今日こその決意


白・黄色・赤・ピンク…。
とりどりの色に囲まれた場所で、おれは数本づつの指示を出した。
「あれを3本と、これを5本と…これも3本と、これもつけて下さい」
選びに選んだ20本近い花。
さんざん待たせた店員は、それでも嫌な顔を見せずに付き合ってくれた。
包装紙の色やリボンの色まで聞いてくれて、おれの満足のいくものが形になった。
「ありがとうございました」
笑顔で手渡してくれた店員にぎこちない微笑を返し、店の外へと出て行った。
今日はパステルの誕生日。
彼女へ贈るプレゼント。
外へ出てからすぐに周囲を見回したけど、見慣れた金の髪も、はしばみ色の瞳も、幸い見ることはなかった。
パステルは部屋で原稿を書くって言ってたから大丈夫なはずだ。
わかってはいてもなんだか照れくさい。
おれの財布の中身を考えれば奮発したプレゼントだった。
パステルが生まれた今日のこの日に、おれは彼女に自分の気持ちを伝える決心をしていた。
いつからパステルに心惹かれていたのかはわからない。
パステルはおれにとってかけがえのない人になっていた。
パーティを組んでる間にこんなことを言うのはパステルを困惑させるだけだろうってことはわかっていた。
でも、彼女は人気がある。
ほがらかな笑顔に明るい性格。
よく動く大きな瞳に華奢な体つき。
もてない方がおかしいんだよな。
言わないと伝わらない。
何も告げずにただ見つめていても、彼女は振り向いてはくれない。
焦燥はそんなことをおれに教えてくれた。
パステルと話してる奴を見るたびに嫉妬に駆られるくらいなら、おれ自身も行動を起こさなくてはいけない。
だから、今日こそ。
大きな花束を抱えて、町外れまで出た。
人もこなさそうな静かな場所。
パステルの原稿が一段落してから散歩でもしながらここに来よう。
その時に花束を渡しながら伝えよう。
花束を隠せるような場所を探しながら、その場面を想像していた。
「クーレイちゃん」
「うわああ!!」
肩を叩かれたと同時に発せられた声に、おれは必要以上の大声を出していた。
「驚きすぎだろ、お前」
振り向いた先には呆れたトラップが立っていた。
「いきなり声なんかかけるからだろ。だいたい、なんでお前がこんなところにいるんだよ」
「まず声かけなきゃどうすんだよ。黙って肩だけ叩いてりゃ良かったか?」
トラップは憎まれ口をききながらもニヤニヤ笑っていた。
その視線の先には…おれが抱えている花束。
慌てて背後に隠したけど、遅すぎることはわかっていた。
「でっけー花束だな」
「こ、これはだな」
おれが何とか取り繕おうとしたら、
「わかってるって。言わなくてもよ。パステルの誕生日ってんで今日こそ決めようって腹だろ? その決意はいいけどよ、花束だけか? そりゃ女ってのはやたら花が好きだったりするけどな。でもよぉ、お前って何度もパステルに花なんかやってるよな。ここは一発、指輪の一つでもやったらどうだ? ん?」
まくしたてるトラップの口元を呆然と見ていた。
間が開いてることに気づいてから返事を返した。
「指輪? でも、指輪なんてそんなのはいくらなんでも早いだろ? 付き合っててプロポーズでもするならともかく。それに好きでもない男からの指輪なんて嬉しくないだろうし」
トラップの言葉を頭の中で繰り返してから、しどろもどろに反論を試みた。
「おめぇは固すぎんだって。パステルが指輪してればあいつに近づく奴だって一掃できるぜ? 受け取ってもらえなかったら、なんて考えてんじゃねぇよ。それともなにか? 好きな奴のためなら無駄になるものでも買ってやろうって気はないわけ?」
「そんなことはないけど」
パステルに近づく奴がいなくなる。
その言葉には魅力があったし、受け取ってもらえなくても構わない。
ただ…。
「なんか問題でもあるのか?」
「花束を買ったから、金がないんだ」
「全然?」
「全くないわけじゃないけどさ」
「ならいいじゃねぇか。露店で安く売ってんだろ。そういうのは値段じゃねぇんだって。その花と指輪でパステルもイチコロだろ。そうと決まれば早速行けって」
トラップはおれの背中をぐいぐい押した。
「待てよ。待てって。これ置かないと。ちゃんと行くから」
「おっし。しっかり決めろよ」
背中を押すのを止めて、トラップは親指を立てた。
「あぁ。でもなんでそんなに熱心なんだ? お前」
不思議に思って口に出したら、トラップがうつむいた。
どうしたんだ?
まさか。
こいつも実はパステルが好きで。でも諦めようとして…。
と、そこまで思ってから違うことに気づいた。
こいつはマリーナが好きだったな。
「実は…」
トラップが重い口を開いた。
「実は?」
「あいつに気がある奴がうっせーんだよ。とっととお前とまとまってくれりゃ、おれも余計なこと言われなくなんだろ」
うつむいていた顔をあげて一転、笑いながら軽く言った。
こいつ、おれが不安になるのがわかっててからかったな。
「そんなことなのか!?」
「そんなことっつったってうっとしーぜ? ってお前も知ってんだろ」
「そりゃ知ってるけどさ」
トラップが純粋に好意だけでここまで親切に助言するなんて思わなかったけどな。
それにしたって…。
ま、いいか。
「わかったよ。なんにしてもありがとな」
「おぉ。頑張れよな」
「あぁ」
トラップに片手をあげてから、花束を見えにくいところに隠した。
指輪、か。
まだ早いって気はするけどトラップの言うことも一理ある。
パステルも女の子なんだし、アクセサリーとか好きだろうし。
そう思って市場の方に向って歩き出した。

