あのとき、僕は思ったんだ。
「早く大人になりたいな」って。
そうしたら…。
*
「クレイ! ちょっとこれを見てください!」
満面の笑みをたたえて俺の前に現れたキットン。その手には…。
「な、何だ、これ?」
「見てのとおり!…です。とっても綺麗じゃありませんか!」
見るからに食用には適さない、3色のまだら模様の傘を持つ巨大キノコ。
「いやあ、今日はツイてますよ! こんな、誰も見たことのないような珍しいキノコをいきなり発見できたんですからね!」
キットンの興奮は、留まるところを知らない。
そして、彼の興奮が頂点に達したとき…。必ずパーティの一人は、哀れな犠牲者となるのが俺たちの常。
「さ、善は急げです。早速このキノコの効果を試してみましょう! クレイ、何がいいですか?」
「何…って?」
悪い予感を覚えつつ、俺が恐る恐る尋ねたところ。
「何って、このキノコの食べ方に決まってるじゃないですか!」
………やっぱり。
「俺はいやだ!」
一応の抵抗を試みるも。
「だってあなたしかいないんですよ! トラップとノルはバイトですし、ルーミィやシロちゃんはまさか実験台にできないで しょう! …あ、いや。待てよ。そういえば、パステルがいましたね」
キットンは、不意に今部屋で原稿執筆中のパステルのことを思い出したらしい。
「お、おいキットン!」
俺は慌てて止めようとしたが、奴は既にその気満々。
「どうせパステルは外へバイトに行かないんですから、実験台になってもらうにはおあつらえ向きですね。うんうん!」
言うが早いか、彼女の部屋を早速訪ねようとしていた。
それだけは、何としても阻止したい。
───仕方ない。
俺は腹をくくって、キットンに言った。
「わかったよキットン、俺が食べてみる」
するとキットンは一瞬動きを止めて。その表情が驚愕から、歓喜に変わるのには数秒間を要した。
「いやぁ、さすがはクレイです! 感謝しますよ! では早速これをソテーにでもしましょうか!」
バタバタと台所へ向かう彼の背中を見送って、俺はとんでもないことを引き受けてしまった後悔と、パステルに被害が及ぶ可能性がなくなったことに対する安堵の入り混じった溜息をついた。
「さあ、クレイ! できましたよ」
温かそうな湯気、食欲をそそるバターと香辛料の香り。
キットンの笑顔と一緒に食卓に運ばれてきたもの、それは。
───3色マダラキノコ(正式名称不明)のソテー。
俺は意識して、腹に力を入れる。自分の性根を叩きなおす訓練、そう思うことにしよう………と今、不意に思った。
「さあ、さめないうちに早く食べてみて下さい!」
キットンの、あらぬ期待に胸膨らませる様を横目で睨みつつ。
俺は、恐る恐る一口を口に運んだ。
少しずつ噛み締めると、段々とキノコ本来の味が口内に充満してくる。
「………!」
俺は思わず、フォークを落としそうになった。
「ど、どうしたんですかクレイ! まさかもう何か異変が!?」
どうしてそこで嬉しそうなんだよ、とキットンに無言で突っ込みを入れながら。俺は、自分の体の自由が利かなくなった
ことを意識していた。
「───もう! どうしてそんな危険なもの、クレイに食べさせるわけ!」
「だ、だってパステル、いいですか、もしこのキノコに世間をあっと言わせるような驚くべき効果があったら…」
「何、言ってるのよ!」
遠くでパステルと、キットンの言い争う声。いや、正確には、パステルをなだめようとして失敗しているキットン。
「もしクレイに何かあったら大変だわ! いい、キットン! 一刻も早くあのキノコについて研究するのよ!」
「は、はい!」
慌てたキットンの、駆け出していく気配。そして、パステルの溜息。
段々と俺の部屋に近づいてきている。
やがて、控えめなノック音。
「クレイ、起きてる? 体はどう?」
パステルの気遣わしげな声が、俺の心を落ち着かせる。
「大丈夫だ、心配しないで」
「そう? ならいいけど……。ね、入ってもいい?」
