マスターズ
1−9−1 平穏壊夢
「つっちゃん起きろー」と伊井さんが俺を揺らしながらそうに言った。俺はそれで目が覚める。
「つっちゃんって…」
「ん?翼だからつっちゃん」
…。駄目だ、何かがついていけない。
「ロールパンに牛乳。それにサラダだよー」
何が?
「ほら、唯ちゃん頑張ってるよ?」
「もしかして今の今日の朝食?」
「うん、早く行かないと、渡良瀬君に全部食べられるよ」
そうだった、なんだかんだ言って全員俺んちに泊まったんだった。
さんざ母親にどっか行ってた事を起こられ、その上全員泊めた、更には明日からも人の家に泊まるなんて言ったら殺されるかと思うほど怒られた。
で、何で唯が朝食の用意してるのかがまた謎。
俺は大人しく下の階に降り、キッチンへ行く。
「おはよ、翼」と制服に黄色のエプロンを着けた唯が、振り向きながら行った。
「ん、おはよ」と、俺も答える。
小うるさく食器を鳴らしながら、目玉焼きを食べる渡良瀬。こいつの食いっぷりは中学校の頃と変わりないようだ。
「唯、俺の母親は?」
「お仕事行った」振り向きながらそう答えると、また料理を開始する。
何もする事が無い見たいだから、新聞を取りに行く事にして、玄関先の新聞受けから持って帰る。
「翼、ちょうど出来た所なの。たべて」
唯が嬉しそうにご飯を持ってきた。
「あれ?そう言えば玲子ちゃんが翼を起こしに行った筈だけど?」
「来たけど?」
「どこ行ったの?」
食べ終わった所の渡良瀬がこっちを向く。
「伊井だろ?まだ階段からおりて来てないみたいだぜ」
俺と唯は向き合う。
「唯、頼んだ」
「頼まれたの」
「頂きます」
「ごゆっくりどうぞ」
エプロンを着けたまま階段へ向かう唯。俺はあんまりここでは食わない、ダイニングキッチンで、ご飯を取り始めた。
「片桐、いい子だよな」と渡良瀬が語り始める。
「唯か?まあいい奴だと思うけど、ちょっとお節介すぎかな?」
「羨ましいぐらいだよ」
渡良瀬が遠くの唯の方へ向き、そうこぼした。
「友達とかであんなのは居ないのか?」
「作れねえよ」めんどくさそうに言う渡良瀬。
「なんで?」
「異能者、アンチ派、どっちをとっても出来ない条件だよ。お前はまだ知らない、ダチと思った奴に、化け物扱いされる瞬間。お前には能力者じゃない片桐が居る。おまえの近くにな」
「昔っからの付き合いだからさ」
つまらなそうに首を横に振る。
「女じゃねえけどな、俺にも幼馴染って奴がいた」
「そいつは?」
「システム側の人間に殺された。俺がまだシステムに居た頃」
思い当たる奴がいた、中一のとき、事故死した渡良瀬の友達がいる。
「それでお前はアンチ派に転向したのか」
渡良瀬は席を立つと、食器を流しに持っていく、意外と礼儀が良いのかもしれない。
「早めに飯を終わらせ。それは生き残る秘訣の1つだ」
「なんに生き残るだよ」
「殺し合い」
口に含んだ牛乳を吐きそうになる。
「殺し合いって!」
「これから俺がするのはそれだ。マスターヒートと神風。二人共殺しに行く」
「物騒な事言わないでよ」
「やられる前にヤル、情けをかけない、それが、俺が今日まで行き続けた秘訣だよ。4年間、俺は死神の鎌なんていわれるほど冷静に、そして殺し続けた。やらなきゃあやられるんだ」
こいつはこいつで正しいとは思いたくないが、道を選んできたのだ。
システムに恨みがある、それを返すのが今のこいつの生き方なのかもしれない、確かに自分を殺そうとしてる人がいるなら、そいつが殺せない様にするのが安全だろうが、でもなんか違うきがする。
