「ぱーるぅ、おえかきしていいかぁ?」
「うん。いいよ。おかみさんとこに行って、いらない広告もらってきてね」
「うん!」
まだまだ寒さの厳しい2月の中頃、わたしは自分の部屋でいつものように原稿を書いていた。
ルーミィがぱたぱたと出て行くと、シロちゃんもその後に続いて駆けていった。
こう寒くちゃ、外に出る気も起こらないよね。
ノルも今は旅館の一階にいるはずだし。
パーティの全員が今日は部屋にこもっていた。
でも、なぜかいっつもこっちの部屋に集まるんだよね。
ちらっとベッドを見ると、そこではトラップとキットンが仲良く寝ていた。
あ、クレイはいないか。
「あんだよ」
いきなりトラップが目をあけた。
「起きてたの?」
っていってもそんなには驚いてない。
トラップって寝たふりとかすることもよくあるし。
「こいつが重くてな」
トラップはそう言うと自分の足に乗っかってたキットンをどけた。
もちろん、それで起きるようなキットンじゃない。
ごろっと転がってもぐーぐー寝てる。
「ねみぃなぁ」
「寝すぎじゃないの?」
「うっせー……。あーあ」
トラップは大きく伸びをして骨を鳴らした。
「さみぃ。よく平気でいられるな、おめぇ」
「わたしだって寒いよ。でもいっくら寒いって言ったってだらしなさすぎじゃない?」
「いいんだよ」
そう言うとトラップはまた毛布に包まった。
「あー。そういや今日って何日だ?」
毛布から顔だけ出して聞いてきた。
ったっく日にちもわかんなくなるくらいにだらだら過ごしてるんだから。
「13日よ、13日。2月のね」
「パステル、いいこと教えてやろうか」
「えー? あんたのいいことなんて当てにならないからいい」
トラップは毛布から出て、目を輝かせている。
トラップがこういう顔する時って絶対にろくなこと言わないんだから。
わたしはトラップの話をまともに聞く気はなかった。
「明日はバレンタインって日なんだよ」
「ふーん」
「やっぱしらねぇのかよ。ドーマだけの行事なんかな」
「へー」
「聞いてないだろ、お前」
「そうなんだぁ」
ぽかっと頭を叩かれた。
振り向くとトラップがわたしの後ろに立っていた。
「なにすんのよ」
「おめぇなぁ。人の話はちゃんと聞こうぜ。バレンタインってのはだな。ちょっと耳貸せ」
わたしは「貸す」って言ってないのにトラップは勝手に人の耳の傍で小声になった。
「……。……」
「えぇ!?」
トラップの言った言葉に思わず大声をあげていた。
「クレイなんてよぉ。毎年のようにだな」
「クレイが!?」
「ったりめぇじゃねぇか。あいつはもてるんだぜ? 何人もの女に囲まれてさぁ」
「な、何人も!?」
「そーそー。でもよぉ、ここでならおめぇしかいねぇぜ?」
「えぇ!? わたしは別に。そんな」
「真っ赤んなってなにが『別に』だか。おめぇの気持ちなんかばればれだっつーの」
トラップは余裕しゃくしゃくの顔でわたしを見てる。
く、悔しい!!
でも、間違ってはいない、っていうか当たってるんだけどね。
たしかに、わたしはクレイが好き。
でも、バレンタインってそんなことするの?
クレイ、そんなことされてたんだ……。
「なに複雑そうな顔してんだよ」
トラップは人の顔を指差してゲラゲラ笑い始めた。
「だぁらぁ、おめぇもすりゃあいいじゃねぇか。クレイの奴なら慣れてるし、なんもいわねぇって。せっかくの日だぜ? チャンスじゃねぇか。いつまでもお友達でいいのかよ」
「でも……」
わたしがそうつぶやいた時にルーミィたちが戻ってきた。
「ぱーるぅ。もらってきたおう! あ、とりゃーおきたんかぁ? あしょぼうお!!」
「あー? うーん。そうだな。遊んでやっか。ほれほれ、キットン! おめぇも起きろって。ルーミィ、隣に行くぞ。隣に」
「うん! いくおう!」
「おい! キットンってばよ! シロ、一発『熱いのデシ』を吹いてやれ」
「『熱いのデシ』じゃキットンしゃんが焦げちゃうデシ。『まぶしのデシ』吹くデシ!」
「おう! かましてやれ!」
「みなしゃん、目を閉じててくださいデシ。『まぶしいのデシ』!」
「うぎゃっぎゃっぎゃっぎゃ! ヒカリダケがこんなにいっぱい」
「寝ぼけてんなよ、キットン。ほれ、行くぞ」
「はぁ? 何を言ってるんですかトラップ。こんなにたくさんのヒカリダケが群生してるなんていうことはですね……」
「わぁーったわぁーった。聞いてやっから行こうぜ」
「どこに行くんですかぁ?」
「だから、ヒカリダコんとこだろうが」
「タコじゃありませんよ。ヒカリダケです! キノコですよ!」
「わかったって」
わーわーぎゃーぎゃー。
耳慣れた喧騒が右から左へと通過しているうちに静かになった。
「パステル?」
「へ? クッ!!……レイ」
はっと気がつくと目の前にクレイがいて、わたしの顔を覗き込んでた。
「どうかしたのか? ぼーっとして」
「う、ううん! なんでもない」
慌てて顔の前で手を振った。
それでも、顔に集まった熱は冷めなかったけど。
「クレイこそ。どうかしたの? 何か用?」
「トラップたちが部屋に来てさ。遊ぶのに邪魔だから出てけとか言われたんだ」
「そう、なんだ」
わたしはぎこちない笑顔をクレイに向けた。
トラップってば余計なことを〜!
