あの後、キットンにパステルを診てもらったんだけど、どうして声が出ないのか原因は
分からず仕舞だった。
「どうしてなんですかねぇ。パステルには外傷はないはずなんですが...」
そう言って首を傾げるキットン。
「ほら、あれなんじゃねぇか?岩が落っこってきて、そのショックで」
でも、今まで冒険を続けてきてそれ以上にショックなことなんていくらでもあった。
それでも大丈夫だったのに、どうして今回に限って?
「パステル、ゆっくり、したほうが、いい」
優しくそういうノルの言葉に従って、おれたちはパステルのいる部屋から出ることにな
った。パステルをベッドに寝かせて
「パステル、ちょっと皆で下にいるから、ゆっくり寝ておくんだよ」
そう声をかけるおれを見上げて、コクリと頷くパステル。
はしばみ色の瞳が、哀しくおれを見ている。
「傍にいたほうがいいかい?」
左右に首を振って、静かに微笑む。
まるで心配はいらないと言うように。
少しほっとしたような、それでいて余計に不安が残るような、なんともいえない気がした。
「ほれ、クレイ、行くぞ」
トラップに声を掛けられて、おれは部屋を後にした。
結局その後もトラップたちと話をしたけれど、それで原因がわかるわけでなく、仕方な
くその日は諦めて眠った。
「ぱぁーる?どうしらんら?ぱぁーるぅ」
ベソをかいたルーミィの声が聞こえてきた。
ううーん、もう朝か??
窓を見ればもう外は明るくなってきていた。
「ぱぁーるぅ」
もう一度パステルを呼ぶ声が聞こえて、その声の方を見れば目を覚ましたルーミィがパ
ステルの肩を揺さぶっていた。
「ルーミィ?」
おれがそう声を掛けるとルーミィはぱっと振り返って
「くれぇー、ぱぁーるぅが、ないてるお?」
え!?
慌ててルーミィとパステルの寝ているベッドの傍にいって、パステルの顔を覗けば閉じ
た瞳から、涙が溢れていた。
「パステル...」
何かを言っているのか、口をパクパクと動かして。
でも、やっぱり声は出ないんだね。
そう思いながら、パステルの涙をそっと拭った。
おれの指がパステルの頬に触れた時、パステルはそっと目を開けた。
驚き、悲しみ、そして愛しそうにおれを見つめて、もう一度目を閉じた。
もう涙は流れなかった...
その日、医者を呼んでパステルを見てもらってもやっぱり原因はわからなかった。トラ
ップのいうようにもしかしたら心因性のものかもしれない、医者はそれだけを言い残して
帰っていった。
「どうしようか?」
実際原因がわからない以上、キットンに薬を調合してもらうわけにもいかず、八方塞が
りになってしまっていた。
他の皆も同じで、皆が皆押し黙っていた。
コンコン
パステルがベッドの背もたれを叩いて(声が出せないから、呼ぶ時は何かを叩いてとい
っていた)おれたちを呼んだ。
「どうした?パステル」
そう話し掛けるとパステルはおれに何かを書いた紙を渡した。
そこには、3日間だけここにいさせて欲しいと書いてあった。
「3日間?」
コクリと頷くパステル。
そしてもう1枚紙を渡した。
”3日経って原因がわからないようなら、皆の足をひっぱってしまうから、わたしはパー
ティを抜けようと思うの”
そんな申し出を、おれは受ける気はなかったし、他の皆もそうだった。
皆でパステルを支えるつもりでいたから。
でもパステルの思いは強くて、誰も彼女の気持ちを変えさせることは出来なかった。
実際、もしパステルが一人の時に何かがあれば、声を出せればすぐ助けられるかもしれ
ないけれど、声が出せないことによって手遅れになってしまうことがあるかもしれない...
それに今の状態で、冒険を続けるのは彼女自身に危険が伴う。
パステルの身の安全を考えるなら...
結局、承諾するしかなかった。
4.
微笑むパステルがいる...
でも3日後には、パステルはこのパーティからいなくなる。
そう考え出すと胸が鈍く痛む。どうしてなんだろう?
