もうすぐバレンタインだな。
あいつと付き合いだして、はじめてのバレンタイン。
おれに関係なかったときはどーでもいいと思ってたけど、今回は期待するとするかな。
まぁ、今回だけで後はまたあんま興味なくなるかもしんねーけど。
チョコレートがどうだっていうよりも、おれのために用意してくれるってのが嬉しいよな。
けど、あいつがんな女らしいことするかどうかって問題もある。
見てくれはともかくとして、そういう女々しいイベントに興味のあるような奴ではないしよ。
とはいえあいつも一応女なんだし、おれは曲がりなりにも彼氏なわけだし、あいつも初めてのバレンタインに向けて緊張なんかしてるかもしんねーよな。
チョコを選んだり、場合によっては手作りなんかしてるあいつを想像して、一人でにやにやしていた。
「変な顔だな」
「おかしなものでも食べたんじゃないですかね」
「そうかもなぁ」
…人が物思いにふけってるってのに。
こいつらにはこういう複雑な男心っての? そんなもんはわかんねーんだろうけど。
「おめぇらにはおれの気持ちなんかわかんねーんだよ」
「わかりますよ。バレンタインでしょう。マリーナにもらうシーンでも想像してるんでしょうねぇ」
クレイならともかく、キットンは見た目のわりに鋭いよな。
マリーナとうまくいってからことあるごとにからかわれてるような気がする。
ちっと情けねーけど、反論もできねーんだよな。
「バレンタイン? あぁ、もうそんな季節か」
クレイは思ったとおりにキットンよりワンテンポ遅れて反応した。
「おめぇはのんきだな。パステルからもらえるのか?」
「そりゃくれるだろ。毎年もらってるんだし」
「おめぇらも初めてのバレンタインじゃねーのかよ」
「はじめて? もう何年も一緒にいるじゃないか」
「そうじゃないですよ、クレイ。トラップはあなたとパステルが付き合いだしてはじめてのバレンタインじゃないかって聞いてるんです」
「まだ一年経ってないから初めてだけど、それがどうかしたのか?」
クレイはおれとキットンを交互に見つめてる。
わかってねーっていうか、もらえない可能性なんて考えてねーんだろうな。
幸せな奴。
今までもらってたんだから当たり前になるのも無理ねーかもしんねーけどな。
あいつはドーマにいたころは普段の生活に追われてて、バレンタインなんて誰にもやってなかったみてーだし。
…やってなかったよな?
「おい、クレイ」
「なんだよ、今度は怖い顔して」
「んな顔してねーよ。おめぇさ、マリーナにチョコもらったことあるか?」
「マリーナに? ないよ」
「そっか」
そうだよな。うんうん。いや、気にしちゃいねーんだけどさ。そーか、そーか。当然だな。
「嬉しそうですね」
「悪いか」
「いいえ、ちっとも。はぁ〜、わたしもスグリと早く再会したいですね」
「そうだよな。早くちゃんと会えるといいな」
クレイがため息をついたキットンを励まし始めた。
なんとなくいづらくなったおれはこっそり部屋から抜け出した。
しんみりした雰囲気は苦手なんだよな。余計なこと言わねーうちにクレイに任せといた方がいい。
マリーナは用意してくれんのかねぇ。
旅館の外に出て、あてもなく日の光を浴びながら歩いてると、猪鹿亭の玄関前を掃除しているリタがいた。
「よっ」
「あら、一人?」
リタが手を止めて、背を伸ばした。
「まぁな」
「今日も来るの?」
「ここ以外、行けるとこがないからな」
「そぉよぇ」
「あんだよ。文句あんのかよ」
「まさか。上得意様なんだから感謝してるわよ」
「ほんとかよ」
リタなら女心とかわかるんかな。
少なくともパステルだのルーミィだのよりはましって気もするけど。
「おめぇさぁ」
「な、なによ。ビールなんかおごってあげないわよ」
ちょっと改まったからってそれはないだろ。
「そういう話じゃねーよ。おめぇ、好きな奴とかいる?」
「は!? いないわよ」
おろっ。真っ赤んなっちゃって、こいつも結構かわいいとこあるんだな。
普段は親父相手に怒鳴ってばっかだけど。
「あんたがそんなこと聞くなんて何かあったの? まさか、このわたしを賭けの対象にでもしてるんじゃないでしょうね?」
