・・人は誰でも心に宝石を持っている。
もし、それを取り出せる泥棒がいたら?
それを護る番人がいたとしたら?
人混みの中、パステル達は歩いていた。
・・・彼らは歩クエストの最中、この街に立ち寄った。
「すごい人ね」
人いきれに酔いそうになりながら、パステルが呟く。
「おめぇ、はぐれんなよ。この人込みじゃ探すのも一苦労だからな」
すかさずトラップが茶々を入れた。
「大丈夫、はぐれっこないさ。な、パステル」
パステルが何か言い返そうとする前に、にっこり笑ってクレイが言う。
「まあ、クレイとノルがいればすぐわかりますもんねぇ、ぎゃーーはっはっは!!」
キットンの大声が辺りに響く。
”ドンッ”
「きゃっ!!」
誰かがパステルと正面衝突する。
「大丈夫か?」
とっさにクレイが支えてくれ事なきを得たが、彼女とぶつかった方の人物は地面に転がっていた。
琥珀色の髪と瞳の少年。
彼はしばらく頭や腰をさすっていたが、突然パステルの顔をのぞき込んだ。
「な・・なにか?」
「・・・君、パステル・G・・・・キング?」
戸惑うパステルに彼は質問してくる。
「そ・・そうですけど・・・」
そう言った途端、彼はパステルに抱きついた。
『な・・・!?』
クレイ、トラップ、ノル、キットン、そしてパステル本人のうめき声が見事に重なった。
「間に合った!!まだ無事だった!!よかった!!」
・・そんな謎の言葉を発し、少年はパステルにしがみついていた。
・・少年はすぐクレイとトラップによって、パステルから引き剥がされた。
しかもひどく邪険な方法で。
彼らは少年をまるでガムテープのように強引にはがしたのだ。
少年はころんと地面に転がる。
「おい、てめぇ、どういうつもりだ?」
石になってしまったパステルをかばうように背中に廻し、ひどく危険な声でトラップが尋ねた。
その横でクレイが怒った顔で彼を見ている。
少年は腰やら足をさすっていたがぴょこんと立ち上がると、元気に自己紹介をした。
「ボクの名前はアズライール。アズって呼んでくれていいから。年はこう見えても20だよ。で、ボクがなんで彼女に抱きついたかっていうと、まだ”アイツ”が彼女に出だししてなかったから安心して・・へへ」
「へへ、じゃねーだろ!!」
いけしゃあしゃあと言うアズライールをトラップが怒鳴りつける。
「・・・で、君はどっから来たんだ?」
クレイの言葉にアズライールはちょっとびっくりした顔をした。
でもすぐ笑顔に戻り、
「内緒」
「・・・・・・・・」
クレイの手が剣の柄にかかる。
「ああ、からかってるんじゃなくって、本当に言えないんだ。ホントだって!!」
生命の危険を悟って、あわてて手をふって釈明する。
それでもクレイは剣から手を離さない。
「クレイ・・・キャラクター違いますよ」
汗ジトのキットンのつっこみにはっと我に返るクレイ。
慌てて柄から手を離した。
「よかった・・・冗談抜きで死ぬかと思った」
ほっとため息ついた後、アズライールは急に真剣な顔をする。
「ワケは言えないけど、ボクは彼女だけでなく、貴方達みんなを守りに来たんだ」
「オレ達を?」
「そう、心の中にある宝石を奪う盗賊から」
かくして彼らは石になったままのパステルを抱え、アズライールの話を聞くために宿屋へ戻った。
「・・・で、心の宝石、とかそれを盗む盗賊って何なんだ?一体」
詰問口調で問いただすトラップ。
その顔には盗賊として異端の者を許せない、といった表情が浮かんでいる。
アズライールはぐるりと彼らを見回し(そのころにはパステルも復活していた)歌を歌うような口調で話し出した。
「心の宝石とは、誰もが持っている輝き。それは普通自分すら輝きの色を知らず、具現化する方法を知らない。
だけど、アイツ・・魔法盗賊ヴァルケノースは心の宝石を具現化し、奪ってしまう。奪われた人間は光を失い・・・死あるのみ」
「・・・そんな奴がなんでオレ達を?」
眉をひそめながらクレイが尋ねる。
琥珀色の青年は心底おもしろそうな笑みを浮かべ、一言。
「君たちは最上級の宝石を持っているから」
「は・・・?」
思わぬことを言われ、全員が顔を見合わせる。
「オレ達が・・・」
「最上級の心の宝石を・・・?」
半信半疑の彼らにアズライールは笑顔を絶やさずにうなずいた。
「ボクには生まれつき心の光・・宝石を見る力がある。そのボクが言ってるんだから間違いないよ。
で、何としても守り切れってある人から言われて、今現在ここにいるわけ」
「それって・・・誰?私達の知ってる人?」
パステルの言葉に特上の笑みを浮かべ、
「内緒」
クレイを切れさせた一言がその口から出てきた。
この言いぐさにあのキットンすらあんぐりと口を開けて、青年を見るしかなかった。
「とにかく、この仕事しないとボクのメンツにも関わるし、しばらく一緒に行動させてもらうよ」
「・・勝手だな、ずいぶんと」
機嫌が治らないままクレイがぼそりと言う。
しかしそんな言葉もどこ吹く風で、アズライールはパステルの手を取ってその指の付け根に軽くキスした。
「え!?」
「よろしく、パステル」
・・・この行動でクレイとトラップの機嫌が最悪になったのは言うまでもない。
・・・それから三日が過ぎた。
その間、異変は起きなかったが、ある意味ぴりぴりした空気がパーティ内に流れていた。
理由はアズライール、琥珀色の謎の青年のせいだ。
彼は心の宝石や魔法盗賊についてレクチャーしてくれていたが、それ以外の時は
ノルやキットンの作業をおもしろ半分で手伝ったり、ルーミィやシロちゃんと遊んでいた。
それだけならパーティに不穏な空気が流れることはないのだが、問題なのは彼がやたらパステルのそばにいたがるためだ。
何かにつけてパステルのそばにいて、恋人よろしくくっついている。
それがクレイやトラップの気に障らないハズがない。
しかも、何を考えているのか、アズライールは彼らがそばにいるときに限って余計べたべたするのだ。
おかげで二人の機嫌は最悪をさらに越えて、憎悪にまで達していた。
「おい、いいのかよ。あんな奴パステルのそばにいさせて」
パステル達がいない間をねらって、クレイとトラップは打倒アズライールの秘策をねっていた。
・・・とは言っても、ほとんど愚痴の言い合いに近かったが。
「・・パステルも結構優柔不断だからなぁ。いやだ、って言えないだろうし」
「けどよぉ、だからってアイツをあのままにしたら、パーティの面目に関わるぜ」
トラップの発言にリーダーとしては否定したいが、男としては肯定したいのかクレイは黙っていた。
彼は現実として危機を知らせてくれた、その点では感謝に値する。
ルーミィやキットン達は彼を何の問題なく受け入れているのだ。
だが、パステル、彼女がからむと途端に怒りが湧いてくる。
・・・クレイはようやく気付いたのだ。
自分がパステルを一人の女性として見ていることに。
トラップは途中から気付いていたが、その気持ちを隠していた。
だが、こうなってはいつまでも隠しておくわけにはいかない。
彼らはパステルへの気持ちを明かしあう。
パステルを愛している、と。
・・で、彼らの利害は見事に一致する。
「アズライールをパステルから引き離す」
この一点に問題が絞られた。
「・・・これが終わったらおめぇと勝負をつけないとな」
そう決まった後、トラップはクレイにそう宣戦布告する。
「わかってるさ、あいつは渡さない」
やたらシリアスな顔で受けて立つクレイ。
・・と、その時。
「クレイ、トラップ!!ご飯食べに行こう!!」
明るい声とともにパステルが扉から姿を現す。
二人の心臓音が急に早くなる。
「あ・・ああ、わかった」
毎日見ているのに、今日はやたら綺麗に見えるな。
そんなことをクレイが思っていると、それをぶちこわす声が横からした。
「さ、パステル、行こう。今日も猪鹿亭でしょ?」
アズライールがクレイやトラップを押しのけて、パステルの腕に自分の腕を絡ませる。
「・・あンのヤロー・・・・・」
怒りに燃えたトラップの声はクレイにだけ届いていた。
ほんの一瞬、パステルが落ち着かない目でクレイとトラップを見た。
・・・彼女の気持ちは今どこにあるのか?
