小さなサンタクロース


「あんた、歩きながら寝てるんじゃないでしょうね」
「…ねてねーって」
ものすごく寝ぼけた声でトラップは返事を返してきた。
この分だと先が思いやられるわね。
わたしは内心でこっそりと…なんて謙虚なことはしないで、聞こえるようにはっきりとため息をついてやった。
「ぐー」
わざとらしい寝息が降ってくる。
こいつのためにクリスマスにシルバーリーブまで来たなんて、我ながら信じられないわ。
「ほら、まずは小麦粉よ、小麦粉。どこに行けばあるの?」
「知らねーよ、んなこと。…痛っ!!」
やる気のかけらもないトラップの足を思いっきり踏んでやった。
「なにすんだよ。いってーなぁ」
「もうちょっとしゃんとしなさいよ」
「おめー、どんどん母ちゃんに似てくるよな。女らしさとか、しとやかさってのとは一生無縁だな」
「誉め言葉だと思っておくわ」
クリスマスの前日にシルバーリーブに着いたわたしは、パステルたちからの熱烈な歓迎を受けた。
ちょうど仕事もないし、一度来てみたかったから。
そんな理由が疑われることもなく、わたしはパステルたちがパーティメンバーで開く今日のクリスマスパーティに参加することになった。
クリスマスや年末年始でなにかと洋服が入用なこの時期に、本当は暇なんてことはなかったんだけれど。
クリスマスが近づくにつれ、街中に増えはじめたイルミネーションとカップルの数に、なんとなく会いたくなったのよね。
思い立ったら即実行とばかりに出てきたはいいけど、こいつ相手にクリスマスをどう過ごせるのかしら。
パステルたちが朝からパーティの準備に追われてるっていうのに、いつまで起きてこないトラップを叩き起こして、パステルに頼まれた買い物に連れ出したんだけど、半分寝てる上に、髪は適当で見るに耐えない。
何かを期待してたわけじゃないけれど、気を使われなさ過ぎるのも、どうなのかしら。
だいたい、こいつはわたしを異性だと思ってないところがあるのよね。
長く一緒にいすぎた弊害ね。
とりあえず、今日を一緒に過ごせれれば良いのだけど。
そう思って見上げたトラップは、完全に目を閉じていた。
「起きなさいって言ってるでしょう!」
ほんと、先が思いやられるわ…。

「これで全部ね」
「なんでおれが付き合わなきゃいけねーんだよ」
「いつまで言ってるのよ。あんたが手伝いもしないからじゃない」
「キットンも寝てたじゃねーか」
「夜遅くまで薬草を煎じてたんですってよ。誰かさんみたいに、早く寝て遅く起きてるわけじゃないの」
いつもみたいに言い合いばっかりしていてもしょうがないけれど、意識しないと止められない。
打てば響くようなこいつとのやり取りは楽しいけど、そろそろ切り出さないといけないわね。
「この辺りも光るのね」
公園に立つ何本もの木にはイルミネーションが取り付けられている。
今はまだ、木に巻きついているだけで光ってはいないライトの連なりを指差した。
「そうかもな」
「気のない返事」
「普段よりましなもんが食えるってだけの日だろ。明かりなんか興味ねーよ」
ロマンと対極の位置にいるわよね、こいつは。
昔は綺麗だって夜に三人で街中を歩き回ったりもしたのに。
乱れてもいない呼吸を整えて、トラップをじっと見上げた。
「夜に一緒に外を歩かない?」
「おれと?」
「えぇ。駄目かしら」
「パステルと一緒に行きゃいいじゃねーか」
「パステルはクレイと一緒でしょう」
「あー。んじゃ、ノルはどうだ」
「そんなに嫌なの?」
「嫌ってわけじゃねーけどよ」
「何か行けない理由でもあるの? もしかして、約束がある?」
「夜にか? 別になんもねーよ。けどなぁ」
わたしの意図に気がついて、警戒してるのかしら。
それとも、わたしと一緒にいるところを見られたくない人でもいるのかしらね。
何を言われても驚かない覚悟を決めてから、口を開いた。
「何よ。はっきり言ってちょうだい」
「寒いだろ」
「寒いでしょうね。それで?」
「だから、寒いだろ」
「…それだけ?」
「だってよぉ。今だって十分寒いぜ。夜んなったらもっと冷え込むだろ。風邪でも引いたらどうすんだよ」
「いつからあんたは虚弱体質になったのよ」
他意はないのよね、たぶん。