種類がたくさんあるんだな。
露店で売ってる指輪は本当に安かった。
これくらいなら2つや3つ買っても大丈夫だろう。
もちろん実際に買うのは1つだけだけど。
「クレイじゃないか」
指輪を見つめていたら声をかけられた。
顔を上げるとそこには精悍な顔つきをした男が立っていた。
背はおれより少し低めで20歳くらいだっただろうか。
短く刈った黒髪に冒険者にも見えるがっしりした体つき。
彼は自分の家でもある武器屋で働きながら毎日のように体を鍛えている。
冒険者になる気があるわけじゃなくて、前みたいにシルバーリーブにいつまたモンスターが来るかわからないから鍛えているんだそうだ。
彼もまた、パステルの想いを寄せる1人だった。
他の奴らみたいにおれやトラップたちに陰湿な嫌がらせをしたりするような人じゃないから安心できる。
「久しぶりだな」
武器屋でバイトしていたおれにとっては彼は上司にあたるんだけど、今はバイトはしてないから普通に話した。
おれを迎えに来たパステルを見て、彼はパステルに熱を上げはじめたんだよな。
パステルのことを色々と聞かれたことを思い出していた。
「指輪を買うのか」
おれが見ていたものに目をやって彼は尋ねた。
「…あぁ」 「今日は誕生日だったな」
この町にいるどれくらいの男がパステルの誕生日を知ってるんだろう。
「あぁ」
「お前は言わないと思ってたけどな」
「言わないとさらわれそうだからさ」
ため息と共に言われた言葉に、正直に答えた。
「違いない」
そう言って彼は笑った。
「お前は言わないのか?」
「お前が振られたら考えるさ」
それだけ言って、彼はまた歩き出した。
おれが振られたら。
おれが振られたら、こぞってパステルに告白する奴が出てくるんだろうか。
パステルは、その中の誰かと付き合うんだろうか。
「これを下さい」
考えても仕方のないことは考えない。
おれたちパーティの基本方針。
でも、できない時だってあるよな。

お茶を用意して2階に行った。
パステルの部屋の前で立ち止まって深呼吸した。
ノックをしようと手を伸ばしかけた時に、
「クレイ?」
パステルからの声がかかった。
「入ってもいいか?」
「うん、いいよ」
戸を開けると、パステルが原稿から目を上げて、こっちを見ていた。
「よくおれだってわかったな」
「うん。廊下を歩く音がするし、部屋の前で立ち止まったから。トラップとかキットンならノックなんてしないし、ルーミィたちとは足音が違うもん」
「ノルは入ってこれないしな」
「そうそう」
片手に持っていたお盆をパステルに差し出した。
「良かったら休憩にしないか?」
「ありがとう。もらうね」
嬉しそうにおれの出したお茶を受け取って口をつけた。
パステルは熱いのも平気なんだよな。
「あのさ、パステル」
おれはまだ一口も飲んでない紅茶の、波打つ水面を見ながら言った。
「なに?」
「後で、散歩でも行かないか? ちょっと寒いけど。ずっと部屋に閉じこもってるのも良くないしさ」
余計な理由をつけて本来の目的をごまかす自分を情けなく思いながらもなんとか言えた。
「そうだね。行こっか。付き合ってくれるの?」
「え? 付き合ってくれるのか?」
反射的にパステルの顔を見て、妙なことを口走ってしまった。
慌てて口を押さえた。
何を言ってるんだ。
付き合うって言うのはそういう意味じゃなくて、たんに散歩に付き合ってくれるのかってことで。
緊張しすぎだ。
「クレイが付き合ってくれるんでしょ?」
案の定、首をかしげながらパステルがつぶやいた。 「あぁ。うん。もちろん。そうそう」
同じような意味の言葉を繰り返しながら、気を取り直そうと紅茶を一気に飲んだ。
「ブッ。ゴホッ…ッケホ」
むせてしまった。
「大丈夫? どうかしたの?」
パステルが背中をさすってくれた。
告白なんかしたら、この手すら失ってしまうかもしれない。
それは、たとえようもないような恐怖だった。
「大丈夫」
パステルの手を握った。
たとえ、どういう結果になっても、このままで後悔はしたくない。
「散歩、行こうな」

