに違いない。そんな事はさせる訳にはいかなかった。ノルは妹を安心させる様ににっこりと笑うと、メルに答える。
「ああ、そうだな。
だから、俺の事は心配するな。
お前は最後まで生きる気持ちを忘れさえしなければいい。
さぁ、もうお休み。
無理をするんじゃない。」
「ありがとう、兄さん。
そうね、もう休むわ。
さようなら。」
そう言うと、メルは開放された様にほっとした顔で眠りに落ちていく。そして、それがメルとの最後の別れであった。
ノルは、メルの息が無くなったのが解かると、先程まで、どうしても流す事が出来なかった涙が止め処も無く溢れ出してくるのが解かった。自分にはもう誰もいない。やっと探し出した妹も、家族の様に大事だった仲間達も誰も。そう思った途端、ノルはまた自分が先程とは違う場所に居る事に気付いた。先程と違うのは、ここが荒れ果てた荒野だということ。人っ子1人居ないどころか、生き物が居る気配さえない。辺りを見回していると、不意に声が聞こえてきた。
「ここには誰もいないよ。
いるのは君だけだ。
世界は滅んでしまったのさ。
人も、鳥も花も生きているモノはみんな。」
「お前は誰なんだ!」
ノルは自分で出したとは思えない様なキツく大きな声で叫ぶと、声だけの何者かはさも楽しそうに笑う。
「怖い怖い。
そんな声を出さなくったっていいじゃないか。
僕が誰かなんてどうでもいい事。
重要なのは君がたった一人で残されたって事さ♪
じゃあね、僕はもう行かなくっちゃ。」
「待て、何処に行くというんだ。」
「君の知った事じゃないよ。」
「待ってくれ、俺を一人にしないでくれ。
・・・・・メル、クレイ、パステル、トラップ、
ルーミィ、キットン、シロ。
みんな!!!!!」
ノルの叫びは辺り一面に響いたが、それを聞く者は無く、声は荒野を渡る風にかき消されていった。
先程、キットンの耳から出てきた時と同じ様にノルの耳から出てきたナイトメアは、形を取ると満足そうに笑った。
「こっちの彼もなかなかだね。
肉親や仲間との死別、守れなかった後悔。
そして、一人残される孤独、か。
いやぁ、今日は上出来上出来♪
さって、オードブルはこれくらいにして、
今度はメインにいってみよう♪」v そう言ったナイトメアは、またもや状になると、ドアの隙間から部屋の外へと出て行った。
彼が次に訪れたのはトラップとクレイの部屋。トラップはとんでもない寝相で高いびきをかきながら、クレイはトラップのいびきに慣れてしまっているのか、まるで聞こえていないかの様にぐっすりと眠っている。二人に共通しているのは、なにやら良い夢を見ているらしく、顔がだらしなく緩んでいる事だろう。ナイトメアはそんな二人を見て、にやりと笑うと、またも袋から「悪夢の粉」を掴み出し、二人に振り掛けた。
「ふふふ♪ この二人はどんな悪夢を見るのかな♪
楽しみ楽しみvvv
うぅ〜んと、どっちから先に頂こうかなぁ?
・・・・・よっし! こっちの赤毛の彼に決定!!
じゃ、いっただっきま〜すvvv」
そう言うとナイトメアはトラップの悪夢を食べにトラップの中へと入っていくのだった。
それほど明るくない店内。決して広くは無いこの場所には、結構多くの人で賑わっていた。店内の様々な所に置かれたテーブルは変わった形をしている物や普通の机と変わらない物など様々である。ただ共通しているのは、いずれのテーブルでもコインが遣り取りをされていることであった。そう、ここはカジノで、変わったテーブルはルーレットやブラックジャックなど、普通のテーブルではポーカーなどが行われている。そんな中、ルーレットのテーブルでは一際目立つ人物がかなりエキサイトした様子で熱中していた。ヒョロッとした体躯に派手な色彩の服、それに後ろで一つに縛った赤毛。そう、トラップである。彼はかなり興奮しているようであった。無理もない。彼にしては珍しくギャンブルで勝っているのだから興奮するなというほうが酷というものだ。そしてやはりまた、増えたコインをさらに増やそうと、彼は今まで儲けた掛け金を全て賭けてルーレットに挑んでいるのである。
「こいこいこいこいこい!!!
赤のミミウサギこい〜〜〜!!!」
そんなトラップの叫びを鼻で笑うかの様に、ルーレットの玉は赤のミミウサギではなく、黒のマイマイスライムへと吸い込まれていった。
「うっそだろぉ〜〜〜〜!?
何で赤のミミウサギじゃなくて、
黒のマイマイスライムに入るんだよ!!
ちくしょ〜〜〜!
俺の2000Gぉ〜〜〜!!!」
そんなトラップの叫びは何処吹く風。どうせいつもの事と、周りは何の反応も返す者は無い。・・・はずだったのだが、この日は違っていたようだ。何者かがトラップの後ろへと歩み寄ると声をかけた。
「また負けギャンブルか?」
その声にむっとした様子でトラップが言い返しながら振り向く。
「負けギャンブルたぁなんだ!
負けギャンブルたぁ!!」
振り返った先に居たのはトラップのよぉっく見知った人物で、しかもトラップの恐れる数少ない相手であった。
「ジ、爺ちゃん!!!」
そう、その人物とは、トラップの祖父であり、ブーツ盗賊団のご隠居ステア・ブーツ氏で、トラップを睨みつけるその迫力は流石としか言い様がない。ブーツ氏はトラップに鋭いまでの白眼を向けながら言った。
「坊主。
お前にはブーツ一家の次期棟梁という自覚という物は無いのか?
