頑張るキミへ。


 あのね。
 これって、私の精一杯の、気持ち、だからね。
 だから。

 どうか、誤解なんて、しないでね。

     *

エベリンから久々に遊びに来てくれた、マリーナと。いつの間にか意気投合して、とっても仲良くなっていたリタと。そして、私は。
毎度お馴染み『猪鹿亭』の2階、リタの部屋でお喋りに没頭していた。
そして、いつの間にか、話の内容は私とクレイの付き合いについて、となり。
私は仕方なく、彼との交際についてふたりに明かす羽目となってしまった。

「ええぇぇぇ!? クレイったら、まだパステルの手も握ってないのおぉぉ?」
「ちょっと、それマジで!!」
……そ、そんなに驚かないでよぉ。
でも、それは事実で。いくら奥手な私としても、ほんの──かなり、寂しいことではあるのだ。
だから思わず、ふたりに愚痴ってしまったのだけど。
「それはダメよ! 健全な少年少女のお付き合いとしては、完全に間違ってるわ!」
マリーナが主張し。
「マリーナの言うとおり! そんな不自然なのはダメよ!」
リタも声高らかに宣言すると。
「……こうなったら、マリーナ、是非彼を脅かしてやりましょ!」
「え?」
「日頃パステルをあんまり大事にしてないからよ! ちゃんと教育してあげないと!」
「………そうね! それがいいわ!」
ふたりで納得しあったまま、いきなり何かの計画を練り始めてしまった。

「……。で、どうしてこうなるのよぉ!」
「まあまあ、パステル」
「そうよ、落ち着いてね。たまにはこういう格好でもして、パステルもアピールしないとダメってことよ!『ちゃんと構ってくれないと、私だって寂しくなっちゃうんだからね』ってことで」
リタたちがそっと、小声で私をたしなめようとするのを。私はじろり、と睨みつけてしまった。
これがどうして、落ち着いていられるのだろう。
結局、私はマリーナとリタに、強引に連れ出された。着いたのは、普段はトラップやキットンぐらいしか立ち寄ることのない、お店。ギャンブルに興じる人たち、陽気に飲み明かす人たちが、たくさん。しかも、変装までさせられて。普段は絶対に着ることのない、体型丸わかりの服。
うう、誰も見ないでぇ!
「ほら、パステル、周りの男どもの視線が痛いぐらいじゃない」
「ホントだわ、ウフフ」
同じくイメチェンしたリタとマリーナ。そりゃ二人には、派手な服も似合ってるし。
化粧したって、上手く自分のものにできてるから。
周りに座ってる男の人たちだって、真剣に眺めてるでしょうけどね。
でも、私を自分たちと一緒にしないでもらいたい。
普段ルーミィの世話や、パーティの苦しい家計の遣り繰りや、貴重な収入源である原稿の締切りに追われてる、生活感丸出しの私には。魅力なんて、これっぽっちもない。

───それに。
今ここには、クレイがいない。
こんな格好、彼が目にしたら途端に顔を真っ赤にして。
「帰るぞ!」
ひとことだけ言って、強引に私を連れ去ってくれるだろう。
その態度は、もしかしたら二人には子供っぽく思われて。
きっと二人は、物足りないだの何だのと言い出し始めるに違いないから。
でも。
私はそんなクレイが、好きなんだ。
手を握って欲しいとか、もっと彼に近付きたいとか、そんなことより。
クレイと一緒にいたいんだ。
───もう、イヤだ。
こんな場所も、この雰囲気も、どうしても自分には合わない。
そう思ったので、テーブルにある適当なグラスを手に取り。
「私これ飲んだら帰るから!」
言うが早いか、一気に飲み干した。
「「あっ!!」」
リタたちの声が、制止を訴えていたような、気がしたが。
時、既に遅し。

