「クレイって人が良すぎるよね」
おれがパステルたちの部屋で剣を研いでいると、パステルが突然そんなことを言い出した。
「そうか?」
剣を研ぐ手も止めずに返事をした。
「うん! 簡単に騙されるんだもん」
「それはパステルもだろう?」
「そ、そうだけど。わたしのことじゃなくて、クレイのことを言ってるの」
机に向かっていたはずのパステルがじりじりとこっちに寄ってくる。
「おれよりもパステルの方が心配だけどなぁ」
パステルも十分人が良すぎると思う。
女の子なんだし、悪い奴に騙されたりしないか心配になるよな。
パステルの人を見る目を信用してないわけではないけど、実際に騙されてるしなぁ(おれもだけど)。
「わたしは大丈夫だよ」
「そうか? 簡単に人を信用しすぎないか?」
いつの間にか研いでいたはずの剣は机に置かれていて、パステルはおれの隣に座っていた。
「クレイもじゃない」
「…なんか、こう、不毛な議論だよな」
お互いがお互いに自他共に認めるお人よしなわけだし、言い合っても延々と続くだけだろう。
「ならさ、誰かに騙してもらおうよ。で、どっちが騙されるか試してみるの」
「なにもそんなことしなくても」
「いいじゃない。本当に騙されるよりいいでしょ?」
「う〜ん。そうかなぁ」
騙されるっていうのはいい気がしないし、誰かに頼むって…トラップだろうな、やっぱ。
いくらトラップに騙されるのは慣れてるとはいえ、トラップの場合は際限がないというか、限度を知らないからな。
「だいたいさ、何度も騙されたからって騙されなくなるものか? 人をいつも疑うようにはなりたくないよ」
「そういう風に考えるからいけないんだよ。どういう場合に騙されるかとか、騙す人のテクニックを学んで、そういうときにだけ気をつけるようにすればいいんだから」
「おれは必要ないよ。これからも騙されるかもしれないけどさ、だからってそんなことされなくてもいいと思うしね」
と、言おうとはしたんだけど、パステルのすがるような目を見て何も言えなくなってしまった。
パステルはおれのことを心底心配してくれてるんだな。
その事実が、自分にはもったいないと思うほどに嬉しかった。
「ごめんな、心配かけて」
「ううん。お人よしって悪いことじゃないと思うし、それがクレイだとは思うんだけど」
「もういいって。わかってるよ。ありがとう」
おれが笑うと、パステルも照れたように笑った。
さて、そういう話にはなったものの、パステルを騙す相手は誰にしようか。
おれを騙す相手をパステルが、パステルを騙す相手をおれが選ぶことになっていた。
トラップはやりすぎるし、キットンも容赦しなさそうだし、ノルたちには頼めないし。
オーシも悪乗りしそうだしな。
そんな思考の末にリタに頼むことに決めた。
「はぁ? 騙し合い?」
「まぁ、端的に言えばそういうことになるかもしれないけど」
リタははじめ理解できないって顔をしてたけど、しだいに楽しそうな顔つきになってきた。
「そうね。たしかにあんたたちって危なっかしいし、それくらいした方がいいかもね。いいよ。わたしがパステルを騙せばいいのね」
「あぁ。だけどやりすぎないようにしてくれよ。あんまりひどい嘘とかもつかないでもらいたいしさ」
「わかってる、わかってる。わたしだってパステルに嫌われたくないもの」
「そうだな。リタなら大丈夫だよな」
「任せなさいって」
ドンッと胸を叩くリタに「よろしく」と再度頼んでから猪鹿亭を後にした。
「…で、オーシの奴がいいクエストが見つかった言ってよ」
パステルと騙す騙さないの話をしてから四日余りが過ぎた休日、おれは男部屋でトラップの話に耳を傾けていた。
「どんなクエストだ?」
「よくよく聞いてみたらいつものおつかいだよ、おつかい。おれらに安く仕事させて自分はガッポリってな」
「ふぅん。ほんとか?」
「なにが?」
「オーシが言ってたのがおつかいって話がだよ」
「そう言ってんじゃねぇか。オーシがほんとにおいしい話なんかこっちに回すと思うか?」
「そうだな」
「最近、おめぇ聞き返してばっかだな」
うさんくさげにおれを見るトラップ。
たしかにここのところ、おれは口癖のようにトラップに「ほんとか?」と言っていた。