いつまでも無計画なギャンブル狂いを続けよってからに。
もう、お前のような奴は金輪際知らん!
孫でもなければ祖父でもない!!
勘当じゃ!ブーツ一家にお前の居場所は無いからな!
帰ってきても、もはやうちの敷居は跨がせんぞ!!!」
そう、冷たく言い放つやブーツ氏はトラップに背を向けると立ち去っていく。トラップは祖父の姿を呆然と見送るしか出来ず、ただその場にへたり込むのみであった。
どの位の時間が経ったのであろうか。しばらく座り込んでいたトラップは立ち上がるとふらふらと歩き出した。家に帰ろうというのではないようで、ただ当てどなくさ迷い歩く内、トラップはある店の前に出る。その店には黒猫の看板がかけられており、トラップの良く知っている人物の経営する店であった。先程まで確かシルバーリーブに居た筈なのにいつの間にやらエベリンに居る等という、現実ではまずありえない事にすら、なぜか欠片も疑問に思わない。いつものトラップならまず考えられない事である。そして、トラップがその店のドアに手をかけたその時、中からこの店の主人と自分の全く知らない男との会話が聞こえてきた。
「マリーナ、本当にいいんだね?
この指輪を受け取るという事は、
俺のプロポーズを受けて俺と結婚してくれるって事だよ?
本当に、受けてくれるというんだね?
後悔しないかい?」
「ええ、後悔なんかしないわ。
トラップと居て疲れてしまった私を、
ずっと傍で見守っていてくれたのは、
温かい心で包んで私の心の傷を癒してくれたのは、
他の誰でもない貴方だもの。
きっと貴方となら幸せになれるわ。
だから、これを受け取りたいの。
きっと幸せになりましょうね。」
そう言って幸せそうに微笑むマリーナをドアの隙間から見たトラップはかつてない衝撃を味わう。自分とマリーナは素直じゃないながらも心は結びついていると思っていた。例え、どんなに素直じゃなくて憎まれ口をきいてもマリーナだけは自分を解かってくれると。でも、そうではなかった。自分が気付かないだけで、マリーナは自分の言葉や態度に傷つき、疲れ果ててしまったのだ。そして、それを自分でない男が癒し、ついには彼女もそちらへ行ってしまった。幸せになるために。あまりの衝撃にトラップは自分が壊れてしまったのではないかと錯覚すら覚えそうになった。どうにか気力を振り絞り、その場を後にしたトラップはまた何処へともなく歩いていくのだった。
トラップが辺りを見回すと、其処には何もない。ある筈の大地ですら闇にまぎれ、まるで闇の中に放り出されたような感じを受ける。あまりのショックにもはや何も考えられなくなっていたトラップは、そのままただ視線を前に投げた。すると、突然、目の前の1箇所が、まるでスポットライトを当てられたように照らし出された。
「だから言ったじゃないか。
たまには素直になれよって。
もうお前には付き合ってられないよ。」
そこに居たのは幼馴染のファイター、クレイ。彼は心底呆れ果てたようにため息をつくとトラップに言った。そして、クレイは言うだけ言うとトラップに背を向ける。その途端に明かりは消え、またトラップは闇の中に取り残された。
次の瞬間今度は別の場所で明かりが灯った。その場所に居たのは金茶の髪をした少女、パステル。しかし、彼女の顔にいつもの笑顔はない。彼女の顔に浮かぶのは、軽蔑しきったような表情のみ。あまりにもらしくない表情の彼女の口から出た言葉もまた辛辣極まりない、彼女らしくない言葉であった。
「いつかこうなると思ってたわ。
折角私が忠告したっていうのに言う事聞かなかったんだから、
自業自得だわ。
せいぜいこれ以後は注意するのね。
ああ、そうそうトラップの爺ちゃんから聞いたわ。
貴方勘当されたんですってね。
やっぱりこれも自業自得だもの仕方ないわよね。
私がギャンブルは止めとけって言ったのに聞かなかったのは、
他ならぬ貴方自身ですもの。
まあ、しっかり反省しなさいな。
そうそう、私たちの家にも、
もう貴方の居場所は無いからそのつもりでね。
じゃあね、さよなら。」
そう言った彼女もまたトラップに背を向けると明かりは消え、トラップは闇の投げ出される。その後もキットン、ノル、ルーミィ、シロと続き、シロにすら見放されたトラップは闇の中呆然とたたずんでいた。じっとしていても頭に浮かぶのは爺ちゃんやマリーナ、それに先程の仲間達の台詞。回りが闇に閉ざされている分だけ彼らの台詞は際限なくトラップを攻め立て続けていく。どれほど時間が経ったのだろう、ついに耐え切れなくなったトラップには押しつぶされるかのような闇の中、腰に手を当てた。腰から取り出されたのは1本のロープ。トラップはそれを自分の首に巻きつけると一気に両端を引き自らの首を絞めた。遠退く意識の中でそれでも思い起こされたのは仲間達やマリーナとの楽しかった時間であった。
トラップの悪夢を堪能し、耳から出てきたナイトメアは形を取ると心底楽しく、しかも満足そうに笑う。
「う〜〜ん、絶品vvv
まさしく珍味ってやつだぁね♪
いいねいいね。
家族や恋人、仲間から見放され、
ついには孤独の中で、その命を自ら絶つ!!
