敵わない相手


どこに行ってもクレイはもてる。
冒険先で女の子がいればたいがいはクレイを見て顔を赤くするし、シルバーリーブでは言うまでもなく親衛隊までいる。
女の子たちはきゃーきゃー言ってて騒がしいけど、まだいい。
クレイはわかってないし、クレイに優しくされてもそれですぐに特別だって思っちゃうような子は少ない。
たまに泣かれてるときはあるみたいだけど。
クレイってほんと、鈍感すぎるんだよね。
女の子たちの気持ちをもっと真面目に考えればいいのに。
クレイのことはもちろん嫌いじゃないし、それどころかしっかり好感を持ってる。
だけど、そういう場面について聞かされるとちょっとムッとするんだよね。
いくら悪気がないとはいえ、泣かせてるのは事実なんだもん。
悪気がないからいいってものじゃないし、なおさら性質が悪いとも言える。
わたしがでしゃばって言うことでもないけど、一度ビシッと言った方がいいかも。
わたしもクレイからは何度も助言を受けてるんだし、大きなお世話かもしれないけど、クレイのためにも、女の子たちのためにもその方がいいんじゃないかな。
あれ?
違う違う。
それもいいけど、今考えたいのはそんなことじゃないんだってば。
女の子にやたらと好かれるクレイはまだいいとして、問題はマダムキラーの方。
ほんとにどうしてクレイってこんなにもてるんだろうねっていうくらい奥様方にもクレイは大人気。
もちろん旦那さんがいるわけだからして、女の子たちみたいに本気になるわけじゃない、と思う。
だけど、そのエネルギーたるや女の子たちでは足元にも及びませんって勢いがある。
わたしたちみんながいてもクレイ一人にずんずん迫って、その手をしっかりと握って、目なんかキラキラさせちゃって。
クレイが太刀打ちできるはずもないけど、わたしもノルもキットンも、トラップまでもが敵わない。
ぐいぐいクレイをひっぱってっちゃったりする人もいる。
なんていうか、口をあんぐり開けて見てるしかないって状態。
べたべたクレイに触ったりするし、こっちがびっくりするくらい積極的。
クレイの困った声にやっと我に返って、なんとか引き離すんだけどね。
それでも、クレイ本人はよくわかってないんだ。
「あんたいい男ねぇ」って言われて擦り寄られたからって今さらクレイが何か思うわけもないんだけどさ。
怖いって思ってるくらいなんだろうなぁ。
なんか失礼ではあるんだけどわかる気はする。
んで、マダムキラーの何に困ってるかっていうと。
女の子たちっていうのは、たいていパーティで一緒にいるわたしに敵意を向けてくる。
わたしがクレイのガールフレンドなんじゃないかっていうようにね。
けど、おば様方はわたしなんてどこ吹く風。
クレイがわたしみたいな小娘を相手にするわけないってはじめっから決め付けてる。
おばさんたちよりはわたしの方がクレイの年齢に近いんだけどな。
いやいや、そんなことはいいんだ。
ともかく、わたしなんて眼中にない。
だから、遠慮もなにもあったものじゃないし、敵意を向けなくていい分、クレイ一人に集中できるっていうわけ。
もちろんクレイ本人がきっちり丁寧に断ってるからして、それで諦めてくれる人も多い。
けど、それくらいじゃ諦めない人もいるわけで。
「クレイさん、いらっしゃる?」
なーんて、やれ犬の散歩に一緒にいってくださらないだの、娘が悩んでるみたいだの、あげくの果てにはこの洋服どうかしら? だって。
なんていうかたくましいよね。うん、ほんと。
感心してる場合じゃないんだけどさ。
そんで人のいいクレイがまたまたちゃんと対応したりする。
おばさんさらに図に乗る。
…なんかさ、学ぼうよ、クレイ。