意識してるわけじゃないんだけど、警戒心がそんな言葉となって表に出ていた。
どうもいつトラップに騙されるかと気を張ってしまっているらしい。
「そんなことはないよ」
「目、見てねーな」
「き、気のせいだって。それよりも、そのおつかいは駄目なのか?」
「あんなぁ。いつまでもおつかいばっか続けるようじゃあ先が知れるぜ。おれらは冒険者なんだからよ」
おれが話を戻すと、トラップは一応おれの質問に答えた。
トラップのことだから、おれが警戒してる間は騙そうとしないのかもしれない。
「クレイ、トラップ。ちょっといいですか?」
おれの話のすり替えなんかにはいとも簡単に気がついたであろうトラップが、おれに追求をはじめる前に、思わぬところから援軍が現れた。
「どうしたんだ、キットン」
机にすり鉢とか草とかキノコをところ狭しと並べたキットンが、何日ぶりかにおれたちに話し掛けてきた。
キットンは集中すると人の話が聞こえなくなるから、おれたちも邪魔をしないようにここのところは特に話し掛けもしてなかったけど。
「やっと完成したんです!」
「なに作ってたんだ? 高く売れるんだろうな」
トラップはこういうときに特に発揮される素早さで、キットンの手に握られたビーカーを手に取った。
「トラップ! 落としたりしないでくださいよ。それはわたしが苦心して作り上げた」
「わぁってるって。心配すんなよ。で、これなんなんだ?」
「クレイ、飲んでみませんか?」
トラップの持つ薬を心配げに見ていたキットンがいきなりこっちを向いた。
「なんでおれなんだよ。説明もなしに飲めるわけないだろ」
「…心配しなくても大丈夫ですよ」
「言えないようなものなのか?」
「不幸が治るんですよ」
「病気みたいに言わないでくれ」
「飲みませんか?」
「飲まない!」
おれを騙すのはトラップじゃなくてキットンだったのかもしれない。
警戒信号が赤く点滅し始めていた。
「珍しくずいぶん強情だな」
濃緑色の液体が入ったビーカーを軽く振りながらトラップが楽しそうに笑う。
「そう思うならお前が飲めよ」
キットンの薬に付き合わされて、今までおれがどんな目に合わされたか。
それでも、いつものおれならもう少し隙があったかもしれない。
だから毎回のようにおれが実験台になってたんだけど。
「んで、これってほんとはなんなんだ?」
「心の中がわかる薬です」
キットンのこともなげな物言いに、おれとトラップの目が点になった。
「そんなもん、薬草なんかで作れんの?」
「もちろん薬草だけではありませんよ。種々雑多なものを苦労して集めたんです。たとえばですね」
「あー。講釈はいいや。これを飲むと隠してる気持ちがわかるってわけだ」
「そうです、そうです」
キットンは嬉しそうにうなずいている。
「ふーん。そういうのならおれが飲んでもいいけどな」
「あんたに飲ませるわけないじゃないですか。人の心の中を盗み見たら何するかわかったものじゃありません。だからクレイに頼んだんですよ」
「ひっでー言われようだな」
「クレイ。どうしても駄目ですか? 薬が薬ですからね、トラップに頼むわけにもいきませんし、あなたが頼りなんです」
「だけど、人の心の中を勝手に覗くようなことはしたくないよ」
キットンが信用してくれるのは嬉しいけど、さすがにそんなことをしたら相手に悪い。
おれだって人の心の中なんて知りたくない。
「誰の気持ちでもわかるってわけではないんですよ。見たいと思う人の気持ちだけを知ることができるんです。たとえば、ほら、トラップみたいな単純な人なら心の中も口にしてることと一緒でしょうし。それに、パステルの心の中とか、知りたくないですか?」
「え!?」
点になっていた目が今度は丸くなったような気がする。
キットンを殴るトラップをたしなめることも忘れるくらいに驚いていた。
「止めてくださいよ、トラップ。あなたがたはどうも発展しないですからねぇ。直接聞けないのでしたら、こういうものに頼るのもいいんじゃないですかね」
「おれとパステルはそんなんじゃないよ」
「それでいいんですか?」
「そうだぞ、クレイ。あんなぽーっとした奴でも、いつ誰にかっさらわれるかわかったもんじゃない。それでいいのか?」
なんでこんな話になってるんだ?