「渡良瀬、もしその幼馴染を殺したやつが死んだらどうするんだ?」
「もう、俺がやった」辛そうに言った。
「なら、止めないか?そういうの」
渡良瀬は深めに息をつく。
「俺はもう、そうしないと生きていけないんだ。復讐を成し遂げてそれまでの道、俺が復讐の対象になるようなことをしたのさ。今はそれの繰り返し」
そう言って俺の顔をじっと見た。
「なあ、何で俺がお前をアンチ派に誘ったか知ってるか?」
素直に首を横に振った。
「解らないな、俺にもその道を歩かせたかったのか?」
「逆さ。クラスメイトのよしみ、お前にはそんな道歩ませたくなかったし、俺もお前を殺したくなかった」
なぜ、アンチ派に入ればそうなるのかは解らなかった。
1−9−2
あれから数日がたった。
赤井の姿はないし、神風も姿も見えない。
渡良瀬はこの前、システムの人間を倒したが、殺さないでいたらしい。
そしてこのままもう何も起こらないんじゃないかと思った午後。
1−9−3
夢を見てる。
それは解る。
そして其処には赤井。
どっか人目の付かない所にいるらしい。
そして少しだらけていた赤井が姿勢を正す。
神風だ。
ほかに見慣れない人もいる。
軽く頭を下げる赤井。
神風がその隣に居た、見たことのない人に話かける。
そして革のパンツから懐中時計を取り出す神風。
赤井が携帯を取り出した。
時刻の確認をしてるみたいだ。
赤井が何か言った。
そして目が覚める。
1−9−4
薄っすら開けたまぶたから光が差し込む。
軽い呻き声をあげると、唯が話し掛けた。
「おはよ、翼」
「唯?」
逆光の中に唯の見慣れた顔が浮かぶ。
「こんなところにいると危ないぞ」
「学校の中だろ?」
「玲子ちゃんのいたずらなの、危ないのは」
くすりと笑った。
「だな」
簡単にうなずくと、俺も微笑んだ。
「授業、終わったよ」
「何時の間に…」
「2時間寝てるの、もう」
「そっか、弁当食ったあと少し寝たんだっけ」
うん、瞳でそう言った。
いいかげん上半身を起こし、軽くあくびをする。
「帰るか」
「うん」
「そういえば二人は?」
「渡良瀬君はまだ来てない、玲子ちゃんはジュース買いに行ったの」
西日の差す教室、其処には他の誰もいなかった。俺は唯と二人っきり、そういえばずっと二人っきりになることがなかったな。
「なあ唯」
「どうしたの?」
「なんか、久々だな」俺は部活をしてる短距離走者から、視線を唯に移した。
「え?何が?」
そう言ってから、すぐに気が付いたらしい、微笑んでこう続けた。
「そうだね、何時からだっけ?」
俺は苦笑いをした。
「唯に正体がばれた日」
「そういえば、そうだね」唯は目を伏せる。
「私があいつと別れる前だっけ、久しぶりに翼とデートして、その後あの赤井って人が急に翼に襲い掛かってきて」
「あれはびびった」
そして唯は無言になった。
「唯、ごめん」急に謝りたくなって、自然とそう言った。
「え、なんなの?急に」
唯は顔をあげる、茜色の光でよく見えない。
「ほら、俺のせいで彼氏と別れたり、部活休ませたり、危険な目にあわせたり」勢で早口みたいに言った。彼女の口元は笑ってた。
「うれしい、かも。それだけ心配してもらって。でもね、ほら、彼氏のことならそんなに好きじゃなかったんだ実は、悪い人じゃないから、そんな感じだったの。それに部活?それはえっとね、あの部活は私が抜けてもそんな痛くないし、友達に頼まれたからやってたの、知ってるでしょ?襲われたのは…」そこまで言った彼女の頭を軽くたたいた。
「無理、しなくてもいいよ」
そして彼女の瞳から涙。
