一番大事な。
何より大事な。
たった一言を、告げたくて。
『おめでとうを、貴方と』
例えば、映画のように。
結婚式の最中に、花嫁を奪わんと、勇んで乗り込むわけでもなければ。
それは、最悪の、タイミング。
ばんっ!
思い切りよく開いてくれた、手入れの行き届いた扉の向こうには。
真っ白な花嫁衣装のパステルと、花婿姿のクレイ。参列する、見知った顔。
そして。
はっと気づいた。たった今、式の真っ最中だったことに。
(……う、嘘ぉ……)
ついさっきまで、シロちゃんの背中にしがみついていたのだから。
服も髪も、とてもじゃないけど見られたもんじゃないのは明らかで。
全身から冷や汗が吹き出して、背中を伝う。人生で最大の、ピンチ。
両足が力を失って、ぺたん、とその場に座り込んでしまった。
「ルーミィ!!」
私のそんな状況を助けてくれるのは、やっぱりパステル。
ふわり、ベールを舞わせて走ってくる。
お日様のような、笑顔は。初めて会ったあの日から、変わらないまま。
ぎゅっと、私を抱き締めてくれた。
「ルーミィ!来てくれたのね」
明るい声が、心底嬉しそうにして。私は、胸がいっぱいになった。
何も言えないまま、パステルの背中に懸命に手を伸ばす。
パステルの温かさに包まれて。今、とっても幸せだと、感じた。
どのくらい、経った頃だろうか。
「ちょっと、そこのお二人さん…」
「花婿を放っておいていいわけ?」
トラップと、マリーナの声にはっとなる、私たち。
「ご、ごめんなさい!私ったら…」
顔を真っ赤にして、でも私を抱き締めたまま、うろたえる花嫁と。
「いや、いいよ、別に」
相変わらずの、優しい笑顔の新郎。
「だって、ルーミィは、パステルの一番大事な家族なんだからな。来てくれて、本当に嬉しいよ」
クレイも私たちに歩み寄ってきて。最高の笑顔を、贈ってくれた。
結局、何事もなかったかのように、式は最初からやり直し。
何よりも、パステルがそれを望んだ。クレイも同意してくれた。
「ルーミィにもちゃんと祝福してもらいたい」と言ってくれて。
参列者の人たちも、ふたりに負けず劣らずのお人好しな、素敵な人たちで。
私もマリーナやリタに急遽着替えさせてもらい、参列した。
聞けば、パステルがしっかりと私の衣装も用意してくれていたらしい。
「無駄にならずに良かった」とマリーナが微笑んでくれて。
私も、パステルの優しさが何よりも、嬉しいと思った。
オルガンの響く中、ジョシュアさんと登場したパステル。
眩いばかりの白に彩られた、世界一綺麗な、花嫁さん。
その視線の先には、二度目にも拘らず、涼やかな笑みで花嫁を待つクレイがいて。
ふたりが並んだところは、一枚の絵のように、綺麗だった。
神の前に。そして、参列している人たちの前に。
永遠の愛を誓うふたり。そして、誓いの接吻。
優しい空気に包まれた、礼拝堂で。
私は、人生で一番素敵なものを、今見ることができたと思った。
───おめでとう。
おめでとう、パステル。そしてクレイ。
嬉しくて。本当に、嬉しくて。
私は、涙が止まらなかった。
*
「それにしても、あのタイミングの悪さ……パステル並みの天然さじゃねーか?ルーミィ」
無事に終わった結婚式のあとの、パーティで。
ルーミィは、トラップにさんざんからかわれていた。
「仕方ないでしょ!こっちだって何とか間に合おうって、真剣で……何も考えられないまま飛ばしてきたんだからあ!」
すっかりむくれてしまったルーミィの反論。その口調は、すっかり大人で。
エルフ特有の涼しげな美しい外見には似合わず、彼女は感情の表現が本当に豊か。
そんな彼女を、私はとても好ましく思うのだけれど。
トラップにとっては、かつての私のように、からかう甲斐があるのだろう。
……失礼な話ではある。
「悪かったわね、私に似ちゃって」
思わず膨れっ面で、ルーミィの横に立つと。
「な、なな、何言ってんだよパステル!誰も、んなことは言ってないって」
慌てて話題を変えようとするトラップ。一応今日の主役である、私に気を遣ってか。
でも……その目は、否定してないよ。
「パステル?」
本日のもうひとりの主役。
そして、今日からは……私の、旦那様。
「どうしたんだ?眉間に皺寄ってるよ」
クレイは静かに手を伸ばして、私の顔をそうっと撫でる。
「今日は俺たち、主役なんだからさ。祝ってくれる皆のためにも、笑おうよ」
そういう彼の微笑みは、いつもながら綺麗、だと思う。
仕方ない……と思わず溜息。
「わかった」
私はクレイと、ルーミィに対して笑顔を向けた。