そりゃ、おれはパステルのことが好きだけど。
パステルにはまだ何も言ってないけど。
そもそもどうしてそんなことを、二人ともが知ってるのかも全くわからないけれど。
パステルが誰かを好きになることだってあるだろうけど。
…おれじゃない誰かを。
ギアみたいな誰かとか。
マリアーノみたいな誰かとか。
次はどんな奴が現れるんだ?
「トラップ。それを貸してくれ」
薬に頼るのはいけないと思う。
だけど、直接聞いて気まずくなってしまったら。
おれの気持ちを知ったパステルが、パーティから抜けると言い出したりしたら。
おれが原因でそんなことになるなんて、耐えられない。
「ありがとうございます、クレイ」
意を決して、ドロドロの飲みにくい液体を口に運んだ。
「キットンなんか、もう信じない。キットンなんか…」
「いじけましたね」
「無理もねーかもなぁ。それにしてもほんと騙されやすいよな。心の中がわかる薬なんて作れるわけねーじゃねーか」
「そんなことはありません! いつか作られるかもしれませんよ。わたしはそんな趣味の悪いものは作りませんけどね」
トラップとキットンのそんな会話が、傷ついたおれの心をさらにえぐる。
キットンの説明は全部嘘で、本当は髪が伸びる薬だった。
騙されないようにと、気をつけていたはずなのに、あっさり騙された自分に腹が立つ。
腰まで伸びた髪を持て余しながら、部屋の片隅で小さくなっていた。
「クレイ、そう落ち込まないでください。騙してすみませんでした。でもそんなに伸びると思わなかったので、トラップやわたしでは効果がわかりにくいかと思いましてね」
「いいよ、もう」
トラップの髪でわからないものがおれの髪でわかるのかと聞き返したくなったけど、止めておいた。
パステルに頼まれたんだろうし、騙されたおれも悪いんだから。
「パステルに髪を切ってもらったらどうですか」
せめてもの償い、ということだろうか。キットンはそんな提案をした。
「そうだな」
こんな姿を見られて笑い転げられるのは恥ずかしいけど、ずっと前からおれの髪はパステルに切ってもらってたんだし、こんなときであってもそれを変えたくはなかった。
それに、これくらいの恩恵にあずかっても罰は当たらないだろう。
おれが無言で立ち上がって隣への戸を開けると、
「それにしてもクレイが薬に頼るとは思いませんでしたよ。断られるかと思ったんですが」
「それだけ切羽詰ってんだろ。はっきり聞けばいいのによ」
そんな、小声のつもりなんだろうやり取りが聞こえてきた。
羞恥心と悔しさの上に罪悪感までがのしかかる。
薬に頼ろうなんて、そんな気持ちがあったから簡単に騙されるんだよな。
おれにつけ込まれる隙があるからいけないんだよな。
なんでも疑ってかかるんじゃなくて、もっと気持ちを引き締めればいいんだ。
誘惑に負けない強さを持てば。
「パステル、悪いんだけど髪を切ってくれないか」
それからのおれは、気を張っているつもりはあるのに、なぜかことごとく騙されてしまった。
相手はトラップだったり、オーシだったりしたけど、結果はどれも変わらなかった。
「助けを呼んでる人がいる」と言われては西に走り、「困っている人がいる」と言われては東に走り、「パステルが呼んでいる」と言われれば北に走った。
最後は走る必要がないんじゃないかとは言わないでほしい。
「おれって学習能力がないのかもしれない」
もう騙されないようにと、バイトと食事以外では外に出ずに部屋にこもっていたおれはそんな独り言をつぶやいた。
言われると、考える前に体が動く。
じっくり考える余裕もないようなことを言われるせいもあるけど。
最後のはそうでもないんじゃないかとは言わないでほしい。
どうすればいいんだろうと考え続けていたところに、階段からのすごい音が聞こえてきた。
誰があんな盛大な音を立てて階段を上ってるんだろうと思う間もなく、その音は廊下を突き進み、おれたちの借りている部屋の前で止まった。
思い切り良く開けられた戸が豪快な音を立てる。
