パステルの誕生日が過ぎて数日経ったころに、マリーナがシルバーリーブに遊びに来た。
誕生日に間に合わなかったことをパステルに謝罪して、その日は心行くまでパステルとの話を楽しんだようだった。
そんな二人を邪魔しないように、パステルたちの部屋には入らなかった。
そして翌日。
朝食を食べた後で、おれはなぜかマリーナに呼び出された。
公園のベンチに並んで腰を下ろす。
なんとなくピリピリとした空気があるような気がして、気後れしてしまう。
笑ってはいても、別に気にかかっていることがあるかのように。
「単刀直入に聞くわ」
笑顔を収めたマリーナが、おれを覗き込むようにして言った。
「パステルを、他の誰かに持って行かれてもいいの?」
威圧されるような視線のせいで、目もそらせない。
真冬だというのに汗が浮かんできそうだった。
先に視線を外したのはマリーナの方だった。
「ごめんなさいね、いきなり」
ベンチに座りなおしたマリーナが少し微笑んだ。
「それは、構わないけど。どうして急に?」
「そろそろ行動に移らないといけないんじゃないかって思ったの。パステルの誕生日に何かあるかと思ったけど、ないみたいだから」
マリーナの言葉は漠然としすぎていたけど、気持ちはわからないでもなかった。
パステルは人に好かれるタイプだし、それは異性であっても変わらないから。
いつか、誰かがパステルを連れてどこかへ行ってしまうのではないかという不安はあった。
自分がどうしたいのか、何度も自問している。
「あいつのことも知ってるんだろう?」
たぶん、行動を起こすことをためらう一番の理由は、それだ。
「えぇ」
二人して同じ女の子を好きになって、何の行動も起こせない不甲斐なさを見かねての忠告なのかもしれない。
「トラップにも言ったのか?」
「いいえ」
「この後か」
「違うわ」
妙にはっきりとマリーナは言った。
「クレイにしか言わないわよ。あいつには言わない」
「トラップは、おれよりは行動的だからな」
だから、わざわざ言わないのだろうと、そう解釈したけどマリーナは首を横に振った。
「そういうことじゃないの。ね、クレイ。バレンタインにはパステルから本命チョコがもらえるように、頑張ってみたら?」
「そう言われてもな」
何をどう返していいかわからなかった。
「自分を抑えるのは悪いことだとは思わないわ。時として必要なことだとも思う。そういうことができる人は、できない人よりも魅力的よね。だけど、必要以上に自分を押さえ込むことに何の意味があるの? みんなが戸惑うから? 親友を傷つけたくないから? パステルを困らせたくない? パステルが誰かを好きになるのを、指をくわえてみてるだけで後悔はしないの? 本当に、クレイはそれでいいと思ってる?」
冷静沈着なマリーナらしくない感情的な発言だった。
「手が届かなくなってからでは、どれだけ後悔したって遅いのよ」
「そうだな」
おれはそれを、わかっているつもりでわかってはいなかったのだろう。
こうしてはっきりと指摘されて始めて、焦燥に似た危機感が芽生えたような気がする。
明日にでも、いや、今日にでもパステルが誰かと。
どんな可能性だって、ゼロじゃないのだから。
「パステルがトラップを選んだらどう思う?」
聞かれて、真っ先に「嫌だ」と思った。
親友の幸せを「嫌だ」と思った。
だけど、そんなことを告げられはしない。
卑怯かもしれないけど、そこまでの心の内を明かせる相手は、目の前にいる彼女ではないから。
だけど、きっとマリーナにはわかってしまったのだろう。
嘘のつけないおれの感情を読み取るのは難しくはないだろうから。
「バレンタインまで一週間よ。頑張ってね」
「ありがとう」
マリーナは嬉しそうに笑って、先に帰って行った。
どうして彼女がこの時期に、唐突にこんなことを言い出したのかはわからなかった。
トラップにではなく、おれに言った理由も。
だけど、確かなこともあった。
おれがパステルを好きなことと、マリーナが本気でおれの心配をしてくれていることだ。
だから、取るべき道は一つしかなかった。
「パステルは女の子なんだからさ」
日が暮れてから印刷所に行こうとするパステルに、そう言って同行した。
パステルの顔に少し赤みがさしたように思うのは、おれの思い込みだろうか。
マリーナに発破をかけられてから、パステルの傍に常にいるように努めた。
それだけじゃなくて、時には思わせぶりなことも告げた。
いきなり告白なんていうよりは、態度と言葉でそれとなく伝えてからの方が、パステルの戸惑いも少ないんじゃないかと思ったからだ。
はじめこそ拒否されることもあったけど、二日も経たない内に受け入れてくれるようになった。
そんなおれの様子に安心したのか、マリーナもすでにエベリンへと帰っていた。
「わたしさ、ちょっと勘違いしてたみたい」
印刷所に向かう途中で、パステルがそんなことを言った。
「何を?」
「この間、マリーナがいたときに、二人で公園で話してたでしょう?」
「あぁ。うん」
「なんか、深刻そうだったし、やっぱり美男美女って絵になるな、なんて。あはは。何言ってるんだろ」
一時的とはいえ、拒絶された理由がようやくわかった。
「おれはパステルとお似合いだって言われるほうが嬉しいけどな」
「へ?」
「おれにとっては、誰よりもパステルが一番なんだ」
かわいいとか、綺麗だって言えたら良かったんだけど、さすがに人目のあるところでそこまでは言えなかった。
その一押しが肝心なのに、と自分でも思うけど。
「だ、だから」
今度こそは間違いなく真っ赤になったパステルが怒ったように足を止めた。
「そういうことを軽々しく言っちゃ駄目なの! だからトラブルが起こるんだよ」
「パステルにだから、言うんだ」
いくらおれでも、そんなことを誰にでも言ったりはしない。
「わたし、先に行くから」
駆け出したパステルの後を追おうとしたけど、止めておいた。
デリカシーがなかったかもしれないと、遅まきながら気がついたからだ。
「おれって、駄目だなぁ」
いつでもどこでも、甘い言葉を言えばいいって言うものじゃない。
本心だからって、時と場合を考えなかったら無神経なだけだ。
印刷所へと歩き出しながら、まずは謝ろうと決めた。
パステルとクレイからの手紙が届いたのは、バレンタインが終わって数日が過ぎたころだった。
思っていた通りの結末が、そこには記されていた。
こうすれば、早かったのよね。
いつか、わたしはパステルにクレイを託した。
だけど、わたしも好きだと認めていながら、パステルにクレイを託すのは間違っていた。
そんな状態でクレイを任せるって言ったって、パステルが素直にクレイへの気持ちを認められるわけがないのだから。
むしろ、パステルの気持ちをいっそう頑ななものにしてしまっただけだった。
そんなことにすら気が回らないなんて、本当にどうかしてた。
クレイをパステルに託そうと思えただけで、舞い上がってしまったのかもしれない。
苦しい片想いから、ようやく逃れられると知って。
だけど、その時点ではまだどこかしら無理があった。
だからこそ、こんなにも簡単なことに気がつかなかった。
クレイがパステルを好きだと思うからこそ、わたしはクレイをパステルに託したかった。
それなら、わたしが話すべきなのはクレイだった。
自分を押さえ込んでしまうクレイに、そんなことはしなくてもいいのだと話せばそれで良かった。
そしてようやく、それができた。
今はもう、片想いはしていないから。
幸福なカップルを心から祝福するために、ペンを取った。
END
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