子供の殻を破って

両手一杯の花束なんていらない。
甘い愛の囁きなんてほしくない。
あんたが想っていてくれれば、それでいい。

そう思っていたのは、嘘じゃなかった。



「誕生日だっていうのにプレゼントの一つもくれないの?」
「おれが来てやったってのに、なんだよその態度は。物の方がおれよりいいってのか。前はそんな面倒なこと言うような女じゃなかったのによ」
「『来てやった』って何よ。そんな恩着せがましいこと言われるくらいなら来てくれなくても結構よ!」
「そうかよ。ならもう来ねぇよ!」
ほんのささいなきっかけが原因だったのだと思う。
しばらく会えてなかった。
久しぶりなのに素直になれなかった。
久しぶりだから余計に照れてた。
そんな、いつものことにすぎなかったのに。
売り言葉に買い言葉で、あいつは外へと出て行ってしまった。
追わないといけない、とすら思わなかった。
来てやったってなによ。
しょうがなく来てただけなの?
あんたが会いたくて来てたんじゃないの?
面倒なことなんか言ってないわよ。
前のわたしの方が良かったって言うの?
恋をすれば少しは変わるわ。
少しくらいの変化も受け入れてはくれないの?
そんなことばかりを考えていた。
プライド、かしらね。
謝らないといけないとも思わなかった。
こんなことで終わりになるかもしれないなんて、思ってもいなかったから。

「帰った?」
「…うん。もう用は済んでたし、今日には帰る予定ではあったんだけど」
わたしの誕生日には結局戻ってくることはなかったトラップに怒りながらも、少しは心配する気持ちもあって、パステルたちが泊まってる宿を訪ねたのは翌日の朝早く。
トラップならまだ寝てるような、そんな時間。
宿の外で顔を洗っていたパステルを見かけて、声をかけた結果がこれだった。
「あいつって集団行動に向いてないわね。勝手なことばっかりして」
「そうだね」
ぎこちない微笑みを見せるパステルには、きっと心配をかけてるのよね。
「ごめんね。みんなにも発つ前に謝っておくわ」
「マリーナが謝らなくても」
「そうね。でも、あいつを怒らせたのはわたしだから」
この時になってようやく、自分の態度を反省した。
今回はエベリンまで来る用事があったけれど、いつもは用事がなくても来てくれる。
誕生日なんてたいして興味もないあいつが。
何もくれなくったって、それがわたしを想ってくれる何よりの証拠なのに。
「贅沢なのね、わたし」
「え?」
「なんでもないの」
聞き返された独り言を曖昧にごまかした。
聞かせる相手はパステルじゃないから。
「わたしもみんなと一緒にシルバーリーブに行こうかしら」
「でも、出発するの今日のお昼だよ」
びっくりしたパステルにウインクを返した。
「平気よ」
お店に「close」の札をかけて、アンドラスにしばらく仕事ができないことを伝えればそれでいい。
それだけで、あいつと仲直りできるんだから、安いものだわ。
「あ、でも…」
ためらうように視線をさまよわせるパステル。
「何か不都合なことがあった?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど」
そう言いながらも、パステルの表情は困ったままで固定されていた。
この時にピンときてもおかしくはなかった。
だけど普段の冷静さを失っていたわたしには、それがどうしてなのかに気付くことはなかった。

予定通りに準備を終えて、十時ごろにはパステルたちのいる宿に再び舞い戻った。
部屋番号は聞いていたから、そのドアを軽くノックする。
それでも、誰も出てこなかった。
シンと静まり返った静寂だけが返ってくる。
「パステル?」
まさか。
「パステル。ねぇ、いないの?」
ノブを回してみたけれど、つかえるだけでドアが開くことはなかった。
悪い予感が頭の中を支配していく。
パステルは昼にここを出ると言っていた。
でも、もしそれが嘘だったら?
わたしが一緒に行くと告げた時、パステルは困った顔をしていた。
わたしに来てほしくなかったから?
トラップにそう言われていたから?
あいつなら、わたしが取る行動の予測をつけることくらいはできるわよね。
だから、一人でエベリンを発つ前に、みんなに言い含めておいたとしたら。
「マリーナとはもうやっていけねぇ。だから、あいつがシルバーリーブに来るなんて言っても、一緒に来たりすんなよ。あいつには会いたくない」
そんなことをみんなに言うトラップの幻影が目に浮かぶようだった。
まさか、とは思っても暗い想像を打ち消すだけの明りを持ってはいない。
言い合いなんて、いつものことだと思ってたのに。
喧嘩だってしょっちゅうしてたのに。
お互いに謝ることはなくても、いつも通りにすぐに戻れたのに。
それが甘えにすぎないことは知っていても。
子供っぽいそんなやり取りが好きでもあったから。
あんたと二人でいる時には、大人である必要もなかった。
でも、それはわたしだけだったのかしら。
いつまでも変わらないわたしに、あいつは嫌気がさしてたのかしら。
子供の部分だけが増大して、つっかかって、からかって、そんな関係が嫌になっていたとしたら?
そんなの、言ってくれないとわからないじゃない。
言ってくれれば…。
そう思ったけれど、その思考そのものがおかしいことに気がついた。
いつから、自分で考えることを放棄していたのかしら。
あいつが言うから変えるの?
あいつが言わなければ変えないの?
そういうのって依存じゃないの?
あいつが最も嫌いそうな。
わたしが最も嫌いなはずの。
わたしはいつから、そんな思考に蝕まれていたんだろう。
両手一杯の花束なんていらない。
甘い愛の囁きなんてほしくない。
あんたが想っていてくれれば、それでいい。
わたしは確かに、そう思っていたはずなのに。
物に想いを見出して、言葉に価値を置きだして。
あんたがいればそれで良かったはずなのに。
あんたの隣にいるだけで、その想いは感じられたはずなのに。
言葉がなくても、態度がなくても、繋がれた手だけで安心できていたのに。
そんな頃は、どこにいってしまったんだろう。
シルバーリーブに行かなくちゃ。
これで終わってしまうなんて嫌。
謝りたい。
あんたが好きでいられるわたしでありたい。
もう、甘えたりしたくない。
階段に向かって走り出そうとしたら、隣の戸のきしむ音が聞こえた。

