ほどかれた想い
ホワイトデーの特設コーナーとは別の場所から、あるものを手に取った。
料金を払って、店を後にする。
困らせないといいけどな。
そんなことを思いながら。
一ヶ月前のバレンタインに、あいにくおれはパステルからチョコレートをもらえなかった。
パステルはそういうイベントに興味がないのか、今までももらったことはなかったけれど。
ホワイトデーはバレンタインデーにチョコレートをもらった人が気持ちを返す日だけど、ただ好きだっていう気持ちを込めて贈り物をしても悪くはないよな。
物だけか、気持ちも伝えるのか。
さんざん迷った末に、気持ちも一緒に贈ることに決めていた。
3月14日に、本来の意味とは少しだけ違ったホワイトデーをパステルと一緒に過ごしたい。
「こないだ買い物に行きたいって言ってただろ? これから行かないか?」
「付き合ってくれるの? ありがとう」
ホワイトデーの朝にパステルを買い物へと誘った。
買い物の内容はいつもと変わらない他愛のない物ばかりだ。
それでも、パステルと一緒に過ごせるのならそれでいい。
ルーミィたちはノルとキットンに任せて、二人で旅館から出た。
「今日は何を買うんだ?」
「んーとね。干し肉でしょ、カンパンでしょ、薬草チョコに、バンソウコウに、洗顔クリームも買っといた方がいいかな。コップもそろそろ替えたいんだけど、全員分となるとね」
指折り数えていたパステルが苦笑をおれに向けた。
「そうだな。ま、でも使えるうちは使っとこうぜ」
「うん。ちょっと欠けてるのくらいしょうがないもんね」
クエストに持っていく簡素な食器の類はずいぶん古びてきていた。
決定的に壊れてはいないものの、欠けたり汚れたりしていないものはない。
一瞬たじろぐほどの汚れがないわけでもないけど、だからってそう買えるものでもないんだよな。
「安いお店を探してもいい?」
「もちろん」
そんなに数もない店の値段はだいたい把握しているとはいえ、たまに特価だとかセールだとかしてるから一応全部回った方がいいもんな。
大きくない村とはいえ、いろんな店を訪れるのは大変だけど、パーティの財政難を考えれば自然とそうなっていった。
「いつも悪いな」
「買出しはノルとかもクレイもしてくれるから、そんなに大変じゃないよ。今日もクレイが付き合ってくれるんだし」
キットンとトラップには財布を持たせたくないとかで、パステルが二人に買出しを頼むことはない。
金銭面に関しては信用がない二人は、いつもパステルに文句を言ってるけど、自業自得なんだから、パステルが聞く耳をもつはずがない。
今はトラップはエベリンに行っていてどのみちいなかったけれど。
店を回るのにかかる時間は普段と変わらないけど、パステルが横にいるだけでずいぶんと短く感じる。
「だいぶ軽くなっちゃった」
財布を振りつつ眉を寄せるパステル。
ごめんな。おれたちがふがいないばっかりに。
心の中でパステルに詫びた。
「必要なものなんだからしょうがないさ。次のクエストでは金が入ると良いんだけどな」
「クエストにもいつ行けるだろうね」
「だよなぁ」
まずはそこから考えないといけないことに情けなくなりつつ、旅館へと戻りはじめる。
「おれがもうちょっとしっかりしてればな。こんな苦労をかけなくて済んだかもな」
心の中のもやもやを言葉にして外に出した。
「そんなことないよ。クレイって一番レベル高いじゃない。クレイだけが強くったって我がパーティの財政は変わらないもん」
「そうかな」
「わたしたちの方が置いてかれないようにしないと」
少し寂しそうにパステルが微笑んだ。
「ごめん。そういう意味じゃなかったんだけど」
「ううん」
いくらリーダーだからっておれだけが変わったってどうしようもないよな。
おれができることなんてたかが知れてるんだから、一人でパーティを背負った気になるのは止めようと以前も思ったはずなのに。
「足を引っ張ってるとか思わないでくれよ」
「うん。だいじょぶ。これでも頑張ってるんだから」
明るく笑うパステルに、ほっと胸をなでおろした。
「そうだよな。クロスボウの命中率も結構あがってきたしな」
「でしょ? わたしが構えてもみんな伏せなくなったし」
「あはは。悪かったよ」
パステルがクロスボウを構えるたびにみんなが地面に伏せていたのは、今はもう思い出の中だけにあるできごとだ。
「懐かしいな」
「そだね」
「次はショートソードか?」
「うーん。もうちょっとクロスボウが当たるようになったらね」
小説を書く合間に、練習に励むパステルの姿はまだしばらくは見られそうだな。
「あんまり無理するなよ」
「大丈夫だよ。ルーミィと遊んでたりもしてるし」
「ならいいけどさ。あ、ちょっと待っててくれるか」
パステルの返事を耳にしながら右手にある店に駆け寄った。
しばらくしてから外に出ると、パステルは店の脇に立っていた。
いきなり置いていかれてちょっとふくれていたパステルに、小さな花束を渡す。
「こういうの、好きだろ?」
「うん。けど、いいの?」
「頑張ってるパステルにな」
「えへへ。ありがとう」
花束に顔を寄せたパステルが歩き出す。
「荷物、平気か?」
「だいじょーぶ。転んだりしないって。クレイの荷物の方が重いんだし」
「ならいいけどな。前、向いてろよ」
「クレイってばすぐ子供扱いするんだから」
「そんなんじゃないけどさ」
実際に心配してるっていうよりは、何となく声をかけたくなるんだよな。
おれを見てもらいたいのかもな。
そんなことに思い至ると、顔が赤くなるけど。
「もうすぐだね」
ようやく旅館が見えてきた。
「もう昼飯は食べてるだろうな」
「そだね」
今はもう昼過ぎだから、キットンたちは猪鹿亭かもしれない。
「荷物置いたら、おれらも行くか」
「うん。ルーミィじゃないけど、お腹ぺっこぺこ」
「おれも」
互いに苦笑いしながら、旅館の扉をくぐった。
「おかえり」
「ただいま。あ、おかみさん。花瓶を貸してもらえますか?」
おかみさんと挨拶しながら、パステルが尋ねる。
「先に荷物を置いておいで。出しておくから」
「ありがとうございます」
おれと一緒に二階にあがったパステルは、荷物を置くとすぐに下に降りていった。
おれが止める間もなく、花束を抱えて。
おかみさん、忙しいと良いけどな。
バタバタと騒がしい足音が聞こえてくる。
きっと、もうすぐ戸が開けられる。
赤い顔をしたパステルが入ってくるだろう。
花束の中に入れられた小さな箱と、カードを握り締めて。
君は、どんな返事をくれるだろう。
「好きだ」と書かれた、そのカードの言葉に。
END