思いがけない彼女の言葉。
俺は迷わず「どうぞ」と答えた。
静かに開くドア。ゆっくりと入ってくるパステル。
俺はベッドから体を起こした。
やがて、彼女の綺麗な瞳が、まん丸に大きく見開かれる。
その顔には、驚愕の色。
薔薇色の艶やかな唇が、ゆっくりと開いて。
俺に一言、静かに告げた。
「あ、あなた……誰?」
「は?」
「ここ、クレイの部屋なんだけど。あなた一体、どこから来たの?」
目の前でパステルに指摘されて、俺はふと目に付いた部屋備え付けの鏡を見つめて。
───そして。
鏡に写っていた、黒髪の少年を発見した。
俺はクレイ・S・アンダーソン。
少なくともこんなガキじゃなかったはずだ。
そう、この姿は…。
幼い頃の、俺。
「キットン〜〜〜!!!」
慌ててベッドを飛び出し、駆け出そう…として。
うっかり足元の何かにつまずき、バランスを崩す俺。
「危ない!」
咄嗟に駆け込んできたパステルが、すんでのところで俺を支えてくれたから、床とキスだけは避けることができた。
「だ、大丈夫?」
「ああ………!!」
俺の頭の上から、パステルの声。気がつけば、俺は彼女の胸に顔を埋める状態になっていて。顔が熱くなっていくのを自覚する。
「良かった、怪我がなくて。ね、ところであなた、本当に誰なの?」
パステルは俺の顔を上から覗き込んで、まだ尋ねてくる。
確かに、今の俺を見てすぐに気づくなんて無理だろう。特にパステルには……。
「パステル」
俺は意を決した。
「え? あなた、どうして私の名前を知ってるの?」
彼女はまだ気づかずに、首を傾げて尋ねてくるから。
「キットンのキノコのせいだと思うんだけど、俺だよ。クレイだ」
──────沈黙、15秒。
「えええええぇ〜〜〜!」
辺りの空気を切り裂いて、パステルの絶叫が響き渡った。
「いやぁー、素晴らしいっ!」
慌ててキットンの部屋に行き、事情を説明すると。あろうことか、こいつの第一声がこれ。興奮しているらしく、いつもより更に大声で騒ぐ。
「まさか、あのキノコにこんな作用があったとはっ! これぞ世紀の大発見! まさに───」
「いい加減に、しなさーいっ!」
キットンの大声を凌駕するほどの、パステルの声。
動きを止めたキットンと、驚いた俺が見ると。怒りの度合いが最高潮に達したらしき彼女の顔が、そこにあった。
「そんなことで騒ぐのは、まずクレイのこの状態を元に戻してからにしてっ!」
「い、いや、あの、パステル。いいですか、これはまさに世紀の…」
彼女の憤怒の表情に恐れをなしたキットンが、それでも果敢に説明を試みたが。
「わかったわね!」
「………ハイ」
パステルの、目に見えない圧力に簡単に屈した。
「おークレイちゃん、しばらく見ないうちにずいぶんと可愛らしくなりましたねぇ?」
「くりぇー、るーみぃとあんましかわんないおぅ! いっしょにあそぶお!」
「クレイ兄しゃん、そうしようデシ!」
「……服、足りるのか」
パステルから説明を受けた俺たちの仲間は、すんなりと俺の今の姿に納得していた。ま、ルーミィにはあんまし関係ないのか。
「いや、いいよ。ノル、ありがとな」
俺はただ一人、気を使ってくれたノルに礼を言った。
ちなみに今の俺の服装は、パステルが猪鹿亭に走って行って貸してもらった、ルタのお下がり。『親戚が来た』とでもしたのだろう。
だけど正直、外見は10歳でも中身は18歳。できればこの歳で、半ズボンは勘弁して欲しかったところ、ではある。
だけど、今はそんな事言ってられる状況じゃないのは確かだった。
「とにかく、キットンが何とかクレイを元に戻してくれないと。このままじゃクエストにも行けないし…」
「そーいや、オーシから何か頼まれ事してなかったか?」
不意に思い出したように、トラップが口を挟んだ。
「そうなのよねぇ…。オーシの知り合いの牧場がモンスターに度々襲撃されてるからって、そこのモンスター退治」