「ふう・・・・」
冒険談を書きながら、パステルはため息をついた。
「・・アズってば・・何考えてるんだろ」
ランプの火が揺らめいて、影を移動させる。
その影はさながら、アズライールのようだ。
彼はいろいろな表情を見せる。
少年のような笑顔、大人の表情、冷静な瞳、・・そして恋する瞳。
そのどれもパステルにだけ向けられ(ルーミィ達は見てるかも知れないが)クレイやトラップには見せたことがない。
「・・それが問題なのよ・・・」
ペン先をもてあそびながら、そう呟く。
・・・・そう、彼女は正直困惑していた。
あんなに思いを寄せられたのは初めてではない。
だけど、クレイ達があんな不機嫌な表情を見せたのは初めてなのだ。
いや、トラップはかつておなじような表情をギア・リンゼイに向けたことがあった。
自分を好きだと言った男に。
しかし・・・クレイはそうではなかった。
彼はたとえ表向きでもギアに対して不機嫌な顔を見せたことはなかった。
なのにアズライールに対した今回、トラップ以上に不機嫌になっている。
”ズキ・・・ン”
あの時のクレイの顔を思い出すたび、胸が痛くなる。
(クレイにだけは誤解されたくない・・・)
そんな想いが脳裏をかすめる。
では、トラップには?
かつて彼はギアに対して敵対心を見せた、今のアズライールに向けてるそれと同じように。
誤解はされたくない、だが、その思いはクレイの時より深刻ではない。
いや、誤解されても仕方ないとも思っている。
それだけ彼と一緒にいるのだから。
「私・・・クレイにだけは・・・・」
「俺が、どうしたの?」
扉の方から一番気持ちを伝えたい人の声がした。
慌てて振り返ると、そこには間違いなくクレイがいた。
「クレイ・・・」
「あんまり根詰めるなよ」
そのいたわりの言葉はいつものクレイの物だった。
(私・・・この人が好き)
言葉に込められた優しさをかみしめ、パステルはようやく愛しい人を見つけた。
「・・やれやれ、世話が焼けるよ、あの二人は」
扉の陰に隠れて、アズライールはこっそり笑った。
「・・あれ?」
扉の影からパステルとクレイを見ていたアズライールは、窓の外が急に明るくなったのを見た。
「・・しまった!!」
琥珀色の青年は自分のミスを悟った。
「アイツが・・・・こんな時に来るなんて・・!!」
アズライールはしなやかな獣のように階段を駆け下りた。
”しまった!!”
扉の外から聞こえたアズライールの声に、パステルとクレイは互いに顔を見合わせた。
「今の声・・・アズ?」
「随分緊張した声だったな」
さすがにクレイも声の色がいつもと遙かに違うことに気付いたのだろう。
こうなると二人の反応は早かった。
素早くクレイは剣を取り、パステルはドアを開けて階段の下を見た。
そこには間違いない琥珀色の髪。
「アズ!!どうしたの?」
彼の動きにただならぬものを感じ、パステルは思わず尋ねていた。
「・・アイツだよ・・・魔法盗賊が外に・・・」
「!!」
「ノル!!」
二人は彼が何を言いたいのか悟り、顔を青ざめる。
「パステル!!・・えと、クレイ!!ボクと一緒に来て!!」
「わかった!!」
クレイはうなずくと、アズライールと並んで、そしてパステルを護るように歩みを進めた。
・・・ノルが泊まっている馬小屋。
そこで三人が見たものは、生気を失い、静かに横たわるノルの姿だった。
「ノル!!」
「ばか!見るな!!」
パステルの絶叫が辺りに響く。
クレイはとっさになだめるように、いや、ノルの姿を見せないようにしたのかパステルを抱きしめた。
その姿にアズライールは何故か苦笑した。が、すぐ緊張した顔になり、ノルの心臓のあたりに軽く手を当てる。
”ポゥ・・・”
柔らかい光が身体を包み・・・ノルの顔色が少し良くなる。
「アズライール・・お前・・」
「とりあえずボクの心のかけらを移し替えた。・・これで3日はもつはずだよ」
パステルを抱きしめたままのクレイの言葉に、アズライールはいつもの口調で答える。
その答えにクレイは驚愕した。
「心のかけらを移し替える!?そんなことが可能なのか!?」
静かにうなずくアズライール。
そして淡々と言ってのけた。
「心の宝石を見分ける力、心のかけらを他人に渡せる。この2つの力があったから、ボクが選ばれたんだ。魔法盗賊の追跡者に」
彼の横顔には何か寂しげな表情がある。
クレイはその顔に見覚えがあった。
しばし考え・・・自分の腕の中の少女をみた。
そう、彼の表情はパステルによく似ているのだ。
「アズ・・・お前・・何者なんだ・・・?」
眉をひそめながら黒髪の戦士は琥珀色の青年に尋ねたが、彼は首を振った。
「ボクの正体より、今は魔法盗賊の追跡だ。アイツの性格からして、今眠ってるキットン、ルーミィ、お・・、いやトラップを狙うに決まってる。・・クレイはボクと一緒に来てくれ。もちろん」
そこで言葉を切り、アズライールは意味ありげに微笑んだ。
「?」
「君が抱きしめてる人、解放した方がいいよ。その方が動きやすいし」
言われてクレイは自分がパステルを抱きしめていることに気付いた。
・・・この瞬間、クレイの体温が2度ほど上昇したのは言うまでもない。
(やっぱり、負けか・・・・)
トラップはため息をついて寝返りを打った。
・・・さっきの光景が目に焼き付いて離れない。
宝石を奪われたノルを見せないようにパステルを抱きしめるクレイ。
・・そう、彼もあの時起きて、二階の窓から見ていたのだ。
二人の姿はごく自然であのアズライールでさえ近づこうとしなかった。
(・・ったく、クレイの奴、俺がほしい物ことごとく奪いやがって・・)
マリーナ、そしてパステル。
二人ともクレイに心引かれてる。
その事実が彼を苦しめる。
「・・でも、クレイならしょうがねえか・・・」
「なにがしょうがねえ、なんです?」
突然かけられた言葉にトラップはとっさに毛布を声の方に投げつけた。
しかし、すぐよけられる。
「ほう・・やるもんですね」
「てめぇ何もんだ!?」
トラップの誰何に声の主は静かに笑った。
「心の宝石を奪う盗賊、そう言えばわかるでしょう?」
月光が彼らを照らす。
彼―魔法盗賊ヴァルケノース―は片方の顔を仮面で隠した、紫色の瞳の男だった。
その紫の瞳に見据えられ、トラップの身体が動かなくなる。
「こ・・・この・・・」
「おや?貴方は生きたいんですか?想い人を親友に奪われ、傷ついてるんじゃありませんか?」
指摘に彼は胸の痛みを強くする。
(そうだ、パステルはクレイのこと・・・)
絶望に瞳を閉じる。そこへヴァルケノースの手が伸びた。
「その痛み、消してあげましょう。美しい宝石をその心から取り出して」
”ふわっ・・・・”
緑色の輝石、それがトラップが見た自分の宝石、だった。
「・・さて、次はあのおちびちゃん・・にしましょうか? それとも・・・・」
そこにはキットンがだらしなく寝こけていた。
・・・三人がたどり着いたとき、トラップだけでなく、キットンまでが宝石を奪われていた。
「トラップ!!キットン!!」
クレイが二人を揺さぶるが反応が全くない。
アズライールは悔しげに自分の宝石で蘇生を開始した。
「アイツ・・・まさか・・・」
その言葉にずっとうつむいていたパステルが突然顔を上げる。
「・・・ルーミィは!!??」
『ルーミィしゃんにさわるな!!デシ!!』
『ほう、ドラゴン族まで・・・楽しめますね』
隣の部屋からそんなやりとりが聞こえる。
「シロ!!」
「行こう!!」
パステル達は隣の部屋へ向かった。
・・部屋に入った瞬間、空気がいつもと違うことにパステルは気付いた。
筆舌に尽くしがたい・・・強いて言うなら、魔力が部屋中に満ち、神聖な気が立ちこめている。
そんな印象を彼女たちは感じていた。
その中心にルーミィを護るように緑の瞳を輝かせるシロと、紫の瞳の男が立っていた。
「ヴァルケノース!!」
アズライールがシロの前にいた人物に嫌悪の口調で怒鳴る。
魔法盗賊はその声にようやく侵入者の存在に気付いたように、顔をこちらに向けた。
「おや、アズライール君、久しぶりですね。今回は彼らの護衛と聴きましたが・・そちらのお二人にかまけてたんですか?」
意味ありげにクレイとパステルを見る、ヴァルケノース。
その視線にクレイは警戒の色を強くする。
「魔法盗賊、オレ達の仲間の宝石を返せ!!」
クレイの言葉にヴァルケノースはやれやれと言いたげに首を振った。
「短気はいけませんよ、せっかくのいい男がだいなしですよ。ねえ、お嬢さん」
いきなり話を振られ、パステルは真っ赤になりながら否定した。
「そ・・そんなことないもん!!クレイ、十分かっこいいし・・・」
「そんなことより」
狼狽するパステルをクレイの方へ押しやりながら、アズライールは剣を抜く。
「早く宝石を返せ!!さもないと、血を見るぞ!!」
3対1。
数でなら、こちらがうわまっているが、魔法盗賊には宝石を抜き取る能力がある。
ソレを使われては、数の有利など関係ない。
緊張が部屋を走る。
ヴァルケノースは余裕の笑みを浮かべていたが、突然、地面を蹴って後ろへ飛ぶ。
”ガシャーーーーーン!!”