女の子たちで懲りてるんじゃないのかな。
わかってないってことは懲りてもいないのかもしれないけど。
ずかずか部屋にまで来られるとさすがに不愉快に思う。
女の子たちだってここまではしなかったのに。
また毎日くるんだよね、これが。
キンキン声には食傷気味だし、いい加減イライラしてくる。
クレイだけが悪いってわけじゃないし、嫌ならわたしから文句を言ってもいいのを言いもしないでクレイを責めるのは間違ってるかもしれないけど。
「クレイ。あの人にここに来ないようにもう一回、言ってくれない?」
「言ってはいるんだけどな」
トラップもキットンもルーミィたちも彼女にはおかんむり。
すでにクレイにしっかり文句を言ってるし、彼女が来るころの時間になるとクレイは男部屋から追い出されてるみたい。
ルーミィとシロちゃんは今はノルのとこに行ってる。
わたしも一緒に行きたいんだけど、原稿があるから出かけることもできない。
そんなわけで、みんなから文句を言われたクレイはちゃんと彼女に来ないように言ったらしいんだ。
いや、はじめて彼女が部屋に訪ねてきたときもクレイはきちんと言っていた。
「おれだけの部屋じゃないですから、用事があるならおかみさんにおれを呼んでもらってください」って。
けどなぁ、あのおばさんは人の話をまともに聞いてないみたいなんだよね。
クレイの話でさえも。
自分のことをだーっとしゃべってすっきりしたら帰っていくの。
クレイじゃなくてもいいんじゃない!? とか思っちゃうくらいに。
で、いくらクレイが言っても聞きはしない。
わたしたちが言ったところで聞く耳をもつはずもない。
クレイもほとほと困ってるんだよね。
一度なんかは「おれの方から彼女のところに出向こうか」なんてことを言ってた。
けど、そこまでさせるのって酷だよね。
クレイだって好きで付き合ってるわけじゃないんだしさ。
一応、ちゃんと言うべきことは言ってるんだし。
「クレイもさ、バイトとかで疲れてるんだし、きっぱり断った方がいいんじゃない? はっきり言わないと通じないと思うよ」
「そうだな」
普通のお誘いはもうクレイも断ってる。
だから、連れ立って外に行ったりはしない。
代わりに部屋に来られちゃ何にもならないんだけどね。
おばさんも連れ出せないことが分かってるから、部屋まで来るんだろうけど。
「ごめんな、迷惑かけて」
「ううん。もう来ないでくれるならそれでいいよ」
「来ないでくれるといいけどな」
「そんな弱気なこと言ってるから駄目なんだよ。はっきり言わなきゃ」
「だな。どう言えば通じるんだろうな」
「う〜ん」
わたしも思わずうなってしまう。
あの人にわからせるのってかなり難しそうなんだよね。
クレイも難しい顔して考え込んじゃってる。
「とにかく、きちんと言ってみるよ。これ以上パステルたちに迷惑もかけれないしさ」
「うん、よろしくね」
そんな会話をした数分の後に、あのおばさんはやってきた。

軽やかなノックの音がしたかと思うと、返事をする間もなく戸が開けられる。
「良かったわ、いらしたのね。クレイさん」
はずむような声音が耳に響く。
クレイのバイトの終わる時間、しっかりチェックしてるんでしょうに。
「あの、今日はおれから話があるんですけど」
「あら、そうなの? あのね、もうすぐ母の日でしょう? で、クレイさんもお母様に何かプレゼントしたいんじゃないかって思ったの。それでよければ相談に乗ろうかしらなんて思いついたのよ」
…クレイの話は聞いてないよね、やっぱり。
「お気持ちはありがたいんですけど、それはまた別のときにお願いします」
ってだから、何で別の日ってことになるわけ?