……ゆっくり、ゆっくり。
私は意識を手放した。

       *

 あのさ。
 これって、俺にはどうしても、わからないんだ。
 だけど。

 どうか、誤解でないように、祈るよ。

     *

俺がバイトから帰ってきたとき。部屋は静かで、明るい声が響かなかった。
「あれ? パステルは」
「マリーナと出かけましたよ。リタの家じゃないですか?」
キットンが、分厚い本を手にしたまま答えてくれた。
ノルはバイトに行ってるし、トラップは……高いびき、か。ルーミィも、シロと一緒に遊びに行ったみたいだな。
家の中は静かに、眠っているかのような、時の流れ。パステルが、いるといないとでは大違いなんだと改めて思う。
そんなとき。
「ただいまー」
声がした。どうやら、マリーナみたいだ。
「お帰り、マリーナ」
「あら、クレイ帰ってたのね」
笑顔で答えてくれるマリーナは、最近また綺麗になったと思う。
……トラップとの付き合いは、順調なんだろうな、って。昨日パステルが言ってたひとことを、不意に思い出した。
「クレイこそ、バイトだったんでしょ? お疲れ様」
「ああ、ありがとう……ところで、パステルは?」
マリーナに尋ねると。途端に彼女の表情が変わった。
「……」
無言で目を伏せる、その表情には見覚えがある。
そう、マリーナが昔からする。俺やトラップへの、謝罪のときと同じ。
「何があったんだよ?」
俺は彼女を問い詰めた。
すると。
「……。ごめんね、クレイ」
心底済まなさそうに、言ってから。ちらりと横に目線を動かした、彼女の視線の先には。
苦虫を噛み潰したような表情の、トラップに支えられた。
真っ赤な顔のパステルの、姿があった。

完全に酔い潰れたパステルを部屋に運び入れると、トラップとマリーナは静かに扉を閉じて出て行った。後に残されたのは、俺だけ。
「全くもう……」
溜息を大きくついて、俺は眠るパステルを眺めた。
普段なら絶対にしない、派手な衣装と薄化粧。こんな姿を、他の男が見ていたのかと思うと、やや……もとい、かなり腹立たしい。
彼女がこんな姿を好むとは思えないので、マリーナたちに付き合わされただけなのだろうと考えた。実際、先程のマリーナの態度から、間違いないと思えるし。
後で、しっかり問い詰めてやろうと思いつつ。トラップが珍しく「ま、こいつも悪気はなかったんだろうし、勘弁してやれ」と彼女を庇う発言をしていたので、奴に免じてこれ以上は……、という気持ちにもなったのだが。

やはり、むっとしてしまう自分がいた。
「……あんまり、心配かけないでくれよな」
そっと手を伸ばして、酔いのために上気したままの頬に触れる。うっすら酒や煙草の匂いが沁みついている髪。きっと意識を取り戻したら、彼女は眉をひそめるだろうと思う。
それでもパステルの、肌の柔らかさは変わらないから。
「水でも持ってきておくか」
呟いてから、部屋を一度出ようとして。

「ちょっと、クレイ!」
常ならぬ、彼女の。
恐ろしいほどに鋭い声が、俺を呼び止めた。
振り返ると。
そこには、さっきまで酔い潰れていたはずのパステルが、しっかりとベッドの上に立ち上がっていた。しかも、いわゆる仁王立ち。
いつもの優しげな瞳の色ではなく、鋭い光は、尖ったナイフのようで。
俺は知らず、冷や汗をかいた。
「パステル、起きたのか」
俺は笑顔で話しかけると。途端に彼女は、その表情をくちゃくちゃに歪めて。
「何よ何よ、それぇ! もう……信じられなあいぃ」
大粒の涙を、両方の瞳からぼろぼろこぼして。ベッドの上にぺたん、と崩れて泣き始めてしまった。
「パ、パステル!?」
慌てて俺が近付くと、キッ!と俺を一瞥して。
「ひどいじゃないクレイ!」
涙を両の目にたっぷりと溜め込んだまま、強い口調でわめき始めた。
「……は?」
「そりゃ私だって、別にこんな格好したかったわけじゃないもん! マリーナたちがたまにはイメチェンだ、これぐらいすればクレイだっていい加減あんたの魅力を少しは意識して、手ぐらい握るでしょ、って言うんだもん! 私だって、似合わないのなんてわかってるつもりだもん!」
「え、ええ?」
突然の話に、目を白黒させてしまう俺。するとパステルは、何故か勢いづいて。
「でもでも、たまーにこんな格好してるのに、お世辞にでも『似合う』とかそういうの全く言ってくれないんだもん! どうせ私なんて、家計簿抱えて苦しんでるとことか、締切り間際に徹夜で目の下にクマできてるとか、そういう女としての魅力全くないとこしかないんだから、こんなの似合わないってわかってるわよ! でも、これでも頑張ったつもりなんだから、少しぐらいお世辞のひとつでも欲しかったのにぃ……」
パステルは、一気にまくし立ててから。感極まったのか、両手で顔を覆って、また泣き出してしまった。
「……」
どうすりゃいいんだ……。
俺はただ、彼女の話を聞くしかできない、自分の無力さに嘆息した。