ガラスが割れ、魔法盗賊の姿は月夜の空にあった。
「・・今日はコレで退散しましょう。最上の宝石が三つも手に入ったし」
「待て!!」
クレイが叫び、アズライールが短剣を投げるが届かない。
「次は3日後、あなた達の宝石をいただきますよ。パステル・G・キング、クレイ・S・アンダーソン。それとそこのおちびちゃんの分もね」
完全に人を食った話し方でそう宣告し、魔法盗賊は姿を消した。
「くっそーーー!!」
クレイが悔しげに床を殴る。
その横でパステルが泣いていた。
「トラップ・・・キットン・・・ノル・・・」
三人の名前を呼びながら泣きじゃくっている。
そんな二人を一瞥し、アズライールは懐から赤い色をした箱のような物を3つ取り出した。
「アズ、それは?」
「・・・心の宝石を抜かれた者達の身体を保管するものだよ。コレがあればボクの宝石だけじゃ3日しか持たない者が10日持つ」
そう言って彼はなにやら呟いた。
するとその箱の中にトラップとキットンが眠る形でおさまっている。
(棺桶・・・?)
ふと、そんなことを考え、パステルはぞっとした。
慌てて首を振って考えを振り払う。
その間にも男二人の間で話が続けられた。
「クレイ、君がリーダーなのはわかるけど、今回はボクの指示に従ってくれ」
琥珀色の瞳に見据えられ、クレイはうなずくしかなかった。
いや、元からそのつもりだったのだ。
クレイには元々変な権力欲はない。
「俺がリーダーだ」とその立場に固執する気はなく、状況によっては主導権を誰かに譲ることはある。
彼はこのもつれた状況の中でアズライールに主導権を渡すことに決めた。
しかし、彼には不安があった。
パステル、彼女の心だ。
こんな状況で色恋を優先させるのはどうかとも思うのだが、パステルの気持ちが自分ではなく、アズライール、もしくは宝石を失ったトラップに向くことをおそれたのだ。
(ばか!!俺は何考えているんだ!!)
そんな状況じゃないのに、パステルへの気持ちを優先させるなんて!!
クレイは自己嫌悪に陥った。
そんな葛藤をクレイがしているとは知らず、パステルは心配そうに声をかけた。
「どうしたの?」
彼女の声にはっと我に返った。
「いや・・・なんでもないよ。・・・アズ、君の指示に従う。まかせたぞ」
アズライールはそんなクレイにしっかりうなずいた。
(クレイ・・変わってないね)
そんな心のつぶやきを隠しながら。
「これから君たちはボクと行動してもらう。単独行動は厳禁、部屋も雑魚寝状態になるけど了承してもらいたい」
ノルの身体を例の赤い箱に収めた後、アズライールはそう宣言した。
クレイもパステルもシロちゃんも、そして状況が飲み込めていないルーミィも彼のぞっとするような無表情にうなずくしかなかった。
「トラップ・・・キットン・・・ノル・・・」
部屋の隅でパステルは泣き疲れたルーミィを抱き、一人泣いていた。
クレイとアズライールは打ち合わせと称して、隣の部屋にいる。
・・・彼女の心は深く傷ついていた。
仲間を救えなかった、助けることができなかった。
その悔恨が涙になっていた。
(私だって冒険者なのに!!みんなを助けられないなんて!!)
己の無力さが歯がゆかった。
しかも今度は自分やクレイ、ルーミィまでもが狙われているのだ。
その事実がパステルをより深く傷つける。
自分が傷つくのは仕方なくはないけど、それでも構わない。
でも、それによってクレイやルーミィが傷つくのはもっといやだ。
ましてクレイはようやく見つけたもう一つの心なのだ!!
「クレイだけは傷つけたくない・・・」
そう呟いたとき、ドアがゆっくりと開かれた。
そこにはクレイがいた。
・・いつの間にか二人は背中合わせに座っていた。
ルーミィはクレイの手でベッドに寝かしつけられている。
どちらも何も言わない。
でも心地よい沈黙が二人を包み込む。
「・・・俺、パステルだけは必ず護るから」
ぽつりとクレイが呟く。
はっとした表情を浮かべ、パステルは背中越しに彼を見た。
「クレイ・・・」
「・・俺、ファイターのくせに戦うのが怖い、前にそう言ったよな?」
突然話題を変えられ、戸惑いながらもうなずくパステル。
そんな彼女にクレイは精一杯の思いを込めて話を続けた。
「あれ、自分に目標がなかったから恐怖を感じていたんだ。でも・・今は違う。トラップ達の魂を取り戻す、そして何としても、ルーミィやシロ、そして・・・パステル、君を守り通す。それが今の俺の目的なんだ」
力強い言葉にパステルは気持ちがあふれてくるのを感じた。
だが、それは反発も連れてくる。
(護ってくれるって・・それは仲間だから?)
(じゃあ、コレが終わったら何が目標になるの?)
(私は仲間の一人なだけなの!?)