こんな美味しい悪夢はホント久しぶりだなぁvvv
しかし、強がっている人間ほど、実はもろいんだよねぇ。
ちょぉっとつついてやれば、ポキン!っだもんね。
いやいや。今日は当たり当たり。
じゃあ、この調子で次行ってみよう!!」
満足そうにお腹をさすりながら、ナイトメアはまた新たな悪夢を貪ろうともや状になり、今度はクレイの耳へと入り込んでいった。
黒髪に茶色の瞳、年の頃は22、3といった所だろうか、男性が1人ドーマへと向かっていた。彼は、どうしてもしなければならない目的のために、今ドーマへの道を急いでいるのだ。その目的とは、彼の祖父に修行の成果を認めさせ、祖父の決めた婚約を解消させる事であった。何故、修行の成果を認めさせる事と、婚約の解消が同義なのかというのは、2年前、彼が恋人である仲間の少女との結婚を認めてもらう為、祖父に婚約解消を願い出た所、その条件として修行の成果を自分に認めさせる事を提示された為、このような次第となったのである。あれから2年、クレイも23になり、レベルもかつてとは比べ物にならない位上がっている。今ではレベルも14になり、この様子を見れば認めてくれるに違いないと自分はおろか、周りですらそう思って太鼓判を押していた。
やっとの事で実家に辿り着いたクレイは足早に玄関に歩み寄るとドアをノックした。そして中からの返事を待つ事無くドアを開け、中へと入っていく。階段を上がり、まっすぐに祖父の部屋へと進んでいくクレイに後ろから声がかかった。
「なんじゃ、クレイ。戻っておったのか。
で、どうしたと言うんじゃ?」
声をかけたのは祖父、ジェラルド・D・アンダーソン。クレイが帰ってきた目的なんぞ、言わずとも判ろう物であるにも関わらず、アンダーソン氏はクレイにすっとぼけたように問い掛けた。クレイもそんな祖父の嫌味とも取れる考えが解かったのだろう。少し眉を顰めると、祖父に答えた。
「今一度戻って参りました、お爺様。
今度こそ、俺の修行の成果を認めて頂けないでしょうか。」
そう、この台詞からも解かるように、クレイが成果を認めてもらう為に実家を訪れたのは今回が初めてではない。この2年の内に既に3回は訪れている。初めは、条件を出されてから1年後。この時、クレイは死に物狂いで頑張ってレベルを10にまで上げて意気揚々と実家の門を叩いたのである。しかし、祖父の答えは否。結局クレイは出直す事となり、2回目はその半年後、3回目は更にその4ヵ月後に訪れるも、認めては貰えず今に至っているのである。流石に今度こそは、とクレイも、他の仲間達も信じて疑わなかった。何しろ23歳でレベル14といえば、他の冒険者達からも一目置かれるほどである。それほどレベルが上がっているのだから、認められない筈が無い。そう思っている所へ、アンダーソン氏がクレイに声をかけた。
「ほう、
前に来てから2ヶ月しか経っておらんと言うのにその自信。
さぞや修行したのであろうな?
どれ、冒険者カードを見せてみぃ。」
そう言われ差し出した冒険者カードを見たアンダーソン氏はため息を一つ吐くと共に首を振る。
「ダメじゃな。レベル14じゃと?
話にもならん。」
予想とは全く違う祖父の答えにクレイは愕然とし、問い掛けた。
「何故です? 何がダメだと言うんです?
23歳でレベル14と言えば、
他の冒険者達からも一目置かれるほどです。
それに兄さん達にも劣らないではないですか。
いや、劣らないどころか、いくらか上かもしれない。
それなのに、何故!?」
顔色を失ったまま詰問するクレイをアンダーソン氏は鼻で笑うと、クレイに向かって答えだす。
「ふん! 何故じゃと?
他の冒険者達からも一目置かれる?
それ何じゃと言うんじゃ!?
お前はな、クレイ。
かの、青の聖騎士、
クレイ・ジュダ・アンダーソンの名を受け継ぐ、
ただ一人の者じゃ。
それが、そこらの名も無い輩と比べたからと言って、
何にもなりゃせんわ。
しかし、お主、何を修行して来おったのじゃ?
おぬしの態度は傲慢そのもの。
確かにレベルは上がったようじゃが、
人間としては成長した様子は見られんようじゃな。
やはり、まだまだ修行が足りん!!
出直してくるが良い。」
アンダーソン氏のグウの音も出ない言葉に、クレイは言い返す事など出来る筈も無く、がっくりと項垂れるしかなかった。
気がつくとクレイは自分達の家の前に立っていた。中からは美味しそうな食事の匂いが漂ってくる。クレイががっくりと落ち込んだままドアを開けるとそこに居たのはパステルのみ。しかし、クレイにはそれが逆にありがたかった。落ち込んだ時傍に居て欲しいのは、他の誰でもない、愛しい少女、いや今や女性であるパステルであったからだ。だが嬉しい反面、クレイはパステルにまた認めてはもらえなかった事をどう伝えようかと悩んだ。既に将来を約束してから2年以上が経過している。それなのに、自分が認めてもらえないばっかりにそれから先に進めないでいるのだ。クレイが悩んでいると、パステルの方からクレイに声をかけた。
「今回もダメだったのね?クレイ。」
見透かしたパステルの言葉に、クレイは言葉に詰まりながらも頷く。それを見たパステルはため息を一つ吐くとさらに言葉を続けた。
「そうじゃないかと思っていたわ。
きっとお爺様には、私達を認めるおつもりは無いんだと思うの。
それに、私、もう待ちつづける事に疲れてしまったわ。
だから、クレイ。
もういいの。終わりにしましょう、私たち。」
パステルからの突然の別れの言葉に、クレイは先程とは比べ物にならない程の衝撃を受ける。それはまるで、今世界が崩壊したと告げられたとしても、これほどショックを受けはしないのではないかと思うほどであった。あまりのショックにどうにか声を絞り出したクレイはパステルに問い掛ける。
「いきなりどうしたっていうんだ、パステル。
どうして俺達が別れなきゃいけない?