クレイってほんとに…。
「プレゼントは送るの? それとも直接渡すのかしら。送るのだったら早めの方がいと思うわよ」
「はい。で、ですね。聞いてもらいたいんですけど」
「えぇ、何がいいかよね。そうねぇ、クレイさんのお母様のお年頃ならアクセサリーなんてどうかしら」
聞きたくはないんだよ。
聞きたくはないけどさぁ。嫌でも耳に入ってくる。
隣の部屋にでも行った方がましだろうけど、どうせ隣に行ったってどうなってるか気になって原稿どころじゃなくなるんだ。
今日はクレイもはっきり断るって言ってたし、しっかり見届けないとね。
「聞いてください!」
クレイがちょっと大きめの声を出した。
さすがにおばさんも「なんだなんだ?」って顔してる。
「なぁに?」
けど、すぐに表情を和らげて息子の言葉に耳を傾ける優しげなお母さんっぽくなってる。
わ、わかってるのかな、ほんとに。
「この部屋には来ないでもらいたいんです。ここには他の奴らもいますし、みんなはそれぞれに他のことをしたいわけですから、ここで話してると迷惑になるんです」
「あら、ごめんなさい。ご迷惑だったのね」
悲しげな顔をしてそんなことを言われたクレイが「はい」と言えるはずもないけど、クレイからの返事を期待しての言葉ではなかったみたい。
「なら、これからはわたくしの家に来てくださらない?」
なんて言い出すんだから。
「い、いえ。そういうわけには」
クレイも慌てちゃってる。
そりゃそうだよね。さらに状況が悪くなるだけだもん。
「どうして?」
「おれも何かと忙しいんです」
「来れるときだけでいいわよ」
「でも、人の家に上がりこむのは失礼になりますから」
「気にすることないわ。娘にも紹介したかったし、ちょうどいいわ。娘も年頃だし、クレイさんみたいな方とお近づきになれたら娘も喜びますわ」
「でもですね」
「そうしましょう。ね」
にっこり笑いかけちゃったりなんかして。
クレイは心底困り顔。
なんかさ、なんか。
「あのですねっ!」
あちゃーとは自分でも思った。
だけど、勝手に口が動いちゃったんだな。
んで、ついでに立ち上がっちゃったりして。
「クレイはさっきから断ってるじゃないですか。ちょっとくらい人の話も聞いてください。クレイはあなたとはお会いできないって言ってるんです。お家にも行きません! クレイもクレイだよ。はっきり断るって言ってたのに! もっとちゃんと言ってよね」
おばさんに言った後はクレイにまで食って掛かった。
「ごめん、パステル」
わたしの勢いにびっくりしつつもクレイは謝った。
で、おばさんはと言うと。
「あらあら」
なんて驚いてるんだか、驚いてないんだかわかんない口調だ。
「まぁまぁ、そういうことだったのね」
手を一つ叩いたかと思うと、ものすごーく楽しそうな顔になった。
「あなた、クレイさんがお好きなのね!?」
「はぁ!?」
かなりの年齢差がある人に対して失礼な言葉だったかもしれない。
だけど、このときはそんなことを考えるゆとりはなかった。
「まぁ、やっぱり!! ごめんなさいね、クレイさんに娘を紹介したいっていうのを誤解させてしまったのね。いえね、何もクレイさんをお婿さんにしようっていうんじゃなかったのよ。娘が気に入ってくれたらまたそういう話にもしたかったのだけれど。なにせクレイさんって素敵でしょう? あら、今さら言わなくったってあなたならわかってらっしゃるわね」
わたしは「はぁ!?」って言ったんであって「はぁ」と肯定したわけじゃないんですよって口をはさむゆとりなんてありゃしない。
「お二人はもう恋人同士になってらっしゃるの? もしかしてまだあなたの片想いだったかしら。それならクレイさんの前でするお話じゃなかったわね。ごめんなさいね、わたしったらついつい大きな声で。でも、あなたならかわいらしいし、クレイさんとお似合いよ。クレイさんもそう思わないこと?」
「はぁ…」
わたしに勢いで押されたときとは勢いが違ったらしい。
