マーメイド

「パステル!危ない!!」
 振り返るとクレイがわたしのほうに駆け寄ってくる。
 見上げれば大きな岩...
 まるでスローモーションのように、すべてがコマ送りに流れていく。
 トラップ達の叫んでいる顔まではっきりとわかる。
 なのに、体が動かない。
 ドドーン!!
 大きな音と共に、わたしの意識は薄れていった...

「...は大丈夫なのか?」
「ええ、でもクレイが...」
「クレイが、ってなんなんだよ!あ、あいつは悪運はつえーんだ!」
 トラップの怒鳴り声。
 クレイが、どうか、したの...?

〔クレイはね、あんたを助けるために足に大怪我をしたんだよ〕
 なんだかしゃがれた声が頭に響く。
 大怪我?
〔そうだよ、まあ、キットンのクスリじゃあ治らないだろうねぇ〕
 クククっと笑う声。
〔しかもね、足だけじゃあないんだよ、このままなら確実に死んじまうよ〕
 まるで楽しいことを話すように、
 クレイが死ぬなんて!!
〔おや、疑うのかい?なら起きて見てみるんだんね。ほら〕
 その声でようやくわたしは動くことが出来た。それまではどんなにがんばっても瞼さえ 開かなかったんだから。
 目を開けると辺りは真っ暗だった。それでも目が慣れてくればぼんやりと部屋の中がみ えだした。並んだベッドに横たわるクレイ。暗くて顔がよくみえない。
 慌てて明かりをつけると、その明かりの下、血の気の引いた蒼い顔をしたクレイの顔が はっきり見てとれた。
「!?」
〔どうだい?信じる気になったかい?〕
 声のするほうを振り返れば黒いフードを被った魔女が浮いていた。
〔ほら、右足をみてごらん〕
 言われるままに、布団を捲ればクレイの足にはきつくまかれた包帯。
〔手当てはしてあるんだよ。でもね、その足はもう二度と動かないよ〕
 もう、声さえでなかった。
 わたしはかすり傷程度しかない。あんなに大きな岩が落ちてきたっていうのに。すべて はクレイがわたしを助けてくれたから。その代わりにわたしがするはずの怪我すべてが。
〔クレイのケガはわたしのせい?〕
 あくまでも愉快そうに、魔女はわたしの気持ちを言った。
 その姿に、その声に腹が立って、
「な、なによ!なにがそんなに可笑しいの?そうよ、わたしのせいよ!クエストが終わっ ての帰り道だからって気を抜いてたわたしのせいよ!!」
 涙が頬を伝う。
 そんなわたしを、さらに可笑しそうに眺める魔女。
〔じゃあ、あたしが力をかしてやろうかい?〕
「力?」
〔そうだよ。たぶんこの村にこのクレイの足を治せる医者なんかいないよ。命を助けるこ とも出来やしないよ〕
「あなたなら出来るの?」
〔あたしかい?〕
 ふわりと浮かんでクレイの枕もとに降り立って
〔あたしなら、出来るよ〕
「じゃ、じゃあ!」
〔まあ、待ちな〕
 節くれだった指をあげて、わたしを止める魔女。
〔タダでは、出来ない〕
「お、お金?」
 クククとまた笑う。
〔今更そんなものに、興味はないよ。そうだねぇ〕
 言いながらわたしを上から下に、まるで値踏みをするように眺める。
〔こいつの足を治すのに、あんたの”声”を貰おうか〕
「声!?」
〔そう、声だよ。それに〕
「それにって、まだいるの?」
〔当たり前じゃないか。声だけだと足しか治せないよ。命を助けるなら...〕
 ニヤリと意地の悪い顔をして
〔命に対する代償は、そりゃあ、命だろう?あんたのすべての寿命をくれるって言うんな ら、助けてやれないことも、ないねぇ〕
 わたしの、命?
〔おおと、すべてじゃななくてよかったんだ。5日を残したすべてだったよ〕
 5日...
〔どうする?まあ、5日命を永らえてもその間しゃべることは出来ないけどねぇ〕
 自分の命と引き換えに...見ると苦しそうなクレイの寝顔。
 クレイは、自分が死ぬなんてことを考えずにわたしを助けようとしたんだろう。
 いつもそうやって、わたしたちを守ってきてくれた。
 初めて会った時素敵な人だって思った。それでも一緒に過ごす内にそう思う気持ちに自 分で蓋をしていった。皆とパーティを組んでいる以上、必要のない気持ちだと思ったから。
それでも、クレイの優しさや強さに惹かれていく自分がいた。
クレイが悩んでいることは知っていた。それでもあなたの瞳は前を向いていたね。そんな クレイの意思の強いとび色をした瞳がわたしスキだった。
 過去形なんかにしたくない!
 もう一度あなたのとび色の瞳を見せて欲しい!
 あなたには生きていて欲しい!!
「本当にクレイを助けてくれる?」
〔魔女に二言はないよ〕
 口の中が乾く。
「クレイを、クレイを、助けて」
 くつくつと笑う魔女。
〔これから5日後の夜、あんたの命を貰いにくるよ。いいんだね?〕
「い、いいわ。でも、ひとつだけお願いがあるの」
〔内容によるねぇ〕
「最後の夜に、皆に魔法をかけてほしいの」
〔魔法?〕
「そう、眠りの魔法。最後に皆の顔を見てお別れしたいから」
〔くく、いいけど、そうすると5日後でなく3日後になっちまうよ?〕
 3日後...
「いいわ」
〔そうかい?じゃあ3日後の夜にあんた以外のパーティ全員に眠りの魔法を10分かけて やろう。その10分が最後だよ?〕
「わかったわ」
 クレイの枕もとから浮き上がって、わたしの傍にくると
〔じゃあ、3日後が楽しみだねぇ〕
 そう耳元で囁いてそのまま窓辺に向かっていった。
「そうそう、この約束は誰にも言っちゃあいけないよ。その地点ですべてがぱあだからね」
 !?
 わたしの声で魔女はそう言った。
 言わないって言おうとした時、わたしの声はもう出なかった。
「もう、あんたの声は頂いてるからね。まあ、そのかわりクレイの足も治ってるさ。しば らくすれば目覚めるだろうから、残りの3日を楽しむんだねぇ」
 わたしの声でくつくつと笑いながら、魔女の姿は消えていった。
 もう、わたしは話しが出来ないんだ。もう、クレイの名前を呼ぶことも出来ない...
 そう思いながらぼんやり窓の外を見ているわたしの後ろで、人の起き上がる気配がした。
 慌てて振り返ると、クレイが片肘をついてわたしを見ていた。
「パ、パステル?あ、あれ?おれどうしたんだっけ?」
 契約は交わされた。
 わたしの命はあと、3日...



