「誕生日おめでとう、パステル」
チャイムの音に扉を開けきる前に、そんな言葉が耳に入った。
誕生日には家に行くねと、数日前から言っていたっけ。
花束を持って玄関に立っていたのは、予想通りに幼いころからの友達のダイナだ。
「ありがとう。いらっしゃい」
わたしは今は、故郷のガイナで小説を書きながら暮らしている。
友達も知り合いもたくさんいるけど、誰かが訪ねてくるのは実は久しぶりなんだよね。
毎日の暮らしに忙しくて、顔を見ることはあってもゆっくり話すことなんてなかなかできない。
冒険者を辞めてから、半年以上が過ぎていた。
「おきゃくさんかぁ?」
二階から降りてきたらしいルーミィが、廊下の向こうから顔を出す。
「おはよう、ルーミィちゃん」
「おはよー、だいな」
「わんわん」
犬の鳴きまねが上手くなったシロちゃんは、少し大きくなったルーミィに抱きかかえられていた。
シロちゃんの大きさは、冒険していたころと変わらない子犬サイズだ。
「今日はゆっくりしていけるの?」
ルーミィとシロちゃんと一度視界に入れてから、改めてダイナを振り返って尋ねる。
「うん。しっかり居座らせてもらう」
花束を受け取って、ダイナを家の中へと招き入れた。
誕生日を祝ってくれる友達はそれからも何人か来てくれて、たくさんの花が飾られたテーブルをみんなで囲んだ。
お茶を用意して、持ってきてもらったケーキを並べて、のんびりとした時を過ごす。
近況や噂話に花を咲かせながら、たまに興味を引かれて話に加わるルーミィの相手もした。
シロちゃんはテーブルの下にもぐりこんだり、「かわいい」と抱き上げられたりしてまんざらでもないみたい。
外ではもちろん、家の中でも誰かがいるときはしゃべれないシロちゃんには申し訳ないと思うんだけど、本人にはいつも「気にしないでくださいデシ」って言われる。
こうして見てる分には楽しそうにも見えるし、慣れてもいるんだろうけど。
冒険者時代にはなかった、優雅ともいえるような穏やかな時間が流れていく。
いつから、こういう時間に違和感を覚えなくなったんだろう。
泥にまみれて泣き言を言っていたころが遠く感じる。
原稿には追われてるけど、原稿と家事だけしてればいい今は、あのころよりもずっと楽だった。
わたしとルーミィとシロちゃんの二人と一匹の質素な暮らしでは、そんなに稼いでるわけでもない原稿料だけでも、生活の心配もいらない。
友達もいるし、以前は住み慣れていただけあって、辛くなくなった自分の家は住みやすいんだけど、物足りなさはずっと感じていた。
朝から来てくれていた友達は、まだ日が高いうちにそれぞれの家へと帰っていく。
洗濯物を取り込んだり買い物に行ったり、何かと忙しいんだよね。
だから、長くいるって言ってもせいぜい3、4時間だ。
わたしものんびりしてはいられないんだけどね。
「ルーミィ。シロちゃん。これから買い物に行くけど、一緒に行く?」
テーブルの上を簡単に片付けて、絵を描いてるルーミィと、横で見てるシロちゃんを覗き込む。
「うーうん。しおちゃんとあそんでるからいいお」
「気をつけて行ってきてくださいデシ」
ここのところお気にいりの色鉛筆を動かしながらルーミィが答えると、シロちゃんは顔を上げてしっぽを振った。
「そっか。あぶないことしちゃ駄目だからね」
「うん。はあくかえってきてね」
「すぐ帰ってくるよ。行ってくるね」
「いってらっしゃいデシ」
玄関まで見送ってくれたシロちゃんに手を振って家を出ると、かすかにため息がもれた。
故郷に帰ってきて、自分の家に住んで、ルーミィやシロちゃんもいるのに。
妙に感傷的になっていることには気づいてるけど、どうしていいかもわからない。
寂しさだけがどんどん募っていく。
住みやすい自分の家も好きだけど、がたがたで壊れそうだったみすず旅館が懐かしい。
一緒に暮らしていたみんなが懐かしい。
パーティの解散はいつか訪れる必然ではあったけど、半年経ってもなお、寂しさは変わらなかった。
去年までなら、みんながお祝いしてくれた誕生日。
手作りの飾り付け、リタたちが作ってくれた料理、ルーミィが一生懸命泡立てたクリームのケーキ。
子供みたいなそんな誕生パーティが、すごく懐かしかった。
集まってくれる友達はいても、みんなとみたいに騒ぐわけじゃない。
年齢を考えれば当たり前で、しかたのないことだとは思うけど。
いつかは慣れないといけないと思うし、自然に慣れていくとも思うけど、それもまた寂しかったりするんだ。
いつもは振り返ってばかりってわけでもないのに、今日はなんでか思考が後ろ向きになる。