「クレイってさ。バレンタインって知ってる?」
確認しとかなきゃね。
「バレンタイン? あぁ、もうそんな季節だっけ。知ってるよ。ガイナでもあるのか?」
「う、ううん。ないんだけど……」
トラップ、嘘ついたわけじゃないんだ。
「バレンタインっていっても大変だった記憶しかないからなぁ」
「大変だったんだ」
「あぁ。毎年疲れてたよ」
「疲れるくらい……」
疲れるくらいたくさんの女の子たちと!?
「クレイは、嫌じゃなかったの?」
「うーん。まぁ嫌っていえば嫌だったけど。それなりに良いこともあったからさ」
そっか。さすがにクレイがそういうの好きなわけないよね。
でも「それなりに良いこと」ってなんだろう。
「クレイは、もうバレンタインは嫌?」
「おれ? おれは嫌じゃないよ」
「ほんとに!?」
「あぁ……。ってどうしたんだよ、パステル」
「え? ううん。へへへ」
笑い顔でごまかした。
バレンタインデー。
年に一度、女の子から告白できる日。
頑張れる、かな。
今日は2月14日。
バレンタインデー。
今日は、クレイに告白する日。
ドキドキドキドキ。
朝から心臓がずっと飛び上がってる。
ほんとにわたしがそんなことできるのかな。
クレイ、怒ったりしないかな。
わたしがそんなことできるのかってすっごく不安なんだけど、でも、クレイはいろんな子に……。
そう思うとできるような気がしてきた。
いつがいいかな。
夜の方が緊張しないですむかもしれない。
うん、そうしよう。
決心して原稿に取り掛かろうと思ったけど、やっぱりどうしても緊張する。
集中できないし、頭も手も動かない。
今日は原稿は止めとこう。
買い物にでも行こうかと外に出た。
寒いけど、空は晴れ渡ってて気持ち良い。
散歩がてら市場をゆっくり回ると気持ちもだんだん落ち着いてきた。
うん、大丈夫。
旅館に戻ってからは、洗濯したり、おかみさんを手伝ったりしながら過ごした。
夕食を食べ終わって、みんながそれぞれに旅館に帰っていく。
わたしはノルにしばらくルーミィたちをあずかってもらうことにして、クレイたちの部屋に行った。
「クレイ、ちょっといいかな? 来てほしいんだけど」
「あぁ、いいよ」
クレイは気軽に応じて、わたしについてきた。
トラップがチェシャ猫みたいに笑ったのが、目の端で見えた気がした。
部屋に入ったらやっぱり心臓の音が大きくなった。
わたしが黙ってるとクレイが部屋の明かり(って言ってもポタカンだけど)をつけようとした。
「待って」
「ん?」
「あ、明かりはつけないでくれる?」
「そうなの? いいけど。どうしたんだ?」
暗がりの中でクレイの顔がぼんやりと見える。
今日は晴れてたから星明りと月明かりで窓辺はそれなりに明るい。
全身から色が落ちて、薄墨色に染まったクレイがはっきりわかる。
壁に溶けていきそう。
一歩、クレイの方に踏み出していた。
クレイは黙ってわたしを見てる。
「あ、あのね」
どうしよう。
「わたし」
そっと、クレイの腕に触れた。
「あ! あんなところに!!」
わたしは腕を伸ばして、虚空をさした。
クレイもつられてそっちに目をやる。
今だ。
わたしはクレイの頬めがけて顔を近づけた。
頬に触れた。
その瞬間。
部屋中に光が充満した。
「なに?」
「なんだ?」
わたしとクレイの声が重なる。
シロちゃんの『まぶしいのデシ』?
でも、そんなには明るくないような。
「パステル、大丈夫か?」
「うん。クレイは?」
「おれも平気だ」
そんなやりとりをしてるうちに視界が戻ってきた。
そこには相変わらずの薄闇と、
「キットン?」
「トラップか?」
キットンとトラップが戸の前に立ってる。
クレイが明かりをつけた。
景色に色がついて鮮明になる。
キットンが手に何か……。
「それってカメラじゃないのか?」
「カメラ? ってあの高級品?」
カメラっていうのは写真を撮る機械のことなんだけど、100年以上前からあるわりに今でもすごく高い。
あ、ほら、クレイがいつもペンダントつけてるじゃない?