「・・・いや、コレじゃ卑怯だな。これじゃ、君が仲間だから、なんて思ってしまう」
パステルの心を見透かすように、クレイが首を振った。
「本心を言うよ。・・パステル、君のことを永遠に護っていきたい」
鳶色の瞳に見つめられ、パステルは息が止まりそうになった。
「クレイ・・・それって・・・」
「ああ、君が好きだ」
至福が心を満たす。
パステルはついに想いを言葉にした。
「私も・・貴方が・・・・」
「・・・ふぅ・・・」
シロちゃんをだっこしたまま部屋をのぞき見ていたアズが、照れくさそうにドアから離れた。
「クレイしゃんとパステルおねーしゃん、仲良しデシか?」
「そうだよ、すっごく仲良しになったんだ」
シロちゃんの無邪気な声にこちらも年不相応の無邪気さで答えるアズライール。
「あとはアイツを倒さないとな」
そうひとりごちるアズの瞳はいつもの琥珀色ではなく、何故か柔らかい鳶色の瞳になっていた。
悲しみが深くても、喜びが胸を満たしても、朝は来る。
翌日、クレイとパステルは親密な雰囲気で時を過ごしていた。
二人とも何も言わず、いつもの生活をしていたが、他人から見ると「何かあった」と思わせる、そんな雰囲気だった。
「今日は二人とも仲がいいね」
アズにからかわれ、顔を赤くする二人。
「そ・・そんなことないわよ、ねぇ」
「そ・・そうそう」
「どうかなぁ?」
息もぴったりな反論に意味ありげににやにや笑うアズライール。
そんな彼にはルーミィとシロちゃんがぴったりひっついてる。
「ぱぁーるぅ、くりぇーとなかよしなんか?」
「そうデシよ、仲良しなんデシ」
年少組にまで言われ、ますますうろたえてしまう。
「・・・・あ、そうだ!!」
何とか話題を逸らそうと、パステルが声を上げた。
「ねえ、アズ。アイツ・・ヴァルケノースって一体何者なの?」
あからさまな話題そらしだったが、アズライールはあえてのることにした。
秘密にはしておけないことだったから。
「彼・・・魔法盗賊ヴァルケノースはある魔術師の手によって作られたホルムンクス・・・人造人間なんだ、ある人間の魂を利用した・・ね」
「人造人間!?」
驚きの声を上げるクレイとパステル。
琥珀色の青年はシロちゃんの毛をなでながら、淡々と語り出す。
「ボクが生まれつき心の宝石を見る能力があることは知ってるね。・・ソレと同じ力を持った人間がもう一人いたんだ。そいつは冒険中、不慮の事故で亡くなってね。丁寧に葬られたはずなのにある日遺体が無くなっていた。そして、心の宝石を盗む盗賊が現れた」
「・・それがアイツ・・・なのか?」
琥珀色の髪が縦に揺れた。
「ボク、アイツの冒険仲間だったんだ・・・だから死を冒涜した魔術師が許せない、人の抱えてる大切なものを奪うアイツが許せない。だから、ボクはあいつを狩る狩人になったんだ」
拳が震えている。
琥珀色の瞳が涙に濡れていた。
「トラップのことも、ノルのことも、キットンのことも、・・・もっとボクがしっかりしていたら・・・」
うつむきそうになる頭をクレイがなでた。
「クレイ・・?」
「確かにトラップ達がやられたのはショックだったさ。でも、まだ取り戻せるんだろ?心の宝石。なら、大丈夫さ、何とかなるって」
アズライールはクレイを見た。
その瞳には驚きと尊敬の輝きが見える。
「・・・クレイってなんだか父さんみたいだ・・・」
ぽつりと呟いた言葉に、クレイが苦笑する。
「俺・・そんなに老けて見えるかな?」
「そうじゃないよ、そうじゃない・・・」
言葉に込められた深いものを巧妙に隠し、アズライールは立ち上がった。
「ルーミィちゃん、シロちゃん、遊びに行こうよ!!そっちの仲良しさんはほっといてさ!!」
「こ・・こら!!アズ!!」
「仲良しさんって・・・もう!!」
二人の赤面しながらの文句をかわし、琥珀色の青年はエルフの少女とホワイトドラゴンの子供と外へ走っていった。
柔らかな日差し。
その日差しを浴びて、ルーミィとシロが遊んでる。
それを優しい目でアズライールが見つめていた。
(あの時もこんな日だったな・・)
彼の心は旅立ちの時に飛んでいた。
”アズ、本当に行くのか?”
父さんが静かな瞳でボクに尋ねた。
深い悲しみを表情に隠して。
”やめて!!あの魔法を使えば二度と会えなくなるのよ!!”
涙を流しながら母さんが引き留める。
でも・・・もう決めたこと。
人じゃないものになってしまったアイツを倒せるのは、心の宝石を見つけることのできるボクだけだから。
”大丈夫、アイツを倒してきっと帰ってくるから。父さんが言っただろ?『がんばれば何とかなる』って”
無理に笑ってボクは父さん達に背を向けた。
”アズ!!しっかりやるんだぞ!!”
・・・父さんの声は震えながらもボクを力づけていた。
”・・アズ、行っちゃうの?”
悲しげにエルフの少女が尋ねてくる。
そばに寄り添うように純白の少年が立っている。
彼女達はボクにとって姉であり兄であり魔法の師匠であり・・・・大事な仲間だ。
辛い別れになる。
”・・・ごめん、ボクがもっと大人だったら・・・”
彼はすまなそうにそう言ってくれた。
ボクは首を軽く振った。
”いいんだ、君たちが無事でいてくれること、それがボクの力なんだから”
”・・・ヴァルのこと・・・お願い”
彼女の言葉にボクはうなずいた。
”あ、そうだ”
旅立とうとするボクを彼が引き留める。
”もし、行くことがあれば、シルバーリーブのパステル・G・キングと彼女の仲間を訪ねなよ。君の目で見れば解るだろうけど・・・最高級の宝石を宿してるんだ。そこへ行けば・・・”
”ヴァルが来る、ってことだね。ありがとう、トレイトン!!”
ボクは笑顔で礼を言うと、呪文を唱え、・・やがて現れた光のゲートをくぐった。
「・・・ライールしゃん」
「あずぅ、どうしたんかぁ?」
ルーミィとシロちゃんの無邪気な声がアズライールの思考を破った。
「あ・・ああ、ごめん、どうしたの?」
目線を合わせ尋ねると、
「ルーミィ、おなかぺっこぺこだおぅ!!」
いつものフレーズが返ってくる。
アズライールは空を見上げ、昼時だと言うことに気付いた。
「もう昼なんだ、猪鹿亭行くかい?」
「パステルおねーしゃんたちはいいんデシか?」
「・・心配しなくても・・ほら」
琥珀色の青年が指し示す先には金に近い栗毛の少女と黒髪の青年がいた。
二人ともこっちに来るよう手招きしている。
「さ、行こう!!ルーミィちゃん、シロちゃん!!」
「おうだおぅ!!」
「はいデシ!!」
二人と一匹は風と争うようにパステル達の元へ走っていった。
4人+1匹は昼下がりのシルバーリーブをゆっくりと歩いていた。
優しい光。街のざわめき。
それが全てが一つの音楽になっている。
アズライールはルーミィやシロとはしゃぎながら歩き、少し離れたところでクレイとパステルが彼らを見守っていた。
・・・その姿は子供を見守る親のようであった。
「・・アズってさ、最近パステルにまとわりつかなくなったよな」
彼らを見守りながら、クレイがそう呟く。
パステルは笑って返事を返した。
「そうかな?」
「そうだよ。だって俺、アイツがあんまりべたべたしてるから、殺意まで持ってたんだぞ、アズライールに」
「え!?」
思わずパステルは自分の耳を疑った。
クレイが殺意を持った、それは意外すぎる事実だったから。
「うそ・・」
「嘘じゃないさ。・・・でもアイツには感謝するべきかな。こうしてようやく想いに気付いたんだから」
クレイは優しくほほえみ、パステルの髪をなでた。
その仕草にはありったけの想いが込められている。
パステルは目が熱くなるのが解った。
「お・・おい、どうしたんだ?!」
クレイが慌てる。
彼女は涙を拭き、クレイにそっとよりかかった。
「・・嬉しいの・・すごく嬉しいの。でもね・・・」
「トラップ達のことが気にかかる、だろ?」
パステルの頭が縦に揺れる。
「・・さすがリーダー。そうなの、トラップ・・キットン・・・ノル・・・彼らがいれば・・祝福してくれるみんながいればすごく幸せなのに・・」
一瞬、クレイの顔が曇った。
彼は知っているから、トラップがパステルを想っていることを。
それを知ったらパステルはどんな風に想うだろう。
自分と彼との思いを考えるのだろうか?