「ほ、本当はね、怖いの。翼がどっかいちゃいそうな気がするの。それが怖いの。私、死ぬの怖いよ?でも、翼がどっか行っちゃたり、死んじゃう方が怖いの。いいでしょ?どっか行かないように近くで見てたいの…」そして思いっきり泣き出した。俺はここ数年、ドラマとかビデオの前以外で泣いてる唯を見ていなかった。
そして、俺はそんな彼女をどうすれば良いか、わからなかった。
1−10−1 神来風塵
「翼、きいて!」
美咲だ、そのテレパシーはかなりあせってる。
「教室から今すぐ出る!唯ちゃんは?」
「ここにいる」少し大きめの声で言う。
「ん、ちょっと待って」
ほんの1、2秒してからまた美咲のテレパシー。
「唯ちゃんもこれで聞こえるよね」
「はい、聞こえます」
「学校に城下が近づいてきてるって」俺はかばんを持ち、その続きを聞く。「連絡くれたのは間違いなく是清さん、今そっちに向かってる。二人には連絡したから正門の方に向かって」
俺と唯は頷き合うと、南校舎二階西側の教室から、北東にある正門めがけ走り出した。
ちい、こういう風にくるのかやっぱり。
中校舎、南校舎と連絡通路を使ってわたり、南校舎2階の職員室前の、来客者用玄関の階段を降り、そしてそのまま直進して正門へ。そこにはもう二人が待っていた。
「つっちゃん遅い!」開口一番井伊さんがそうに言う。
「ごめん、それで渡良瀬」
「ああ、とりあえず今の状態をいうと、I駅あるだろ?そこで神風を見たらしい、そして駅から出るとこっちの方へ向かったと。どうして俺達がいないかも知れない時間にここへ向かってるか、解らないけどな」I駅はこの学校に一番近い駅だ歩いて20分位だ。
「まあいいや、じゃあ急いで下校しようぜ」
「それは賛成だな」
俺たちはばらけると、自分の自転車をとりに行く。俺と唯は近いが、他の二人はクラスが違う、転入生という理由から決められた駐輪場所が違う。
そして全員正門へと集う。
集まったところで、俺たちはいつも使う西校門より、東側にある正門から学校から出る。
乗りながら携帯の電源を切る、携帯は実際のところ、なるべく持ちたい道具じゃないらしい。持ってるだけで尾行とかするのに使えるらしい。
それで、こういう時は全員で電源を切る、これで尾行のシステムの半分以上はできなくなるらしい。ただ、これは個人で扱うようなシステムじゃないと、渡良瀬から聞いてる。
そして、俺たちはいつもと違うルートで帰る、だが帰路は途中からは道が違うのだ。そこまで何もなかったら俺と井伊さんは井伊さんの家へ、唯たちはT町の篠目さんの家に向かうことにして自転車を走らす。
大きめ道に入れば手を出せない、そこまで行ければ逃げ切ったのと同じと考えてる俺たち。あと半分くらい、そう思った時だった。
服がたなびく音。夕日に染まる空にその男が舞った。
白いウィンドブレーカーにサングラス。たぶん服は白と黒で統一させてるのだろう。
そして空から地に足をつける。
渡良瀬は自転車から飛び降りると、一気に間をつめる、すでに「発動」にはいってるだろう。
服の下から取り出した500mlのペットボトルを高めに投げる、その後すぐにまた服の下から500mlのペットボトルを取り出し、持った親指でキャップを開けると、その現れた敵めがけてばら撒く。
右手を左肩の前に持っていき、すぐにその水を払う。それと同時に水すべてがばらばらに飛ばされる。
「ブレイク!」渡良瀬が言うと、敵の上に針のような水が降り注いだ。
かわされた針が地面に刺さる、その刺さった跡には、アスファルトがえぐられてる。
