何よりも怖いのは


「肝試し?」
「そーそー。おもしろそうでしょ?」
「おもしろくないよ〜。わたしが怖いのダメだって知ってるじゃない」
「そんなに怖くないって。大丈夫だよ」
「時間が夜だし、村に街灯少ないし。怖いよ、絶対」
「でもね、無事に最後まで行けたら賞品が出るんだよ」
「賞品!? まじか、リタ」
猪鹿亭での女同士の会話に耳を傾けていたおれたちだったんだけど、リタの一言でトラップの目の色が変わった。
「ちょっと貸せ」
貸してもらうって言うよりは、奪い取るっていう方が正確な方法で、トラップはリタから肝試しについて書かれた紙を取り上げた。
「賞品ってのはゴールした奴らで抽選なわけだな。けど、ゴールもできねぇような奴なんかそんなにいないんじゃねーの?」
「ゴールするだけじゃなくて、一歩でも後ろに下がったら失格なのよね。お化けに驚いて引き返そうとしたりしたらもう駄目なわけよ」
「ふん、なるほどな。その判定はお化け役がするわけだ。特賞がミケドリア一頭ね。結構いいもんがもらえるんじゃねーか」
用紙をパシッとはたいてトラップがリタを見上げた。
「でしょう? トラップたちも出場して特賞とったらうちに持ってきてよ。サービスするからさ」
「一週間くらいただ飯、食わせてくれよな」
「そこまではどうかしらね」
リタとトラップの間で話が進んでいくのに顔色を変えたのはパステルだ。
「ちょっとちょっと! リタ、トラップをあおらないでよ。トラップ、出たいんならあんた一人で出なさいよね」
「ばか言うなよな。抽選だぜ? 全員で行くっきゃねーだろうが」
「冗談じゃないわよ。わたしは行かない。ぜーったいに行かない!!」
パステルはわめいてたけど、トラップはそ知らぬ顔で今度はおれたちの方に輝かせた目を向けた。
「キットン、ノル。お前らは?」
「そうですねぇ。四等にある薬草詰め合わせが当たるといいですね」
「おれは、行ってもいい」
「おっしゃ。これで二人確保だな。クレイは当然行くから、おれも入れて四人か」
おれの顔も見ずにトラップは断言した。
まったく、こいつは相変わらずだな。
呆れながらミケドリアの串焼きに手を伸ばした。
「ルーミィも行くおう! ぱーるぅ、行きちゃいお」
「わんデシ! わんデシ!」
「えー? みんな行くの?」
テーブルの下から、シロまでが顔を出して行きたそうにしっぽを振ってる。
パステルは今にも泣き出しそうになりながら全員の顔を見回した。
パステルは怖いのは苦手だもんな。
たんなる肝試しならゾンビとかスケルトンは出てこないと思うけど、そういうことじゃないだろうし。
「パステル、あのさ」
それなら。
「なに?」
「おれと一緒に行かないか? 一人じゃないなら大丈夫だろ? 旅館にパステルだけ残ったって面白くないだろうしさ」
パステルは驚いたような顔をしてから考え込んで、おれが串焼きを食べ終わる頃にようやくうなずいた。
「クレイが一緒なら、大丈夫かなぁ」
ずいぶんと不安がまじった言い方だ。
「なんだよ、そんなに頼りないか?」
思わず口を尖らせてしまった。
ちょっと大人気ないけど、パステルに頼りないと思われてるのは嫌なんだよな。
「そうじゃないけどさ。うん。じゃあお願いするね」
「よし。これなら文句ないだろ? トラップ」
「まぁ、しゃーねーな。こいつが一人でなんて無理だろうしよ」
「ちゃんとゴールまでたどり着いてよね、パステル」
「うん。途中で止まったら余計に怖いもんね」
「迷わなければいいですけどね」
キットンの一言にみんなが黙り込んで、視線がパステルに集まった。
「…おれも一緒だし、大丈夫だよな?」
「なによ、クレイまでそんな心配そうな声で! いっつも迷ってるわけじゃないんだから!」
怒りをためたパステルを怒られてしまった。
「そーそー。10回に9回くらいだよな」
わざわざ火に油を注ぐトラップだったけど、パステルは相手にしなかった。
話が切りあがって、ようやくまともに食事を再開することができた。
パステルと肝試しか、楽しみだよな。
「クレイちゃ〜ん。顔が笑いすぎ」
トラップからの小声のつっこみがあっても、まともな表情に戻りそうにはなかった。