彼女はどちらを選ぶのだろうか?
自分のことをまだ好きでいてくれるだろうか?
彼にいない間に想いをかわしたことを怒るだろうか?
考えれば考えるほど、切なさがこみ上げてくる。
(トラップ・・・すまない)
クレイはパステルの肩をそっと抱き寄せた。
想いを手放したくない、その思いに駆られて。
「あ!!クレイ、パステルのこと抱きしめてるー!!」
「くりぇー、ぱぁーるのことすきなんかぁ!?」
アズライールとルーミィがはやし立てる。
「る・・ルーミィ!!」
「アズ!!君まで言うか!?」
真っ赤になった二人が怒鳴り返す。
誰も知らない。
その瞬間、琥珀色の青年の懐に入っている、赤い棺の中でトラップの瞳から涙が流れていたことに。
夕焼けがまぶしい石
すべてを燃やし、輝く色。
大地を燃やし、そして闇へ誘う炎。
(トラップの髪の色だな)
髪を夕日色に染めながらクレイは思った。
彼への罪悪感と助けたい思いに悩みながら。
「どうしたの?クレイ」
心配そうに尋ねるパステルに彼はゆっくり首を振った。
「なんでもないよ、‥‥ただ夕日がトラップの髪の色みたいだな、って」
「そっか‥‥」
なにも言わず足を進める。
「‥‥大丈夫だよ、きっとトラップもキットンもノルも助けられる」
「え?」
突然の言葉にクレイの足が止まる。
そんな彼をパステルは仰ぎ見た。
「だってクレイがいるもの、何も心配いらないわ!!」
信頼しきった瞳に、クレイはますます彼女に惹かれる自分を見つけていた。
―パステル、クレイ、ルーミィ、シロ、そしてアズライールはズールの森の比較的開けたところへ足を運んでいた。
「予告の日を待っていたらトラップたち死んじゃうよ。先手必勝!!でいくから」
アズライールはそう宣言し、ズールの森にいくことになったのだ。
「アズ、本当にいるんだな。ヴァルケノースがそこに」
クレイの疑問にアズライールはうなずく。
「間違いないよ。いくら今のアイツがホルムンクスでも行動パターンは生前と同じなんだ。‥‥アイツ、盗んだ宝石を必ず夕日にすかしてみるんだ。『夕日の色が宝石をよりはかなく、美しく見せるって』って言って。ここらで一番夕日がきれいなのはズールの森、でしょ?だから‥‥ヤツは必ずいる」
その表情は何かを失った、そんな悲しみに彩られていた。
「あ‥‥」
「どうした?」
かすかに警戒した顔でパステルはあるところを指した。
魔法盗賊、ヴァルケノース。
彼が夕日に緑色の宝石―トラップの心―をすかしてほほえんでいた。
「おやおや、みなさんいらしたんですか。あわてなくてもこちらから伺ったのに」
宝石をしまいながらヴァルケノースは小さく笑った。
クレイの手が柄に伸びる。
それを制してアズライールが一歩前にでた。
「ヴァルケノース、宝石を返せ」
いつもの子供っぽさが消えて、ぞっとするような無表情で脅しをかける。
魔法盗賊はそんな彼を斜に見やり、三つの宝石を出した。
紫水晶のような輝き、黄水晶よりあでやかな石、そしてエメラルドに似た宝石。
だが、緑の宝石だけはなぜか細かいひびが入っていた。
たぶんそれがキットン達の心の宝石なのだろう。
ヴァルケノースは三つの輝石を大事そうに見つめながら、冷笑した。
「私としてはかまわない、と言ってみたいですね。一度でいいから。ですが、こんな美しい宝石を簡単に手放すわけにはいかないですよ。特にこの緑の輝石、微妙にひびが入ってるでしょう?それが夕日を浴びると中に水を蓄えたみたいに美しく輝くのです」
(まさか‥?)
その言葉にクレイは胸を突かれたような気がした。
(トラップ、気づいていたのか?)
パステルが自分ではなくクレイに惹かれていたことに。
(おまえらしくないと思っていたんだ、あんなに簡単に宝石を‥心を奪われるなんて!!)
クレイは自分の迂闊さを呪った。
大事な仲間に自ら命を差し出させるような真似をさせた。
それがつらく、苦しかった。
(なのに自分はパステルと想いが通じ合ったと浮かれて!!)
クレイはある決心を固めた。
そっとアズライールに近寄り、耳打ちする。
最初、アズは驚いた顔をしていたが、彼の思い詰めた顔に何かを察して軽くうなずいた。
「クレイ?アズ?」
ルーミィを抱きしめながら、パステルが不安げな声を出す。
彼女も何かを察したのだろう、特にクレイを見る目が悲しそうだった。
二人は顔を見合わせて小さくほほえむ。
「心配しなくてもいいよ、トラップ達の宝石を僕らが必ず取り戻す」
「シロ、パステルとルーミィのこと、頼むぞ」
クレイに言われ、シロはエメラルドの瞳を輝かせ、大きくうなずいた。
ヴァルケノースは敵だとはっきり告げる瞳をみて、クレイは初めてトラップの心の宝石と同じ色だと気づく。
ただ違うのは、彼の瞳には一点の曇りもないことだ。
(おまえは助ける!!オレの命に代えても!!)
それが償いなのだと、心に叫びながら。
二人の戦士が動く。
ヴァルケノースは動きを予想した。
クレイはサポートに回り、メインはアズライール。
アズの性格は手に取るようにわかる。
この身体が人ならざるものになる前から一緒にいたんだから。
そして、必ずと言っていいほどそうしてきていたから。
ヴァルケノースは薄く笑い呪文をつぶやく。
魔法は”炎の矢”。目標、アズライール。
コレで迎撃できるはずだ。後は三人から宝石を奪うだけ。
‥‥だがもくろみは大きくはずれ、自分に突進してきたのはクレイの方だった!!