「やっぱり寒いね」
「そうだなぁ」
さっきよりも風が強くなっていた。
髪が舞い上がる。
あまり長くはいられなさそうだ。
「こっちに行こうか」
「うん。クレイと2人で散歩なんて久しぶりだよね」
「だな。パステルの〆切もあったし」
「クレイのバイトもあったしね」
「原稿、もうすぐ終わるんだよな?」
「うん。誕生日までに終わらせたかったんだけど」
「自分のペースでいいさ。急いで書いても納得できない仕上がりじゃ嫌だろうし」
「そうなんだよね。でも、今は順調だよ。今日のパーティは思いっきり楽しめそうで嬉しいんだ」
「良かったな。おれたちも祝いがいがあるよ」
「リタの料理も楽しみ。おいしいんだろうな」
「腕によりをかけるって言ってたからな。期待しようぜ」
「うん。積もってた雪、溶けたみたいだね」
「降ったのも結構前だしな。みんなで雪かきしたんだよな」
「あんなに降ると大変だよね。でも楽しかったな」
「また降るかもな」
「そうだね。次の雪が最後かもね」
「そうだな。もうすぐ春だもんな」
「まだ寒いから実感がないけど1ヶ月くらいで春になるんだよね」
「そうだな。なぁ、パステル」
「うん?」
話しながら、あの場所についていた。
町外れの静かなところ。
周りには誰もいない。
「プレゼントを渡したいんだ」
「プレゼント? 今くれるの? パーティの時でもいいのに」
「パーティの後の方が良かったかな、考えてみれば」
「後じゃなくてパーティの最中のことだよ」
おかしそうにパステルが笑った。
パステルにしてみればおれの言ってることはよくわからないだろう。
「パーティの最中には渡せないんだ」
「え? なんで?」
「2人きりの時に渡したいから」
「なにか理由でもあるの?」
「あぁ。ちょっと待っててくれるか?」
「うん」
花束を隠した場所までのちょっとした距離を走った。
草むらの中を見ると、そこには置かれていたはずの花束がなかった。
風が一陣、またおれの脇を掠めていく。
風で飛ばされたのか。
愕然としたが、手で分けた草の中に見覚えのある花が一輪だけ残っていた。
真っ白だった花は、他の花が飛ばされた時についたであろう傷で薄汚れていた。
どうしようか、と迷ったのはほんの一瞬だった。
花を掴んでパステルの元に戻った。
「パステル」
「うん」
「これ、プレゼントなんだ」
花をパステルに渡した。
「ありがとう。奇麗だね」
パステルはおれが渡した花を大事そうに持った。
花を見つめて嬉しそうに微笑んでいた。
「それから、これ…」
ポケットにしまっていた指輪を取り出そうとした。
ズボンのポケットを探っても目当ての指輪が見つからない。
両ポケットを探って、服をはたいた。
ない。
なんでだ!?
どこで落としたんだ?
買ってからポケットに入れて…。
入れたか?
あの時は考え事をしていて、受け取った指輪をどうしたかも覚えてなかった。
「クレイ?」
「…ごめん。プレゼント、それだけなんだ」
「これだけでも嬉しいよ。ありがとね」
パステルはまた笑った。
「どうして笑っていられるんだ? こんな、花一輪だけのプレゼントなのに」
「だって、クレイがわたしのために用意してくれたんでしょう? 嬉しいに決まってるじゃない」
「でも、本当はもっとちゃんとしたプレゼントだったんだ。パステルに似合うようにって花束も店に迷惑になるくらいに悩んで。トラップも助言してくれたから指輪も買ったのに。なんでおれは、肝心な時にこんな…」
なんでこんなに情けないんだろう。
パステルの誕生日に、告白しようって決めたのに。
「花束と指輪も用意しててくれたんだ。ありがとう。でも、これだけでも嬉しいよ」
「好きなんだ。そう言おうと思ってたんだ。花束と指輪を贈って。好きなんだ。好きなのに。なんでこんなに間抜けなんだ。こんなんじゃ言えない。パステルが好きだって言うつもりだったのに」
頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
何かを言ってるのか、話してるのはパステルなのか、それさえもわからなくなっていた。
暖かい手がおれの背中に触れていた。
失うかと恐れていたもの。
その手が、おれをなだめるように優しく背中を上下していた。
「パステル。君が好きだ」
「わたしもだよ。わたしもクレイが好き。花束がなくても、指輪がなくてもクレイが好き。気持ちを伝えてくれる勇気のあるクレイが好きだよ」
「誕生日、おめでとう。パステル。君が生まれた日だ。おれが一年のうちで最も感謝する日だよ」
「ありがとう、クレイ。ちゃんと受け取ったよ、クレイからのプレゼント。奇麗な花とクレイの気持ち」
雪の溶けた凍える大地。
その下には、もうすぐ訪れる春が静かに、でも確実にそこに存在する。
厳しい冬を越えれば、そこには暖かな春がある。
この腕の中にある、暖かく優しい存在のように。


END


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