地面を転がりながら敵は「発動」を始めた。すぐさま水が天へと上昇する。そして身をかがめて突進。その突進の中、再び服の中からペットボトルを取り出す。今度のは350mlのペットボトルらしい、それも親指で開け、凪ぐ。
さっきの上昇した水たちの幕に、大きな傷。敵の風が「発動」した、飛び込んでいる渡良瀬に掠る。
サングラスが落ちる。
さっきペットボトルから飛び出した水が敵を襲うが、それは完全に避けられ、二人とも体制を整えた。
「始めまして、デスサイズ」
「…噂以上か、神風」
城下諷詠は、大きく息を整えた。
「本当は完全に無視しようとしてたのだが、そこまでの実力者、無視も出来ないみたいだ」
「ほめ言葉、そう受け取っておくが、気に食わないな」
どういった次元の戦いだ、俺の目には一回の「発動」すべてが致命的ダメージの攻撃にしか見えない。
俺は鞄から取り出したナイフを逆手に持った。
「どうだデスサイズ。君も僕と一緒に来ないか?」
「何を?貴様は俺の敵だ」
渡良瀬は左手を軽く上げる。それを見た井伊さんが、彼にペットボトルを投げた。
「僕は今、優秀な人材を探してる、君ほどの人間を誘わないのはもったいなくてね」
「何をたくらんでる、神風」
「革命さ」
1−10−2
「いま、僕たちの扱われ方、どう思う?非能力者が劣悪種なんて言う輩もいるが、僕はそう思わない。だがどうだ?僕たちはシステムに監視され、自由とプライベートを束縛されてる。それを洗い流す、ノアの箱舟になるのさ」
「俺はシステムの監視なんて気にしない。だが、目の前にある知り合いの不幸は放って置けない。それだけだ」
「ならなぜ、僕の革命に賛同しない?」
「信じられない、貴様がな!」
遠くからバイクの音が聞こえる。陽がすべて身を隠した。そのバイクはこの場所に近づいて来てるらしい。
しばらくの沈黙、俺は渡良瀬にバイクが近づいて来てる事を知らせると、渡良瀬が首を軽く縦に振る。
沈黙が続く中、そのバイクが到着する。メットをとると赤井だった。
赤井は俺を睨むと、神風のもとに向かう。
「でかいことを言ってる割には、仲間はヒートだけか?」渡良瀬がそう言った。
赤井は憎たらしげにこっちを向くと、「ウォータ、貴様と」俺のほうを向き「ウィンドお前もだ。けりは付けてやる」と言い放ち、付け加えようとしたところを神風が静かに赤井を制した。
「僕は君たち全員に興味を持った、君たちを敵には回したくはない。それに、君たちはかなり有能だ、出来れば協力を得たいという話しなのだが。わかってもらえてないようだね」
赤井は黙って神風の後ろに控えている。
「いま玲子はいろいろ迷ってる、だけど。あなたの理想は立派なのかもしれない、だけど、だけど薫を殺そうとしたのは絶対に何があっても許せない!あんたなんかに協力なんかしてやるもんか!」いきなりだった、井伊さんが力いっぱいに叫んだのだ。
それには少しながら神風の動揺を誘ったらしい。
そして俺は。
「俺も彼女と同じだ、流を殺そうとした事実は変わらないんじゃないか?なら俺だってあんたに力、貸せねえな」
そして唯が俺の後ろへと行く、それは俺と同じという意思表示。
「わりいな、神風、俺はこいつらを敵に回したくない」
「渡良瀬君…。ありがとうなの」唯がそう小さく言った。
神風はいったん顔を伏せた、そして赤井が前へ出る。
「解った」そこで顔をあげる「ならばせめて邪魔はしないでくれ」そう神風が言った。
「ふざけんな。あんた、俺たち殺すつもりなんだろ?」
渡良瀬はさも当然といった。
これで終わるんじゃないのか?