2.


「パステル?どうしたんだ?」
 なんだかパステルの様子がおかしい。おれの呼びかけに答えようとするんだけど、少し 口を動かしたっきり、何も言わない。
「パステル?」
 ベッドから抜け出そうとした時
 ズキッ
「い、痛!」
 な、なんだ!?足が痛い、気がしたのに...あれ?痛く、ない??
 そんなおれに、慌ててパステルが駆け寄ってきた。
 よくよくみると、口が動いてる。
 だ、い、じ、よ、う、ぶ...
 大丈夫かと聞いている。
 ??どうして声を出さないんだ?
「パステル?何で口だけ動かしてるんだ?どうしたんだよ、金魚みたいだぜ?」
 そんなおれの質問に、ただパステルは首を振るだけ。
「パステル?」
 なんだか、嫌な予感がする。
「声が、声がでないのか?」
 はっとしておれを見るパステル。
 哀しげな瞳で、コクリと頷く。
「と、とりあえず、キットン、キットンを呼んでくる!」
 慌てて部屋を駆け出そうとした。
 ドアのところで振り返って
「パステル、ここにいるんだぞ」
 そう言い残して部屋を出た。

 えー、とりあえず下かな?
 階段を駆け下りると、ちょうど表から帰ってきたらしいキットンにあった。
「キ、キットン!!」
 おれの声を聞いて、「ほへ?」っていう顔をして顔をあげるキットン。
「ク、クレイ??あなた、どうして動いてるんですか?」
 なんとも不思議そうな顔をしてそういうキットン。
「動くもなにも、大変なんだよ!」
「大変なのはクレイの身体ですよ。」
 おれの傍にきて、手首をとって脈をみる。
「あ、あれぇ?脈も正常ですねぇ...ぐふっ、やっぱりわたくしは天才なのかもしれな いですねぇ。瀕死のクレイが助かるなんて!!」
 キットンの声がマックスになる。あー、もう、おれのことはどうだっていいんだよ!!
今はパステルのことが。
 でも、そんなキットンの声を聞きつけて、トラップたちがやって来た。
「クレイ、おめぇ、大丈夫なのか?」
 だから、おれは大丈夫なのに、どうして皆おれの心配ばっかりするんだよ!
 パステルのほうが大変なのに、皆気付いてないのか?
「おれはこのとうり大丈夫だよ!それより、パステルが!」
「あん?パステル?パステルは大丈夫だよ、な?キットン」
「ええ、パステルは特に異常なかったですからねぇ。今は眠ってるだけですよ」
 何を呑気なことを!
「声を出せないんだよ!」
「は?おめぇがか?今出てんじゃん」
 何を言ってんだか?って顔をしてそういうトラップ。
「誰がおれのこと言ってんだよ。パステルだよ、パステル」
「あー?パステルがなんだよ」
 埒があかない。
 問答無用、おれはキットンの腕をつかむと2階に向けて階段をあがった。
「クレイ、なんなんですか?ああ、もう、トラップみたいに、そんな乱暴な」
 ボカッ
「なんで”おれみたい”に乱暴なんだよ!」
「もう、そういうところですよ!」
「いいからキットン、来てくれ!」
 おれが手を引くキットンの後ろから、おちょくり半分のトラップと、心配そうなノルが ついてきていた。

 パステル、大丈夫。キットンが、キットンが治してくれるよ!


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