あぁ、俺もそう思っていたよ。でもな……
あん時俺は、確かエベリンをあてもなく歩いていたんだ。
クリスマスだってのに、することもなくただ街を歩いていた。することがねぇ、っ
てのはちょっと違うな。何もする気になれなかったんだ。恋人達のためにあるような
日に、好きな人と一緒にいられないのなら、そりゃあんたも何もする気になれねぇだ
ろ?ましてや一年前のその日に、最愛の人を失っちまってたらよ。
信じられなかった。あいつの家が火事になってそのまま……。近所の人の話じゃ、
燃え広がった火が小さな子供のいる家にまで手を伸ばして、逃げ遅れたその子供を救
うためにあいつはその家に飛び込んだらしい。その子は無事だった。でもあいつは、
予想以上の火の勢いを前に、子供を逃がすことで精一杯だったんだ。
白い布をかぶせられたあいつを前にして、俺はポケットの中にあった、あいつに渡
すはずだった指輪を力いっぱい握り締めた。一緒に届けるはずだった想いと共に。
普通の奴ならとても出来ねぇ、とんでもなく偉いことをしたんだとは思う。なん
たって一人の人間の命を救ったんだからな。でも、なんでかな、今になってもあいつ
を誉める気にはなれねぇよ。
突然の終幕に、俺の想いは宙に浮いたまま、まだ消えていく気配もなかった。そう
して俺は、一人街をうろついていた。
どこをどう歩いたかなんて全く意識してなかった。見えるもの全てにあいつとの思
い出が溢れていて、涙を忘れることに必死だったんだ。
でも、気がついたらあいつの家の前にいて。もうすでに空き地になっていたその土
地の前に立って、俺は初めて気づいた。俺はあいつとの思い出を追って、この街をさ
まよっていたんだ。だからこの場所にたどり着いたんだ。あいつと、最初で最後の口
づけを交わしたこの場所に。
そう気づいた途端に、俺はこれからどこへ行けばいいのかわからなくなった。この
場所が俺とあいつの最後の思い出が眠る場所だったから。
そのまましばらくそこに立ち尽くして、ふと何もないはずの空き地に人の気配を感
じた。目を凝らしてみる。そこにいたのは金色の目をした真っ黒な子猫だった。
「おまえは火事を逃れられたのか?」
思わず声をかける。あいつの店の看板にいた黒猫と重ねていたのかもしれない。
そのネコは小さく鳴き、俺の足元へ寄り添ってきた。
「人懐っこいネコだな、おまえも一人か?」
猫相手に話しかけてるところを誰かに見られたら、誤解されんだろうな。
猫はまた小さく一鳴きする。なぜかその姿が愛らしくて俺はその猫を抱き上げた。
「行くところがねぇなら、俺と一緒にいるか?」
どうせ行くところもない。なら得体の知れない猫と一緒に過ごすクリスマスも悪くな
かった。
そう思った瞬間、猫は俺の手をすり抜けて走り出した。
「おいおい、どこに連れてってくれるんだ?」
俺は猫の後を追って走り出す。
その猫はエベリン中俺を連れまわった。そして街外れの誰もいない寂しげな場所の
前でふと止まり、俺の方を向いた。
「お?ここで終点なのか?」
俺は猫に近づく。そして初めてここがどこだかを知った。
ここは……
そして不意に今猫がたどった道筋が頭に浮かぶ。
「おまえ、いったい……」
猫はその寂しげな場所に入っていく。そこは、墓地だった。
人望の厚いあいつはエベリンにも墓を立ててもらっていた。
まさかな……
信じられない思いとは裏腹に、俺は猫を追って走り出していた。いや、猫を追わず
とも目的の場所は一つしかなかったが。
そしてその場所で猫は待っていた。あいつの墓の前で。
「わりぃな、花も何も持ってきちゃいねぇぜ」
俺はその猫に、あいつに話しかけた。もしかしたらただの偶然なのかもしれない。で
も、そんなことはどうでもよかった。なぜか溢れ出る涙を抑えることすら忘れ、俺は
その猫を見つめた。
光が満ちてくる。その中心に猫を抱えながら。
「よぉ、元気だったか?」
次第に人の形に集まっていく光に、俺は確信を持って話しかけた。
(うふふ、そうね。あなたは?寂しい日々を送ってくれていたのかしら?)
あいつの声は直接心に響いているようだった。
「はっ、もしかして自惚れちゃってんのか?」
強がりで、何とか涙を止めようとする。
(ふふ、隠してもダメ。今はあなたの心に話し掛けているのよ?心の声が聞こえてき
ちゃうのよね。何よりその涙が一番の証拠じゃなくて?)
かなわねぇな、こいつには。
「あぁ。おまえにずっと会いたかった、会いたくてしょうがなかった」
もはや気持ちを隠すことはしない。
あいつはその目に涙をため、それでも何も言わなかった。
沈黙が怖かった。あいつがそのまま消えてしまいそうで。
「ところで、こいつはクリスマスプレゼントのつもりかい?」
(えぇ、そうよ。あなたが寂しさに打ちひしがれているのがたまらなくて一夜だけ許
しをもらえたのよ)
あいつは笑う。俺はポケットに手を突っ込んだ。そこには、あの日から持ち主を知ら
ないままの指輪。
「そっか、じゃあ俺もなんかお返しをしないとな」
そう言ってその指輪をあいつの指にはめる。そしてそのまま俺はあいつを抱きしめ
た。
「やっと渡せた。一年も待ったぜ?」
(トラップ……)
ずっとこうしたかった……
涙で声にならない言葉が、次々と生まれる。あいつには伝わっているんだろうか。
(もう少しで時計が十二時を回るわ、そうしたらあなたとお別れよ……)
行くな!もう、俺から離れないでくれ!
そんな事を言ってもどうにもならない。でもそう思わずに入られなかった。
(ねぇ、最後にあなたの想いを聞かせてよ)
あいつの声が涙でかすむ。
「言わなくても……、わかるんだろ?」
(バカね、言葉が欲しいのよ……)
抱きしめる腕に力がこもる。
「マリーナ……、おまえが……大好きだ……」
泣き崩れるのを必死で耐える。
(私もよ、トラップ……。忘れないで、あなたをいつも見つめているわ……)
俺は何もいえなかった。例えこれがあいつの最後の詐欺だとしてもこのまま騙されて
いたかった。
(さよなら……、心から愛した人……)
「あぁ、さよならだ……」
俺たちは生涯で二度目のキスを交わし、そしてあいつは光となって少しずつ消えて
いった。この腕の中で……
……あんたは信じるかい?この聖なる夜の奇跡を。
信じるかどうかはあんたの勝手さ、俺だってこんな話されたら鼻で笑ってらぁ。
でも、もしあんたがこの奇跡を信じるなら、きっといつかあんたにも素敵な、何よ
りも素敵なプレゼントが届くさ。
今からサンタクロースに祈っときな、俺も一緒にそう祈るから……。