「君が邪魔をするなら」
「無理だな、他のはどうか知らないが、俺だけは」
場が、凍りつく、のどがひりひりとしてきた。
「ならば、仕方ない」神風は、サングラスをかけなおした。
「最後に聞こう、なぜ僕の行く道を妨害する?」
渡良瀬は2リットルのペットボトルを、鞄から取り出す、ここ最近彼はこのペットボトルをずっと鞄に潜ませていた。
「知れたこと。お前がしようとしてるのは、ただたんに、システムを潰しまたシステムを再建することと同じだ」
そしてペットボトルのキャップを開けて、それを空に投げた。
「根岸、二人を頼む」
「馬鹿、二対一だ、無茶は止めろ」
渡良瀬は、後ろにいる俺たちを少し見ると、微笑む。
そして走り寄る赤井。
渡良瀬は持っているペットボトルを軽く振ると、その飛沫を赤井に飛ばす。
そのまま横に避け、さらに突っ込んでくる赤井を、またペットボトルを振り少し水を出し、それで軽い膜を宙に創る。
それを見て赤井は足をとめる、そしてその膜に縦筋が入り、そこから裂けた。
渡良瀬はその縦の筋から予測して、攻撃が来る所から避けるが、かわしきれず方から血がにじむ。
そこに赤井のパンチ。かわせる体勢じゃない。渡良瀬は軽くよろめくが、倒れたりせずに、すぐ態勢を整え、けりで宙を凪ぐ。
ぎりぎりかわした赤井が動きを止めた。
風が、変った。
「渡良瀬!上だ!」俺が叫ぶと、渡良瀬がバックステップで避ける。
アスファルトに大きなひびが入ったであろう音。衝撃で生まれた風があたりの全てを掃った。
砂煙の中、飛び込んでくる長身が俺には見えた。神風が飛び込んでくる!俺は奴に対して追い風を吹かせるため、「発動」を始める。
もう少しで渡良瀬を捕える所で、十分な風が吹かせるまでに溜められた。
「させるか」
神風の態勢が崩れる。
俺と神風の一直線上は、砂煙が吹き飛び、その中ですぐさま体制を整え、「発動」の準備を始めた、神風。
だめだ、渡良瀬はまだ砂煙に飲み込まれ、状態の把握が難しいらしい。
間に合わない。
そして右手を振り落とす。
いやそれは、「発動」したのではない「発動」を止めた動作だった。
神風が大きくかわすと、ナイフが横を通る。
「えへへ、薫のマネ」井伊さんだ。
「…チームワークか」そうに神風が小さく言う。
場は硬直。
三対二。こういう状態になったのだ。こっちは唯がいるし、実力の差がはっきりとある。
だがそこに更に。
「翼お待たせ!」美咲の声が響いた。
誰もいなかった空間に、美咲と篠目さんが現れたのだ。
「遅くなってすまない、君たちの居場所がわからなくなってな」篠目さんはそうに言うと、神風を見る。
「あなたの御噂は兼ねがね聞いてます、始めまして、オール・オブ・レコグネイション」
「諷詠君、君はもうここから引きたまえ。これ以上彼らに攻撃を加えるのなら、阻止させてもらう」
軽く空を見上げる神風。
「ならば、あなたを超えていくまで。あなたの言う彼らは、これ以上実力を上げられると、私のこれからの最大の壁になる」
「なあ、あんた、これ以上はあんたの為になんない。ここでくじけんだったら、さっさと夢見るのよしな」これは美咲。
「なら超えるまで」言うと神風は「発動」を始めた。
1−10−3
「薫、玲子に力を貸してね」そう言って彼女はくすりを口内に吹き入れ、握ったナイフを両手で持ち、構えた。
俺は彼女の肩をたたく。
「ナイフは俺に貸してくれ、井伊さんは発動を使ってた方が多分いい。両手自由じゃないと発動できないだろ?」
彼女は力みすぎていた肩の力を抜き、俺にナイフを渡した。
「うん、そうだよね。いつまでも薫ばっかりに頼ってちゃあ、強くなれないよね」
まったく、うらやましい限りだ、ここまで思われるなんて。
「唯、それから美咲」
「うん…」
