贈りたいのは、気持ち。
どうしようもなく、強くて。
誰にだって、負けない。
*
「パステル、バレンタインデーのチョコもう用意したの?」
毎度御馴染み、猪鹿亭にて。リタが私に声をかける。
「え? あ、うん。まあ、ね」
私は、曖昧に答えを濁す。
「そう? 実はね、私はこれから作ろうかと思ってたんだ。だから良ければ
パステルも一緒にどうかなー? なぁんて思ってたんだけどなぁ」
リタが笑顔で、一言言ったので。
私は。
「ほんと!? 是非、一緒に作らせて!」
思わず即答してしまった。
今、我がパーティーの財政難が、かなり極限状態になってるから。今年はバ
レンタインさえも割愛しちゃおうかと本気で悩んでたところだったんだよ、
ねぇ…。とほほ、情けないなぁ。
「さあ、パステル。たっくさん作るから、たっくさん働いて、ね」
リタがぎゅっと腕まくりして、私にウィンク。私も力強く頷き、さっそく仕
事に取り掛かった。
何せリタが作るのは、お店のお客様へのサービスも兼ねてるから、その量は
半端じゃない。私だって、自分以外の人たち全員にあげようと思ってたから
結構な量になってしまいそうで。
それでも、皆がチョコを食べるときの笑顔が、とっても見たいから。
徹夜明けだけど、関係ないんだよね。
私とリタは、必死にチョコをテンパリングしつつ。
これを贈ったときの、相手の笑顔を期待して。黙々と、作業を続けた。
* * * * *
聞かせたいのは、心。
どうしようもなく、強くて。
誰にだって、負けない。
*
パステルが、猪鹿亭からまだ戻らない。
外はもう、真っ暗で。いくら彼女が冒険者だからって、女の子が一人歩きし
ていいような時間はとっくに過ぎていた。
「パステル遅いな」
思わずぼそり、呟くと。
「そんなに気にしてんなら、おめぇ迎えにでも行ってやれっての」
ほんの小さな囁き声を、しっかりと聞き止めたトラップに言われる始末。
「そうですよ、さっきから何度もぶつぶつ言っては所在なく歩き回って。も
う少し落ち着くなり、行動するなりしたらどうですか」
溜息と共に、キットンにまで追い立てられてしまう。
「雪は降ってないけど、きっと寒いから、クレイ、これ着て」
ノルが笑顔で、とても親切に上着を取って来てくれたので。俺に、逃げ場は
なくなった。
歩くと、きゅっきゅっと音を立てる雪。相当気温が低いのだろう。
吐く息も、もちろん真っ白くて。
俺は白い息を何度も吐きながら、通り慣れたはずの道を行く。
なのに、雪に一面覆われた世界は、今までと全く違う雰囲気を醸し出して。
こんな空間を、パステルとふたりで歩くのも、悪くないよな。
…身勝手な空想なんて、出てきてしまう。
そうこうしてるうちに、既に俺の体は見慣れた猪鹿亭の扉の前。
本日は『臨時休業』なる看板なども掲げられていて、勝手に扉を開けてもよ
いものかどうか思案していると。
勢い良く、開かれる扉。
「……クレイ!」
彼女が目を丸くして、俺を見つめている。
「あら、ちょうどいいタイミングでお迎えね。パステル、良かったわね」
パステルの後ろには、悪戯っぽい笑みのリタがいて。俺にちょっとだけ手を
振ると、パステルに「おやすみ」と告げて扉を閉めた。
後に残されたのは、俺たちふたりだけ。
「…それじゃ、帰るか」
俺が促すと。彼女も無言で、小さく頷いて。
ふたり、肩をそうっと並べて。夜の街を、歩き始めた。
* * * * *
届けたいのは、言葉。
どうしようもなく、強くて。
誰にだって、負けない。
*
何も話さず、静かな街を歩いているのに。こんなにも満ち足りた、空気があって。
静かな幸せ、覚えて。
ふと空を見上げれば、真っ黒な中に、小さな白。
「あ、雪…?」
思わず呟く。
「え? ……本当だ」
隣のクレイも、同じように空を見上げて。ほうっと、白い息を吐く。
「パステル、寒くないか」
「うん、大丈夫だよ」
彼の問いかけに、私は笑顔で答えた。
きっと暖かいのは、貴方が隣にいるから、だよね。
───ありがとう。
声に出さずに、心で囁く。
「ね、クレイ?」
私は彼に、そっと話しかける。
「ん?」
彼はとっても魅力的な、優しい瞳を向けてくれる。
だから、ほんの少しだけ、勇気を出して。彼に贈る、私の気持ち。
言葉とチョコに、小さな紅いリボンをかけて。
『私、貴方が好きです、クレイ』
* * * * *
伝えたいのは、想い。
どうしようもなく、強くて。
誰にだって、負けない。
*
頬を染めた、パステルと。小さな紅いリボンの、チョコレートと。
何より俺が欲しかった、彼女の言葉が。
俺の心に、いきなり入り込んできたから。
俺は、自分を抑えることをあっさり放棄して。華奢な彼女を、抱き込んだ。
「ちょ、ちょっと、ク、クレイ!?」
突然の抱擁に、面食らって慌てる彼女さえ、愛しくて。
俺はそうっと、寒さで赤らんだ頬に唇を寄せた。
「……!」
頬に当たる感触の正体に気づいた彼女が、動きを止める。
静かに降り積もる雪が、俺たちを白く染め上げようとするけど。
俺も彼女も、真っ白にはならない。きっと、お互いの色に染まろうとするから。
俺は、いつか伝えたかった。そして、誰より言いたかった。
だから、今君に、贈ろう。
『俺も君が好きです、パステル』