「生活費もそろそろやべぇんだろ? だったら仕事をすっぽかすわけにもいかねぇな……最悪、クレイにゃ留守番してもらって、か」
俺の非常事態に、トラップも珍しく真面目になってくれて。パステルと今後の予定について相談なんてしてて。
それは一応、嬉しいことだったりしたのだけれど。
今の俺は、いつもよりもっと非力で。みんなの足を引っ張る存在になっているようで。
正直言って、辛かった。
「クレイ、大丈夫だ」
「?」
不意に声をかけられた。その方に向くと、ノルがにっこり笑っていた。
「ちゃんと元に戻る。それまで、俺たちがちゃんとする。仲間だから」
俺の今の心境を、多少なりとも察してくれているのか。口数少ないはずの、彼の優しさが嬉しくて。
「ありがとう、ノル」
俺は笑顔で礼を言った。
結局その日は、俺が人前に出るのはまずいということで食事も久々にパステルの手作り。冒険のときには、いつも彼女が腕を振るってくれているから、シルバーリーフではあまり負担をかけたくなかったりするのだけど。今回のような非常時には、やむを得ないということで。
俺としては、こんな体になってしまったためだけど、パステルの手料理を味わえるのは悪くない、なんて。ほんの少しだけ思ってしまった。
でも。
「おいパステル、この皿か?」
「あ、その隣よトラップ。そう、ありがとう」
料理をする彼女を手伝っているのが、普段絶対そんなことしないトラップで。
…あれはいつもは、俺の役目だったのに。
いつもは何気なくできた彼女の手伝い。そして、彼女に「ありがとう」と言われる言葉と笑顔。何より、誰にも邪魔されることなく、彼女の隣にいられたこと。
そんな当たり前のことも、今の子供の体では、ままならないわけで。
「クレイ、どうした」
不意に声をかけられる。相手はノル。こんな子供の体で見れば、普段よりももっと大男に見える。でも、優しい瞳はそのままだ。
「あ、何だよ?」
「眉間に皺が寄ってる。何か考え事か」
静かな声で指摘されてしまい。
「え、い、いや! そ、その…」
「大丈夫だ。そんなに考え込むな」
慌てていると、どうやらまだ小さい体になったことを悩んでいるものと勘違いしてくれたらしく、ぽん、と肩に手を置いてくれた。
「ああ…」
俺は笑顔で答えた。
視界の隅に、パステルの笑顔をぼんやりと捉えながら。ちくり、胸の痛みを覚えながら。
「はあぁ…」
夕食後、キットンとトラップは飲みに出かけて。俺はひとり、男部屋のベッドで溜息をついた。
子供の体になってしまったこと自体は、もう起こってしまったことだから仕方ないと割り切っていた。でも、そのせいで。普段以上にパステルに近づけないでいる自分を見つけてしまって、落ち込んでいた。
早く、元に戻りたい。
じっと手を見つめる。毎日見慣れていた、剣の練習だけは欠かさずに続けていた、生傷も絶えない俺の手。
でも、今俺の視界の中央に位置しているのは、まだ幼さを残した子供の手。
まだ、誰かを守ったりなんてできない手。
……まだ、誰かに守られる手。
子供の頃に、戻ったように。
俺は今、悔しさを覚えていた。
こんなに非力な自分を、こんなに何もできない自分を。
どうしたらいいのか、わからないままの自分を。
ただ、自分で責めるしかできなくて。
こん、こん。
軽いノック音が、沈んでいた心を叩く。
「はい」
慌てて扉を開ければ、パステルの姿。
「ごめんね、こんな時間に。一緒に飲もうかな、って思って」
手には二つのマグカップ。温かな湯気。中身はカフェオレだろうか。
ミルクの香りが、鼻をくすぐった。
沈んでいた心も、ふわりと浮き上がる。彼女がそばにいて、微笑んでくれるだけで。
パステルに椅子をすすめて。俺はベッドに腰掛けて。マグカップ片手に、他愛もない話をして。
ふたりで過ごす、こんなひと時が。俺に、そのことを強く感じさせた。
「トラップとキットンったら、クレイがこんなに大変なときに出かけちゃうなんてもう!」
パステルは憤慨しているらしく、顔を高潮させている。