こいつはこういう奴よ。えぇ、そう。よく知ってることだわ。
本格的に自信がなくなってくるけどね。
「寒いなら着込めばいいでしょう? わたしの店で買った服が暖かくないとは言わせないわよ」
わたしが言葉を重ねると、トラップは少し考えてからわたしを見た。
「しょーがねーなぁ」
「しょうがないとは何よ」と、突っかかりたいのをぐっとこらえる。
少しくらいは我慢もしなきゃね。
たまには下手に出るのも悪くはないわ。
「エベリンの方がよっぽどゴテゴテ光ってるだろうに、女っていくつになってもこういうのが好きだよな」
「いいでしょ、別に」
「ま、いいけどな」
トラップは手近にあったイルミネーションを指で軽くはじいた。

「パステルの手料理、おいしいわね」
「まいーなのりょういもおいしいおう!」
「これもーらい!」
「おい! それはおれのだ!」
「クレイ、こっちにもあるよ」
「その皿を取ってもらえますか?」
「ルーミィしゃん、ボクは食べられないデシよ。でも、ありがとさんデシ」
「シロ、食事は終わってるのか」
「はいデシ」
豪華ではないけど、素朴でかわいらしい飾りつけがされた旅館の室内で、わたしたちは思い思いに料理をとって、話に花を咲かせた。
クエストでの失敗談をするたびにパステルが怒ったり、クレイが青くなったり、キットンがお説教をはじめた。
わたしが古着屋でのエピソードや詐欺の仕事について話すと、みんなが興味深そうに身を乗り出してくる。
今日はずっと起きてサンタを待ってるというルーミィをからかうトラップを、シロちゃんとノルがたしなめる。
そんな話を続けるうちに、テーブルからは料理が消えうせ、ケーキも綺麗に平らげられた。
ずいぶんとにぎやかなパーティの時間を過ごした後で、部屋に戻ろうとするトラップを、釘をさすように呼び止める。
「しばらくしたら行くから、寝ないで待ってなさいよ」
「今から行くんじゃねーの?」
「支度があるのよ」
ドレスだとかそんなものではないけれど、着替えようかとは思っていた。
普段着とそんなに変わりはしないけど、古着屋の店主としては特別な時間には洋服を変えたい。
「何時間も待たせるなよ」
「あんたが寝る前には呼びに行くわよ」
「そうだといいけどな」
相変わらずの気のない返事を残してさっさと階上へとあがっていく。
室内装飾の片付けはみんなでしたけれど、洗い物はわたしたちでするからと言ってくれたパステルとクレイにお礼を言って(お邪魔だったかしら)、わたしも二階へとあがった。
部屋ではサンタクロースを待ち構えるルーミィとシロちゃんが窓に取り付いて、何やら話しこんでいる。
二人の邪魔をしないように服を着替えて、髪型を変えて、軽くお化粧もした。
「これでよしっと」
鏡の前の自分に微笑みかける。
こんなものね。
「まいーな、かーいいおう!」
わたしの声に興味を引かれたのか、ルーミィがわたしを見て目を輝かせていた。
小さくてもやっぱり女の子ね。
「ありがとう、ルーミィ」
「まいーなもでーとすうんかぁ?」
「デートじゃないわね。それに近いものにできるといいんだけれど」
「ちがうんかぁ? ぱーるぅがくりぇーと、でかけるときみたいらおう」
パステルが鏡の前で悪戦苦闘している姿を想像してみた。
今度、新しい服でも送ろうかしら。
ミニスカートもよく似合ってるけれど、たまにはシックな装いでクレイを驚かせるのも楽しいかもしれない。
「そうね。パステルとクレイみたいになれるといいんだけれど」
「マリーナしゃんなら大丈夫デシ」
「ありがとう、シロちゃん」
柔らかな毛並みを一なでしてから、立ち上がった。
「行って来るわね。もうすぐパステルが戻ってくると思うから、それまで大人しくしててね」
「わあってるおう! いいこにしてるんら」
「任せてくださいデシ」
ルーミィとシロちゃんは元気良く答えると、また窓の方へと戻っていった。
「お待たせ、トラップ」
軽くノックして呼びかけると、室内でのキットンとのかすかなやりとりの後に戸があけられた。
「遅いって…なんだ、その格好」
「あんたのセンスで文句は言わないでよ」
「文句は言わねーけど」
「そう? 似合うかしら?」
いたずらっぽく聞いてみると、トラップは難しげな顔をして、しげしげとわたしを眺める。