お爺様の事ならきっと認めさせてみせる。
だから、終わりなんて言わないでくれ。」
必死な様子でそう言うクレイにパステルはただ悲しそうに言った。
「いいえ、
きっと10年経とうと、20年経とうと認めてはもらえないわ。
それにクレイ、貴方も貴方よ。
なぜお爺様が3回も4回も反対なさったというのに、
平気でそのまま引き下がって来れるの?
本当に私を愛していると言うのなら、
どんなにでもして認めて貰おうと食い下がるはずでしょう?
そうしないというのは、私をそれほど愛していないんだわ。
それを自覚してしまった以上、一緒には居られない。
だからお別れするの。
私故郷のガイナに戻るわ。そこで小説を書いて暮らす。
それにギアも一緒について行ってくれるって言ってるの。」
いきなりかつての恋敵(まあその頃は自覚していなかったのではあるが)の名前が出てきた事にクレイは驚き思わずパステルを問い詰める。
「何でギアが出てくるんだ!
パステル、君はギアと連絡を取っていたと言うのか!?」
「そんな訳無いでしょう?
貴方がドーマへ行っている時、
偶然シルバーリーブを訪れていたギアとばったり遭ったのよ。
それで、いろいろと相談にのってもらった時、
一緒について行こうと言ってくれたの。
もう自分も若くないし、
私を支えていたいって言ってくれてね。
でも、そんな事を言うなんて、
クレイ、貴方私を信用していなかったのね。
やっぱり私達、もうダメなんだわ。
じゃあ、さよなら。
ルーミィとシロちゃんは私がガイナに連れて行くから、
クレイは頑張って修行してね。」
そう言うと、既に荷物を用意してあったのだろう。大きめの荷物を持つとパステルはドアに手をかけ、出て行ってしまう。クレイは後を追おうとしたが、足は根を生やしたようにぴくりとも動いてはくれず、ただクレイに出来たのは叫ぶのみ。
「待ってくれ!パステル!
俺には君が居ないとダメなんだ!
全てをさらけ出せるのは君しかいないんだ!
だから、お願いだ!
待ってくれ!!
パステル!!!!!」
しかしクレイの叫び声はそのままかき消され、後には必死に手を伸ばすクレイの姿のみであった。
ナイトメアはクレイの耳から出てくると上半身のみ形をとり、腕組みをしたと思ったら、眉間にしわを寄せながら呟いた。
「うーん、
今度の悪夢はさっきのに比べると今ひとつだったなぁ。
努力が報われないやるせなさと、
恋人が自分を見限って去ってしまう悲しみ。
いつもなら、充分過ぎるほど美味しい悪夢なんだけど、
やっぱ、さっきの彼の悪夢に比べるとどうしてもね。
まぁ、そんなに悪くは無いしおなかには溜まった事だし、
デザートに行くとしようかな。」
そう言うと、ナイトメアはドアの隙間から、入ってきた時と同じ様に出て行くのだった。
最後に訪れたのはパステルとルーミィ、シロちゃんの眠る女部屋。其処では2人と1匹が気持ち良さそうに眠っている。ナイトメアはそれを見て1人Vサインをしながらにやりと笑った。
「どぁいラッキvvv
デザートとしては極上の素材じゃぁ〜んvvv
子供は単純な悪夢でも美味しい感情を出してくれるし、
ホワイトドラゴンの悪夢なんて珍味中の珍味。
それに年頃の女の子の悪夢っていったら格別なんだよね。
なんてったってデザートにはもってこいだもんね♪
よおっし、じゃあ、この子供の悪夢を食べてから、
次にホワイトドラゴン、最後はこの娘の悪夢で〆!!
じゃあ、いっただっきまぁ〜すvvv」
そう言って嬉しそうに順番を決めると、袋から悪夢の粉を部屋全体に振り撒き、ルーミィの耳へと入り込んでいくナイトメアであった。
ルーミィはそのぽよぽよした眉毛を顰め、泣ながら走っていた。ペースなどという物は全く考えてもいない。全力疾走で走っている。周りは闇に包まれ、彼女の後ろを見るとなにやら緑色の大きな物が、明かりに照らされるようにして光っていた。どうやらそれからルーミィは逃げているらしい。目から大きな涙を零し、時々後ろを振り返るがそれがちっとも消えていないので、更に激しく泣きながら逃げて行く。そう、緑色でルーミィの嫌いな物、それはトンジャンであった。しかもとてつもなく大きい。その大きさはルーミィはおろかノルよりも大きいのではないかと思われるもので、しかも、ぱっくりと口を開け、その口には牙まで生えている始末。その口から、
「好き嫌いする子は誰だぁ〜!
俺たちを食わない悪い子は誰だぁ〜〜!!」
と叫びながら追ってくるのだから、ルーミィにとってその恐怖は計り知れないものであった。
「うああ〜〜〜ん。
こあいんだおう!