「なんだ、パステルか。どうしたんだ?」
「はぁ、はぁ…」
「どうしたんだよ。お茶でも飲むか? 飲みかけだけど」
おれがテーブルのコップをパステルの方にずらすと、パステルは黙ったままで勢い良くお茶を飲み干した。
「あ、あのね、クレイ。クレイが、お、女の子と、その」
「うん? おれが?」
「だから、女の子と!!」
「女の子と?」
繰り返すことしかできないおれに痺れを切らしたのか、パステルは、
「女の子と、キスしてたって!」
と、叫んだ。
「はぁ!? おれが? 誰と?」
「し、知らないわよ。なによ、クレイ。そういう人がいるならいるで教えてくれればいいじゃない。仲間なのに、隠し事なんかするなんて。そりゃ言いたくないこともあるだろうけど。だけどっ!」
「待て。待てってパステル! 落ち着けよ。それ、誰に聞いた?」
パステルはしばらく「クレイの意地悪」だとか「クレイなんか知らない」だとか「美人なんだろうね」だとかばっかり言ってたけど、おれが再度聞くとようやく誰なのかを教えてくれた。
「パステル。それはリタの嘘だ」
「えー!? なんで? どうして?」
「なんでって。パステルが言い出したんじゃないか、おれとパステルとどっちが騙されるか試そうって」
「あ」
パステルの口は『あ』の形のまま閉じない。
「あぁぁぁぁぁぁー!」
「パステル、もしかして忘れてたんじゃないよな?」
「忘れてないよ。だけど、でも、リタだとは思わなかったから。そっかぁ、なぁんだぁ」
パステルは深く息を吐き出すと、安心したように笑った。
「信じてもらえて良かったよ。けどさ、パステル。おれはリタ一人にしか頼まなかったんだぜ? パステルは何人に頼んだんだよ」
「え? そんなに頼んでないよ?」
きょとんとした顔で小首をかしげるパステル。
え?
「だって、トラップとかキットンとかオーシとか」
「それって、もしかすると普通に騙されただけじゃない?」
……。そっか、そうだよな。あいつらにはいつも騙されてるもんな。パステルが頼まなくったって騙すよな。そうだよな。
「でも、リタの言ったのが嘘で良かった」
落ち込んだために床を見つめていたおれの目線があがる。
パステルはほんのりと頬を染めていた。
瞳には涙までにじませてるように見えるのは気のせいか?
「嘘だったのが嬉しい?」
「うん」
「そんなに?」
「うん」
「仲間だから?」
おれがそう聞くと、それまでただうなずいていたパステルが止まった。
見る見るうちに赤くなってうつむくパステル。
それは、だから、期待してもいいってことだよな?
「パ」
「なーんてね」
名前を呼ぶどころか一文字目でさえぎられた。
パステルは顔をあげると笑いはじめた。
「びっくりした? クレイを騙すのはわたしだったんだ。ずーっとどうやって騙そうかって考えてたんだけど。ってクレイ? ねぇ。クレイ?」
おれは部屋のすみで膝を抱えていた。
「クレイ。ねぇ、クレイってば。ごめん。ほんとにごめん。だから、怒らないで。謝るから」
おれはパステルに肩を揺さぶられながらも何も言えなかった。
期待したんだ。
ほんとに期待したんだ。
両想いなんだと喜んだんだ。
本当に想いが通じたのかと喜んだんだ。
抱きしめようかと思ったんだ。
抱きしめられるかと思ったんだ。
それなのに。
それなのに。
「いじけてますね」
「無理もねーな」
「立ち直れますかね」
「どーだかなぁ」
「パステルは自分が追い討ちをかけたことに気がついてるんでしょうかね」
「気付いてねーだろ、ありゃ」
「パステルの嘘が嘘だっていうことも」
「クレイの鈍感が気づくわけないって」
「クレイが怒ってるわけじゃないってことも」
「パステルの鈍感が気づくわけないって」
隣部屋との仕切りの戸の隙間から、こちらを覗いている二つの目があることに気付く余裕なんか、あるはずもなかった。
END
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