彼女の場合


「ちょっと、あんた」
「わたしのことかしら?」
わたしに向けられた刺のある視線に、立ち止まった。
数日前からシルバーリーブに滞在してるわたしは、晴れ渡る青空に誘われるように一人でみすず旅館から出てきていた。
あてもなく歩いてるうちに村の裏手の人気のない場所に出て、戻ろうとしたら立ちふさがるように取り囲まれたっていうわけ。
「他に誰がいるっていうのよ」
全員、若い女の子で全部で4人。
容姿はそれぞれだけれど、にらみつける目つきで損してるわね。
本来はそれなりにかわいい子たちみたいなのに。
「なにかご用?」
これが聞くところの親衛隊ね。
そうだとすれば用件なんて聞くまでもないけど、一応は尋ねてみた。
「あんた、トラップのなに?」
「初対面の相手を『あんた』呼ばわりは良くないわ」
声をかけた女の子は、わたしの返事にちょっと気勢をそがれたように、後ろの子と二言、三言、囁きあった。
人に話し掛けておいて、その態度はどうなのかしら。
囁きあってる間に通過しようと足を踏み出した。
「待ちなさいよ」
「礼儀の一つも知らない人に答える義務はないわよね」
にっこり笑って、足を止めずにそれだけ言った。
「ちょっと」
慌てたようにわたしの腕を掴んで止めた。
こういう反応は予想外だったのかもしれない。
「だから、あなた、トラップとはどういう関係なの?」
わたしの腕を掴んだ子は、きょろきょろと残りの3人に視線をさまよわせつつ、考えながら言葉を繋いでいた。
さすがに「あんた」とは言わないようね。
「関係? それをどうしてあなたたちに教えないといけないの? そもそもあなたたちは誰でトラップとはどういう関係なのかしら。聞く前にあなたたちから話すべきだと思うのだけど間違ってる?」
「わ、わたしたちは」
「馬鹿! 相手のペースに乗せられてどうするのよ」
「でもさぁ」
宣戦布告の前に仲間同士でもっと話し合いをしておくべきだったわね。
お互いの顔を見合って、意味のあるようなないような言葉を繰り返していた。
「ちょっと待ってて」
わたしが先に進もうとする前にその一言を投げられたから、とりあえず大人しく待ってることにした。
パステルはこんな子たちに色々と言われてたってわけね。
疲れるのも無理はないわ。
今はクレイがいるから大丈夫でしょうけど、トラップの方はまだ活動中なのね。
クレイと恋仲になったパステルにまでおかしなことは言ってないみたいだけれど。
「わたしたちは、トラップの親衛隊なの」
話し合いが終わったようで、彼女たちの8つの瞳がわたしを見つめた。
「親衛隊、ね」
改めて聞くとおかしな感じがするけど、相手の4人は真剣そのものだった。
「トラップが好きってことなんだけど、抜け駆けできないように親衛隊として活動してるんだ」
「でも、抜け駆けできないんじゃ誰もトラップの恋人にはなれないのじゃないかしら」
そもそも親衛隊なんていう組織自体が不思議な感じがするのよね。
トラップと付き合いたいなら個別でアタックした方がいいのに。
「誰かのものになったら他のみんなが可哀想じゃない。クレイの親衛隊なんて解散してみんなしょげてるんだから」
「パステルがクレの恋人になったせいよ」
女の子たちは口々に文句を言い始めた。
パステルはまだ何か言われてるのかしら。
後で話を聞かないといけないわね。
「誰かが可哀想になるからトラップは恋人も作れないのね。一番可哀想なのってトラップじゃないかしらね」
トラップが親衛隊がいるからって本当に恋人を作ったりするのをためらうとは思わないけれど。
彼女の言う理屈は彼女たちの中では平等かもしれないけど、当のトラップとか親衛隊に入ってない人のことなんかこれっぽっちも考えてない。
「トラップは誰が好きとか言ってないし」
「誰か好きな人ができたら協力しちゃうかも」
「あんた、協力するとか言って抜け駆けする気じゃないの?」