「寒くないのか、それ」
こいつの基準って寒いか寒くないかだけなのかしら。 実用性を重視するトラップらしいといえば、そうなのかもしれないけど。 「…平気よ。ドーマに比べたら暖かいもの」
ミニスカートだけど、上着は羊毛で十分に暖かい。
髪もほどいてるから、首元も暖かい。
背が低いせいでロングブーツは似合わないから足は少し冷えるけれど、それだって我慢できないほどではなかった。
それにしても、もう少し何か感想がないものかしら。
期待はしてなかったけど(こいつに期待できることって何もないのよね)、少しばかり残念に思う。
見違えるほど変わったわけでもないから、こんなものかしらね。
張り合いも何もあったものじゃないけど、そんなことを気にしてたらこいつと出かけてられないわ。
「見てるこっちが寒くなるっての。マントでも羽織ったらどうだ」
「平気って言ってるでしょう。さ、行きましょう」

広場や公園を回ると、ライトアップされた木々や家々が明るく迎えてくれた。
「カップルばっかだな」
イルミネーションよりも人の多さが気になるのか、トラップはそんなことをつぶやいた。
「そうね」
どうせあんたはそんなことを意識してはいないんでしょうけど。
そういうわたし自身もドキドキしてるとか、ときめいてるとか、トラップがかっこよく見えるとか、そういう錯覚を起こしているわけではないけれど。
こういうところを、こいつと二人で歩いてみたいと思っただけで。
クリスマスの夜に、あんたと二人でいられたらいいと思っただけで。
そう思うのはなぜなのか、気がついてしまっただけで。
でも、今はこれ以上は望んでないのよね。
ずっと一緒にいたいだとか、ドーマの家に二人で帰りたいだとか、そんなことを望んでしまっても困るから。
そんなことまで望んでしまったら、あんたを困らせるだけだから。
今は、時々会えて、くだらない言い合いをしていられたら、それでいいもの。
「マリーナ?」
なぜだかいつもより頼りなさげな声と共に肩に手を掛けられて、少し後ろに引かれる。
「なに?」
目に力を込めてトラップを見返した。
「いや。気のせいだったみてーだな。わりぃ」
肩から手が離れて、トラップはわたしの半歩前を歩き出した。
遠くなったわよね。
斜め後ろから見上げるトラップの顔は、ほんの少ししか見えなかった。
このくらいの距離は、なんでもないはずなのに。
どこにでもありそうな遠距離の片想い。
毎日会える人が恵まれてるだけで、毎日会えない人だってたくさんいる。
結婚してからだって、遠く離れてる人たちだっている。
馬車に数日揺られるだけで会いに来られるわたしは、恵まれている方だと思う。
気ままな自営業とたまの詐欺の仕事は、自由に使える時間も多い。
冬の間はほとんどをシルバーリーブで過ごしているトラップに会いに来ようと思えば、手紙で打診する必要さえもない。
「どうした?」
一歩遅れたところでトラップが振り返る。
「なんでもないわ」
恵まれていることはわかってる。
だけど、離れるまでをあまりに近くで過ごしすぎていたのよね。
朝から晩まで目の届く場所にいた。
学校も同じ、遊ぶのも一緒。
恵まれすぎていた環境があっただけ、寂しさも募っていく。
共有する時間が長すぎただけ、離れていた短い間でも決定的な溝を作ってしまう。
わたしが寂しそうな顔を見せても、気のせいだと思うくらいに。
鋭いはずのあんたが、ひどく鈍くなるくらいに。
戻れないあの頃の関係があまりにも居心地が良すぎて、新たな関係が作れないくらいに。
「そろそろ帰るか」
「そうね」
募っていたはずの寂しさが鈍化して、しだいに欲求が低くなる。
あんたがいない物足りなさを痛感したからこそ、ほんのつかの間、傍にいることがひどく特別なことに思えてしまう。
今の状態に、満足を見出してしまったのよね。
手を繋がなくても。
距離が縮まらなくても。
隣にさえいられなくても。
特別な日に、少しだけのあんたとの時間があれば、今はそれでいいから。
気持ちが磨り減っているわけじゃないことを自分に望みながら、いつか、これくらいのことさえ高望みに感じてしまいそうな自分に怯えながら。
飾られた電飾の中に、旅館が近づいてくる。
二人だけの時間はこれでおしまいね。