トンジャンが追っかけてくうんだおう!
ルーミィは悪い子だって追ってくうんだおう!!
ぱあるぅ、どこぉ?
助けてだおう!」
その声に反応するようにルーミィの駆けていく先に明かりが灯った。そこに居たのは母親代わりのパステルである。ルーミィがパステルに飛びつくと、パステルはルーミィを自分から引き離しルーミィを悲しそうに見つめて言う。
「ダメなの、ルーミィ。
私は助けてあげられないわ。」
「どおしてだおう?
どおしてぱあるぅは、
るうみいを助けてくれないんだおう?」
「だって、ルーミィ。
トンジャンの言っている事が聞こえたでしょう?
トンジャンは好き嫌いをする悪い子を追いかけているの。
だからいつも言ったじゃない。
好き嫌いをしちゃいけないのよって。
でもルーミィ言う事聞かなかったでしょ?
だから助けてあげられないの。」
「うあああん。
ごめんあしゃ〜い。
もうルーミィ好き嫌い言わないんだおう。
だから、ぱあるぅ、助けてだおう。」
パステルの言う事を理解できたのか、涙を目に溜め、ルーミィは必死で謝るが、パステルは悲しそうに首を振った。
「ダメなの。これからじゃ遅いのよ、ルーミィ。
助けてあげられないわ。ごめんね」
パステルはそう言うとルーミィの前から消えてしまい、ルーミィはトンジャンに囲まれ、責められ続けるのであった。
ルーミィの耳から出てきたナイトメアはもや状のまま口だけを形作るとにやりと笑う。それは全て形作るよりはるかに不気味なのだが、ナイトメアはそんな事に気を留めるはずも無い。実を言えば、早く次に行きたいが、あまり急くと楽しみも半減だと思っているためにこんな事をしているのである。
「やっぱり子供の悪夢は美味しいやvvv
嫌いな物に追いかけられて、
母親みたいな人にも庇ってもらえないってだけなのに、
こんなに純粋で美味しい悪夢になるんだからね♪
この分だと次も期待できるかもvvv」
そう言うとやはり待ちきれないのか、さっさとナイトメアはシロちゃんの耳へと入っていくのだった。
部屋においてあるベットに一人の老女が横たわっている。髪は真っ白で長く、耳は人間よりも尖っているため、彼女がエルフ族であることが見て取れた。その瞳は綺麗なブルーアイで、顔立ちは整っている。若い頃はさぞかし美しかっただろう事は容易に推察できる事であった。そのベットの枕元に1匹の白い仔犬が寄り添っている。彼女が倒れた頃、いつの間にか傍にいて、周りの者が離そうとしたのだが、その子犬は決して離れようとはせず、老女の希望もあってそのままにされていたのだ。辺りに人の気配が無い事を確認してから老女は仔犬に話し掛けた。
「今までありがとう。
パステル達は死んでしまったけど、
貴方が居てくれたお陰で悲しみを乗り越える事が、
生き続ける事が出来たわ。シロちゃん。
本当にありがとう。
パステルや貴方、それにみんなのお陰で、
私は故郷を思い出し、探し出す事が出来たし、
ママは生き返る事は無いけど、
夫や、新しく家族も出来た。
本当に、辛い事もあったけど、
それ以上に幸せな一生だったわ。」
そう話し掛けられるとその仔犬は光り、一人の人間の姿に変わった。白に近いシルバーブロンドの髪と黒曜石の瞳をもつ少年の姿に。そう、この老女はルーミィで、この少年はシロちゃんであった。
「何言ってるんですか、ルーミィさん。
お礼を言うのは僕の方ですよ。
パステルお姉さんやクレイさん、
トラップ兄ちゃんにキットンさんにノルさん。
みんなとの別れを耐える事が出来たのは、
ルーミィさんが居てくれたからです。
本当なら、
僕は1人きりであのヒールニントのダンジョンに居たはず。
それを変えてくれたのは皆さんです。
皆さんと過ごした時は今でも僕の宝物なんです。
だからお礼なんていらないんですよ。」
みんなで冒険をしていた時から既に250年の月日が経っていた。今ではパステル達はこの世を去り、今またルーミィも自分を残してこの世を去ろうとしている。250年経とうともドラゴン族にとっては2年半でしかない。シロは人間の形をとる事は出来る様にこそなったものの、まだ幼い子供であった。かつて一緒に過ごした者達が全ていなくなってしまうという事、どれ程の歳月が流れようとも、まだ幼いシロちゃんにはそれは辛すぎる事に他ならない。シロちゃんは泣きたくなる気持ちを必死で隠そうと目に力を入れた。そんな彼の様子に気付いたのだろう。ルーミィは痩せて軽くなった手をシロちゃんの頭に置き優しく撫でる。
「ごめんなさいね。
一緒に生きてあげられなくって。
でも大丈夫よ。
例え私たちの体は死んでも、
貴方が私達を忘れないでいてくれる限り、
私達は貴方の中に生き続けるわ。
だから、そんなに悲しまないで。
本当に今までありが・・と・・・う・・。」
そう言うとルーミィは静かに息をひきとり、永久の眠りにつく。残されたシロちゃんはとうとう堪えきれなくなった悲しみに部屋から逃げるように飛び出していった。
どれほど飛び続けたのだろう。飛び疲れたシロちゃんはある丘の上に降り立った。そこは麓の村を一望できる場所に在り、幾つかのお墓が並んでいる。
「お久しぶりですね。
パステルお姉さん、トラップ兄ちゃん、皆さん。」
そこに並んでいるお墓こそ、他ならぬパステル達の眠る墓であった。そして、そのお墓が在るのはドーマ。死んだ後もシロちゃんと離れ難かった彼らはここにお墓を作ったのだ。その為か、或いは皆と離れ難いのはシロちゃんも同じだったのか、彼は事ある毎にここを訪れていた。ある時は楽しかった事を知らせに、またある時は成長を皆に見せる為に、そしてまたある時は悲しみを聞いてもらう為に。
「今日ルーミィさんが亡くなりました。
あなた方の下へと旅立っていきましたよ。
・・・・・とうとう、僕だけが残されてしまいました。
何で僕はドラゴン族なんでしょう。
ドラゴン族でなかったなら、
皆さんに残される事もなかったでしょうに。
でも、ドラゴン族でなかったなら、
きっと出会う事も、
一緒に冒険をする事もなかったんですもんね。
・・・・・皮肉ですね。
ドラゴン族であった為に出会い、
ドラゴン族であるが故に生き残される。」
はらはらと大粒の涙を零しながらシロちゃんはお墓に向かって話し掛ける。それは誰に言うでもない、どこか独り言のようであった。
「皆さんが亡くなった後、
ルーミィさんが伴侶を見つけ、
結婚なさった時もすごいショックでした。
仕方ないですよね。
僕は未だにこんな子供の姿なんですから。
でも、やはり誰かのモノになっても生きていてくれるのと、
死んでしまうのではショックが違うんですね。
・・・・・こんな事をあっさり言えるなんて変ですか?