取り得だったはずの前向きささえ失くしそうだ。
感傷を振り払って、歩き出した。
とりあえず、今日の夕食のことを考えないとね。
豪勢な料理にしようと思って、ふんぱつしていろんな物を買って家に戻った。
重い荷物を両手に下げたまま、苦労して扉を開ける。
「おかえり」
「ただいま」
奥からの声に普通に返事をしてから、進みかけた足が止まった。
今の声。
ルーミィでも、シロちゃんでもない、今の声は。
玄関にどさりと落ちた荷物もそのままに、自分でもすごい勢いだと思うスピードで、声が聞こえた方に走り出していた。
部屋はいると、懐かしい顔がわたしを見上げた。
「おかえり。ルーミィとシロがあげてくれたから勝手に上がりこんでたんだけど、良かったか?」
長めの黒い髪。
人懐っこい瞳。
鮮やかな青いマント。
「くれ…い」
「久しぶりだな、パステル」
ソファに座るクレイが微笑む。
夢じゃないよね。
「クレイ!!」
両手を広げて駆け寄って、クレイに抱きつく。
ほんとに本物のクレイだ。
「おいおい、どうしたんだよ」
「だって、だって。久しぶりなんだもん。どうしたの? ガイナに用でもあったの? 今はどうしてるの? クエストは大変じゃない?」
「一度には答えられないよ」
クレイはわたしの頭をぽんぽんと叩いた。
懐かしいクレイの手。
半年ぶりのクレイの笑顔。
変わらない優しさに涙がこみ上げてくる。
「あいかわらず泣き虫だな」
「そんな簡単に変わらないよ」
顔を上げて、にじんできた涙をごしごしとこすった。
「あのね、今日ってわたしの誕生日なんだ。ごちそう作るから、時間あるなら食べてかない?」
幻じゃなかったクレイを少しでも長くつなぎとめておきたい。
そんな気持ちから、引き止めるにはどうしたらいいかばかりが頭に浮かんだ。
「覚えてるよ。時間も作ってきたからごちそうになろうかな」
聞いてはみたものの、頭の片隅では食事までは無理かと思ってたから、クレイの言葉に飛び上がりそうになった。
「すぐ作るから、待っててね。そういえば、ルーミィたちがいないけど」
保護者失格といわれそうだけど、このときになってようやくルーミィたちがいないことに気がついた。
隣の部屋を覗くまでもなく、気配もしない。
「ルーミィたちなら二階にいるよ。頼んで上に行ってもらったんだ」
なんだ、良かった。
とりあえず、ルーミィがどっかにいっちゃったんじゃないことがわかって安心した。
「どうして?」
椅子に引っ掛けてあるエプロンを着けながらクレイに尋ねる。
「大事な話があるから」
「ふぅん。あ! 荷物、玄関に置いたままだ。クレイ、ちょっと待ってて」
クレイへの返事もそこそこに、大急ぎで荷物を取りに行って冷蔵庫に詰め込む。
舞い上がってることは自分でも自覚してるんだけど、なんだか何をするにも慌ててしまう。
こんなに動揺してるのはおかしいんだけど、でも普通にできないんだ。
「話があるんだっけ。なに?」
お鍋を準備しながら、ようやくクレイに目を向けた。
「料理の前に先に話しても良いか?」
「うん。いいけど」
急いで準備してたけど、そういえば食事の時間はまだまだ先なんだよね。
豪華にするつもりだけど、さすがに自分の誕生日にあまり手間のかかるものは作りたくないから、時間のかかるものじゃないし。
「話の前に今日は何時くらいまでいられるか教えてくれる? 食事の支度、いつからはじめればいいか考えないといけないから」
「今日はガイナに泊まるから、何時でも構わないよ。パステルの都合のいい時間までだな」
「そうなんだ。なら、家に泊まらない? お父さんたちの寝室で寝てくれれば良いし」
エプロンのままで、クレイの隣に座る。
クレイが泊まっててくれた方がルーミィたちも喜ぶもんね。
「ご両親の部屋、そのままなのか?」
「うん。部屋数は十分足りてるから、片付けることもないかと思って。こまごまとした物は片付けて、客間にはしてあるんだけどね」
クレイの声が気がかりそうに少し沈んでたから、わたしは努めて明るく答えた。
あのことからは、今は本当に立ち直ってるから、空元気だとか無理してるってわけじゃないんだ。
月命日にはお墓に行って、花を置いてきてる。
お墓の前で泣かなくて済むようになったのは、そんなに前のことじゃないけど。
「そっか」
無理してないってことがちゃんと伝わったみたいで、クレイはほっとしたような優しい微笑みを浮かべた。
こんな感じも懐かしいな。
クレイはいつでもわかってくれたよね。
誰よりも先に。
寂しさが、また募りそうになる。