一抹の寂しさもあるけれど、同じ時を過ごせた満足感の方が大きかった。
それが、いいことなのかそうでないことなのかは、確かめようもない。
旅館を飾る明かりは、玄関に煌々と灯された常夜灯だけ。
その下にトラップと二人で立ったときに空から声が降ってきた。
「まいーな!」
かわいい声に上を見上げると、ルーミィが窓からわたしたちを見下ろしていた。
「まいーな。とりゃーとでーとらったんらね」
サンタを待つ小さな子供が、十数分の散歩ていどで寝入ってしまうことはなかった。
元気いっぱいのルーミィは、数軒先まで聞こえそうな大声を張り上げてる。
「でっ。あに言ってんだよ。ルーミィ!」
わたしが慌てて否定する前に、面食らったトラップが声をあげる。
「とりゃー、まいーなかーいいおう?」
「お、おめぇなぁ」
トラップが言い返せないでいると、ルーミィが窓から離れた。
夜に大きな声を出したせいで、パステルに怒られてるのかもしれない。
「あのませガキ。クレイたちがそうだからって、誰でもそうだと思ってんじゃねーだろうな」
「そう、ね」
今ここで否定するのは簡単なことかもしれない。
鈍いあんたが気がつかないように、冗談で済ませることはたやすかった。
だけど、もし。
ここで否定しなかったら。
小さなサンタクロースからの思いがけない贈り物を、むげに投げ出さなければ。
得られるものもあるのかもしれない。
色褪せはじめた寂しさが、また彩られてしまうかもしれないけれど。
会えないことが、辛くなってしまうかもしれないけれど。
あんたの反応が、もう少し違うものになるかもしれない。
少なくとも、意識はされるようになるかもしれない。
もしもわたしが、否定しなかったら。
「デートしてたんじゃなかったの?」
「お、おめーまで何を言い出すんだよ」
トラップは驚いた顔で一歩退く。 「わたしはデートのつもりだったのに、トラップにとっては違ったのね」
「なっ! だ、だって。んなこと一言も言わなかったじゃねーかよ」
赤くなったり青くなったり慌てふためくトラップがおかしくて、つい笑ってしまった。
「からかいやがったな!」
顔を真っ赤に染めてトラップが怒り出した。
「からかってなんかないわ。だってわたしは、あんたのことが」
「マリーナ、どうしたの?」
突然、扉が大きく開いて、パステルが顔を出す。
パステルの言葉にかぶった二文字は、きっと誰にも聞こえなかった。
「ルーミィが大声出してごめんね。部屋に戻りづらいのかと、思っ、て。え、えっと。あの、お邪魔だったよね。ごめん!」
開けられたときと同様に、唐突に扉が閉まった。
たぶん、わたしもトラップに負けないくらいの真っ赤な顔をしてるんだと思う。
普段ならポーカーフェイスはお手の物だけど、さすがに告白の途中でさえぎられてはそんな余裕もない。
そもそも、こんないつ人が通るかもわからない場所で告白することになるなんて、思ってもみなかった。
鈍感だと言われるパステルが気付くほどの顔をしていることが、変に恥ずかしい。
「入りましょうか」
なんとかそれだけを告げて、扉に手をかける。
まともにトラップの顔なんか見れない。
たとえ気持ちを伝えたところで、こんなことになるなんて思ってなかったのに。
こいつへの告白くらい、不適に笑って済ませられると思ったのに。
「待てよ」
ノブに掛けた手をつかまれたと思ったら、180度方向転換させられていた。
「な、なによ」
「さっきの続き、聞かせてもらわないわけにはいかねーだろ」
「聞かなくったって、いいじゃない」
語尾が弱々しく消えていく。
自分のペースを取り戻せないうちに、トラップが楽しそうに歩きはじめた。
「こういうときはあれだろ? イルミネーション輝く木の下で、とかってもんなんだろ?」
「あ、あんなに人がいるところで言えるわけないでしょう!」
「いーじゃねーか。おれもそこで返事してやっからさ」
遊ばれてることはわかっていたけど、つかまれた手を振り解くことはできなかった。
大勢の前で返事をくれるのなら、断ったりしない?
あんたからの返事、少しは期待してもいいのかしら。



END





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