「そんなことしないって」
わたしを置いて仲間同士で話し始めた。
好きっていっても真剣に好きなわけじゃないのかしらね。
そばにいて話せたらそれで満足してるみたい。
ファン心理とでも言うのかしら。
親衛隊に入ってない子に嫌がらせをするのは問題だけれど、それがなければたいして害にもならないのかもしれないわね。
「それで? わたしたちは答えたよ。あなたの返事も聞かせて」
いつの間にか4人ともがわたしの方を見ていた。
「そうね…。あいつに聞いた方が早いんじゃない?」
視線を彼女たちのさらに後方に送って、そう言った。
女の子たちも慌てて振り返る。
そこには雲一つない青空を背負って駆けてくるトラップがいた。
その姿を目にした女の子たちは黄色い声をあげたけど、すぐにそれも止んだ。
トラップの顔つきに気づいたからかもしれない。
「何してんだ!?」
珍しくすごみを帯びた声で怒鳴る。
わたしではなく、親衛隊の子たちに。
怯えたように4人は固まって、その中の一人の子がやっと声を絞り出した。
「…別に、なにも…」
「何でもないわ、トラップ。ちょっと話してただけよ」
わたしの前に立ったトラップに後ろから声を投げかけた。
「ほんとか?」
トラップはこちらを振り向きもしないで、疑わしげに女の子を見てる。
「ほんとよ」
再度、トラップに言った。
「ならいいけどな。こいつには変なこと言ったりすんなよ。パステルにしてたことなんかしやがったら承知しねーぞ」
「ごめんなさい…」
青ざめた顔の女の子たちはしおらしくトラップに謝った。
今までトラップが怒鳴ったことなんてなかったのかもしれないわね。
女の子たちはショックを隠しきれないみたいで、トラップを正面から見る人はいなかった。
ただ、一人の子はわたしに顔を向けた。
「よくわかった。あなたは、トラップの」
彼女の問いにわたしは頷いた。
「嫌がらせとかはもうしない方がいいわ。そんなことしてたら、あなたたちを大切に想う人にも逃げられちゃうわよ」
「みんなには、わたしたちから伝えておく」
「ありがとう。よろしくね」
「んじゃ、帰ろうぜ、マリーナ」
わたしたちの会話が切りあがったと同時に、トラップがわたしの腕を取った。
親衛隊の子たちに背を向けて、わたしとトラップは歩き出した。
「良かったの?」
「何がだよ」
「もうちやほやしてもらえなくなるわよ」
「別にいーんだよ。そろそろ、はっきりしなきゃいけねーと思ってたしな。おれには…」
「なに?」
「おれにはおめぇがいるから、他の女はもう必要ねーんだよ」
「親衛隊の子たちが間に合わせだったみたいじゃない。そういう言い方ってひどいと思うけど」
「普通は感激する場面じゃねーのかよ」
「ちゃんと全員に謝りに行きなさいよ。あんたのことだから気をもたせるようなこともしたんでしょうしね」
「ちぇ。信用ねーんでやんの。わぁったよ」
「でも、今日は」
互いの手を握る力が、少しだけ強くなった。
今日くらいは二人きりで、逢えなかった時間を埋めれるくらいの話をしたいわよね。
寝る間すら、惜しんで。
夜中まで、二人だけで。

END

5900HiTのげんたつさんのリクエスト、「FQ、マリーナ編」です。
マリーナVS親衛隊を書いてみたかったわけですが…。
マリーナだと受け流すか挑発するか、かなぁと思いまして、考えた結果、こうなりました。
少々書ききれなかったといいますか、マリーナがちょっと嫌な人になってるような気もします。
本当はもっと大人な対応をするんでしょうね。
久しぶりに書いたせいだと思うんですが、マリーナの一人称が書きにくかったです。
そろそろ三人称も書きたいですね。
5900HiT、おめでとうございます!


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