「ちょっと出かけてくるね」
「あぁ、気をつけてな」
おれとパステルは笑顔で言葉を交わした。
旅館でくつろいでいた朝。
パステルはいつものように机に向かい、おれは剣を砥いで、隣にはルーミィがいる。
机の上に原稿を置いたまま、パステルは立ちあがった。
「ぱーるぅ、どこいくんらぁ? ルーミィもいくおう!」
ルーミィは広告の裏に書いていた落書き―本人に言わせればれっきとした絵なんだろう―の手を休め、パステルをじっと見上げた。
「じゃあ…」
ルーミィを振りかえるパステルに慌てたのはおれだった。
「いや、いいよ、パステル。留守番してるからさ、行ってこいよ」
戸口まで行ったパステルを追いかけようとしたルーミィは、とたんに頬を膨らました。
「ルーミィ、ぱーるぅといっしょらおう。くりぇーといっしょになんかいないお!」
不機嫌さを隠そうともしないルーミィが少し羨ましかったが、今はそんなことを考えてる場合じゃないな。
「ルーミィ、ちょっといいか?」
おれはルーミィに片手をかけ、自分の方へと身を引き寄せた。
嫌がったのは言うまでもないが、ルーミィの力でなんとかなるようなものではなかった。
「やることあるだろ?」
そっとそのとがった耳に一言を告げた。
パステルに聞こえないように小声で。
ルーミィの瞳が驚いたように見開かれる。
「そうら! ぱーるぅ、ルーミィやうことがあるから、いっしょにいかないお。きをつけるお」
「そう? わかった。なら、行ってくるね。ルーミィよろしくね、クレイ」
「心配しなくて良いからさ、のんびりして来いよ」
「うん、そうするー。たぶん、お昼頃まで帰らないと思う」
軽く閉じた戸の向こうから、パステルの声だけが返ってきた。
ルーミィは戸が閉まると立ち上がって、トタトタと歩き出した。
行き先は、部屋の中からでも行ける隣の部屋。
そこにあるものを取りに行ったんだ。
「頑張れよ、ルーミィ」
戻ってきたルーミィは一つうなずくと、座り込んで自分の作業を開始した。
ときおり、おれに助けを求める視線を投げかけながら。
ルーミィの手の中にあるのは少々いびつな紙の花。
脇には色とりどりの紙。
針金に緑のテープを巻くのはおれがやって、その針金に緑の紙の葉っぱをつけていく。
ルーミィの手作りの花束。
それは、今日のパーティで贈られる、パステルへの誕生日プレゼントだった。
ルーミィにパステルへの誕生日プレゼントをどうしたらいいか聞かれて、思いついたのがこれだ。
ルーミィからのプレゼントなら、パステルもこういう方が気に入るだろう。
おれが花束を投げ渡したときのような…いや、たぶんもっと嬉しそうな顔を見せてくれるだろう。
「くりぇー」
だいぶ時間が経ってから、ルーミィはできあがった花と、葉をつけた茎を両手に持っておれを見上げていた。
「このあと、どうするんらぁ?」
「あぁ、これはな…」
おれは、少し難しいその作業を、丁寧にルーミィに教えた。
いきなりパステルが帰って来たら困るな、と思わないでもなかったけど隣の男部屋ではキットンとトラップが寝てる。
起きてルーミィをからかいでもしたら、機嫌をそこねて、今日中に完成させるのは無理になってしまうだろう。
昼までにはまだ時間があるし、パステルが旅館の玄関に戻ってきたときに急いで片付ければ気づかれることもないだろうしな。
「ぱーるぅ、よろこんでくえうおね?」
おれの手元を真剣に見ていたルーミィが、ぽつりとつぶやいた。
「喜ばないわけがないさ。ルーミィが一生懸命、作ったんだからな」
誰からの贈り物であっても、きっと彼女は嬉しそうに受け取るだろう。
特に、娘のようにかわいがってるルーミィの手作りとなればなおさらだ。
「ルーミィが作ってくれたの? うわぁ、すごい。ありがとね、ルーミィ。わたしにも作り方とか教えてくれる?」
パステルの驚きと喜びが、目に浮かぶようだ。
輝く笑顔を向けられるであろうルーミィが、少し羨ましかった。
さっきからルーミィを羨んでばかりだけど。
「くりぇーもらお!」
「ん?」
いきなりのルーミィの言葉に、意味がわからず聞き返した。
「これつくったの、ルーミィだけじゃないお。くりぇーもつくってくれたお。だあら、ぱーるぅもうれしいんらお」
「ほとんどルーミィが作ったじゃないか。ルーミィが作るから、パステルも嬉しいんだよ」
紙の花は1、2個作って見せただけで後はルーミィが作った。
葉っぱの形に紙を切るのは全部ルーミィがしたことだ。
茎はおれが作ったけど、ルーミィだって自分で作ろうと必死になっていた。
どうしても上手く巻くことができなくて、泣き出したときもあった。
それでも投げ出さずに今日のこの日まで頑張ってるのは他でもないルーミィだ。
「れも、くりぇーがてつらってくれたからつくれるんら。くりぇーがてつらってくれたっていったほうがぱーるぅもよろこぶおう」
おれが手伝ったって言った方がパステルが喜ぶ?