心のどこかで、ずっとパステルが傍にいるような気がしていた。
”別れのない人間関係なんてない”
そう分かっているはずなのに、それでもパステルは傍にいてくれる気がしていた。
パステルの決断から1日、2日が経った。
実際パステルは今だに話すことが出来ないでいた。
明日に原因すらもわからないままでいたら、パステルはおれたちの傍から離れていく。
ひどく辛く、哀しかった。
そんなおれの気持ちをよそに、パステルは微笑んでいた。慈しむように、皆を見つめて
いた。この2日、パステルの悲しそうな顔を見ることはなかった。
どうしてなんだろう?
パステルは皆と離れるのが、辛くないんだろうか?
いや、そんなはずはないだろう。
どことなく感じているんだ。哀しいとか、辛いっていう感情以上に、何か別の感情がパ
ステルを包んでいる。もっと暖かい、大きな思いが...
それはなんなんだろう?
結局その思いの正体がわかることもなく、3日目を迎え、夜になった...
「パステル、本当にもう思い直さないのか?」
皆が寝静まった後、ふと見るとパステルが窓辺に佇んでいた。
そっとそばによってそう声を掛けたおれを振り返り、ゆっくりとパステルは首を振った。
「もう、傍にはいてくれないのか?」
言いながらそっと手を伸ばしてパステルの肩に触れようとした時、おれの意識は遠のい
た。
パス、テ、、、ル、、、
「迎えにきてやったよ」
わたしの声が部屋の中から聞こえた。
見ると3日前に夜にあった、魔女がゆらゆらと浮かんでいた。
「今から10分、おまえに最後の時間をやろう」
わたしの望んだ別れの時間。
コクリと頷き、そっとトラップに近づいた。
トラップ、あんまりギャンブルばっかりしてちゃだめだよ。ほどほどにね。
あと、みんなのことお願いね。みんなお人好しばかりだからさ。
赤い髪にそっと触れて...
そしてそのトラップに重なるよに眠るキットン
あんまりおかしなキノコたべちゃだめだよ。キットン魔法、もっと見たかったけど仕方
ないよね。あと、スグリさん、見つかるといいね。
重なる二人に毛布をかけた。
一人で眠るノル
ノル...ルーミィのことお願いね。
いつも、見守っていてくれて、ありがとう。
毛布から出た手を戻して
シロちゃん。いっぱい、いっぱい、健気にがんばってくれたよね。ありがとう。
これからも、ルーミィを守ってあげてね。
寝癖のついた白い毛をなでて
ルーミィ、わたしの妹。いっつも舌ったらずな言葉でわたしの言葉を真似してたね。
ダイスキだよ。わたしがいなくても、泣いちゃダメだよ。
ふわっふわのシルバーブロンド。そっと掻き揚げて額にキスした。
そして...
そして、窓辺に戻るとクレイ...
クレイに伝える言葉はひとつだった。
ダイスキだよ...
初めての、わたしからのキス。初めてのあなたとのキス...
ダイスキだよ。
「もう、いいかい?」
わたしの声で、そう問い掛ける魔女。
コクリと頷くわたしをみて
「今ならまだ、間に合うんだよ」
少し意地悪そうに
「今ならクレイの変わりに死ななくてすむんだよ...まあ、その代り、クレイが死んじ
まうけどね」
クレイを助けるために選んだこと。今更自分の命を惜しみたくない。
そう思って首を振るわたしをみて、満足そうに頷く魔女。
「じゃあ、おまえの命をいただこか」
わたしに向けて魔女が手を上げたその時
「パ、パステル...」
クレイがわたしを呼ぶ声がした。
見るとクレイが顔を上げていた。
!?
魔女に魔法を掛けてもらったはずなのに!!
うろたえるわたしを見つめながら、ゆっくりとクレイは起き上がった。
「パステル、今の、今言ったことは、本当か?」
朦朧としながらそう問い掛けるクレイ。
聞かれたくなかった。だから魔法を掛けてもらったのに...