あわてて目標の修正を試みるが、修正が完了するより早く、クレイが斬りつけてきた。
魔法養液―ホルムンクスを動かすために魔法使いが作り出す魔力のこもった水―が頬から流れる。
「貴様‥‥!!」
予想外の行動をとられ、ヴァルケノースはカッとなる。
だが、すぐ平静を取り戻したのはさすがと言うべきか。
「‥‥まずは傷一つ、ですがこの程度では私は倒せませんよ?」
「でも、呼吸が乱れた。それだけでも価値はあるさ。‥‥‥もっと驚かせてやろうか?」
そう言ってクレイが見せたのは3つの宝石。
「!?」
「クレイ!?」
「‥‥形勢逆転、だな」
その場にいた全員が驚く中、クレイは一人穏やかに微笑んでいた。
「いつの間に‥‥!!」
ヴァルケノースは驚愕の声を上げる。
クレイは静かな笑みを絶やさぬまま、宝石のみを見つめ、言った。
「‥‥オレの幼なじみが盗賊団の跡取り息子だって知らなかったか? アイツの家に遊びに行くと、そう言う盗賊の技の修行をしてるんだ。鍵開けとか‥‥こうやって物をスリ取る技とか。本当ならオレは覚えなくてもいい技能ばっかしだったけど、‥‥‥おもしろそうに見てたんだろうな。親父さんたちが教えてくれたんだ」
そのときのことを語る彼はひどく寂しそうに見える。
少なくともパステルの目にはそう映った。
「クレイ‥‥」
「流石だなぁ‥‥ボクもわからなかったよ」
不安を込めた声と感嘆に満ちた声が耳にはいる。
魔法盗賊はまなじりをつり上げて、クレイにつかみかかった。
「それを返しなさい!!私の物です!!」
「違う!!これはトラップ達の心だ!!心は本人のだけの物だ!!お前なんかに渡さない!!」
オレの命にかけても。
その言葉を飲み込んでクレイは身をよじる。
よじった反動を利用して、宝石をパステルの方に投げた。
「受け取るんだ!!」
アズライールの声に誘われるように、パステルは宝石に手を伸ばした。
三つの宝石は吸い込まれるようにパステルの手に収まる。
その姿はクレイにとって、女神か天使のように見えた。
魔法盗賊も同じだったのか、パステルの姿にしばし見ほれる。
「クレイ、心はパステルが受け取ったよ!!」
琥珀色の青年の鋭い声に二人は我に返った。
「もうあいつらの心は渡さない!!」
「‥‥こうなれば宝石を一つムダにしてでも、貴方を殺す!!」
言葉が魂となり、二人の宣言を有効な物とする。
剣が舞い、炎が身を焦がす。
‥‥神は魔法盗賊の宣言を受け入れたのか、それともクレイのもう一つの宣言を受け入れたのか。
ヴァルケノースの魔力のこもった拳がクレイの首にたたきつけられた。
「ぐっ!!」
息が詰まりそうな衝撃と地面にたたきつけられた衝撃で、クレイの息が瞬間的に止まった。
それはすぐ元に戻るが、衝撃が強すぎて立ち上がれない。
それを悠然と見やり、ヴァルケノースは巨大な火球を作り出した。
「青い宝石の持ち主‥‥かなり惜しいですが、貴方さえ殺せば歴史が変わる。琥珀色の追跡者が存在しなくなる。それだけでも殺す意味がありますね」
夕日にすかした宝石を見るような優しい目。
だが、口元には残酷な笑みが浮かんでいる。
「さらば‥‥青き戦士」
火球がクレイに向かって放たれた。
「クレイ!!」
「くりぇー!!」
「クレイしゃん!!」
二人と一匹の絶叫が重なる。
「‥‥父さん!!」
‥‥おそらくは無意識のうちだったのだろう。
アズライールはそう叫び、クレイの前に立ちはだかった。
彼を火の洗礼から護るために。
『ヨイナブアトルベスニリオコンコンコヤキユ‥‥スノーボール!!』
アズライールの呪文が巨大な雪の固まりを出現させる。
雪の固まりは火球にぶつかり、相殺された。
蒸気があたりを包み込む。
それを幸いにアズライールはクレイを支え、パステル達のところに向かった。
(‥‥誰だ?)
自分を支える影が一体誰かわからないまま、クレイはうつろにその人物を見た。
トラップのようにも見えるが、違う。
彼はアズの棺に入ってるから。
それにその人物は自分を「父さん」と呼んだ。
トラップならそんなこというわけない。
焦点が定まるにつれ、人物の顔がはっきりと見え出す。
「‥‥アズ?」
その人物はアズライールだった。
「気がついたかい?クレイ。今、パステル達のトコに運ぶから」
‥‥そう言った彼の髪が、金に近い茶になっていたのは、目の錯覚か?
クレイはしばし目をしばたたかせ、再びアズライールを見た。
変わりない、彼の髪は琥珀色のまま蒸気に濡れ、しめっている。
(気のせいか‥‥?)
それよりも彼には気になることがあった。
なぜアズは自分を「父さん」などと呼んだのか?
ヴァルケノースは自分がいなくなることでアズがいなくなることを示唆した。
(まさか‥‥‥)
クレイは疑問を口にした。
「なあ、アズ。さっきオレのこと、『父さん』って呼ばなかったか?」
アズライールの顔が一瞬引きつった。
「ま‥まさか」
「それだけじゃない、ヴァルケノースはオレが死ぬことでお前がいなくなるようなことも言っている。‥‥お前、一体何者なんだ?」
流石のアズライールも同様が隠しきれない様子だ。
魔法盗賊の気配を探す振りをして、クレイから視線をはずす。
沈黙があたりを包む。
「‥‥‥それはいえない」
ややあってようやくそれだけをつぶやくアズライール。
「これは言ってはいけないことなんだ。追跡者に与えられた掟なんだ」
「何だ!?その掟ってのは??」
焦るクレイの表情にアズはようやく自分のペースを取り戻した。
にっこり笑って一言、
「内緒‥‥ぐっ!!」
お得意のフレーズを言った瞬間、鳩尾に強烈な一撃が入る。
それはクレイの拳だった。
「ひ‥‥ひどいよ、クレイ」
「お前が悪いんだろうが!!」
そう叱りつけ、にやりと笑うクレイ。
そんな彼にアズは苦笑を返した。
笑顔の裏に「終わったらすべてを話してもらうぞ」、そんな言葉が隠されているようで。
案の定、クレイは予想通りの言葉をアズライールに向ける。
「全部終わったら話してもらうからな」
「‥‥‥終わったときに命があれば、の間違いでしょう?」
蒸気がはれたその先には、魔法盗賊が立っていた。
パステルに視線を向け、薄笑いを浮かべながら。
『パステルに近づくな!!』
クレイとアズライールの声が重なる。
アズライールは魔法を使い、ヴァルケノースをひるませ、クレイは傷ついた身体でパステル達をかばうようにたった。
「クレイ、大丈夫なの!?」
パステルが心配そうに声をかける。
クレイは笑顔を作った。心配をかけないよう、少し無理して。
「大丈夫、何ともないさ。‥‥ちゃんと守るから」
最後の言葉は魔法で作られた人為的な風によって、かき消された。
「え?今なんて言ったの??」
「‥‥ルーミィ達、ちゃんと見ててくれ、って言ったんだ!!」
クレイは顔が赤くなるのを感じつつも、押さえることができなかった。
照れ隠しにそう言って、彼女らをかばうように背中を向ける。
‥‥それでも、パステルは彼が言ったことを察して大きくうなずいた。
琥珀の追跡者と魔法盗賊の戦いは剣と魔法によって、一進一退の状態が続いていた。
「‥‥オレが行く」
この状態がじれったくなったのだろう、クレイはそう言って戦いの場に足を踏み入れようとした。
が、それがパステルとルーミィによって止められる。
「くりぇー、行っちゃやだおぅ!!」
「無理よ!!今の状態じゃクレイ、死んじゃうわ!!」
「ルーミィ‥‥パステル‥‥」
必死にすがってくる彼女らにしばし困惑する。
そして、不安の原因が仲間の不在によるものだと素早く察した。
クレイはパステルの手に握られてる宝石を見つめ、瞠目した。
(‥‥みんながいないことがこんなに痛いことだったなんて‥‥!!)
そして、今の自分がやるべきコトは彼女らを―小さい仲間と恋人を―護ることだと知る。
「‥わかった、行かないから。でも、アズのヤツを放っておけないし‥‥‥」
笑顔を浮かべるパステルにクレイ自身も心が安まるのを感じた。
そして、冷静さを取り戻し、うなる。
「クレイしゃん」
足下から声がした。
白い固まり、シロちゃんだ。
ぱっとクレイの表情が輝く。彼の援護の方法を思いついたのだ。
パステルと顔を見合わせる。
彼女も同じ考えに行き着いたのか、同じ顔をしていた。
クレイはシロちゃんに向き直る。
「シロ!!”まぶしいのデシ”を吹いてくれないか?アズを助けるためなんだ」
「まぶしいのデシか?わかったデシ!!」
シロちゃんは大きく息を吸い込んだ。
その瞬間をねらって、クレイが声を張り上げる。
「アズ!!目をふさげ!!」
「!?」
アズライールが目をふさぐのと同時に、シロちゃんのブレスが火を噴いた!!