あのころに戻りたいとさえ、思ってしまいそうになる。
別々の道を進んでるみんなと、またパーティを組めるわけもないのに。
返した冒険者カードが返ってくるはずもないのに。
「あのさ、パステル」
「うん」
いつの間にかうつむいていた顔を上げようとしたら、小さな箱が目の前に差し出されていた。
「なに? これ」
「開けてみてくれないか?」
「うん」
受け取るとちょっと重たかった。
リボンと包装紙を順に取っていく。
なんだろ。
誕生日プレゼントかな。
クレイってやっぱりマメだよねー。
この大きさだとアクセサリーか何かかな。
今はきっと、貧乏生活じゃないんだよね。
こういうものも買えるようになったんだ。
ふたを開けると、銀色のアクセサリーが上品に収まっていた。
「指輪?」
見ればわかることなのに、ついつい口に出してしまう。
細身の輪に、透明な石がついてる。
冒険者時代はこういうのつけられなかったから、気を利かせてくれたのかな。
そんなにアクセサリーとかつける方じゃないけど、これでも女なんだし、少しは飾りたいもんね。
「綺麗だね。いいの? なんか高そうだけど」
「気にしなくて良いよ」
「そう? でも、いいのかなぁ」
なにげなく薬指にはめたら、クレイが何かを言いかけたのに、口を閉じてしまった。
「どうしたの?」
右手に光る指輪をしげしげと眺めながらクレイに聞いた。
明かりにかざすときらきらと光る。
ガラスならこんなに光らないよね、たぶん。
「左手にはめてもらえたら嬉しいと思ってさ」
「え。でも、左手って」
「おれと結婚してくれないか?」
目が点になるっていうのは、こういうことを言うんだと思う。
まじまじと、それこそ穴が開くんじゃないかってくらいにクレイを見つめた。
一度だけ光り輝く指輪に目を落として、またクレイを見る。
「わたしと?」
「あぁ」
「クレイが?」
「駄目かな」
「クレイって、わたしのこと…」
「ほんと、パステルは鈍感だよな」
クレイは力なく笑って目をそらした。
下を向くその顔が、ひどく悲しげに見えた。
本気なんだ、クレイ。
指輪もガラス玉とかじゃなくて、そもそも誕生日プレゼントでもなくて。
そこまで思ってから、さっきまでの自分のぼけっぷりを思い返すと顔から火が出そうだった。
クレイはプロポーズしようとしてたのに、ぜんっぜん気がつかないなんて。
経験はあるはずなのに、どうして同じようなことになっちゃうんだろう?
こういうことに向かないのかもしれない。
天国でお母さんとお父さんが呆れてたりして。
「でも、なんで今ごろ」
クレイを責めたいわけじゃないけど、なんで今なんだろうっていう疑問があった。
パーティの解散のときも、その前にもそんなそぶりはちっともなかったのに。
サラさんとの婚約は、わたしたちがパーティを組んでたときに破棄してはいたけど。
もしかしたら、わたしが気がついてなかっただけとか?
「実はさ、パーティが解散するまで自分でも気づいてなかったんだよ。トラップに『言わなくていいのか?』って聞かれたんだけど、意味がわかんなかったくらいだもんな」
「トラップは気づいてたのに、クレイは気づいてなかったの? クレイも人のこと言えないじゃない」
わたしだけが鈍感だったわけじゃないことがわかって気が抜けたのか、自分のことは棚に上げてクレイを笑った。
「まぁな。けど、パーティを解散して、しばらくしたらなんか物足りなくてな」
「あ、それわかる! わたしもすごく寂しかったもん」
寂しかったっていうか、今も寂しいけど。
ルーミィもシロちゃんもはじめのころは元気がなかったし、たまに間違えてみんなの名前を呼ぶことさえあった。
何年も一緒に暮らしていただけあって、みんなそれぞれに寂しいんじゃないかな。
ちっとも寂しく思わないっていうのは悲しすぎるしね。
「パーティのことを引きずってるんだと思ってたんだ。あんだけ賑やかだったんだから、寂しくなるのもしょうがないよなってさ。でも、そうじゃなかった」
前半は「そうだよねー」って聞いてたんだけど、最後の一言にどきっとした。
しかも微笑みかけられると、その笑顔になぜだか赤面してしまう。
クレイの笑顔はすごく好きだけど、それでもそれだけで赤くなることなんかなかったのに。
限りなく優しいまなざしに、極上の微笑み。
言葉がなくても特別に想ってることがわかるような、そんな笑い方だ。
今までの笑顔とはどこかが違うような気がする。
わたしにそんなことがわかるのかって我ながら思うんだけど、顔が熱くなるのは止められなかった。
さっきもこうやって笑ってたっけ?
