「寂しくなったわよね」
「そうだな」
階下からは賑やかな喧騒が聞こえてくる。
それだけを聞けば、寂しさが紛れ込む余地などどこにもないのだけれど。
「早いもんだな」
「そうね」
トラップと結婚して、もう三十年近い年月が流れていた。
長女、長男、次女と子宝にも恵まれて、父さんや母さん、盗賊団のみんなに守られて、愛されながら育て ることができた。
「覚えてる? あの子が産まれたときのこと」
「三回目だから手馴れたもんだとか言ってよ」
名前を挙げなくても、すぐに次女のことだとわかってくれた。
共有している思い出は、どれだけ増えたのかしら。
誰かにとっては失われた思い出も、五人が集まればきっと誰かが覚えてる。
「油断してたのよね。それまでのお産が軽かったから」
「急に具合が悪くなって、産婆とは連絡が取れなくてな」
「みんなのありがたみがよくわかったわよ」
父さんや母さん、盗賊団のみんな。
五歳だった長女は、わたしの手をぎゅっと握っていてくれた。
トラップはあやしていた長男を母さんに預けて、的確な指示を出しながら、率先して動いてくれた。
「あんな危なっかしい確認はもうごめんだ」
「わかってるわ。あんたは本当にいい父親よ」
長女が産まれてからギャンブルを全くしなくなったのが、結婚後の一番の驚きだった。
「ギャンブルなしじゃ生きていけねーほど、情けなくはねぇぞ」
そんなことを言うものだから、みんなで感心した。
一部では、いつまで続くかのトトカルチョをしてたみたいだけど、「三ヶ月が過ぎてもギャンブルに手を 出さない」に賭けたのはごくわずかだったらしい。
彼らからは、少し遅い出産祝いをもらった。
トラップは、それからも家族の時間をとても大切にしてくれた。
新婚時代は何かと照れくさくて、わたしもトラップも二人だけの時間を積極的には作れなかった。
母さんが気を利かせてくれても、すぐに家に帰ったっけ。
妻と夫としてよりも、おかみさんと次期頭領として振舞っていた。
だから、トラップが生まれたばかりの子の顔を見ながら、
「今までごめんな」
って言い出したときは何のことかわからなかった。
「いくら慣れてるからって、結婚したばっかりなのに『盗賊団のおかみさん』にさせちまったな。『おか みさん』になってもらうために結婚したわけじゃないのにさ」
少しうつむき加減に言うトラップに目を丸くしたのは最初だけだった。
自分の顔に、笑顔が広がっていくのがわかったから。
「お互い様じゃない。わたしだって同じだわ」
「おれらの時間も、大事にしよう」
「そうね。そうしたい」
それからは、家族三人の時間を定期的に取るようになった。
家の中には何十人もの『家族』がいて、部屋の中では家族三人で過ごす。
それはとても、贅沢な時間だった。
三人が四人に、四人が五人にまで増えた。
子供たちが成長するにつれ、家族全員で過ごす時間は短くなってしまったけれど、それでも幸せだった。
最初に家を出たのは長男。
冒険へと旅立っていったのは、トラップと同じで15の時だった。
寂しかったし、心配ではあったけど、トラップとわたしの子なんだから大丈夫だとも思っていた。
イムサイの子と共に旅に出た二人は、かつてのトラップたちのように、どこかの街で誰かに出会い、別れ 、パーティを組んで冒険を続けた。
ごくたまの手紙で近況を知らせてくれるだけで、ろくに顔も見せなかったけれど。
立派になって帰ってきたときには、しっかりと抱きしめた。
トラップよりも胸板が厚くなっていたことに、成長を実感したのを覚えている。
今は、盗賊としてのスキルを上げるために旅を続けている。
長女と次女は冒険者にはならなかった。
しっかり者の長女はとうに結婚した。
ドーマの街に住んでいるものの、赤ん坊が産まれたばかりのこともあって、最近はあまり顔を見ていない 。
次女は数日前に結婚式を挙げて、旦那の仕事場のあるエベリンに嫁いでいった。
変わらない活気はあっても、そこに娘も息子も存在していない。
みんなの前では出さなくても、トラップと二人きりになると、つい寂しさが出てしまった。
トラップがわたしの肩を抱き寄せた。
恋人のときも、新婚時代も簡単にはしてくれなかったことを、今はこうしてしてくれる。
多くの時間が流れたことを、改めて思った。
口喧嘩が少なくなって、お互いに素直になっていった。
慣れない育児にも、忙しい合間をぬって協力してくれた。
大喧嘩をして、ガイナにいるパステルの家に泊まらせてもらったこともあった。
別れてやろうと思ったことも一回や二回じゃない。
それでも、こうして今でも一緒にいる。
「子供たちは巣立っていったけど、おれはずっとお前の傍にいるからな」
「うん。ありがとう」
エベリンに行くことも、パステルたちに会うことも減ってしまったけど、トラップだけはずっと傍にいて くれる。
「これからも、よろしくね」
「あぁ。よろしくな」
そう言って、小さな箱をわたしの膝に置いた。
トラップを見上げると、一つ頷く。
「開けてみろ」っていうことらしかった。
「五年分を前払いだ」
紫にピンク、それに少しだけ緑。
それは、花束のような色彩の指輪だった。
淡い金色のリングに、様々な形にカットされた小さな宝石がいくつもはまっていた。
「これ…」
「お疲れ様ってな」
照れると口数が少なくなるのは変わらないけれど。
子供を生んでくれてありがとう。
子供を育ててくれてありがとう。
一緒にいてくれてありがとう。
そして、これからもよろしく。
そんな想いが込められていることは容易にわかった。
「ありがとう。大事にする。そういえば、今日はホワイトデーだった?」
「来年のバレンタインは期待してるからな」
今年は、次女の結婚が間近だったこともあって、ろくにチョコレートも作らなかった。
「あんただけのために、とびっきりのプレゼントを用意するわ」
箱から指輪を抜き取って、トラップの手に渡す。
少しのためらいの後で、わたしの肩から手が離された。
はるか昔の結婚式を思い出す。
無骨になったトラップの指が、それでも器用にわたしの指に指輪をはめてくれた。
END
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