ついでに、トラップには軽くあっかんべえをしておいたけれど。
その後私は、ルーミィと一緒に他の人たちと話し始めたので、気づかなかった。
「……ホンット、あいついつまで経ってもああいうガキんちょな反応変わんねーな」
なんていう、トラップの苦笑混じりの声も。
「そういうパステルだからこそ、俺は一生守るって誓ったんだ」
いつになく強い口調で語った、クレイのまなざしも。
「へーへー、見事なのろけをごちそーさん」
「お粗末。次はお前の番だろ、トラップ」
「んなっ!?」
硬い友情で結ばれている、ふたりの楽しい遣り取りも。
「パステル、本当に綺麗……」
ルーミィは私の横で、私をうっとりと見つめてくれていた。
そんな彼女だって、この数年で本当に綺麗な女の子に成長していた。
人形のようだったシルバーブロンドも、サファイヤのようなブルーアイズも。
年齢を重ねて、輝きと艶を増していたから、本当に美しくて。
そして、この日のためにと私が密かに作っていた、ピンクのドレスが。
最高に似合っていて、本当に嬉しいと思った。
「ありがとう、ルーミィ。あなたと一緒に今日を迎えられて、私、本当に幸せだよ」
心からのお礼を口にする。
すると、ルーミィは白い肌を真っ赤に染めて。
「私も嬉しいよ、パステル……今日、ここに来られて、本当に良かった」
満面の笑みを見せてくれた。
───ありがとう。
ありがとう、ルーミィ。そしてみんな。
嬉しくて。本当に、嬉しくて。
私は笑みが抑えられなかった。
*
式やらパーティやら、散々走り回った一日が、無事に終わり。
俺はパステルとふたり、自宅の一室でほうっと息を吐いていた。
「……終わった、なぁ……」
「ん……お疲れ様、クレイ……」
朝早くから起き出して、頑張り続けた今日の日は。
さすがにもう、まともに会話するのも疲れていた。
のろのろと身支度を整え、とりあえずふたり一緒に、ベッドに潜り込む。
このまま意識が遠のいていきそうな感覚。
「……クレイ……」
「………え?」
寝惚け眼のパステルが、とろんとした目でじいっと俺を映していた。
「パステル?」
顔を覗き込むと。
ふんわりと、蕾が花開くように、微笑んで。
「今日……みんなに、お祝いしてもらえて、良かったね」
彼女は、本当に幸せそうに、呟いた。
「……ああ」
俺も頷く。
「ルーミィも来てくれて……みんな、集まってくれて、嬉しかったな」
「そうだね」
パステルは、夢見るような表情で、淡々と語る。
「私ね、本当はまだ、夢なんじゃないかって思うときがあるの」
「え?」
「あなたと結婚、って、あなたとずっと一緒にいていいよ、ってことでしょう?」
不意に、パステルは真剣な表情になった。俺をじっと見つめる。
「あなたが私を選んでくれて、私があなたの手を取ることができて……。私が、こんなに幸せになっちゃって、いいのかな、って考えちゃってたの」
「パステル……」
「でもね、クレイ」
パステルは、俺を見つめたまま、続けた。
「みんなが『おめでとう』って言ってくれたでしょう?そして、あなたがちゃんと、私の手を取ってくれて、誓約を立ててくれたから……だから、だから私、少しだけ自信がついたの。あなたと一緒にいても、いいんだ、って……」
パステルの言葉は、そのまま俺の気持ちと重なった。
俺だって、不安だらけ。パステルの手を取ることを、許されるのか。
それでも、パステルは俺だけに微笑みかけてくれて。
みんなは『幸せになれ』と俺たちを祝福してくれた。
だから、俺も今日。少しだけ胸を張って、君を俺の妻だと、言えるようになったんだ。
「パステル」
「クレイ……?」
俺はそうっとパステルに顔を近づけた。
ギリギリの距離で留まる。互いの吐息が顔にかかる距離で、じいっと見詰め合う。
「今日は神の前で、それからみんなの前で、誓ったけれど」
俺は一旦、深呼吸してから。
「今改めて、君に誓うよ」
───愛してる。
君だけを、永遠に。
「クレイ……」
パステルが、何か言おうとしていたのはわかったけれど。
俺は、自分の台詞があまりに恥ずかしくて、赤らむ顔をこれ以上見せたくなくて。
何より、これ以上の言葉で伝えられない、自分の想いを伝えたかったから。
やや強引に、彼女の唇を自分のそれで塞いだ。
*
一番大事な。
何より大事な。
たった一言を、告げたくて。
誰より大事な、あなたには。
たった一言を、贈ります。
心からの。
『おめでとう』を。
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