そうですね。
僕は悲しみのあまりどこか壊れてしまったのかもしれません。
そう、壊れてしまったんでしょうね、きっと。
あはは、はは、あははははは!!!!!」
涙を流しながら狂ったように笑うシロちゃんの笑い声は風に乗って遠くまで響き渡っていった。そしてその声を聞いた者は、その悲痛な響きに訳も解からず涙を流したという事であった。
シロちゃんの耳から出てきたナイトメアはもや状のまま堪えきれないとばかりに笑い出した。
「あ〜はっはっはっはっは!!!
最高〜! もう最っ高だよ本当に!!
1人取り残されるだけじゃなくて、
失恋のおまけ付ってか!?
しかも失恋した挙句死なれちゃってるしぃ〜〜!
いやぁ、さっすがホワイトドラゴン。
人間とは一味違うね!!
ああもう、今日の僕ってなんて運が良いんだろ。
こんな運の良さって、
ある人間を襲う役目を終えた僕が、
そのまま消滅する筈だったのに、
運良く襲った人間とその傍に居た人間の、
負の感情を吸収したせいで命を得た時以来じゃないかなぁ。
この分だときっと最後のこの娘も期待できるよね♪
じゃあ、〆いってみよう!!」
笑うだけ笑っていくらか気が済んだのか、ナイトメアは最後の一人であるパステルの耳へと入っていくのだった。
大きな屋敷の一室にパステルは座っていた。どこか薄暗いこの部屋に馴染みはない。けれども何故か見覚えがある様な気がしてならず、パステルは辺りを見廻しながら考えていた。不意にここが何処だか思い当たった時、ドアが開く音がしてパステルは振り返った。
「来たのですね、パステル。」
そこに居たのは一人の老婦人。その雰囲気は柔らかい印象を与える事は決して無く、どこか無機質且つ硬質の印象を人に与えるものだ。そしてパステルにはこの人物に見覚えが充分過ぎるほどあった。そう、苦手とする彼女自身の祖母である。道理でこの屋敷に見覚えがあった筈だ、ここは祖母の屋敷ではないか。パステルがそう思った時、パステルと同じ名を持つ彼女の祖母は再び口を開く。
「おやまぁ、久しぶりに会う祖母に挨拶一つ出来ないのかい?
全くお前の母親の教育が偲ばれるってモノだよ。
挨拶一つ出来ないなんて、
ろくな教育が出来ていない証拠じゃないか。
全くあの子もとんだ嫁を貰ったものだよ。」
大好きだった母を貶されたパステルは憤りと悲しさを感じつつ祖母に口を開いた。
「お久しぶりです、お婆様。
挨拶が遅れて申し訳ありませんでした。
ですが、それは私自身のミス。
母を悪く言うのは止めて頂けないでしょうか。」
パステルからの反論に祖母は眉を少し顰める。
「おやおや、口答えですか?
私が親なら、
目上の者への口答えなんて許すような、
そんな教育はしなかったでしょうに。
全く、だから私は言ったのよ。
あんな娘と一緒になるのはお止しなさいって・・・・・。」
更に大好きな母を悪し様に言い続ける祖母とこれ以上一緒に居たくないと思ったパステルは、一声かけて帰ろうと祖母に声をかける。
「あの、お婆様。
私帰らせていただきます。
仲間達も待っていると思いますし。」
その途端、祖母は片眉をぴくっと上げると立ち上がり、顔を歪め、彼女らしくない大きな声で叫んだ。 「なりません!!
貴方はここで暮らすのです!!
どうせ、冒険者と言った所で、
たいした事等出来はしないのでしょう!?
貴方の教育をやり直すためにも、
ここで暮らすのです!!!!!」
祖母のあまりの迫力にパステルは一瞬押し切られそうになったが、冒険者を辞めてここで祖母を暮すのなぞ冗談ではない。パステルは祖母から遠ざかるように後退すると彼女に向かって叫んだ。
「絶対に嫌です!!