答えられずにいるわたしに代わって魔女が答えた。
「そうだよ、このコはわたしと契約したんだよ。おまえの命を助ける代わりに、自分の命
を差し出すと。泣かせる話じゃないか」
まるで面白がるように、魔女は話す。
「もうひとつ、教えてやろう。どうしてパステルが話せなくなったのか。理由は簡単さ。
おまえの足さ」
「おれの足?」
「そうさね。おまえの足を治す代償として声を貰ったんだよ」
「!?」
愕然とするクレイ。
クレイがこのことを知れば、苦しむことは目に見えていた。だからこそ、わたしは何も
語らなかった。魔女に言われたからでなく。
なのに、なのにどうしてこの魔女はすべてを話してしまうんだろう。
クレイが苦しむことで、わたしも苦しむことになるのに...
まるで、苦しむわたしたちを楽しんでいるかのように。
楽しむ...た、の、し、む...ま、まさか!!
「おや、気付いたようだねぇ」
今までクレイのほうばかりを見ていた魔女が、そう言いながら私のほうを見た。
「そうだよ、わたしは魔女なんかじゃない」
ニヤリと笑い、黒いフードを取った。
そこにあると思われる顔はなく、無明の闇があるだけだった。
わたしの頭に浮かんだもの、それは...
あ、悪魔...
5.
愕然とするわたしを見て、悪魔はくつくつと笑った。
どうして悪魔が...
悪魔が欲するもの、それは人の負の感情。怒りや悲しみ。そして苦しみもがく魂。
今のわたしは?クレイが死ぬかもって聞いた時のわたしは?
かっこうの餌食だったんだ。
クレイを助けるために、死を選んだわたし。その事実をクレイに知らせれば、クレイは
どれだけ苦しむだろう。そして苦しむクレイを見て、わたしはどれだけ苦しむんだろう。
「特別に見せてやるよ」
悪魔はわたしの方に人差し指を向けた。
軽い目眩...
目をつぶり、もう一度開けたその時、わたしの目の前に広がる世界は白かった。
その白い世界の中に、クレイがいた。
「何故なんだ、何故なんだパステル!!どうして、おれなんかの、ために...」
クレイの目には何も映ってはいなかった。ただ己を責めるだけ。
誰の声も届かない...
クレイ...
「どうだい?あれは未来のあの男の姿だよ。苦しいんだろうねぇ、辛いんだろうねぇ」
楽しくて仕方がない、これ以上に楽しいものはない、というように。
「あれはおまえが選んだ未来だよ」
わたしが選んだ?
「そう、おまえの選んだ。わかっていたんだろ?真実を知れば苦しむと」
知らせたくなんてなかった!知らせたのはあなたじゃない!!
「わたしか?くくく、知らせたのは確かにわたしさ。でも、選んだのはおまえだろうに。
これがおまえの望んだ未来」
クレイが苦しむ未来をわたしが、選んだ...
この悪魔の望むままに...
「あの男は、もうもたないだろうねぇ。自ら死を選ばなくとも、このまま己を追い詰め続
ければ、物も食べられない、眠ることもできない。自然と死が近づいてくるさね」
じゃ、じゃあわたしがしたことの意味は??
クレイに生きて欲しくて、わたしは自分の命を捧げようと思った。なのに!!
.......
違う、違う、違う、違う!!!!!
クレイのために死を選ぶ、それ自体が間違っていたんだ。クレイはそんなことは望まな
い。クレイのためを思うなら、わたしは生きなきゃいけなかったんんだ。クレイと共に生
きないといけなかったんだ。
素直に悪魔の言葉を信じる前に、わたしは人として自分に出来ることをしなければいけ
なかったんだ。たとえ微々たることしか出来ないとしても。
このままわたしは死ぬわけにはいけない。みすみす悪魔を喜ばしてはいけない。
クレイと共に生きる意志を持たないといけないんだ!