「パステルがOKしてくれても、しばらくはまだクエストを続けなくちゃいけないんだ。レベルがもう少し上がったら、騎士団の入団テストも受けたい。もし受かったら、配置にもよるけど大きな街にいることが多くなると思う。まだわからないけど、寂しい思いをさせるかもしれない。だから、よく考えてから答えてほしいんだ」
「そっか。クレイは騎士になることに決めたんだ」
「あぁ。パーティを解散したころはまだ迷ってたけど、おれは剣と共に生きていきたいんだ。できれば、パステルとも一緒に」
クレイの言葉は嬉しかったけど、今まで考えてなかったことだから、すぐには答えられなかった。
パーティを組んでいたころ、わたしはクレイにほのかな想いを寄せているのかもしれないと思ったこともあった。
でも、それはあまりにもあいまいすぎて、自分から伝えようと思うようなものじゃなかった。
パーティが解散したときも、クレイ個人とっていうよりも、みんなと離れるのがただ寂しかった。
それに、結婚となると恋愛とは違う重みもある。
本当にクレイと結婚したいかどうかとか、クレイがいない家を守っていくのは辛くないかとか、クレイが落ち着いた先で暮らしていくこととか、色々と考えないといけない。
だから、答えは一つしかなかった。
「しばらく考えさせてもらってもいい?」
「もちろん」
クレイが当然だというように微笑むと、わたしはやっぱり赤くなった。
「いきなりごめんな。でも、すぐに振られなくて良かったよ。もう相手がいるかとも思ってたんだぜ」
「いないよ、そんな人。こっちの暮らしに慣れるのに精一杯なんだから」
両親が亡くなってほとんどすぐにエベリンに旅立ったわたしにとって、ガイナでのルーミィたちとの生活は思っていた以上に大変だった。
家を守っていてくれたジョシュアは、わたしが戻ってきてしばらくしたら家から出て行っていた。
弁護士の資格を取った彼は、大きな町に移り住んでいった。
経験を積んでからまたこの町に戻って来るといったジョシュアを送り出したのは、もうだいぶ前のことになる。
クレイが選んでくれた指輪にそっと触れた。
これをわたしがつけていいのかどうか、ゆっくり考えよう。
あ、でもあんまり待たせちゃ悪いかも。
「一週間くらいで返事した方がいい?」
「いつでもいいよ。パステルが決めるまでゆっくり待つから。月に一回くらいはガイナに来るつもりだから、そのときに返事をくれると嬉しい」
「そんなに来れるの?」
「たぶんな。絶対来れるって言いたいとこだけど、そこまでは言えないんだ。プロポーズしておいて結婚前からこんなんじゃ先が思いやられるだろうけど、クエストが長引く場合もあるし、おれの都合だけで決めれるわけでもないから」
申し訳なさそうに言うクレイが妙におかしかった。
正直だよね、相変わらず。
そういうところはやっぱり好きだなぁって思う。
恋愛感情かどうかはともかくとして。
「だいじょうぶ。わたしだって冒険者だったんだからわかってるよ」
「ならいいんだ。あ、そうだ。誕生日プレゼントがあるんだ」
いたずらっぽく笑って天井を見上げたクレイにつられて、わたしも上を向いた。
「降りて来いよ」
大きな声を上に投げかける。
ルーミィたちに言うにしてはずいぶん、ぶっきらぼうな口調だ。
クレイがそんな風に声をかけるのは…。
「どこ見てんだよ」
「ここにいますよ」
「久しぶり、パステル」
そうだ。
この三人にならクレイはこんな言い方をするんだ。
「トラップ! キットン! ノル!!」
扉の向こうから現れた三人の名前を順に呼ぶ。
懐かしい仲間たちだ。
「お前ら! 二階で待ってろって言ったじゃないか!」
三人に駆け寄るわたしの後ろから、クレイが怒ってる。
でも、三人とも顔を見合わせて笑うばかりで取り合わない。
「来てくれたの? トラップはクレイとクエストしてるけど、キットンとノルまで」
トラップがいないのは、彼とは別行動でクレイがガイナに来たからだと思ってたのに。
「クレイのたっての頼みですし、パステルの誕生日なんですからね。来ないわけにはいきませんよ」
「クレイが、手紙をくれた」
