「マリーナ、これ、おれたちからバレンタインのお返し」
「おれたちからも、受け取ってくれるか?」
「金ないから、たいしたもんじゃないけど」
「来年も期待してるよ」
「散歩してたら、綺麗だったから」
マリーナの周りにはひっきりなしに誰かが何かを渡しに来ていた。
おっさんまでまじってやがる。
ま、もっともマリーナが小さい時から知ってる奴もたくさんいるから、娘みたいにかわいがってるってのも多いんだけどよ。
それにしても本命はいねぇのかよ、本命は。
人の嫁さんに群がって楽しいか?
気のないそぶりで横目で見つつ、新聞をわざと大きな音を立ててめくった。
おれの家に泊まりこんでる盗賊団の奴らには、当然のことながら所帯持ちはいない。
所帯を持ったら自分の家を持つのが普通だからな。
だからってよぉ。
外に出て出会いを求めようぜ。
それが健全な青春の過ごし方ってやつじゃねぇか?
「そんなに気になるのかい?」
「あ?」
文字が目に入らない新聞から顔を上げて振り返ると、お袋がにやにや笑っていた。
ついさっき見たときは隣の食堂にいたのに、いつおれの背後に回ったんだか。
「ドーマでも色々あるらしいからな」
「地方新聞のことじゃないよ。マリーナに決まってるだろう」
「マリーナがどうかしたかよ」
「まったく、ほんとに素直じゃないねぇ。誰に似たんだか。お父さんに決まってるか」
お袋はかってに結論を出して豪快に笑った。
「お前だって素直じゃないだろう」
親父が横から口をはさむ。
盗賊としての仕事をしてない時は、だいたいほとんどの奴が一階の台所、食堂、リビングのどこかにいた。
何十人と犬猫どもまでいるからうるさくってかなわねぇ。
それでも、集まるのは何でなんだろうな。
頭領である親父も例外じゃなく、リビングに出てきていた。
「お父さんほどじゃないよ」
「いいや。お前からおれに惚れたはずなのに、認めようとしないじゃないか」
「お父さんが口説いてきたんじゃないか」
「お前がおれに惚れてるのがわかったから、相手をしてやったんだ」
「よく言うよ。で、トラップ。気になるのかい?」
いつの間にか夫婦での会話んなってたから一息ついてたのに、唐突に話題が戻された。
飲んでいた茶を吹きそうになりながらもなんとか平常を取り繕った。
ってお袋、座ってるじゃねぇか。
洗濯とか食事の用意とかいいのかよ。
「親父。お袋に認めさせなくて良いのかよ」
「ん? こいつが先におれに惚れたって話か? こいつが認めなくてもおれがわかってんだからいいんだよ。で、マリーナがどうしたって?」
「なんでもねぇよ」
親父とお袋は妙なところで共同戦線を張るところがあるんだよな。
二人で話してる振りして、おれで遊ぼうってのが見え見えだ。
「マリーナがうちの子たちに囲まれてるのが気に入らないんだってさ」
「だれもんなこと言ってねぇだろ!」
お袋は盗賊団の連中を「うちの子」呼ばわりしてる。
年いってる奴らでもお構いなしだ。
「あぁ、なるほどな。ま、そういうのも若いうちだけだ。おれくらいんなると母ちゃんが男に囲まれてようが気になんねぇしな。もっとも、こいつを囲む男なんざいるわけねぇがな」
「いざそうなったら慌てるくせにね」
「のしつけてくれてやらぁ」
「はいはい。わたしがいないと着替えの置いてある場所もわかんないのに。一度出て行ってもいいんだよ。困るのはお父さんだけどね」
「あー。わかったわかった。悪かった。で、トラップ。マリーナがもてもてなのが気にかかるってか」
いちいちおれに話をよこすなって。
言っても無駄だけどよ。
「だから、だれもんなこと言ってねぇ」
「言わなくてもわかるよ」
「そうだな」
二人してうんうんうなずいてる。
「そうですか。察しの良いこって。ならおれに聞くことなんざ何もねぇだろ」
「ほんとに素直じゃないねぇ。あぁ、ありがと」
ロッフォが座り込んだお袋のためにお茶を持ってきた。
話せないロッフォは笑顔でうなずくと、そそくさと台所に戻っていった。
「今日はホワイトデーとかいうんだろ? おめぇ、三倍返しのプレゼントは当然、用意してあるんだろうな」
「三倍返し?」
「ホワイトデーはバレンタインにもらった分の三倍を返すのよ。本命にはね」
本命にはってことは、おれだけができるってことか。
そう考えると悪くないな。
マリーナからもらったもんの三倍返しなら軽いもんだし。
「三倍って値段かよ」
「気持ちも三倍だろ」
「似合わねぇこと言うなって」
「で、用意はしてあるのかい?」
「してねぇよな」
「ふんっ。完璧に決まってんだろ?」
親父もお袋も驚いた顔をした。
息子をなんだと思ってるんだか。