「トラップ」
戸から出てきたのは、気まずそうなトラップだった。
その戸が閉まってしまわないようにと、数歩の距離を駆け出していた。
トラップがいなくなってしまわないように、戸を押さえて閉まらないようにする。
「ごめんなさい!」
「おれが悪かった!」
「え?」
「は?」
同時に頭を下げて、同時に頭を上げてお互いを見合った。
「なんだよ、おめぇが謝ることねぇだろ」
「あんたこそ、何で謝るのよ」
状況が把握しきれてないせいか、ついついいつもの調子になってしまう。
「おれは、だから…」
トラップは視線を左右に投げてから、
「とりあえず、入れよ」
と、室内へと誘った。
ガランとした部屋にはほとんど荷物がなかった。
「みんなはどうしたの?」
「先に帰った」
「先に? そもそもあんたはどうしてここにいるの? パステルが先に帰ったって言ってたのに」
「それは」
心底困ったように赤毛をかき回した。
「あん時は本気で帰るつもりだったんだ。だからクレイたちに話して宿から出た。だけどよ」
トラップはわたしを室内に招きいれておいて、自分は戸口に立ったままだった。
「よくよく考えると、おれが悪かったかもしんねーと思ったんだ。おれはいつまでも子供っぽいから、おめぇが物をほしがる気持ちも考えつかなかったけど、そういう気持ちだってあるよなって思ってんだ」
ぽつりぽつりと話すトラップ。
「物だの言葉だのにしなけりゃ伝わらねぇ気持ちだってあるよな。それをなんでもかんでもわかれって方が無理なんだ。…あー、だからだな。つまり」
トラップは背中に隠し持っていたものをこっちに投げた。
「こういうのも大事だよなって気付いたから」
受け止めたそれは小さな花束。
両手一杯にはほど遠いけれど、トラップの気持ちがしっかり詰まった花束。
「おれはいつまでもガキだから、おめぇに呆れられたかもしんねーと思ってさ。もしかしたら、嫌われたかもしんねーとも思ったし。そう考えたらシルバーリーブに帰るどころじゃなくなったんだ。だから、宿に戻って寝たってわけだ。そん時はもう他の奴らは寝てたんだけどよ、パステルは朝んなってから、クレイを起こすためにおれらの部屋に入ってきたんだろうな。だからおれが帰ってないことには気付いてたけど、おめぇに話していいもんかどうか決めかねたんだろ」
「だからパステルの様子がおかしかったのね」
嘘をつくのは苦手だものね、パステルは。
昨日のトラップの様子から、わたしと喧嘩しただろうことは気付いてたでしょうし、だからすぐに会わせるのがいいのかどうかわからなくて、時間を置こうとしたのね、きっと。
親友の優しい気遣いが嬉しかった。
「んで、パステルがどうするんだって言うから、とりあえずあいつらには先に帰ってもらおうと思ってな。あいつらのことだから、いればおれらを取り成そうとするだろうし。けど、おれがきちんと言わなきゃいけねー問題だからさ。あいつらに頼りたくなかったんだ。だから、その、悪かった。おめぇに甘えすぎてたよな。おれの気持ちばっか押し付けてた」
トラップが頭を下げた。
謝ることが嫌いなあいつが。
自分が悪いと思っても滅多に謝らないトラップが。
「わたしも謝らないといけないことがあるの」
今度はわたしの番ね。
あんたはちゃんと謝ってくれたから。
今度はわたしがちゃんと話すわ。
思ったことを全部。
ねぇ、少しは大人になれるかしら、わたしたち。
お互いがいることでお互いを高めあう、なんて立派な二人にはなれなくても。
子供の殻を脱ぎ捨てて、二人で大人になれるわよね。



END





――――あとがき――――
7000HiTのげんたつさんのリクエストの「FQ、マリーナ編」です。
物や言葉をほしがりすぎるのも、そういうものに頼らな過ぎるのも両極端、という話です。
どちらも良いばかりでも悪いばかりでもないと思うので、両方ともを取り入れられたら良いですね。
クレパスはある意味理想的なカップルだと思ってます。
お互いを信頼できて、尊敬できて、高めあえるような二人かと。
トラマリはそこまではいかなそうです。良いカップルではありますが。理想的というよりは普通のカップルかな、と。
でも、それはそれでクレパスとはまた違った感じの良さがあると思います。
いかがだったでしょうか。少しでもお気に召していただければ幸いです。
7000HiT、ありがとうございました!





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