「何を悪あがきをする」
闇がわたしを見つめる。
「わたしはこう一言言えばいい。そうすればおまえの目論みなど、チリとなろう」
ふわりと浮かび上がって、クレイの傍に降り立った。
「おまえが自ら死を選べば、パステルの命を助けてやろう。なんなら声も戻してやろうか」
それは、それは、悪魔の囁き。
中途半端に魔法を掛けられたクレイにはあがらうことなんて出来るはずもない!!
だめ!!
わたしのために死ぬなんて、だめ!!!!
さっきクレイの味わった思い、それがわたしに圧し掛かってくる。
声を出して叫びたいのに、叫べない。
このまま、悪魔の思い通りになるなんて、だめ!!!
動けずにいるわたしを見つめて
「パステル」
そう名を呼んで、クレイは自分の剣を手にとった。
「そう、そのまま、自分の胸に突き立てるんだ。そうすれば、パステルを助けてやろう」
ゆっくりとクレイの手が動く。
「パステル...」
そうわたしの名を呼んで、クレイは微笑んだ。
「愛している」
こんな時に、クレイの気持ちを知った。
わたしも、愛してる...だから、だから!!!
声に出せないわたしを見つめるクレイ。
そのクレイの姿が涙で滲む。
滲んだ世界で、クレイの手が動いた。
だめ!いやだ!!クレイ、死んじゃいやだーーー!!!
「いやーーーーー!!!!!!」
涙で滲んだ世界が、蒼白く光る。
わたしは自分の叫び声を聞いて、クレイが自ら命を絶ってしまったんだということを知
った。わたしの命と声の引き換えとして...
かくんっと、足の力が抜けた。
わたしは気付くのが遅かったんだろうか。
好きな人のために...なんて甘い言葉なんだろう。その言葉の裏にあるものは、自分
勝手な自己満足。好きな人のために自分が犠牲になるって言葉に酔いしれていたんだ。
残された人の気持ちなんか考えないで、考えていたのは自分のことだけ。
あの時、わたしを助けるためにクレイは瀕死のケガを負った。死んでしまうとさえ言わ
れた。わたしはそんな言葉から逃げたんだ。クレイがわたしのせいで死んでしまうという
ことに、耐えられなかった。
でも、自分が耐えられないからといってとった行動は、クレイだけを苦しめるものだっ
た。わたしは逃げずに、起きてしまったことに立ち向かわないといけなかった。
結局逃げてばかりいたわたしは、クレイを失ってしまった...
そう考えながら座り込むわたしの目の前で、蒼白い光は徐々に薄れてきた。
この光が消えた時、わたしは正気でいられるんだろうか?
クレイを失った悲しみに耐えられるんだろうか?
そして、悪魔はわたしの魂を...
その光の中、佇むのは、クレイの姿。
「!?」
悪魔の姿はなかった。ひとり、クレイが光の中で立ち尽くしていた。
クレイは自ら死を選ばなかった。
消滅したのは、悪魔のほうだったんだ。
クレイは振り返り、わたしを見つけそのままその場にしゃがみこんだ。
「ク、クレイ!」
慌てて駆け寄るわたしを、そっと見つめて
「還ってきたよ」
そう呟いた。
クレイ、クレイ!!!
涙でクレイの顔が見れないよ。言葉さえも、出てこない。
そんなわたしの腕をつかんで、クレイはわたしを抱き寄せた。
「パステル」
ぎゅっと、腕に力を込めて。
「パステル、おれは、パステルのために生きなきゃいけないんだ。だから還ってきた」
クレイの言葉
クレイはわかっていたんだ。自ら犠牲になるのは容易いことだと。
でも犠牲になれば、わたしが苦しむって。
じゃあどうすればいいのか、朦朧とした意識のなかでクレイは考えていたんだ。
「クレイ...」
顔をあげてそういうわたしの頬にそっと触れて、クレイはわたしの涙を拭った。
「心配、かけちゃったな」
少し笑って、クレイはわたしに顔を近づけた。
唇が近づいてくる。
そっと目を閉じたわたしに、クレイは、接吻した。
わたしのためにあなたは生きる
なら、わたしは誓う
あなたのためには死なないと あなたのために生きると
あなたと共に、生きるために...
−fin−