相も変わらず
「おっせぇなぁ…」
窓に座って外を眺めながら、気がついたらつぶやいていた。
しまった、と思ったがもう遅い。
なにげなく部屋を見ると、クレイたちが楽しそうにこっちを見ていた。
「楽しんで来いよな」
剣を磨いていたクレイが手を休めて笑ってやがる。
「マリーナが着く時間って10時なんでしょ? まだ9時過ぎだよ」
原稿から目を離してパステルが言う。
お前は原稿書いてろっての。
「待ち遠しくてしょうがないんでしょうねぇ。それなら乗合馬車の待合室で待ってたらどうです?」
机に薬草だのキノコだのを広げていたキットンがぐふぐふ笑う。
気持ち悪ぃんだから止めろよな。
おれは頬を掻きながら窓から降りた。
こんな状況でこの部屋にいられるかよ。
「あ、やっぱり待合室に行くんですか? 寒がりで面倒くさがりのあんたがねぇ」
キットンがまた笑いやがる。
通り過ぎざま頭を殴ってやった。
いつもみたいにぎゃあぎゃあ言ってたが聞き流して部屋を出た。
ジャケットを取りに行ってから、旅館を出る。
ったくあいつらはよぉ。
人のつぶやきなんか聞いてんなよなぁ。
ぶつぶつ思いながらも、顔がにやけてるだろうことはわかっていた。
おれも落ち着けよな。
気を抜くと口笛の一つも吹きそうになる自分を抑えながら、待合室へと急いだ。
馬車が到着するまではすることもねぇから、椅子に座って帽子を深くかぶっていた。
あいつがおれに会うためにシルバーリーブまで来るなんてな。
気分が高揚してきて寝られそうもなかったが、物思いにふけっているだけであっという間に時間は過ぎた。
遠く聞こえる蹄(ひずめ)の音。
馬車が引かれる騒がしい音。
わざわざ迎えにきてるってのもなんだよな。
いや、あいつなら、いて当たり前とか思ってっかもしんねぇし。
どこにいるべきか迷ってる間に馬車は到着していた。
大してでかい馬車でもねぇから降りる奴なんかほとんどいないだろう。
マリーナがすぐに降りてくると思ってたら、はじめに降りてきたのは男だった。
そいつは降りてから、馬車の戸口に向って手を差し伸べる。
同乗者の女でも降ろすつもりなんだろうが、過保護っつーか、馬車の乗り降りも一人でできねぇような女を連れてくんなよな。
マリーナがすぐ近くにいるのに、いまだに姿が見れないせいの八つ当たりがこもっていることはわかっていたが、そんな風に思った。
キザな男の手をとる女。
ってあれは…。
男にエスコートされて降りてきたのはマリーナだった。
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「楽しかったわ」
「またお会いできると嬉しいですね」
男はまた馬車に乗り込み、マリーナはおれに気がついてこっちに来た。
「トラップ、迎えに着てくれたの?」
マリーナはおれに笑顔を向けた。
「まぁな。邪魔だったかもしんねぇけどな」
「なに言ってるのよ。さ、行きましょう。みすず旅館を早く見たいわ」
おれの言葉を軽くいなして、マリーナは歩き出した。
おれも後を着いていく。
「ちょっと、トラップ。あんたが先を歩いてくれないとわかんないじゃない」
「あぁ…」
笑ってるマリーナとは対照的におれは下を向いていた。
おいおいおい。
どうしたってんだよ。
マリーナのこったから話し掛けられたら話すだろうし、男だったらそりゃエスコートと称して手ぐらい握りたくなるっつーもんだし、こいつはんな扱いは慣れてんだろうし。
こいつにとっちゃあ、当たり前みてぇなもんで…。
「…ば、…トラップ! ねぇ、聞いてるの?」
「あ?」
マリーナはおれの目の前に立っておれを見上げていた。
「なに、間の抜けた顔してるのよ。こっちでいいの? どうしたのよ、変よ、トラップ」
「どうせおれは間抜け顔だよ。悪かったな。さっきのあいつみたいにかっこよくなくてよ」
マリーナの顔も見ずにそう言った。
こんなこと言ってどうすんだよ!?
