「おはよう、クレイ」
「おはよう」
おれの朝は、君の笑顔と共に始まる。
カーテンが開けられた窓から、まぶしいほどの光が室内に入ってくる。
それでも同室の二人が起きる気配はない。
「ほんと、二人とも寝起きが悪いよね」
ため息をつきながらそんな二人を見るパステルが、実は嬉しそうだということをおれはすでに知っていた。
「待ってるね」
それだけ言って部屋から出て行くパステル。
おれは戸が閉められると同時に服を着替え始めた。
「行くか」
戸を開けると、すぐ横でパステルが待っている。
「うん」
おかみさんに挨拶をして、おれたちはそろって外へと歩き出した。
下ろした髪をなびかせて、パステルはおれの隣を歩いていた。
普段は縛られているパステルの髪が下ろされているのを見て、大人っぽくなるんだな、と思ったのはパステルを意識し始めてからのことだった。
それをパステルに告げてからは、二人で出かけるときはたいていパステルは髪を縛らなくなった。
「今日はなんだ?」
「ついてからのお楽しみ!」
向かう先は旅館からそう遠くない公園。
早朝のせいもあってから市場の方はともかく、この辺は人通りも少ない。
おれたちはいつもそこで朝食を食べていた。
きっかけは毎日の食事代も馬鹿にならないと嘆くパステルの言葉だった。
いくら猪鹿亭が安いといっても三度三度では食費もかさむ。
手作りの方が安いんじゃないかと提案して、それなら旅館の台所を借りて二人分作ってみるとパステルが請け負った。
その次の日から公園での朝食が半ば日課となっていた。
二人だけなのは他の奴らと食べる時間帯が違うのも理由の一つではあるけれど、要は二人だけの時間を過ごしたいというだけのことだ。
その割りには甘い雰囲気というのには縁のないおれたちだったけれど、すがすがしい陽気の中で食べるパステルの手料理は格別だった。
「いつもありがとな。たまにはおれが作ろうか?」
「いいってば。クレイってば二日に一回はそう言うんだから」
「けどなぁ、毎朝パステルばっかり早く起きてるのも悪いしさ」
「わたしが締め切り近いときはクレイが作ってくれるじゃない」
「でもそれって月に一度あるかないかだろ?」
「何日か続けて作ってくれることもあるでしょ」
「そうだけどさぁ」
食べ終わると早々に口を開く。
この時間が終わってしまうことを惜しむかのように。
話してるからって旅館に戻らないわけじゃないけど、みんながいるときよりも二人でいるときに話したい話もたくさんあった。
後片付けを終えて、しばらく話した後にどちらからともなく立ち上がる。
「帰ろう」
そう言ってパステルが手を差し出した。
その手をしっかりと握って、荷物はおれが持ってのんびりと歩き始めた。
パステルの柔らかくて温かい手が心地よい。
自分の手が変に汗ばんだりしていないかと妙に気にかかる。
そのうち、パステルが繋いだ手を前後に揺らし始めた。
自然と交わされる視線によって笑顔が広がっていく。
ささいなことは、すでに気にならなくなってた。
「「ただいま」」
合わされた声に答えるのはノルとおかみさんだけだった。
大抵は二人が出迎えてくれる。
ノルは一仕事を終え、他はまだ誰も起きていない。
こんな時間に戻って来れるからこそ、おれたちも二人だけの時間を過ごせるんだけどさ。
「クレイ」
弁当を洗い物を終えたところでパステルから声がかかる。
「今日は負けないからな」
「頑張ってね」
「んじゃ」
「「じゃんけん…」」
パステルがチョキでおれがグーだった。
「やった!」
「あぁーあ。負けちゃった」
「ここのところはおれが負け続きだったからな」
パステルに悪いかな、とも思ったけど、こみあげてくる笑みを隠すことはできなかった。
「しょーがないか。ルーミィたちよろしくね」
「あぁ。そっちもな」
毎朝、おれたちが帰ってきて片付けを終えてからの一仕事はいまだ寝てる奴らを起こすことだ。
はじめは二人で両方の部屋を回ってトラップたちもルーミィたちも起こしてたんだけど、それだと遅くなるってことで二人で分担することにした。
で、当然寝起きの悪いトラップたちを起こすのはパステルもおれも嫌だったから、毎日ジャンケンをしてるんだよな。
三人と一匹を起こして、猪鹿亭へと追い立てるとようやく一仕事の終了だ。
「今日は原稿?」
「うーん、どうだろう。まだ余裕があるから乗らなかったらルーミィたちと遊ぶかも」
「遊べるときは遊んでやらないとな」
「そだね。クレイは今日は遅くなる?」
「いや、いつも通りだと思うよ。こないだみたいなことがあったら遅くなるだろうけどさ」
「そっか。倉庫の整理もできるといいね」
「だな」
おれは武器屋でバイトをしてるんだけど、このあいだは閉店間際に特殊な剣を探しに来たお客さんのために倉庫をひっくり返していたせいで帰りが随分と遅くなったんだよな。
倉庫の整理がされてなかったせいもあるけど、日中は武器を磨いたり、店の掃除をしたりで倉庫までは手が回らない。
また同じようなことがある可能性は低くないわけだし、倉庫の整理もしたいんだけどな。
おれよりも呑気な店のご主人は「そのうち、そのうち」と繰り返すばかりだ。
あの時はパステルに心配をかけて、結局、店まで様子を見に来させてしまった。