「んなことするわけねーだろ。おめぇ、おれを何だと思ってんだよ」
「ギャンブル狂の女好き」
どういう評価だそれは。
「あんたもやっと彼女ができてようやく落ち着いたみたいだけどね。女の子だけじゃなくて、ギャンブルもほどほどにしなさいよ。パステルたちに迷惑かけるようなことでもしたら、店に入れないからね」 「わーってるって。んなことよりもさ。バレンタイン知ってるよな?」
「知ってるに決まってるじゃない。あんた、わたしが女だって知ってる?」
「そうだっけか?」
言ったとたんに手に持ってるホウキを振り上げられた。
「冗談だって、冗談。手が早すぎるだろ」
「あんたが悪いの。で、なに? トラップってばバレンタインに彼女からチョコがもらえるか心配ってわけ? ふぅん、トラップがねぇ。変われば変わるもんだわ。なんならトトカルチョでもする?」
「おめぇだって同じじゃねーかよ」
こいつも鋭いのかよ。
おれの聞き方が悪ぃんかな。
「冗談よ、冗談。そうねぇ。わたしにわかるわけもないけどさ、バレンタインの日にエベリンに行くって手紙でも書いて送れば? そしたらマリーナだってチョコ用意してくれるでしょ」
「パステルに聞いたのかよ」
マリーナに会ってないリタがエベリンだのマリーナだの知ってるはずないもんな。
あのおしゃべりが。
「まぁね。聞くところによるとすごい美人でグラマーらしいじゃない。あんたって面食いねぇ」
「ほっとけ。顔で選んだんじゃねーよ」
「あらあら、言うわねー。わたしも一度会ってじっくり話しがしてみたいわ」
「そのうち来ることもあんだろ」
マリーナとパステルと三人だとさらにパワーアップしそうだな。
三人が一緒にいるときは近づかないようにしねーと。
「でもねぇ、トラップ」
「あん?」
「バレンタインごときに振り回されることももないんじゃない? チョコをもらえなかったって、彼女の気持ちを疑うわけじゃないでしょ? もらえたらラッキーくらいに思っときなさいよ。あんたはふてぶてしいくらいが丁度いいんだから」
「言ってくれるじゃねーか。でもま、そうだな」
チョコがどうとか細かいことにこだわるなんざおれらしくないよな。
「彼女にもらえなくても、わたしとパステルからは義理チョコがもらえるんだしね。ありがたく食べなさいよ」
「パステルからもか? クレイがいんのに」
「だから、その程度のことなのよ。もちろん、クレイ用のははりきってるけどね、パステルは。本命がいるからってあんたたちに渡さなくなるわけないじゃない。わたしもパステルもね」
「そういうもんか」
「そうそう。あんたの彼女もさ、あんたがそれだけ気にしてるならきっとくれるわよ。幼馴染なんでしょう? 自信持ちなさいよ」
「あぁ。ありがとな、リタ。気が楽んなったわ」
おれがそう言って歩き出すと、だいぶ経ってから、
「彼女にチョコもらえたら、それくらい素直になりなさいよねー!!」
リタの大声が、背中にぶつかってきた。
振り返らずに、大きく手を振った。
バレンタインの当日に、綺麗にラッピングされた小箱が届いた。
「本当は手渡ししたかったけど」ってカードのついたチョコの包み。
そのチョコをひとかけらずつ口に放り込みながら、手紙を書こうかと思った。
嬉しかったことと、ありがたく食べたこと。
それから、時間が出来たらエベリン行きの馬車に飛び乗るだろうこと。
END
トラマリバレンタインでした。
主役はリタのようですね。
いつもバレンタインは女性側、ホワイトデーは男性側視点だったので、今回はトラップです。
とはいえ、他のことはあまり決めずに書き始めたので、まさに行き当たりばったりです。
リタとトラップの会話は楽しかったですね。
肝心のマリーナが全く出てきませんが、カードに込められた想いから汲み取ってやってください。
遠距離な上に、お互い忙しそうなので中々会えなさそうですが、この二人ならきっと大丈夫だと思います。
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