「これからもずっと、おれの誕生日を祝ってもらえたら嬉しいんだけどな」
去年の誕生日に、決意を込めて告げた言葉は、
「うん!」
深い意味を理解されないままに、満面の笑顔でうなずかれてしまった。
だけど、それでも良かったのかもしれない。
今はまだ、このままでも。
「クレイ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、ノル」
朝一番に出会ったノルは、そう声をかけてくれた。
まだ、他のメンバーは眠っている時間帯。
年に一度だけ迎えることができる日に、子供っぽく興奮したわけでもないだろうけど、いつもより早い時間に目が覚めた。
「いい一年になるといいな」
「そう願うよ」
ノルににっこり笑って、寝床へと戻っていった。
馬たちの世話でもしに行くんだろう。
「たんじょーび、おめでとうらお」
「おめでとさんデシ」
庭で体を動かしてから、部屋に戻ろうとしたところでルーミィとシロと遭遇した。
「ありがとな」
片膝をついて、ルーミィたちと目線を合わせた。
「今日はクレイしゃんのお祝いデシね」
「ごちそういっぱいたべられるんら。ぱーるぅがけーきをやくんらって」
「きっとうまいぞ。楽しみだな」
てんでに返事をしたルーミィとシロは、そのまま階段を駆け下りていった。
パステルも起きているのかと、ドアをノックしようとしたら、その隣のドアが開いた。
「うるせぇなぁ…」
頭をかきながら顔を出したのは、相変わらず寝起きの悪いトラップだ。
「ルーミィたちはもう起きてるんだから、お前も起きたらどうだ」
「まだねみーって。起すなよ」
「わかってるよ」
バタンッと多少乱暴に閉じられたドアが、すぐさま開いた。
「誕生日おめでとう、クレイちゃん」
両手を合わせて、体をくねらせながら祝われた。
「もういいから、寝ろ」
「クレイちゃん、冷たい」
寝ぼけてるのかふざけてるのか、トラップはそれだけ言うと、再びドアを閉じた。
それでも、トラップから素直に「おめでとう」なんて言葉が聞けるとは思ってなかった。
今年はこれが最初で最後だろうと思っていると、今度は部屋の中から叫び声が聞こえた。
「どうした!?」
状況はだいたい推察できるものの、叫び声が聞こえるとつい過剰反応してしまうのは、冒険者の性なのだろう。
ドアを開け放って部屋に踏み込むと、案の定、トラップに潰されたキットンの悲鳴だった。
隣近所にも十分聞こえただろう声を上げた本人は、だけどまだ眠っていた。
「重いですよぉ…」
「寝心地わりぃな…」
そんなことを、寝言で言い続ける二人を引き剥がして、別々のベッドに寝かせる。
これでしばらくは静かになっているだろう。
部屋を出ると、階下からおれを呼ぶおかみさんの声が聞こえた。
猪鹿亭までの届け物を頼まれて、朝食を食べに行くついでだからと引き受ける。
「今日が誕生日だったね。おめでとう」
旅館から出る前に、おかみさんからもお祝いの言葉を聞くことができた。
「ありがとうございます」
「すっかり大人っぽくなったね。おめでとう」
いつもはおかみさんの陰に隠れてしまっているような旦那さんも、厨房から顔を覗かせた。
「ありがとうございます」
お礼を繰り返すと、二人ともにこやかな笑顔で送り出してくれた。
猪鹿亭では、リタとルタが開口一番、「いらっしゃいませ」よりも先に「誕生日おめでとう」と自然な笑顔をこぼした。
リタの大きな声に、次々と祝福の言葉が上がる。
中には、オーシやバイト先の店長までいて、胴間声が店内を揺るがせた。
気恥ずかしさがないと言えば嘘になるけど、店中で祝ってもらえるのは素直に嬉しかった。
顔を上気させながら、ノルたちのいるテーブルへと急ぐ。
「良かったな」
「くりぇー、すごいねー」
「わんわん」
食事を終えて猪鹿亭を出るときにも、顔見知りが祝福をしてくれた。
ルーミィとシロを公園で遊ばせるというノルたちと別れて、みすず旅館に戻ると、玄関先でキットンに会った。
「おはようございます」
「おはよう、キットン。トラップは?」
「まだ寝てますよ。何やら大きな声で寝言を言ってましてね、そのせいで起されたんですよ」
どちらかといえばその被害者になるのが多いのはトラップの方だけど、今日はキットンだったようだ。
「今日は七時からでしたよね?」
「あぁ。忙しいのに悪いな」
キットンはここのところ、ずっと根を詰めて薬草を調合していた。
おれの誕生日祝いのために、作業が遅れるのは申し訳がない。
「いえ、いいんですよ。あれはもう終わりましたから。後でまた寝ておきます」
「それまでにトラップを起しておくよ」
「お願いします。今年は不幸を返上できるといいですね」
「そうだな」
「誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう」
キットンが作っていた薬が「不幸を直す」薬で、おれへのプレゼントだったことを知るのは、もう少し後のことだ。
その薬の効き目については、また別の話になる。
「おはよう、クレイ。ルーミィがどこにいるか知ってる?」
「おはよう、パステル。ルーミィならノルが公園に連れて行ったよ」
朝から会いに行こうとしていたつもりだったのに、結局一番最後になってしまった。
パステルの部屋を尋ねると、当然のようにパステルはそこにいた。
「それなら良かった」
だいたいそんなところだろうとは思っていたようで、大きな反応を見せることはなかった。
いつの間にか、ルーミィがいなくても必要以上の心配はしなくなったんだな。
おれが誕生日を迎えるのも、もう片手では足りないほどだ。
積み重ねてきた年月を思う。
共に過ごした日々が駆け巡る。
後どのくらい、この時間が続くだろう。
寂しさを寄り添わせてそれを考えるとき、パステルへの想いと、この時間を大切にしていたい思いが均等になるような気がする。
パステルへの気持ちがいい加減なわけじゃない。
だけど、今のみんなとのかけがえのない時間も、おれにとってはとても大切なものだ。
恋愛感情が、全ての感情を上回るとは限らない。
仲間たちや、村の人々とのふれあい。
他愛のない当たり前の日常。
そんなものも、特別な想いに負けることはないから。
おれの行動で、パーティを壊してしまうようなことはしたくなかった。
断ったことを気に病んだパステルが、この村から去ってしまうようなことも避けたい。
パステルにとっても、この村も、村の人たちも、とても大切なものだと思うから。
だから、今はまだこのままでいい。
「お祝い楽しみにしててね」
「あぁ、ケーキを焼いてくれるんだってな」
「うん。誕生日おめでとう、クレイ」
「ありがとう」
今はまだ、向けられる笑顔が特別なものでなくていいから。
「これからもずっと、おれの誕生日を祝ってもらえたら嬉しいんだけどな」
この一言だけを、毎年君に贈ろう。
いつか君が気づくまで。
END
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