「なに、あたしはついで?」
対照的な態度をとる二人に下がってるように伝える。
そこで、神風の右腕が振り下ろされた、かなり強力な「発動」だ。
その途端、呼吸ができなくなる。
「くっ、厄介な「発動」だ」そう、篠目さんの「発動」により、周りの空気の認識が消され、風による攻撃が完全に防がれた。
「氷よ!咲き誇れー!」井伊さんの「発動」が出る。さっきまでの戦いで地面に撒かれた水が、一気に凍る。それどころか、そこから細い円錐状の氷柱が生まれ、神風に向かい下から攻撃が入る。
「これは、さすがだな…」あんな短時間で、これほどの「発動」、篠目さんや神風にも負けてないかもしれない。そうなると、俺が一番こん中で弱いのかも…。
地面から生えた氷柱を、赤井の能力で遠くから溶かす。
「赤井邪魔だ!」俺は赤井に向かい突進する。
赤井は態勢を整え、待ち構えの状態に入った。
ナイフで赤井に切るつける、やつなら確実によける。
だが左手でそのナイフを受けた。鈍い音が響く。
「牙も通らなければただの威嚇だぜ」そう言って口元を上げると、赤井のローキックがくる。
そこに渡良瀬の妨害、水があいつの右手を捕らえた。
それに注意を削がれ、ローキックの威力が激減し、ダメージはそれほどでもない。
「その右手、もらうぞ」そう言ったが、「発動」の呪縛から解けた水が、滴り落ちた。
どうやら神風の妨害が入った。だがにぶい音がする。
「ヒット!」井伊さんの氷が神風の左腕に直撃したのだ。
すぐさま能力を「発動」させ、後方に飛ぶ神風。あの距離を追えるのは俺だけだな。
「後ろに飛んで」と美咲からのテレパシー。それに従い間合いを取った。
急速にさっきいた場所に引き寄せられる、見ると、赤井の左腕が消えた。
思わず息を呑む。当の赤井はすでにその事実に気づき、唖然とするばかり。
「その空間の認識を、このすぐそばに認識を変えた。辰巳君、君の左手は僕の手元にある。降伏を進めよう、そうすればこの左手は戻す」辰巳って、確か赤井の名前だっけ。
俺は篠目さんを見た。確かに赤井の左手らしき物を持ってる。
「いつ見ても、恐ろしいわぁ」美咲がごちた。
認識を移しかえるってそれこそ大技だろ。
「だがまだ、右手が残ってる…」赤井が自分を奮い立たせるように言った。
「辰巳君、君の「発動」は右手を強く握ること。つまりまだ発動はできる、戦うか?」
俺はターゲットを換え、神風の方へと向かい、その俺のあとを渡良瀬が追う。
よく見ると、神風は既に「発動」を始めてた。
後ろを追っていた渡良瀬は、俺の左に反れ、位置を分散させる。俺も気持ち右に行った。
奴は「発動」させる。ダウンバーストだ。
「渡良瀬!上だ!」叫び。
狙いは、後方左側。間違いなく直撃コース。俺の位置でも避けれるかどうか。
精一杯前方右に飛ぶ。
とてつもない砂塵が再び場を支配した。直撃はしなかったが、風で俺の体も吹き飛ばされている、いつ落ちても構わない様、受身の態勢。
風船が弾けるよりやや重い似たような音が響いた。
そして、それがもう一回。そして俺は見えた、神風の姿勢は俗に言う射撃姿勢、その右手にはハンドガン。
本物かよ、あれ…。
俺はいつのまにか、神風に突っ込んでいた。
銃撃は間に合わないだろう。そこまで奴の隙をつけたが。攻撃に移るまではいけない。
怪我してるはずの左側に回り、隙をうかがう。
「渡良瀬君は、死んだよ」そう囁いた。
嘘だろ。一瞬頭の中が真っ白になる。
だがすぐさま、それは強引に呼び覚まさせた、胸部に鋭い痛みが走ったからだ。
息が上手くできない…。
そして眉間に銃が付き付けられた。
「最終勧告。三択だ。今君が死ぬ、今後一切僕の行動を邪魔しない、僕の仲間になる。どれが良い?」
「翼ーー」唯が叫んだ。
