「あれ?」
こういうときのパステルのそのつぶやきが何を意味するのかは、たぶんパーティメンバーなら誰でもすぐにわかるだろう。
だけど今日は、そのことについて怒ったり呆れたりする奴らはいなかった。
おれとパステルの二人しかいなかったから。
「どうした?」
はじめから決め付けてしまうのもパステルに悪いからと、尋ねてみたけれど、おれの見上げるパステルの泣き出しそうな顔に、確信がより深まるだけだった。
「ご、ごめん。クレイ」
「いや、いいよ。今の場所はわかるか?」
「それが…」
表情を変えることなく、パステルはおずおずと地図を差し出して、説明し始めた。
「ここがシルバーリーブでしょ。で、この道を通って、こう来たはずなんだ。目的地はここでしょ。だから、ここから左に曲がって、坂を上がって、まっすぐ行けばいいはずだったんだけど」
パステルの指が、地図をなぞって動いていく。
「どこまで覚えてる?」
「えっと」
しばらく考えてから、シルバーリーブからさほど離れていない地点を指差した。
「そうだな。ここの二又の木はおれも覚えてる。とりあえず、戻るか」
「うん!」
しょげていたパステルは、おれがうながすと、とたんに元気な声を出した。
だけどそれは、無理をしてのものだろう。
落ち込めば慰められる。
失敗した自分が悪いのに、相手に気を遣わせる。
そういう状況は、パステルの望むものではないだろうから。
でも、空元気が本当になるなら、それでもいいのかもしれない。
罪悪感も自己嫌悪も、それはそれで必要なもので、それを外に出さないこともまた、必要になることではあるだろうから。
泣いて謝罪を繰り返すよりも、一言謝って、すぐにやり直しができた方がいいから。
そうしながら、くすぶる自分の気持ちと折り合いをつけていく。
素直であることはいいことだと思うし、素直なパステルが泣いたり笑ったりするのを見るのは好きだけれど、こうして少しずつ大人になることも必要なんだよな。
大人になっても持ち続けてもらいたい「子どもっぽさ」は、慰めてもらうための涙ではないから。
パステルはおれとたわいのない話をしながら、それでもしっかりと地図と道を見定めて、来た道を並んで戻った。
「あ、ここだ!」
さっきパステルが覚えていると言った道にたどり着くよりもずいぶん早く、パステルは歓喜の声をあげた。
「ちょっと待ってね」と断ってから、念入りに場所の確認をする。
「うん。やっぱりそうだ」
確信を持ったパステルが、
「こっちだよ」
と別の道を指差した。
おれが地図を確認することもなく、そろってまた歩き出した。
少しだけ硬かったパステル表情が、柔らかいものへと戻っていた。
それでも、両手に持った地図に視線を落とすときは、真剣な顔をしていたけど。
「着いた」
迷ったのは一度だけで、パステルとおれは目的地に到着した。
「着いたよ、クレイ。ここだよね?」
「そうだな。ここだ」
少し開けたその場所には、真ん中に大きな木が立っていた。
「大きな木だね」
「ノルみたいだな」
「ほんと」
木を見上げれば、葉のない枝の隙間から青空が見える。
歩き続けて疲れた体を、おれは木の根元に横たえた。
パステルもおれの横に寝転がる。
「ありがとう、クレイ。付き合ってくれて」
「おれで役に立てるなら、いつでも言ってくれよ」
「うん」
方向音痴を克服したいとパステルが言い出したのは、少し前のことだった。
クロスボウの命中率もかなり上がって、自信がついたのかもしれない。
努力すれば、苦手なことも克服できる自信。
シルバーリーブの村の端から見えるその大木のところまで、道を良く知る人を探して、地図を書いてもらったのはパステルだ。
だけど、さすがにモンスターが出るかもしれない場所に一人で行かせるわけにもいかないから、おれが同行を申し出た。
「クレイに頼もうと思ってたんだ」と言われたときは嬉しかったな。
単に暇そうだと思っただけかもしれないけど、頼られてるみたいに思えたから。
「クレイは、いつでもわたしを信用してくれるよね」
柔らかな日差しを全身に浴びているパステルが、そんなことを言い出した。
横を向くと、パステルは目を閉じていた。
「信用してるからな」
「今日も、口を出さないでいてくれたでしょ。迷ったときも何も言わなかった。ほんとはね、泣きそうだったんだ。はじめから上手く行くわけがないんだから、迷ってもしょうがないんだって思ってたはずなんだけど、でも実際に迷ってみると、せっかくついて来てもらってるのにって情けなくなって」
「うん」
そんなものだろうな、とおれも思う。
自己嫌悪は、おれもよく知る感情だった。
「だけど、クレイはいつもと変わらなかった。いつも通りにわたしを見てた。怒るのでも、慰めるのでもなくて。『おれはパステルについて行くだけだから』って顔に出てた。そういう信頼っていうのかな、何があっても受け止めてくれる、みたいな態度を取ってくれたから、すごく気持ちが楽になって、頑張れた」
「そっか」
「だから、ありがとう」
改めてお礼を言われて、おれは何も言えなくなった。
こんな風に自分の気持ちを素直に言ってくれるなんて、思ってなかったから。
「…おれも、ありがとうだな」
パステルが目を開けておれを見た。
はしばみ色の瞳と目が合って、少し照れたけど笑顔で見つめ返した。
「そうやって言ってくれるとさ、おれでも役に立てたんだって思えるからな。判断が間違ってなかったって」
ささやかではあっても、それは自分への自信になるから。
何かにつけて自信が持てないおれにとっては、それは貴重なことだった。
「そうだね。クレイは間違えなかったよ。わたしにとっては最高の付き添いだった」
「帰りも信用してるよ」
「ありがとう」
ほんとはいつでもパステルに構いたい気持ちはある。
だけど、構いすぎるのはパステルのためにならないと思うから、気持ちを抑えることも多い。
他のやつらが構っていても、見守ってるだけのこともある。
パステルが少し遠く感じて、不安に思うこともあるけど、そうするべきだと思うから。
そういうところを、誰よりもパステル自身が気付いてくれたのは嬉しかった。
パステルさえ気がついてくれるのなら、これからもその立ち位置にいることができる。
不安に駆られながらも、それがおれにとっては正しい選択だと思えるから。
「パステル」
名前を呼んで体を起こした。
呼ばれたパステルも手を突いて体を起こす。
「これ、パステルに。ホワイトデーだからさ」
見た瞬間にパステルに似合うと思ったものだった。
それなりの値段はしたけど、無理をしなくても買える額ではあったから、迷わずに購入した。
「ありがとう!」
いそいそと包みを開けるパステルが、嬉しそうに顔をほころばせながらそれをつけてくれた。
「似合うかな」
「想像以上だ。良く似合うよ」
自分でも驚くほどすんなりと、そんな言葉が口をついて出ていた。
恥ずかしそうに顔を染めるパステルに、おれの顔も赤くなった。
「持ってきてくれてて良かった」
「なにを?」
「ホワイトデーのプレゼント。バレンタインに贈ったら、きっとクレイはホワイトデーに返してくれると思ったんだ。義理でもね。だから、ここに来るのを今日にしたの。二人きりのときに、もらえたら嬉しいなと思って」
「おれも、二人きりのときに渡したいと思ったんだ」
その姿を、おれが一番はじめに見たかったからっていうのもあるけど、それだけじゃない。
思わせぶりな言い方は止めよう。
今日、伝えようと決めていたんだから。
「パステル、おれは…」
END
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