あの中にはひいお爺さんであるクレイ・ジュダの写真が入ってるんだよね。
「ばっちり撮らせてもらったぜ。パステルのキスシーン」
「なっ!!」
そ、そういえば、わたしがクレイの頬に触れたときに光ったような。
あ、あれってフラッシュっていうのなんだ。
「カメラを借りられたのはわたしのおかげですよ、トラップ。わたしだからっていうことでカメラを壊したりしないって信用してもらえたんですから」
「お前ら、趣味が悪いぞ。なに考えてるんだよ」
クレイも赤くなってトラップたちに文句言ってる。
あー!! トラップのせいでさっきのがキスだったってクレイにばれちゃった……よね。
もしかしたらごまかせるかも、と思ってたのに。
「キットン! あなたまでなにやってるの!」
「わたしは信用のないトラップの代わりに借りただけなんですけどね。トラップがトトカルチョを」
「わっ! 馬鹿! 黙っとけって言っただろうが」
「トトカルチョって賭け事!?」
「いや、おめぇらが全然進展しねぇからよ。今月中にキスの一つでもできるかってんで盛り上がっちまって。おれの一人勝ちだぜ? ちったぁおごってやっからさ。そう怒んな……」
「お前って奴は!!」
トラップが話してる途中でクレイがトラップに向かって走り出した。
わわっ! 旅館がつぶれちゃう!
ってそうじゃなくて。
「キットン。写真ってどうにかできないの?」
「できませんよ。これ、借り物だって言ったでしょう? 今の前に借りた本人が写した写真があるんですから。それまで全部ぱぁになっちゃいますよ」
「で、でも人のキスシーンなんて見るものじゃないよ。キットンはそう思わないの!?」
トラップよりはキットンの方が良識があるはず。
そう思ってすがってみたけど。
「まぁ思わないでもないですけどね。でも、決定的瞬間、ちょっとは見たくないですか? カメラなんてそう手に入るものじゃないですし、いい記念になると思いますよ」
「そんなこと言ったって」
そういわれると、ちょっとだけ見てみたくなった。
「おや、嬉しくなかったんですか」
「嬉しいどころじゃないよ、ほんとに」
ほんと、それまでの緊張とかその他もろもろが吹っ飛んじゃった。
でも、触れたんだよね。
そう思うと改めて恥ずかしくなってくる。
クレイに、伝わったかな。
バレンタインデー。
年に一度、女の子から告白できる日。
男の子の頬にキスして伝える日。
「そういえば、まだ信じてるんですか? バレンタインのこと」
キットンがグフグフ笑いながら言った。
「え!? 嘘じゃないでしょう? だってクレイも知ってたし」
そう、クレイが知ってたからトラップの言うことも信用したんだしね。
「バレンタインていう風習自体はドーマにあるようですね。でも、頬にキス、なんてものじゃないですよ。好きな男性にチョコをあげるんだそうです」
「チョコ!?」
「えぇ。チョコを渡せば好きだって伝わるんですよ」
「それだけで!?」
「はい。だって考えても見てくださいよ。キスなんてしたらバレンタインじゃなくったって気持ちが伝わるじゃないですか」
……言われてみればそうかも。
「さすがにパステルは単純ですねぇ。パステルくらいですよ、こんなのに引っかかるのは。クレイもですかね。お似合いですねぇ」
そう言ってまた笑う。
そこにクレイが戻ってきた。
は、恥ずかしい。
「あいつはすばしっこいよな。ごめん、パステル。捕まえれなかったよ」
「う、ううん」
「クレイ、バレンタインってチョコを贈るものなの?」
「へ? あぁ。そうだよ」
「でも、クレイは『嫌だった』って言ってたじゃない。『良いこともあった』とも言ってたけど。チョコレートもらうだけならなんでそんなこと思うの? チョコ、嫌いじゃないよね?」
「あぁ。その話か。ドーマにいたころはおれはチョコなんかもらってないよ。ほら、前に言っただろ? 兄貴たちがもてるからさ、おれはプレゼントを渡すのを頼まれてばっかりだったんだよ。バレンタインなんてみんなが用意するからさ。だから大変だったんだ。でも、兄貴たちが食いきれなかったチョコレートもらえたから、それはそれで良かったなってこと」
「そっか」
そっか。
そんなことだったんだ。
「もしかして、トラップにはめられた?」
「うん」
「じゃあ、さっきのはそういう意味でとってもいいのか?」
「うん」
「チョコレートじゃないから、お返しは一ヶ月後じゃなくてもいいんだよな」
「え?」
頬に柔らかい感触が触れた。
しばらくしてから、わたしの荷物の奥底に、一枚の写真が増えた。
わたしとクレイの、記念の写真。
END
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