「星が綺麗だね、クレイ」
「…パステル、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
おれがそう言うと、パステルは怒ったようだ。
「ちょっとくらい合わせてよ〜。怖いんだから」
パステルは、星など一つも見えない雲に覆われた空から目を離しておれを見た。
シルバーリーブの村をあげての肝試しは、村の中で行われていた。
村おこしの一環などではなく、たんに村人みんなで楽しもうというイベントらしい。
さすがに全員が参加してるわけではないけど、結構な人数が参加している。
おれとパステルが歩いているのは村の端の民家の少ない場所だ。
風もないのにがさがさと木が揺れた。
短い悲鳴をあげながら、パステルがおれの腕にしがみつく。
「大丈夫だよ。ほら、木の上に人がいるだろ?」
「あ、ほんとだ」
おれが指をさすと、パステルはほっとしたようにおれの腕から手を離した。
ちょっともったいなかったかな。
「誰だろうね?」
「この暗さじゃわかんないな」
肝試しは全体の三分の一くらいはお化け役になってるから、ただ暗いっていうだけじゃなく、おどかされる。
おかげでパステルはさっきからきゃーきゃー言っていた。
本人には言えないけど、怖がってるパステルはいつも以上にかわいかった。
「あぁ、もう。なんでこんなことするんだろー? 暗いだけでも怖いのに」
確かに、クエスト中なら暗くてもポタカンを持っていられるけど、今回は点在する街灯だけだ。それもところどころでは明滅している。
しかも今日の曇り空では星明りも月明かりも望めない。
パステルが怖がるのも無理はないかもしれない。
「でも、クレイがいて良かった」
「そ、そうか?」
頼りになると思ってもらえただろうか。
にやけそうになる顔を抑えつつ、パステルを見つめた。
「うん。だってこんなに暗いと本当に迷子になりそうなんだもん」
「……そうだな」
「トラップとかキットンには内緒にしてね。こんなこと言ったって知られたらまたからかわれるし」
「そうだよな」
いや、でもたとえおれがただの道案内だったとしても、今はパステルと二人きりなんだ。
ここはおれが頼りになるっていうところをしっかり見せないと。
「パステル、おれがいるから大丈夫だよ、そんなに怖がらなくても」
「クレイがいても怖いものは怖いよ」
…そうだよな。そうだろうな。一人よりましってだけだよな。
「早く行こうよ、クレイ」
立ち止まったおれをパステルがうながした。
「あぁ」
そんなに頼りないのかなぁ、おれって。
おれがいるだけじゃ、安心できないんだろうな。
ははは…はぁ。
「ばぁ!!」
「うわっ!」
「きゃあ!!」
肩を落としてたところに、いきなりだったから驚いた。
おれたちをおどかしたお化け役は反対側の小道へと走り去っていく。
「あー、びっくりした。はじめてクレイも驚いたね」
「あぁ、ちょっと考え事してたしな」
パステルはおれが驚いたのが嬉しかったのか、にこにこ笑ってる。
「そんなに笑うことないじゃないか」
「わたしだけ怖がってるのも恥ずかしいもんね。クレイでも怖いんだ〜」
「ち、違うって! だから、考え事してたんだよ」
「クレイの怖がり」
好きな子に怖がりだと思われてからかわれた…。
いや、落ち込んでる場合じゃないよな。
「これくらいたいしたことないさ。もっと怖くても平気だし」
「本当に?」
「そりゃそうさ。真っ暗でもいいくらいだよ」
「わたしは絶対駄目!」
「パステルはそうだよな」
「ふんだ。いいもんね」
たわいのない話を交わしつつ、出てくるお化けに驚きながら、おれたちは道を進んでいた。
この分なら無事にたどり着けそうだ。
「もうすぐだね」
パステルも嬉しそうに、見えてきたゴールを見ていた。
「そうだな」
何度かパステルがしがみついてくれたし、ゆっくり話もできたし、良かったな。
くじはパステルに引いてもらうか、おれだと外れるだろうし。
もうすぐゴールということもあって、そんなのんきなことを考えていた。
ガランガランガランガランッ!!
背後でものすごい大きな音が聞こえた。
「きゃーー!!」
パステルの叫び声に、おれは彼女を守るように一歩前に出た。
よく考えれば何の意味もない行動だ。
今はイベント中で、攻撃されるわけもないのに。
それなのに、体が勝手に反応していた。
「クレイさん、失格!」
木の陰から出てきた男が、おれに向かってそう言った。
「は?」
「このイベントのルールでは、進んだ道を引き返したら失格になるんですよ。聞いてませんか?」
誰かと思ったら、新設された図書館のまだ若い司書だ。
「あ、そういえば」
パステルが声をあげた。
おれはパステルを守ろうと一歩前に進んだんだけど、音が背後から聞こえてきたわけだから、当然振り返ってから一歩前に出た。
と、いうことはつまり、一歩戻ったわけだ。
「残念だったね、クレイ」
「ま、しょうがないよ。悪いな、せっかく頑張ったのに」
肝試しは何人で参加してもいいけど、一緒に参加した場合は一人でも失格になればそこで全員失格だ。
「ううん。いいよ。クレイがいたから参加できたんだしね」
「そっか。良かった。じゃ、戻るか」
「うん」