言った先から後悔したが、マリーナはそれでも笑っていた。
「なぁんだ。妬いてるわけ? トラップってばかっわいー!」
「なっ! んなわけねぇーだろ。へっ! あんなキザ野郎になんか妬くいわれがねぇじゃねぇか」
「はいはい。『おれがせっかく待ってたのに、他の男に手なんか握らせるんじゃねぇ』ってとこでしょう? ほんと、わかりやすいわよねぇ、あんたって」
マリーナは笑いながらからかうように言ってくる。
正確に言い当てやがったな。
顔が赤くなってるかもしれねぇが、んなことにかまってる余裕はねぇ。
「手ぐらいでおれが妬くとでも思ってるわけ? マリーナさん、ちょっとばかし自意識が過剰なんじゃあありませんかねぇ」
おれも負けじと言い返す。
ま、本気で勝てるなんざ思ってねぇけどよ。
「しっかり妬いてるじゃないの」
マリーナの奴、にこにこ笑いやがって。
「うっせー。妬いてなんかいねぇよ」
そう言いながら、あいつの手を握った。
「ほら、やっぱり」なんて目をおれに向けてきたマリーナに、
「他の男に触らせるんじゃねぇよ」
ぼそっと言ってやった。
「あら? エスコートしてくれるっていうのを断る必要までないでしょう? 淑女のたしなみだわ」
人が折れてやってるってのにこいつは。
なぁにが淑女だ。
そんなたまかよ。
「おれはんなキザったらしいことはしねぇ主義だからな。エスコートしてくれる男がよければそっちに乗り換えたらどうだ?」
掴んでいたマリーナの手を離してやった。
「あんたがエスコートなんてできるわけないでしょう。だいたい、似合わないわよ。わたしがエスコートしてあげるわ」
今度はマリーナの方から、おれの手を握ってきた。
「そーそー。女は素直じゃねぇとな」
こいつの手って結構あったけぇんだな。
浮かれそうになるのを押し隠した。
女に手をとられたくらいで浮かれてちゃ男がすたるってもんだろ?
「わたしに勝ったつもりなの?」
手を離して、おれの腕に手を絡ませてきた。
「おれにべた惚れなんだろ?」
いたずらっ子のように笑って絡ませた手を外そうとしたから、腕を自分の体の方に寄せて、マリーナの手が外せないようにしてやった。
「あんたが惚れ込んでるんでしょう?」
立ち止まって正面からおれの顔を見上げてくる。
「お前だろ?」
マリーナに顔を近づけた。
「おあいにくさま」
おれの顔の前に絡ませてない方の手で持っていた荷物を突き出した。
「持てってのかよ」
言いながら荷物をひょいっと取り上げた。
「紳士たるもの当然でしょう? レディに荷物を持たせておくものじゃないわ」
「だーれがレディだか。もうちっと、しとやかさを身につけてから言うんだな」
「あんたを紳士にしてあげたのよ? それだけでも誉められてしかるべきだわ」
「口の減らない女だな」
「口の減らない男よね」
言い合ってから、どちらからともなく吹き出した。
「全く、なにやってるのよ、わたしたち」
町中で言い合いしながらくっついてんだから異様だよな。
「ほんとにな。んで、どこ行くんだっけか?」
「しっかりしてよね。みすず旅館でしょう? まだ遠いの?」
ぼけたことを言ってからあたりを見回した。
「いんや。そんなに遠くは…」
なんでこんなとこにいんだよ。
「? どうしたの? もしかして、迷ったんじゃないでしょうね?」
「ばーか。おれはパステルじゃねぇっつうの。こっちだ、こっち」
おれの腕につかまったままのマリーナと歩き出した。
本能ってのは怖いよなぁ。
みすず旅館とは正反対の方向に歩いていたのに気づきながら、どうやったらマリーナにばれずに済むかを考えていた。
後、1時間近く歩かなきゃなんねぇって言ったら、さすがに気づくよなぁ。
END
●●●あとがき●●●
こういう話はとっても簡単。書きやすいです。
と、いうか、こんな会話しかさせられないのかもですが。
思ったことは何でも口にするトラップなので、地の文がありません。
もうちょっと周囲の状況を教えてください。
ということでトラマリ第4弾でした!
トラップの焼もち編なわけですが、トラップが妬くとすぐにマリーナが気づくので喧嘩になりません。
マリーナ、内心で大喜びです。
そういえば、クレパスもですが、こっちの2人の喧嘩もどんなんでしょうね?
自尊心の強い2人なので、譲れないことでは言い合いそうですが。
でも、わたしが書くときっとわめきあってる2人。で、マリーナに言い負かされるトラップ。ちゃんちゃん。でしょうね。
普通の言い合いでマリーナに勝つトラップって想像ができません。
マリーナの方が数段しっかりしてそうですからねぇ…。