神風は深く息をつく。
「仲間になってくれるわけはないか」
答えられない、渡良瀬の仇は取りたいけど、ここまでの実力差は埋められない。だけど、死ぬつもりはない。もちろん、仲間になんかなりたくない。
「けど、あなたもそこまでです。後ろにも、気をつけてくださいね」俺の上の方で声が響いた。いま、井伊さんはどんな顔をしてるんだろう。俺は助かったと思うと同時に、うれしさで目がにじむ、息がまだ上手くできなくて、苦しくて、でも、うれしくて。
「薫…。どうしてここに…」井伊さんが、半泣きの声でそう言った。
「まだ全快じゃないけどね。彼の首の血管を切るくらいはできるよ」相変わらず、物騒なことを平然と。
神風の首に添えられたナイフが、街頭に照らされた。
「君がこんな早く回復するなんて…。考え難いのだが?」
「ええ、普通じゃあ有得ません。ですが、ここに居る一人、能力を忘れてませんか?」
「認識か?」
「そうです、正常な認識は怪我を治すそうですよ。付け加えると、この戦いずっと見ていました、これは三瀬さんのお陰ですね」
美咲の方を見た、銃の拘束が弱まって、もう周りを見渡せる。
なんか照れてやがる。
「ここに来れたのテレポートか…。PSYが何人噛んでるのか」
「2人ですよ。そこに居る三瀬美咲さんと、僕の病室に居るテレポーター。さあ、あなたはその銃は撃てないはず、手を離してください」
神風は俺の顔の上から銃をずらすと、手を放す。
「時間稼ぎ、この位でいいですか?篠目さん」
「ああ、十分だ。美咲ちゃん。すまないが彼の様態を見てやってくれ」そう言って渡良瀬を見る。
これで、俺たちの勝ちか…。
1−10−4
流は崩れ落ちるように膝をついた。
神風が立ち上がる。
風、吹いたか?
そう遠くで聞こえた。
その一瞬は目を疑うばかり。
ほんの一瞬だ。篠目さんの左足から紅いモノが見えた。
「是清さん!」そのとき一番彼の近くに居た美咲が、悲観に叫んだ。
「やはり戦いなれはしていなかったな、オール・オブ・レコグネイション。隙があったから、射たせてもらったぞ。どうやらあなたの「発動」の態勢は左足に有りそうだったんでね」
なにを?何をしたんだ。銃はまだ俺の顔の横にあるし、手にはない…。
「何でって顔をしてるようだね、アンサーはただのかまいたちさ、ただ同じ風使いとしていつ射ったか解らないだろうが、君が長時間風を起こせるように、僕はマスターウィンドの能力としては考えられないほどの速さで、かまいたちを「発動」させられる。ただ、出すだけなら、簡単さ」
敵は俺を無視し渡良瀬に近づく。
傍により、首に手を当てる。
「赤井、渡良瀬君のとどめさしたいか?」
「生きてたんですか?」
そして神風は渡良瀬を見落とす。
体は自然に「発動」を始めていた。
俺の体は。
信じられない速度で突っ込んでいく。風は完全に捕まえた。
距離にして20m以上。
届く、神風の動きもゆっくりに感じた、かまいたち、それが神風にとっての本当の奥の手、この「発動」は間違いなくかまいたちだろう。
かまうもんか、届く直前「発動」される。
だが、俺には何もあたらなかった、痛くもない、ただ、体が悲鳴をあげてる。
軽く跳ね、驚愕に満ちた神風の顔をつかみ、地面に叩きつけるようにする。
俺の体はまだ浮いてるが、次の「発動」に移った。風を上から、叩き付けてやるよ。
俺は地面に落ちる直前に風を生んだ。
生まれたばかりの風は、神風を捕らえたのを見ながら、俺は体ごと地面に落ちた。
1−10−5
俺はよろよろと起き上がった。
その俺に唯が翔けてくる。
ああ、泣いてやがる、唯の奴。
何回も俺の名前を呼びながら、俺のそばに来ると、もう何も言えないでいた。
「わりい、文句は後で幾らでも聞くから、もう疲れたから寝る」