クレイはまともな言葉も口にできないって感じ。
「クレイさんもこの方がお好きだったのね! あら、わたしったら恋のキューピッドになったのかしら。お礼なんていいのよ。わたしったらお邪魔ね。ごめんなさい、気が利かなくて。そうよね、若いお二人は二人だけの時間を過ごしたいわよね。クレイさん、しばらくは来ませんわ。野暮なことはしたくありませんもの。お元気でいらしてね。では、わたしはこれで。ごめんあそばせ」
わたしの名前は覚えてないんだろうなぁなんていうどうでもいいことを思いながら、おばさんの後姿を見送った。
静寂が訪れた部屋でわたしとクレイはしばらく固まっていた。
「…とりあえず、しばらくは来ないって」
数分も過ぎたんじゃないかと思うころになってようやくそれだけ言えた。
「そうだな」
「良かったよね」
「そうだよな」
「すごい勢いだったね」
「あぁ」
いつもだってかなりのものなんだけど、さっきは我が意を得たり!! っていうのがピッタリとくるくらいにすごかった。
女の人っていくつになっても人の恋路に興味があるのかも。
「結局、パステルに言ってもらっちゃったな」
クレイが疲れたように笑った。
「悪いな、どうもおれって断るのが苦手でさ」
「いいけどね。クレイらしいし。でも、もうちょっとしっかりしてくれた方が助かるよ」
「パステルに言われるなんてな」
クレイに笑われてわたしが怒って。
いつの間にか当たり前の会話をしていた。
おばさんの言ったことを間に受けなかったクレイにほっとしつつ、なんとなく残念に思いながら。

翌日。
原稿の〆切について聞きに行こうとみすず旅館を出ると、印刷所の近くに人だかりができていた。
なんだろう?
気にはなったものの、とりあえず用事が先、と横を通り過ぎようとしたら。
「パステルじゃない!」
「ちょうど良かったわ。詳しくお話、聞かせてもらえる?」
腕をがっちりつかまれた。
「クレイを射止めるなんてすごいわね。いい男を捕まえる秘訣なんて聞きたいわ」
「あら、あなたにはもう旦那さんがいらっしゃるじゃない」
「娘のためよ、娘のため」
「クレイさん、ほらほら、パステルさんよ」
あれよあれよという間に取り囲まれて、人ごみの中心へと押しやられた。
「クレイ!」
「パステル」
中心に情けない顔のクレイ。
わたしとクレイが名前を呼び合っただけできゃーきゃー言い始める周囲。
わたしたちは大勢のおばさんに囲まれていた。
「どーなってるの?」
「おれとパステルが付き合い始めたとか、噂になってるらしくてさ」
「なんでー!?」
「ほら、昨日のあの人がしゃべったんじゃないかと思うんだけど」
みんなには詳細ははぶいて、おばさんがしばらくは来ないだろうことを言っておいた。
問題を先延ばしにしただけかもしれないけど、とりあえず解決して良かった良かったと言っていた昨日が思い出される。
誤解されたままでも別にいいよね、なんて思ってた昨日のわたしに今の状況を見せたい。
おばさんたちの情報網を甘く見たわたしたちの完敗だった。
「おめでとう」とか「お似合いよ」とか、果ては「子供は何人くらい予定してるの?」とか。
もみくちゃにされながらそんな言葉が耳に入ってくる。
おばさんたちって人を祝福するのが好きなのかもしれないけど、これって祝福なんだろうか。
クレイが女の子にもてるのはいい。
それはいいんだけど、マダムキラーの方はやっぱりなんとかしてもらいたい。
腕と髪を引っ張られながら、そんなことを思うのだった。
「誤解だなんて言えそうもないな」
頼りないクレイの言葉に、あいまいな笑顔を返した。
誤解だって言えないってことはどうなるんだろう。
期待と不安が入り混じりつつ、おばさんたちの間では現実よりも先に、しっかりと事実として認識されてしまったようだ。


END







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