「だけどキットンも、夕食まで部屋にこもりっきりだったから少しぐらい息抜きも必要だろ? トラップだって、そのためにあえて今夜誘ったんだろうし」
俺はやんわりと、パステルをなだめる。もともとは彼が原因だったとはいえ、俺のこの姿を一刻も早く元に戻すため、キットンはそれこそ休む間も惜しんで調べ物に没頭していたのだから。
「だけど……」
「大丈夫だよ。キットンは何だかんだ言って、こういうときは頼りになる奴だし。トラップだって、今だけかもしれないけど今後の予定考えてたり、さっきだってパステルの手伝いもやってたりで、ちゃんと頑張ってるじゃないか」
───俺の代わりに。
その言葉は、飲み込んで。
俺のこんな、後ろ向きな気持ちを悟られたくはなかったから。
だから俺は笑顔で言った。
だけど。
俺の言葉を聞いてから、パステルが俯いて。何も話さなくなってしまった。
「……パステル?」
俺が声をかけても、彼女はそのままで。両手で顔を、覆ってしまって。
やがて、すすり泣く声。
「パステル」
俺はどうしていいのかわからず、彼女の顔を覗き込む。普段と違って、背が低いから、その動作はかえってスムーズにできた気がした。
「……ダメなの」
両手で覆われて、くぐもった声が。静かに、呟いた。
「え?」
意味がわからず、問い返す俺。
「クレイが手伝えないから、ってトラップやノルがいつもより気を使ってくれるんだけど、ダメなの。私のこといつも気にかけててくれて、手伝ってくれるクレイじゃないと、何だか違うの。嬉しいんだけど、違うの……」
涙混じりにも思える声が、静かに、でもはっきりと告げた。
「わがままだって、わかってるの。普段はクレイばかり手伝わせて悪いな、みんなももっと気を使って欲しいな、クレイを休ませてあげて欲しいな、って考えてるのに。だけど、クレイが傍にいてくれるの、すごく嬉しいの。いつもはみんな一緒だったり、あなたを慕う人がたくさんいたりで、あなたのこと独り占め、なんてできないから。あなたの時間を割いてもらって、悪いってわかってるのに……」
パステルの言葉は、俺にとって。どれほど嬉しかっただろう。
今日だけのことだったのに、奪われてしまったと錯覚した俺の場所。彼女を独占できる、数少ない時間。
俺が感じてた寂しさを、彼女も感じてくれていた。
「パステル、ありがとな」
「え………!?」
俺は胸がいっぱいになって。まだ俯いたままの彼女の肩にもたれかかった。
いつもなら、その華奢な肩を抱き寄せて、腕の中に閉じ込めることができるけど。この体じゃ、無理だから。
「クレイ……」
戸惑った様子の、彼女の声。俺は彼女の肩に顔を埋めたまま、そっと囁く。
「俺も今日、寂しかったんだ。君の隣にいられなくて。こんな小さな俺じゃ、君を助けてあげられないから」
「クレイ……。ううん、私こそごめんね。一番辛いのクレイなのに、自分勝手なわがまま言って」
ふと顔を上げると、泣いたせいで真っ赤になった瞳のまま、パステルが笑っていた。さっきまで顔を覆っていた、彼女の手が。俺の手をそうっと包み込んだ。
「やっぱり、クレイだね。体が小さくても、こんなに優しくて、あったかい……私の、大好きなクレイ」
「パステル……」
俺たちは、そのまま。どちらからともなく、顔が近づいて。
静かに、瞳を閉じた。
あのとき、俺は思ったんだ。
「早く大人になりたい」じゃなくて。
「どんなときでも、守りたい」って。
*
カーテンの隙間から、差し込む朝日。
小鳥のさえずりが、朝が来たことを知らせてくれる。
昨日はいろいろあったし、小さい体だと体力が続かないせいか。俺は普段よりもぐっすりと眠れたような気がした。
「う、うう〜ん……………ん?」
大きく伸びをして。ふと、自分の手に視線が行って。
昨日苦々しい気分で見つめた子供の手は、そこにはなくて。
剣を握り続けたせいでできたタコや、細かな傷も懐かしい、俺の手がいた。
───もしや!?