「ぐわっ!!」
こんな隠し玉があることを知らなかったのだろう。
まぶしい光に目をやられ、目を押さえうめく魔法盗賊。
その隙をねらって、アズライールが動く。
彼の剣がヴァルケノースの仮面にたたきつけられる。
仮面が割れ、隠された素顔があらわになった。
「ひ‥‥‥‥!!」
パステルが悲鳴を上げる。
‥‥仮面の下には闇しかなかったのだ。
ヴァルケノースは闇の顔を押さえ、低くうめいた。
魔法人間の彼にとって、仮面はいわば生命維持装置に近い役目を果たしていたのだ。
まして、顔の半分は闇―それは不完全な魔法人間の証だった―、それを暴露され魔法盗賊はプライドの崩壊と、魔力の減退を感じていた。
「‥‥‥ずいぶん長い戦いだったね、ヴァル」
悲しげに、しかし優しくアズライールは笑った。
かつての仲間の変わり果てた姿に心を痛めながら、自分は戦ってきた。この男と。
そして、それは今終わる。
アズライールの手には剣が握られている。
長い間戦ってきた相棒、それをアズは高々と振り上げた。
剣は美しいといえるまでの軌跡を描き、魔法盗賊の首に斬りつけられる寸前。
「やめろ!!アズ!!」
クレイの絶叫が彼の動きを止めた。
琥珀色の追跡者はカッとなってクレイを見る。
「なんで!!何でじゃまするんだ!!クレイ!!」
叫んで、アズは瞬間的に後悔する。
なぜ彼を怒鳴りつけたのか?彼はボクの‥‥父の過去の姿だ。
それを怒鳴るなんて‥‥
そんな気持ちを知ってか知らずか、クレイは真剣な顔で彼を見返した。
「アズ、お前、彼はどんな形であれ生きているって、わかってるのか?魔法人間にやり直しがきくかどうかわからない。でも、可能性を無視して殺してしまったら、それまでなんだぞ」
「でも!コイツを生かしておいたら後々まで禍根を残す。死から無理矢理起こされた今の生に何の意味がある!? 生かしておくことは殺すよりも残酷なんだぞ!!コイツにとって!!」
「それは貴方が過去の彼にこだわってるからでしょ?」
凛としたパステルの声が耳朶を打った。
アズライールははっと彼女西線を移す。
「彼は貴方の知っているヴァルケノースじゃない、魔法という手段とはいえ命を与えられた一人の人間なのよ。罪を犯すから、って殺すのは簡単かも知れない。だけど、貴方のやり方は過去にこだわったあげくのことなのよ。彼に宿った一つの命を無視することなんだから!!」
まっすぐな瞳が痛かった。
(‥‥この二人ずっと変わってないや)
どんな命でも一つの命として見てあげられる。
そして、その可能性を大切に守り、育て上げる。
‥‥それは自分にとっての昔、両親が身をもって教えてくれたことだった。
アズライールは深くため息をついて、剣をさやに収める。
「‥‥忠告するけど、そのお人好し、何とかした方がいいよ。助けた相手に寝首かかれることだってあるんだから」
「全く同感ですね」
アズの言葉に顔の半分を隠しながら応える魔法盗賊。
「これで命を救ってもらったと感謝すると思ったら大間違いですよ。‥‥いつか復讐にきますからね」
宙に浮きながらのヴァルケノースの言葉に、クレイは静かに笑った。
「いいさ、いつでもこいよ。護りたいものがある限り、オレは負けるつもりはないんだから」
そう言ってそっとパステルの肩を抱き寄せる。
思わぬ動作にパステルの頬が赤くなった。
ルーミィとシロちゃんはアズライールのそばに駆け寄り、その腕に抱き上げられる。
魔法盗賊は過去と未来が混在したこの風景に毒気を抜かれ、又、不思議な気持ちを感じながら姿を消した。
疑問の答えが見つかる日があることを信じて。
”しゅうぅぅぅぅ‥‥‥!!”
アズライールの呪文に答えるかのように、宝石が赤い棺から解放された身体に入り込む。
‥‥魔法盗賊が消えた後、彼らはみすず旅館にもどり、三人を元に戻すため動いていた。
黄水晶はノルの身体に、紫水晶はキットンの身体に入り込む。
宝石が入った途端、今まで冷たかった彼らの身体は生気を取り戻し、鼓動が力強く脈うった。
「よし!!あとはトラップだけ‥‥‥!?」
二人の状態が戻ったことを確認したアズはトラップの方を見て絶句した。
パステルやルーミィは泣きそうになり、クレイは顔をしかめトラップを凝視している。
‥‥宝石がまるで元に戻るのを拒むかのように、身体の上に浮いていたのだ。
「とりゃー!!おきてよぅ!!」
「トラップあんちゃん、起きてくださいデシ!!」
「どうして!!どうしてトラップだけ元に戻らないの!?」
泣きながらトラップの身体を揺さぶるルーミィとシロちゃん。
アズライールにものすごい剣幕でかみつくパステル。
アズは困惑したまま、宝石と身体を交互に見つめている。
そして、クレイは‥‥
(言うべき‥‥なのか)
自分だけが知っている彼の想い。
それこそが原因だとわかっている‥‥‥だけど、想いは自分にもある。
パステルを誰にも渡したくない。その思いを。
エゴだってわかっている。自分勝手なわがままだと。
仲間と恋。
微妙な選択にクレイの心は揺れた。
「ねえ、クレイ!!トラップ変よ!!」
パステルの声にはっと我に返る。
声に誘われるまま彼を見て‥‥‥言葉を失った。
トラップの心の宝石が崩れかかってるのだ!!
しかもそれに伴い、身体までが死人のように暖かさを失っていく。
(‥‥‥だめだ!!オレにはできない!!)
仲間か恋か、どちらかを選び、どちらかを切り捨てるコトなんて!!
クレイはパステルの肩に手を置き、そして、アズライールをしっかり見た。
アズライールはクレイの瞳に自嘲気味な輝きを見つける。
「クレイ‥‥?」
「‥‥‥トラップの心の崩壊の原因は、想い、だよ」
「想い?」
「どういうコト?」
怪訝そうなパステルとアズライールの声を耳に、クレイは胸の痛みをこらえ、一気にしゃべった。
「パステル。トラップはお前が好きなんだ。だけどお前は自分の方を向いてない。‥‥‥ここからは憶測でしかないんだけど、トラップのヤツ、自分から宝石を差し出したんじゃないかと思うんだ。失恋の痛みに耐えかねて、な」
「そんな‥‥‥!!」
パステルは瞳に涙を浮かべながら、トラップを見つめた。
彼がそんな風に思っていたなんて‥‥‥
彼は確かにぶっきらぼうだけど、優しかった。
でもそれは仲間としての感情とばかり思っていたのに‥‥‥!!