「お前ら、ゴールできなかったのかよ!!」
「悪かったよ。でも、しょうがないだろ」
「あにやってんだよ、ほんとによぉ」
「ちょっと、トラップ。あんたしつこいわよ」
「しつこーよぉ」
寝ぼけたルーミィがノルの背中でパステルの口真似をした。
「それで、くじの方はどうだったんだ?」
おれが聞くと、トラップは苦いものでも食べたような顔をした。
パーティの中ではおれたちの出発が一番最後だったから、先にゴールしたみんなはくじを引いてるんだろう。
「ふっふっふっ。聞いてくださいよ、クレイ」
キットンが含み笑いとともにおれを見上げた。
「何か当たったのか?」
「そうなんですよ! シロが引いたんですけどね、わたしが狙っていた薬草詰め合わせセットが当たったんです。残念ながら珍しいものはなかったんですけどね」
「村の福引でんないいもんが入ってるわけねーじゃん。たいした効果もねー薬草だし」
トラップが横から茶々を入れてくる。
「一般の人ばっかりなんだから簡単な傷薬程度に決まってるじゃないか。シロってトラップと一緒じゃなかったか?」
「トラップは自分で引きたいって言いましてね。で、わたしの分をシロに引かせたんです」
「ふーん。ノルは?」
「ルーミィが引いたけど、当たらなかった」
ルーミィが引きたいって駄々こねたんだろうな。
「トラップはどうだったんだ? どうせ当たらなかったんだろうけど」
「うるせーよ。おれの前に引いた奴が二等かなんか当てやがったんだ。あいつがいなければだな…」
「わかった、わかった。楽しませてもらったと思えばいいじゃないか。ルーミィたちも寝てるし、そろそろ帰ろうぜ」
「そうだな」
ノルを先頭に、キットンと、シロを肩に乗せたまま、まだぶつぶつ言ってるトラップが旅館に向かって歩き出した。
「そういえば、パステルはどうした?」
行きかけたみんなに声をかけた。
いつからいなかったんだろう。
「パステルでしたらあそこですよ」
キットンの指の先にはパステルと、さっき会った図書館の司書がいた。
お化け役を交代したんだろうか。
「先に帰っててくれ」
そういい残して、パステルたちの元へと急いだ。
図書館の司書であるカビルとパステルは何度も面識があるようだ。
図書館で二人が親しげに話してるのを何度か見かけたことがある。
だからって別に話してて悪いわけじゃない。
「また図書館の方にも来てくださいね。子供たちも待ってますし」
「はい。原稿が終わったらまた行きますね」
「現役の作家さんから話を聞きたい人もたくさんいますので、ぜひお願いします。僕もあなたと話したいですから」
「2、3日したら行けると思います」
近づくにつれ、そんな会話が耳に入ってくる。
ごく普通の会話だ。何もおかしくない。
だけど。
『僕もあなたと話したいですから』
その言葉が気にかかった。
「パステル、もう帰ろう」
少しだけ声を張り上げて、パステルに呼びかけた。
「あ、クレイ。そだね。じゃあ、カビル。また今度」
「はい」
にこにこ手を振るカビルから、パステルの手を取って遠ざけた。
おれにとって怖いのは、どんな暗闇よりもお化けよりも、パステルの傍にいる男なんだよな。

END



――――あとがき――――
同テーマ「怖い話」への話です。
クレパスというよりもクレイの片想いですね。パステルの気持ちは不明です。
前振り(?)の肝試し部分ってあまり意味がないですね(笑)。
もうちょっとちゃんと書きたかったんですが、これ以上長くしてどうするんだろう、というところもありまして。
クレイも相変わらず情けないですしね…。
ちなみに、最後の脅かしの「ガランガランガランガランッ!!」というのは、空き缶をいくつも紐で繋げて、それをお化け役が引っ張って音を出しました。わたしが中学の時に山の中での肝試しのラストで実際にありました。背後からって言うのはびっくりしますね。パステルの悲鳴はちょっと大げさですが。他には石垣の上から飛び降りてきたりもしてました。先生、体張ってるなぁと思いましたね。足、くじいてましたし。って話がそれました。
ほんとは古びた洋館とかが良かったんですけど、村全体だと無理だなぁ、と思いまして。でもクエストでもなければ行かなそうなので、無理でした。





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