ノルが一緒だったから心配はないけど、それでも夜に出歩くのは危険だしな。
こんなときに遅くなることを伝えられる手段があったらいいんだけど。
支度を済ませて、玄関へと向かう。
「気をつけてね」
「あぁ。遅くなるようだったら夕食は先に食べてていいからな」
「うん。早く帰って来れるといいね」
「そうだな。パステルも原稿書くなら息抜きもしろよ」
「わかってるよ」
「それじゃ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
ちらっと玄関から素通しの食堂を見やるとちょうど誰もいない。
軽く手を振るパステルの頬にすばやく唇を寄せた。
「クレイ!」
触れた頬に手をやって、真っ赤になるパステルを照れくさくも嬉しく見つめて、文句を言われる前に扉を開けた。
赤くなりつつも、最後には笑顔を見せてくれたパステルに手を振って扉を閉める。
今日も頑張らないとな。
バイト先での仕事や、次のクエストへと頭を切り替えて、仕事先へと向かった。
「クレイ! こっちこっち!」
仕事を終えていつものように旅館ではなく猪鹿亭へとたどり着くと、さっそくパステルからの声がかかった。
キットンとルーミィも同じテーブルを囲んでいる。
「トラップは?」
ノルはいつもおれより遅くなるから、もうしばらくしたら来るんだろうと思ったけど、いるはずのトラップがいなかった。
「先に食べ終わってどっか行っちゃった」
「おおかた旅館で寝てるかギャンブルでもしに行ったんでしょう」
見ると、キットンとルーミィの前にある料理も少し手がつけられていた。
おれたちは特に待ち合わせをしてるわけじゃないから、来た人から順に注文して食べていく。
パステルとおれは別だけど。
食べ終わったら旅館に戻るなり各自好きに行動していた。
「そうか。おれはミケドリアの串焼き」
注文を取りに来たリタに聞かれる前に注文を告げた。
「パステルはどうする?」
「わたしは二グルの網焼き」
そんな会話を交わすうちにノルも猪鹿亭に入ってきた。
雑談に花を咲かせつつ、次々に運ばれてくる料理もそれぞれに堪能する。
「のりゅ、こえあげう」
ルーミィがフォークにつきさした野菜をノルの方に向けた。
「ダメでしょ、ルーミィ。自分で食べなきゃ」
「そうだぞ。好き嫌いしてると大きくなれないぞ」
パステルやおれに言うと叱られることがわかってるのか、ノルにこっそり話し掛けたルーミィだったがおれたちからもしっかり見えていた。
「らっておいしくないんらもん」
膨れるルーミィの手からフォークをとり、自分の皿のソースをつけてルーミィに返すノル。
そんなささいな変化に興味を示し、ノルにうながされるままに野菜を口に運んだルーミィは、少し顔をしかめながらもきちんと食べていた。
おれたちみたいに叱るだけじゃ駄目だな。
パステルと顔を合わせて、ノルの機転に感心する。
先に帰ったキットンをテーブルから見送って、食べ終わったおれたちは四人全員で旅館へと戻った。
キットンを除いた全員が風呂に入り、それぞれが好きなことをしていた。
明るいところでも寝られるトラップは早々にベッドに入り、キットンはその傍らで薬草をせんじていた。
おれはパステルたちの部屋で剣を研ぎ、パステルは遊び疲れて船をこぎ出したルーミィをベッドに寝かせている。
「シロちゃんも寝る?」
「はいデシ」
シロもルーミィの隣に横になり、一人と一匹は並んで目を閉じた。
「おやすみ」
「おやすみなさいデシ」
すでに寝息を立てはじめたルーミィの頭をなでて、パステルは再び原稿へと向かった。
シロの寝息が規則正しいものになるまで、声もなく、音だけが部屋に響いていた。
「今日はどうしてた?」
「朝は原稿がはかどったから、お昼からルーミィたちと公園に行ったよ。あ、あのね、公園に来てた子たちとルーミィたちが仲良くなくなってて、かくれんぼとか鬼ごっことかしてたんだよ。今まではほとんどシロちゃんと二人だったからすごく楽しそうでね…」
「今日はいわくつきの剣が入荷されてさ。ご主人が興味本位で買ったらしいけど、早速興味を持つ人がいて…」
いつの間にかお互いの手は止まり、話し声と共に夜がふけていった。
就寝の挨拶を交わすのは、まだもう少し先のこと。
明日もまた、同じような一日が繰り返されるだろう。
変わりばえのない日々は、何よりも大切な時間。
これから先、何が変わったとしても、君が隣にいる、その事実だけは変わらないでほしい。
自然と近づく距離も、その照れた微笑も、おれだけの特権。
END
15100HiTの斎木瑞穂さんのリクエストの「クレパスの夫婦っぷりなラブラブ!!」です。
夫婦っぽいクレパスというと、いつもいつもいつも所帯じみたクレパスしか書いていなかったので、新婚ほやほやっぷりのらぶらぶクレパスを書こう! と思い立ったはいいですが実現できたかというと…個人的にはこんならぶらぶカップルがいてパーティが成立するのか、と思うくらいにはらぶらぶかなぁ、と思うのですがいかがでしょうか。新婚さんってどんなのだろうと頭を悩ませながら、それでもそこそこスムーズに書けました。
大変遅くなりましたが、15100HiTおめでとうございます!!
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