ほろ苦く、ほの甘く

 あなたが好き。
 誰よりも好き。

 …だから、言えない。


「クレイ、待ってよぉ〜」
「クレイ様〜」
「キャー、クレイ様ぁ」
 朝からクレイは追いかけ回されてる。もちろん、親衛隊の女の子たちから。
 シルバーリーフにいる間は、いつも誰かが近くにいる感じだけど、今日は特別 すごいみたいだね。さすがはバレンタインデー、だよね。
 嫌がらせされたりもするから、彼女たちのこと、あんまり好きにはなれないけ れど。でも、彼女たちがクレイを好き、って気持ちは本当。たまたま近くにいた だけのわたしが羨ましく思われて、しまいに邪魔だと思われるっていうのは、考 えようによっては仕方ないことでもある。
 それに…
 正直な話、彼女たちって、少し…羨ましい。
 自分の気持ち、はっきり伝えられる勇気が。好きな人に「好き」って言えるこ とが。
 今のわたしには、絶対できないから。

「おーおー、クレイちゃんってばもてもてで大変ですねぇ」
 トラップが、親衛隊に捕まって身動きが取れなくなったクレイを指差して、ニ ヤリとした。
「何言ってるの?あんただってマリーナに見られたら大変でしょ」
 わたしはトラップをジロリ、と睨んだ。トラップも、クレイと同じぐらいたく さんの親衛隊の子に追いかけられてたはず、なのに。
「あー?俺はもういいんだ、マリーナ以外の奴からモノは一切貰わないって言っ たからな」
 トラップ、心持ち顔が赤い。
「ふぅーん、トラップもやる時はやるんだね」
 わたしがからかい混じりに言うと、彼は一気に真っ赤に染まった。
「…るせぇ」
 ぽつん、と呟く言葉は、そっと優しかった。

 女の子は、今日どうするのだろう。
 勇気を出すのか、出せないのか。


 クレイは、今日ずっとわたしたちと別行動していた。
 と、いうよりは。親衛隊の女の子たちに連れて行かれた、っていうのが正解かも しれない。
 親衛隊の子によると『クレイ様を囲んでお茶会を開く』とみんなで決めていたか ら、とのことだっだんだけど。肝心のクレイがそのことを知らされたのが今日。そ して、問答無用で彼は連れて行かれた。
 本当はトラップの親衛隊と一緒に、『クレイ様&トラップ様を囲んで』お茶会を やりたかったらしいけど、トラップが猛反対したので断念したらしかった。

 わたしは、みんなのために用意しておいたチョコレートを渡した。
「ありがとう」
 みんなからは、暖かいお礼の言葉があった。
 でも…
 本当に受け取って欲しい人は、ここにはいないの。
 わたしの思いに気づいて欲しいひとは、ここにいない。

 甘いチョコレートの、甘い香りがいろんな場所で漂ってる。
 でも、今日のわたしには、香りが甘く感じられない。 
 どうしても、切なくなる。

 そして、夜が来る。

 今年も渡せなかった、チョコ。
 今年も伝えられなかった、気持ち。
 わたしの机に置いてある、クレイへの想い。

「―ふう」
 軽く溜息。それから、大きく伸びをして。
 わたしはまた、ぼんやりと机の上の箱を見ていた。
 昨日頑張ったラッピングも、苦労して作った中身も、受け取ってもらえないなら 空しいだけ。
 もう、このチョコ、食べちゃおうかな…
「パステル?」
 不意に部屋をノックして、呼びかける声。
「は、はい。な、なぁに?クレイ」
 動揺をごまかしつつ、返事をしてから扉を開けると、クレイの笑顔。
「良かった、まだ起きてたんだな。ちょっといい?」
「え?う、うん」
 わたしは部屋に彼を招き入れ、手近な椅子をすすめた。
「何か用事?」
 ベッドに腰掛けながら、わたしは尋ねる。
「あー…うん。あの、さ…」
 クレイ、どうしたんだろう。はっきりしなくて、落ち着いてない。
 視線を泳がせてるし…

 ……いけない!
 クレイの瞳、今チョコの前で止まっちゃった!

「パステル…これ、チョコレート?」
「……そう」
 彼の問いに、仕方なくわたしは答える。
「誰に渡すつもりだったの?」
「別に…クレイに、だよ」
「え!?」
 自分の名前を出されたから、クレイ、戸惑ってる。
「いつもお世話になってます、ってことでね」
 わたしが微笑みながら付け足すと、クレイの戸惑いは、苦笑に変わった。
「そうか。ならパステル、このチョコ今俺にくれる?」
「え?」

 今度はわたしが戸惑う番。
「だってクレイ、今日たくさんもらってたんでしょ?わたしのなんていらないじゃ ない」
「いや、パステルのだから欲しいんだ」
 あまりにもクレイの言葉が、意外だったから。
 わたしは変な誤解しそう。
「わたしのだから、って…どういう、意味?」
 尋ねてみると、クレイは困ったような顔をした。
 それから、真剣な眼差しになって。
「―こういう、意味」

 立ち上がったクレイの手が伸びて、わたしをぐいっと引き寄せた。
 彼の腕に捕えられて、身動きができない。苦しいけど、なぜか幸せで。
 このまま、こうしていたいって思う自分がいた。 
   

 どくん、どくん。心臓が高鳴って。
 顔から火が出そうなぐらい、恥ずかしくて。
 でも、暖かかった。


「ちゃんと言ってくれなきゃ、わかんないよ…」
 クレイに抱き締められたまま、わたしは抗議の声をあげた。
「そうか」
 クレイはぼそっと頷いて、わたしの瞳をじっと見つめた。
「パステル、俺は……」

 クレイの言葉は暖かくて、わたしは嬉しくて涙が出た。



   あなたが好き。
 誰よりも好き。

 …だから、わたしも伝えたい。
 ちゃんと、自分の言葉で言いたい。


 チョコよりも甘い、あなたへの気持ち。


                 ’終わり



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