ま、マリーナからもらったもんがキスじゃなかったら用意なんかできなかったけどな。
要はだ、マリーナに三回キスすりゃいいんだろ。
楽勝、楽勝。
なんだよ、マリーナの奴、お返しを期待してたってわけか。
んなもんいくらでも…。
「母さん、ちょっといい?」
内心で妄想にふけっていたところに、当の本人が現れたから、椅子からひっくり返りそうになった。
「なんだい?」
お袋が立ち上がってマリーナの傍に寄っていく。
二言、三言、言葉を交わした後、そろってリビングに戻ってきた。
「どうしたんだ?」
親父がお袋とマリーナを交互に見ながら聞く。
「それがね、今日はホワイトデーだからわたしと母さんは休んでれば良いって」
「へぇ。あいつらがそんなこと言ったか」
「そうなの。優しいわよね。誰かさんとは大違い」
おれの方に目を流して言いやがる。
「おれがたまに何かすると『明日は雪が降る』だの『天変地異の前触れ』だの言うじゃねぇか」
「それくらい珍しいからよ。毎日のように手伝ってくれたら言わなくなるわよ?」
「おれは忙しいの」
「ギャンブルで?」
「ちっげーよ。だいたい、今月はまだ一回しか行ってねぇだろうが」
「二回よね?」
ばれてやがる。
ま、いまさら驚くことじゃねぇけど。
カジノの店員にマリーナの友達でもいるんかな。
「親子そろってカジノ好きとはねぇ」
「ほんとほんと。そういうとこだけ似るんだから」
お袋の言葉にマリーナがしみじみとうなずく。
おれと親父はかたなしだ。
互いに軽く肩をすくめて、何も言わなかった。
こういう時に余計なことを言うのは逆効果だからな。
「そうそうマリーナ。トラップがホワイトデーのプレゼント、用意してるんだってさ」
お袋が思い出したように手を打った。
「そういうことを本人に言うか? 普通」
「驚かそうって腹づもりだったのかい? まだまだ若いね」
お袋は親父と笑ってやがる。
「ホワイトデーのプレゼント? あんたが?」
マリーナが意外そうにおれを見た。
その視線はなんだ、その視線は。
「おぉ。まぁ期待してろって。ちゃんと三倍返ししてやるからさ」
「なんか怪しいよなぁ」
おれが返事したら親父の奴がそんなことを言い出した。
「怪しいとはなんだよ、怪しいとは」
「だってよぉ、なぁ?」
「そうよねぇ、ねぇ?」
親父とお袋はわかったようなわかんねぇような言葉を交わした。
「たしかに怪しいわよね」
「失礼な奴だな。旦那がプレゼントやろうってのにそういうこと言うのかよ、おめぇはよ」
「日頃の行いじゃない。プレゼント、ねぇ」
マリーナは思い当たることがないか考え始めた。
「バレンタインのお返しなのよね」
「そうそう」
「お返しって、同じものを贈るってことじゃないのよ?」
「同じものじゃ駄目だっつー決まりもねぇよな」
マリーナはわざとらしくため息をついた。
「いらないわよ」
「なんでだよ」
「そういうことじゃないでしょう? まったく…」
マリーナは頬杖をついておれから顔をそらした。
「やっぱり、普通のプレゼントじゃないわけだ」
「マリーナに愛想つかされるんじゃないよ」
親父とお袋は見透かしたように苦笑している。
「なんだよ、なにが悪いんだよ」
おれが聞いても、だれも応えなかった。
結局、ホワイトデーのプレゼントとして、盗賊団の仲間たちと掃除だの洗濯だの食事の準備だのをやらさせられた。
親父たちがいたから照れてただけだろうと思ってたのに、おれたちの部屋に戻ってからも、おれの考えていたプレゼントは拒否された。
「あんたって女心がちっともわかってないわ」
そんな一言を残してマリーナはさっさと寝ちまった。
おれが女心なんかわかるわけねぇじゃねぇかよ。
来年こそは受け取らせてやるからな!
END
〜〜〜あとがき〜〜〜
すみません、トラップってばすっかりお馬鹿に…(おい)。
トラップがまともにプレゼントを用意するっていうのもなんだか無理があるので(結婚前ならまだともかく。新婚でもないですしね)、思い付きって言うか、ようは自分がしたいだけだろうっていうプレゼントで、しかも受け取ってもらえない、なんていうことにしてみました。
来年もたぶん受け取ってもらえません(おい)。
女心を知りましょう(わたしもよくわからなかったりしますが)。
わたしの書くトラップはかっこよい時はクレイより数段かっこよいのですが、お馬鹿になるととことん駄目になるようです。
使い勝手が良いですね(おい)。
トラマリは基本的に二人きりが多いので(遠距離なので)、今回はお父さん&お母さんにもご出演いただきました。
この夫婦も仲が良さそうです。
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