私は冒険者を続けます!!
例えどんなに情けない冒険者だとしても、
私は冒険が好きなんです!
だから絶対に止めません!!!」
パステルは必死に反論をするが、祖母にとっては逆効果だったようだ。彼女は更に上品そうだった顔を歪めパステルに迫ってこようとした。
「許しません!
私に口答えをする事など、許しません!!!」
祖母が叫んだその時、彼女の顔が怒りに歪むのとは全く別の歪みを見せる。それはまるで暴れる水を閉じ込めた風船の様に、或いは祖母という袋の中を液体状の何かが蠢いたかのように、顔がぼこっと一瞬飛び出たのだ。
「ひっ!」
パステルはその様子をしっかりと見てしまい、顔を青ざめさせ短い悲鳴を上げる。祖母はそんなパステルを見るとにやりと笑った。そしてその笑いを皮切りに祖母の体は次第に皮膚や服を問わず透明度を増し、服を体が一体となっていく。その様子は、さながら祖母が大きなドッペルスライムに変わっていくようだった。そして完全にスライム状になった祖母はパステルに手を伸ばしながら、ひび割れたような声で話し掛ける。
《パステル、貴方は私と暮らすのです。
そして私の同じモノになるのです。
さあ、来なさい。
逃げる事など出来はしないのです。》
パステルはあまりの様に声を出す事も出来ず少しずつ後退る。しかし、祖母だったモノは徐々にパステルを部屋の隅へと追い詰めていった。
部屋の隅に追い詰められ、祖母だったモノがパステルに触れようとし、パステルがもうダメだと思いかけたその時、部屋の中央から誰かが声をかけた。
「パステル!諦めるな!!
君は立派な冒険者だ!
こんな事でくじけるんじゃない!!」
その声に祖母だったモノはビクッと一瞬手のような触手を引き戻す。その隙にパステルは祖母だったモノの脇をすり抜け部屋の中央に走った。走っていく先に居たのはクレイ。信頼できる仲間の姿にパステルは先程の恐怖が一掃されるのがわかった。
「パステル。大変だったね。
でももう大丈夫。
みんなここに居るから。
安心していいよ。」
「ありがとう、クレイ。
もうダメかと思った。
このままお婆様だったモノに取り込まれるのかと思ったら、
皆にもう会えないのかと思ったらすっごく怖かった。
来てくれてありがとう。」
ほっとしたのか、涙をボロボロ零しながら微笑み、パステルは言う。パステルの涙をクレイが拭いてあげていると隣から声がかかった。
「っかぁ〜〜〜!
こんな時にいちゃついてんなよなぁ。」
「良いじゃないですか。
パステルもほっとしたんですよ。。」
声をかけたのは、トラップとキットン。
「ぱーるぅとくりぇーはいつも仲良しだお!!」
「仲が良いのは良い事デシ!!」
「・・・良い事だ。」
更に続けたのはルーミィにシロちゃん、そしてノル。全員が居る事でパステルは完全にいつもの調子を取り戻していた。
「皆が居てくれる!!
もう、貴方なんて怖くないわ!!
お婆様!!」
祖母だったモノにそう叫んだ時、何処か薄暗かった屋敷の部屋にぱぁっと光が差し込んだ。そしてその光を浴び、祖母だったモノは断末魔の叫びを上げ、次第に塵となり消えていく。祖母だったモノが完全に塵と化し消えた時、パステル達は屋敷の中ではなく、いつものシルバーリーブの光が溢れる広場にいた。いきなり場所が変わった事に驚いた一同であったが、無事皆の元へパステルが戻った事を喜び、一同は幸せそうに笑い合うのだった。
パステルの夢の中で、祖母だったモノが断末魔の叫びを上げた時、同じ様に叫び声を上げてパステルの耳から飛び出してきたものがあった。言うまでもない、ナイトメアである。ナイトメアの好物は悪夢を見る事で出される生き物の負の感情であるが、苦手な物もやはり存在するのだ。ナイトメアの苦手な物、それは『悪夢を見させる事が出来ない者』。そしてそれ以上に苦手な、むしろナイトメアの天敵というべきなのが、『悪夢に打ち勝つ者』である。打ち勝つ者の中に入ってしまい、悪夢を打ち破られたナイトメアは力を失い、下手をすれば消滅しかねない。正に天敵というに相応しいもの、それが打ち勝つ者であった。しかし、悪夢を見させられない者は1万人に1人、ましてや打ち勝てる者などに至っては1億人に一人居るか居ないか。ナイトメアが油断していたのも当然である。しかし、いくら少ないと言っても決して居ないという事ではない。ナイトメアは油断していただけにもろに悪夢を打ち破られ、ほうほうの態でパステルの中から逃げ出してきたのだった。
「なっ、何でこんな所に『打ち勝つ者』なんかが居るんだよ〜。
もろに打ち破られちゃって、
折角良い悪夢を食べたっていうのに、
その分以上の力が無くなっちゃったじゃないかぁ〜。」
そう泣きを入れる様は駄々っ子その物。しかし、いくら駄々をこねた所で、失ってしまった力はどうしようもない。しかも打ち勝つ者には一度打ち破られたら最後、傍に居るだけでも力は殺がれ続けてしまうのだから、もはや逃げるしかナイトメアに残された手段は無かった。結局ナイトメアが泣き喚きながらほうほうの態で逃げ帰ったのは、もうじき夜も白み出す時間であったという。
その日の朝、パステル達の家の居間では世にも珍しいモノのオンパレードであったという。何しろキットンは自己嫌悪により地の底まで沈みまくっているし、ノルは絶えず不安そうに皆の存在を確認している。トラップに至っては周りに気を使い丁寧な事この上ない。まるでクレイを真似したかの様な品行方正さだ。クレイはクレイで、パステルに何か言いたそうにしているのだが、踏ん切りがつかないらしく、お産前のメス熊よろしく行ったり来たりを繰り返していた。ルーミィはパステルから一秒たりとも離れようとはせず、まるでコアラの親子の様相を呈しているし、シロちゃんは思いもよらない感情を自覚してしまったのか、どこかルーミィに対してギクシャクしているといった有様。いつもと変わないのはパステルのみであった。
パステルは皆の不自然な行動に訳が解からないとでも言う様に首をかしげると、皆に話し掛けた。
「ねぇ、皆今朝はなんかおかしくない?