……今は完全に、目が据わってる、パステルさんは。
どうやら俺に、常日頃から思っている不満があって。それをリタたちに言ったようだ。
一応付き合いだした状態の、俺たちの関係が、そのままであることを。彼女たちは『好し』とみなしてくれなかったようなのだが。
はっきりいって……それは、余計なお世話でしかない。
そりゃ俺だって、一応男なんだし、何もずっとこのままでいいなんて思ってるわけじゃなくて。色んなことは、これからいくらでも……あ、ち、違う!
と、ともかく。今はまだ、そんな時期じゃないと思っていただけだったから。
何よりも、少女のような可愛らしい心を今も持ち続けているパステルに、そんな真似はできなかった……んだけど、な。
彼女としては、そんな俺の扱いが不満だったようで。
結局───こうなってしまったようだ。
(……)
俺は考えた結果。よし、と自分を奮い立たせて。
未だしくしくと泣いている、パステルの細い両肩を、そっと抱き寄せた。

泣いているパステルが、びくっと震えて。緊張が走ったのがわかる。
普段絶対に着ない、大人っぽいドレス姿のため。薄い布地を通して、彼女の体温さえも感じ取れるようで、俺の心臓の鼓動が大きく響くのを自覚した。
「ごめんな」
俺はただ、ひとことだけを言って。パステルの背中をとん、とん、とあやすように叩く。
パステルはただ、俺にされるがまま。じっと大人しくしていた。
さらり、と彼女の金茶色の髪が流れて。白くて細い首筋がちらりと覗く。
そのとき、俺の中の何かが、俺を後押しして。
俺は彼女の顎に手をかけ、持ち上げ───ようとしたら。

どさ。

急に彼女が、俺の方に寄りかかってきた。
「へ!?」
慌てて抱き起こすと……。
パステルは、しっかりと熟睡していた。
静かに寝息を立てて、先程までの険しさもすっかりなりを潜めて。
普段俺が見ている、彼女の姿そのままだった。
「………」
俺はただ、そんな彼女を見つめる。
───そりゃないよ……。
何だか、ものすごく。遠回しに責められているような、気がした。

       *

 あのね。
 私の気持ち、伝わった?

 あのさ。
 俺の気持ち、わかってる?

       *

すっきりと目覚めた朝。
自分の見慣れない姿に、一気に血の気が引いた。
(わ、私ったら……!)
こんな格好、クレイに見られたりしたら。
怖くて、慌てて着替えると。朝食の準備のために、急いで台所へ向かった。

「あ、おはよ」

そこにいきなり、エプロン姿のクレイ。
「!お、おはよ……って、クレイ今日食事当番じゃないじゃない!」
私は慌てて、自分のエプロンを手に取る。
「いいよ、あと私がやるから」
そう言って、彼の隣に立つ。すると。
「じゃ、ふたりで作ろうか」
「へ?」
突拍子もない提案。つい間抜けな声で返答してしまって。
「ダメか?」
クレイの、大変珍しい提案に。一気に顔が真っ赤になったのを、自覚しつつも。
「う、うん! じゃ、じゃあ私、サラダ作るから!」
火照る頬の熱さを忘れようと、私は慌てて野菜を取りに貯蔵庫へ向かった。



……逃げられた。
ふと頭に浮かぶ、そんな言葉。

何となく、早く目が覚めたので。
たまにはパステルをゆっくり休ませてあげようかと、朝食の準備を始める。
サラダと卵と……あとはどうしようか?
メニューの思案なんてしていたら、彼女がしっかり起きてきた。
普段着のパステルに、ほっとしてしまう。やっぱり俺が好きなのは、こっちなわけで。
かといって。
昨日のような姿が、似合わなかったわけじゃないのだけど。

「パステル」
ふと思い立って。
俺は野菜を手際よく切り終えた彼女に、声をかけた。
「なあに?」
普段どおり、優しい瞳は朝の光にも負けないほどに綺麗で。
俺はそんな彼女の表情を、目を細めて眺めてから。彼女に尋ねてみた。
「今日さ、原稿とか急ぐものある?」
「ううん、特にはないけど」
静かに首を振る彼女に。俺はにっこりと、微笑みかけて。
「なら、今日出かけよう」
「え?」
「たまにはいいだろ、ふたりだけっていうのも」

途端に彼女の表情が、明るくなり。飛び切りの笑顔で頷いてくれて。
やっぱり今の俺たちには、まだこれでいいのだと確信して。
それでも。
……昨日の彼女の涙には。
いつか応えてあげるべきなのか、と頭の片隅で、俺は悩んだ。

   (終)





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