あぁ、そうか。
だから誕生日プレゼントなんだ。
クレイが手はずを整えて、クレイが連れてきてくれたんだ。
「主役が泣いてんじゃねーよ」
「そうですよ。久しぶりなんですし、笑っていてくれた方がいいです」
「ぱーるぅ、みんながいるおう」
よく見てみれば(気がつかなかったほうがすごいんだけど)ノルの肩にはルーミィがちょこんと座っていた。
ノルの髪の毛を、小さな指が赤くなるくらいに握ってる。
涙でべしょべしょになった顔を見れば、どれだけ喜んだかわかった。
もう一方の肩につかまるシロちゃんの目もうるんでいる。
そんな一人と一匹をノルはそっとわたしに渡した。
「すぐ戻る」
とだけ言って、部屋から出て行ってしまう。
どうしたんだろ。
「残念だったなぁ、クレイ。おれらは誕生祝いに婚約祝いまでするつもりだったのによ」
「いつかできるといいんですけどねぇ」
気がつくと、トラップとキットンはクレイの傍に行っていた。
「早くしねーとパステルがばーさんになっちまうぞ」
「うるさい!」
ご機嫌ななめなのか、照れてるだけなのか、からかわれたクレイは一言怒鳴って台所に行ってしまった。
あはは。めずらしー。
「ほら、お前らも手伝え」
「へいへい」
「わたしはケーキでも買ってきましょうかね」
ほんとに、懐かしい。
以前とちっとも変わらない雰囲気。
賑やかな仲間たちが今、目の前にいる。
「パステル、ケーキ屋はどこにあります?」
「キットンが買ってきてくれるの? えーっとね」
「あぁ、でもパステルの説明ではわかりにくいかもしれませんね。その辺で歩いてる人に聞きましょう」
「ちょ、ちょっと、キットン! ここ、わたしの故郷なんだよ!?」
「ここに戻ってきてから道に迷ったことあんだろ?」
「そ、そんなこと、あるけど」
く、悔しい。
マッパーになってからの方が方向音痴になったような気がするんだよね。
キットンはわたしに道を聞かないでさっさと出かけてしまった。
「ルーミィ、シロ。飾りつけしよう」
どこかに行ってたノルが、大きなカバンを持って入ってきた。
色とりどりの輪っかが結ばれた長い飾り、綺麗な色のリボン、たくさんの小さな造花のブーケ。
カバンから次々に出てくるそれらを、わたしは言葉もなく見つめていた。
「子供っぽかったかな」
何も言わないわたしに、ノルは困ったように聞いてきた。
「そんなことないよ! すっごく嬉しい。ありがとう、ノル」
嬉しくて嬉しくて、言葉が出なかっただけなんだ。
「そうか。ルーミィ。これをテーブルに飾ってくれ。シロ、これを持ってついてきてくれるか?」
ノルはにっこり笑うと、ルーミィとシロちゃんをつれて、飾り付けを始めた。
「おーい。パステル。今日は何を作るつもりだったんだ?」
「今日? 今日はね」
あぁ、そうだ。
材料を買い足しに行かなきゃ。
椅子はかき集めれば何とかなるかな。
テーブルはどうしよう。
食器はバラバラになっちゃいそう。
考えることはいっぱいあって、することもたくさんあるんだ。
いくらパーティの主役でも、黙って見てるなんてもったいないことができるはずがない。
みんなと一緒にパーティの準備をしなきゃね。
もう戻らないと思っていた時が再び動き出す。
つかの間だけど、だからこそ一瞬一瞬を大切にしたい。
懐かしい時間の中で、クレイの笑顔がひときわ輝いて見えた。
END
はじめはトラップたちが階段を下りてくる辺りで、パステルが気づいて終わりにしようと思っていたんですが、そうするとクレイのプロポーズよりみんながいることの方が印象的になってしまいそうだったので現在の形になりました。
最後はもうちょっとクレパスっぽくしても良かったかなぁとも思いますが。
これだとクレ→パスだけのようですし。
でも、結婚ともなると慎重になるべきかと思います。
クレイは忙しそうですし、お嫁さんになったら大変そうですし。
実際、クレイがどうなるのかはわかりませんが。
未来の話ですが、未来に期待ということで(いつになるんだろう)。
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