キットンは沈み込んでるし、ノルはなんか心配そう。
クレイは落ち着かないし、ルーミィやシロちゃんだって変だわ。
何より変なのは貴方よ!トラップ!
何でクレイみたいないい人の振りをしてるの?」
的確だが、ほとんど暴言とも取れるような言葉に、一同はため息をつくと答えた。
「ちょっと今朝の夢見が悪かったんですよ。」
「嫌な夢、見た。」
「俺も嫌な夢見てな。」
「ぱあるぅ!
るうみぃトンジャンに追っかけられる夢見たんだおう!
ぱあるぅ、るうみぃが悪い子だかあって、
助けてくれなかったんだおう!」
「ボクもヤな夢を見たんデシ。」
「おいちょっと待て、パステル!
振りとは何だ振りとは。
俺はいつもいい人だろうが!」
「「「どこが(だ)よ!」」」
トラップの言葉に突っ込みを入れたのはパステル、クレイ、キットンの三人。
「どこがいい人なのよ!
いい人は誰かを利用したりしないものよ!!」
「そうだぞ、トラップ!
お前どれだけ周りに迷惑かけてきたと思ってるんだ!?
少しは反省しないか!」
更に言い募るパステルとクレイに加わらなかったキットンが突然叫び声を上げた。
「あああああ〜〜〜〜〜!!!
解かった、解かりましたよ〜〜〜!!!」
いきなりの大声に周りに人間は思わず一瞬気が遠くなりかける。どうにかやっとで意識を保つと、パステルとクレイはキットンに問い掛けた。
「何が解かったんだ、キットン?」
「そうよ。一体何の事。」
問い掛ける二人にキットンは当然の事といった感じでさらっと言う。
「何って今朝のこの現象ですよ。」
キットンの言っている事が解からず?マークを浮かべる二人にキットンは更に続けた。
「おかしいと思ったんですよ。
1人ならともかく、
こんなに大人数が同じ日に悪夢を見るなんて。」
「どういう事(だ)?」
問い掛ける二人にキットンは、取り出したモンスター図鑑のページを開いてめくりだす。しばらくして、目当てのページが見つかったのか、コラム記事を二人に見せた。
「ほら、この記事、
ここには夢魔・ナイトメアの事が書かれています。
このナイトメアが顕れると、
決して現実には起こって欲しくない事を、
悪夢として見させられてしまうと書かれているでしょう?
きっと今朝の事はこのナイトメアが原因だったんですよ。
みんなナイトメアに最悪の悪夢を見させられたんです。
少しぐらい様子が違っても仕方ないですよ。」
そこまで説明して、キットンははて?という様に首をかしげ、パステルに問い掛けた。
「そういえば、パステル。
貴方、いつもと変わらないですけど、
悪夢は見なかったんですか?」
そう問い掛けるキットンにパステルはきょとんとした顔で答える。
「私?悪夢じゃなかったけど、夢は見たよ?」
「どんな夢です?」
「始めはお婆様がスライムみたいになって襲ってくるんだけど、
皆が来てくれたと思ったらシルバーリーブに居て、
皆で笑いあってたよ?」
パステルのそんな答えを聞いても、やはりキットンは腑に落ちなかったようで、モンスター図鑑に目を落とし何か手ががりのようなものは無いかと探し始めた。そして何かを見つけたのか、一つため息を吐くと、いつもの大声からは信じられない様な小さな声で呟きを漏らす。
「ナイトメアにとって、
最凶なのはパステルなんですか・・・・・。
さすが史上最強のお気楽人間ですね・・・・・。」
ナイトメアに書かれていたコラム記事、そこにはこう書き記されてあったという。
《ナイトメアを倒す事は不可能であると考えた方が良いだろう。何しろ彼の力の源は、生き物の負の感情である。つまり、彼を滅ぼしたかったら、生きるモノの誰も居ない世界に追いやるしか術は無いのだ。
それに、彼を倒す方法があと一つ、在るには在るが、これはお勧めする事は出来ない。なぜなら、悪夢を打ち破る力を持つ『打ち勝つ者』と呼ばれる存在は1億人に一人居るか居ないか。しかもそれを見分ける手段は無く、ナイトメアに悪夢を見させられないとそうであるかそうでないか判らないのだ。そのような不確かな手段をお勧めする事は出来ない。ただナイトメアの天敵となる『打ち勝つ者』の力が一度でも発揮されると、ナイトメアはその者や周りの者に手出し出来なくなるので、もし、「打ち勝つもの」あなたが見つけたら、その人の傍に居ると安眠が約束される事だけは表記しておこう》
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