鏡を見れば、そこにいたのは。
半ズボンが似合う10歳の少年ではなかった。
正真正銘、18歳の俺。クレイ・S・アンダーソン。
「も、も、も……戻った……!」
「るっせぇなクレイ、朝っぱらから騒ぐなっての………お、おめぇ!」
昨日は酔っ払って帰宅し、着替えもせずに眠っていたトラップが。俺の声に目を覚まして───俺の姿に、一気に覚醒した。
「おめぇ、も、元に戻ってんじゃねーか!」
「ああ!」
目をまん丸にして硬直状態のトラップに、俺は力強く頷いて見せた。
そして。
「よし! じゃ、これからパステルに言ってくる!」
「あ、ああ……、ま、しっかりやってこいや」
意味不明な奴の言葉に見送られて、外へ出た。
こんなに天気のいい日なら、きっとパステルは洗濯中だろう。
そう思ってみすず旅館の裏手に回ると、案の定、鼻歌混じりにたらいの前に陣取っている彼女を発見した。
両脇にはたくさんの洗濯物。すでにあらかた洗濯自体は終わっているらしく、あとは干すだけのようだった。
パステルは、後ろの俺には気づいていない。ただ気持ち良さそうに、すがしい笑顔で洗濯を続けている。
俺はしばし、彼女の様子を見ていた。
ややあって、彼女はよいしょ、と立ち上がる。
「よっし、今日の分おしまい! こんなにいいお天気だし、風もそこそこあるみたいだから今日はよく乾きそうねぇ。後でお布団も干そうかなぁ……」
ひとりぶつぶつと今日の計画を頭の中でシミュレート。そうして洗濯物がたくさん詰まった籠を抱えあげようとして………バランスを崩した。
「きゃあ!」
「パステル!」
夢中で飛び出し、俺は彼女の体を捕まえる。ついでに洗濯物の籠も。
幸い被害はゼロらしい。
「やれやれ」
小さく溜息をついたとき。
「………クレイ?」
腕の中で、怪訝そうなパステルの声。見下ろすと、はしばみ色の瞳がじいっと俺を見つめていた。驚きと喜びが入り混じった、何とも不思議な表情で。
「クレイ、元に、戻った、の……?」
「ああ。あのキノコの効き目はどうやら、キノコを消化するまでみたいだな。俺一人でしか実験してないから、何とも言えないけどさ」
俺はにこっと彼女に微笑みかけてから、そうっと付け足した。
「とにかくこれで、良かったよ。だから…」
(昨日できなかった分も、今日はずっと離さないから)
「クレイ! もう……何、言ってるのよ!」
顔を真っ赤に染めたパステルの言葉が、とても可愛かったから。
俺は思わず笑ってしまい、ますます彼女の不興を買って。
彼女は思わず俺から離れようとしたが、俺はがっちりと彼女を捕まえた腕をずうっと離しはしなかった。
その後、俺が元に戻ったことを知った、キットンが。
「何ですってぇ!? そ、それじゃ私の昨日一日の研究は一体…!」
と叫んだが。
「それもこれも、キットンがあんな変なキノコを食べさせたのが悪いんでしょう! 自業自得って言うの! 少しは反省してよねっ!」
と、パステルに一喝されていた。
ともかく、このときは、これで一件落着。と思い込んだわけだ。
しかし……。
「クレイ、見てください! これはとっても珍しいキノコで……」
「え……」
キットンのキノコ研究熱が、冷めるわけもなく。
そのうえ実験台として、俺は最適だと判断されているようで。
かくして、今日もみすず旅館に。
「うわあああ!」
俺の、絶叫と。
「素晴らしいぃ! これぞ世紀の大発見です!」
キットンの、感極まった声と。
「キットーン! いい加減に、しなさあーい!!」
パステルの、怒り絶頂声が。
絶えることなく、響いていた。
(終)
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