「なんでだ?」
疑問をそのまま口にしていた。
「しあなーい」
無邪気に答えたルーミィは、また作業の方へと専念しはじめた。
花と茎を繋ぐ作業におれも戻った。
パステルは花みたいだよな。
道端に咲いていても、思わず足を止めたくなるような。
可憐に咲いた花は、だれの目も惹きつける。
時に、手折りたくなるほどに。
おれは、なんだろう。
できることならこの茎のようになりたいな。
パステルの傍らで、パステルに元気を送りつづけられるように。
茎があるから花に養分が送れる。
花があるから次代へと命が引き継がれる。
茎のない花、花のない茎、どちらもおかしいだろう。
お互いに、欠かせない存在としてパステルの傍にいられたら。
なんて、な。
自分の想いに苦笑を浮かべた。
今はまだ、一人占めするつもりはない。
おれたちパーティにはまだまだ君が必要だし、幼いこの子にも母親が必要だろう。
「できたおう!!」
ルーミィの歓声に、いつの間にか花ができていたことを知った。
「花束にしないとな」
「うん」
ルーミィは手に余る白い包装紙と格闘しながら、時間をかけて花を一つにまとめた。
立て結びになった緩いリボンも、しわができた包装紙も、取れかかってるような花もすべてを君は愛しく思うのだろう。
今はまだ、君はここにいないとな。
今は、まだ。
「くりぇーはぱーるぅになにをわたすんら?」
嬉しそうにできあがった花束を振りまわしていたルーミィからのなにげない疑問。
ルーミィにとっては単なる好奇心だったんだろう。
が、おれにとっては…。
「きめてないんか?」
「いや、もう買ってあるさ」
おれが買ったのは、ハンドタオルと石鹸と歯ブラシとブラシと薬草チョコレート。
そんな日常的なこまごましたもの。
特別さを感じさせない普通のもの。
それが、今のおれが君に贈りたいものだから。
特別なものは、まだ君に贈れないから。
「ただいま〜」
おれが考え込んでいると、玄関からパステルの声が聞こえた。
「ルーミィ、それ、しまっとかないとな。おれはこっち持ってくから」
ルーミィもおれも慌てて散らばっていた紙くずやハサミを片付けた。
ルーミィがまだ隣の部屋にいる時にパステルが戸を開けた。
「ただいま。遅くなっちゃってごめんね。あれ、ルーミィは?」
着ていたコートを脱ぎながら、パステルはおれに聞いた。
「ここらおー」
おれが返事をする前に、ルーミィが戻ってきた。
「なにかあった?」
「うーうん」
「向こうに行くとトラップたちが起きちゃうかもしれないから、こっちにいようね」
「うん。ぱーるぅ、どこいってたんらぁ?」
パステルはすぐには原稿を再開する気がないみたいで、おれたちが座ってる方の机で話し出した。
「わたし? リタのところ。今日、パーティしてくれるっていうからそのことについて聞こうと思って」
「なんだ、そんなことだったのか? ならおれが行ったのに。主役が聞いてどうするんだよ」
「あはは。そうなんだけどね。リタともちょっと話したかったし。まだお客さん少なかったから」
「そっか。で、どうだって?」
「あのね…」
おれたちの話は、パステルが「明後日が〆切りなんだ!」と叫ぶまで続いた。
今はまだ、このままで。
END