アズは少し焦り気味で話の結論をしゃべった。
「じゃあ、トラップを助けるには思いを叶えればいいってことかい?」
その問いにクレイは答えられなかった。
想いと友情の板挟みになって。
「‥‥‥‥それはパステルが決めることだよ」
やっと絞りだした一言はクレイの声ではないようだった。
「オレを選ぶか、トラップを選ぶか、だから。結局のところは」
寂しそうなクレイの横顔を見つめ、パステルは自問自答する。
(私は誰を選べばいいの?トラップを助けるために)
‥‥‥自分の心の声に耳を傾け、パステルは答えを見つけだした。
トラップの顔をのぞき込み‥‥‥
「‥‥‥‥ごめんね、トラップ。私、クレイが好きなの。これだけは譲れない。だけど‥‥‥だからって死なないで。みんながいて、クレイがいる。それが私の一番の幸せなんだから」
聖母のような笑顔を浮かべるパステルと対照的に、クレイは泣き出しそうな少年の顔をしていた。
そっとパステルの手を取り、トラップの手に重ねる。
「トラップ‥‥お前には悪いことをしたと思っている。いくらでも償いはするから‥‥‥戻って来いよ」
「トラップ、みんな待ってるんだよ。君が元に戻ることを。
ルーミィちゃんやシロちゃんまで泣かせてたら、パステルだって困るんだから」
アズの声に導かれるように、宝石が本来の輝きを取り戻していく。
そして、静かにトラップの身体に入り込んで‥‥一筋の涙が頬を伝った。
「‥‥‥ったく、おめぇらそろいもそろって、勝手なこと抜かしやがって‥‥」
横になったまま、いつもの皮肉が口をつく。
「トラップ‥‥‥」
「勝手なこと言ってるからには、クレイ、パステルのこと泣かせるんじゃねぇぞ!!パステルだって心変わりなんてすんじゃねぇぞ!!」
クレイは反対の手でトラップの涙をさりげなく、パステルに見えないように拭ってやった。
その思いやりがトラップには痛かった。
(馬鹿野郎‥‥気ぃ使いやがって‥‥)
トラップは素早く起きあがると、クレイの首根っこをつかまえ、ヘッドロックを仕掛ける。
「うわっ!?トラップ!?」
「償いするって言ったよな。じゃあ、この技くらいやがれ!!」
明るい声が部屋に響いた。
その奥に悲しみを越えた強さを秘めて。
三人の体力は三日後に完全回復した。
多少遅いと思われるかも知れないが、アズ曰く、
「一旦仮死状態になったところにいきなり魂が戻ったから、身体が状態に追いついていないんだよ」
ということだ。
その間、パステルとクレイは三人の看病にいそしんでいた。
‥‥もっともクレイとトラップの場合、看病ではなくスパーリングをしている感がある。
「食らえ!!卍固め!!」
「かけ方が甘い!!」
「なら、カナディアンバックブリーカーだ!!」
「こら!!それしたら宿が壊れる!!」
元気な声が一室から響いてくる。
‥‥‥この状況を見るにつけ、どこが仮死状態になっていたんだと突っ込みたくなるパステルであった。
「ったく、トラップのヤツ‥‥手加減なしで技仕掛けてくるンだモンなぁ‥‥」
三人が回復しきらないある日の夕方、全身をさすりながらクレイがぼやいた。
先ほどまで彼は散々トラップに間接技を仕掛けられていたのだ。
その様子を思い出し、アズとパステルは笑った。
「しょうがないよ、償い、するんだろ?」
すましていったアズにクレイは苦笑する。
やれやれと言いたげに空を見た。
夕焼けがあたりを染めている。あの時と同じように。
(でも‥‥)
あの時とは違う。
あの時は夕焼けが悲しく見えた。
でも今は、夕日が美しく見える。
(仲間を取り戻せた‥‥‥からかな?)
苦笑から微笑みに変え、クレイは夕日を見つめた。
そんなクレイにパステルはよりそい、そっと指を絡める。
「パステル‥‥」
「クレイ‥‥大好き」
ささやかれる愛の言葉。
クレイもそっとささやいた。
「オレも‥‥君のこと愛してる」
限りない至福感が二人を包む。
そこに冷やかしの声が入った。
「あ〜あ、熱いね、二人とも」
アズの冷やかしに二人の顔が真っ赤に染まる。
『アズ!!』
「さ、ルーミィ、シロちゃんあの二人はほっといて、トラップ達のとこに戻ろう」
真っ赤になりながらの文句を軽くかわして、琥珀色の青年はルーミィとシロちゃんを連れて宿の方に戻った。
「‥ったく」
ため息混じりにクレイがつぶやく。
そして、パステルと二人、顔を見合わせて苦笑した。
深い想いを笑みに込めて。
夕闇はすべてを忘却の彼方へ葬り去る。
アズライールはみすず旅館をでて、北へ向かおうとしていた。
誰にも気づかれないよう、闇に紛れるように。
(‥‥もうここでやることはない)
魔法盗賊から最高の宝石を持つ人間達を護った‥‥‥とは言い切れないにしても奪われたものを取り返し、元にもどした。
ここで行うべきコトは何もない。
後は時か時空かを越えた魔法盗賊を追いかける。
それが自分が決めた運命。
アズは肩越しにみすず旅館を振り返った。
そこで多分、みんな眠ってるだろう。
父や母、自分の子供のようにかわいがってくれた叔父達、そして姉や兄の過去の姿の冒険者達。
(楽しかったな、ああいうのも)
自分の正体をあかさなかったのは未来にひずみをつけないため。
まあ、うすうすは感づかれただろうが、それでも未来に支障はない。
最初はそうだったのに、いつの間にか彼らの「仲間」になっていた、それがうれしかった。
満たされない何かが染み渡るように、心に満たされる。
そんな日々が宝物に思える。
「ヴァル‥‥お前は何を望んでるんだい?」
心の宝石を盗む盗賊、満たされない心を抱えた追跡者。
魔法盗賊が宝石を盗む最大の理由がわかった気がした。
歌にも似た呪文がアズの口から紡がれる。
やがて光のゲートが彼の前に現れ、次の世界へ誘う。
ゲートの光の余波でアズの色彩も変わってく。
金に似た栗色の髪と鳶色の瞳。
それが彼の本来の姿。
「‥‥‥さようなら、みんな」
ゲートに彼の姿が消える。
光は蛍のように淡い光を残し、そこから消えた。
彼が旅立ったのをパステル達が知ったのは、朝になってからだった。
”パステル、クレイ、トラップ、キットン、ノル、
ルーミィちゃん、シロちゃんへ
ここでのボクの仕事は終わりました。
ってことでヴァルケノースの追跡をしに旅に出ます。
冒険者だからって命を粗末にしないように。
それじゃ、元気でね!!
アズライール”
‥‥みすず旅館の一室に残された手紙には、こう書かれていた。
「‥‥‥アズのヤツ‥‥」
あきれかえったようにトラップがため息をつく。
パステルやクレイに至っては声も出ないのか、なんと言っていいかわからないと言った顔で手紙を見つめている。
「ねえ、ぱぁーるぅ、あずどこいったんらぁ?」
ルーミィは状況を把握していないのか、いとものんびり尋ねてくる。
パステルは困ったようにルーミィを見た。
「あのね‥‥‥アズはね‥‥」
「いつか会えますよ、確実にね」
はっきりそう言いきったのはキットンだ。
彼はなにやら意味ありげにパステルとクレイを見て、にっこり微笑んだ。
「だって彼はパステルとクレイの子供ですからね」
「!!??」
思いがけない、でも真実に近い言葉にパステルとクレイは真っ赤になってしまう。
「やっぱりそうか?ンなことだろうと思ったぜ」
真っ赤になった二人をおもしろ半分に見て、トラップが笑う。
「ど‥‥‥ど‥‥‥ど‥‥‥‥‥」
「どうしてそんなこと言うんだ、だろ?少なくてもおめぇらはヒントかなりもらってるはずだぜ」
「‥‥あ!!」
そう言われるとそうだ。
彼は一度クレイのことを「父さん」と呼んでいるのだ。
コレでわからないとなれば、かなりの鈍感かバカだろう。
「私たちはすぐわかりましたよ、ねえノル」
キットンに言われ、ノルはうなずく。
「表情は、パステルに、行動は、クレイに、よく似てる、アズは。だから、すぐ、わかった」
「つまり、最後までわからなかったのって、私たちだけ??」
「そういうこと。アズももうちょっとうまく隠しゃいいのに、髪や瞳の色変えただけでごまかせるとでも思ったのか?‥‥‥そーいうとこはおめぇらそっくりだっての」
畳みかけるような言葉にパステルもクレイも苦笑するしかなかった。
自分たちより年上の未来から来た子供。
「‥‥‥なんだか物語みたいだね」
パステルの感慨深い声にトラップが本音混じりの茶々を入れた。
「その物語を完結させたきゃ、おめぇら結婚するっきゃねぇぞ。
‥‥‥物語の結末は幸せに暮らしました、でなきゃな。
少なくとも、そうでなけりゃ、オレはゆるさねぇからな」
『ト‥‥トラップ!!』
全身を真っ赤にした、二人の怒鳴り声がシルバーリーブに響き渡った。
‥‥心の宝石は輝く。
どんなときも、どんなことがあっても。
fin