「ごめんなさい」


覚悟の上ではあった。
間違いなくこうなるだろうと確信があった。
だけど、ほんのわずかな希望を持っていたことを思い知らされた。
笑えると思っていた自分の甘さを呪いたかった。
少しでも表情を変えようとすると、泣き出してしまいそうなほどなのに。
先に帰ってくれるように言って、おれはその場で独りたたずんでいた。
孤独を気取りたかったわけじゃなくて、動く気力さえなくなっていたから。
ジングルベルの歌を飽きるほど聞いた後に、ようやく旅館へと足が向いた。
帰り着く前に、暗い空から細かな雪が降ってきた。
頼りなげなその雪は、朝になる前に消えてしまうだろう。
あいつはきっと、ホワイトクリスマスだったことを知らずに眠りについたのだろうと、そんなことを思った。




クリスマス・ソングを聴きながら





どこもかしこもジングルベルだな。
その歌は、嫌でも去年の苦い思い出を浮かび上がらせた。
あれだけはっきり振られたのに、いまだに心に残っているほのかな想いも。
それはおそらく、今年中には消えてしまうくらいの、痛みを伴うことすらないものでしかなくなってはいたけど。
「トラップ!」
郵便配達のバイト中のおれに大声をかけてきたのは、バイトの定休日のはずのキットンだった。
「どうした?」
「たいした話ではないんですけどね、さっき旅館の方に、パステル宛にマリーナから手紙が来まして、クリスマスに来られるそうなんで、やっぱりパーティをしようということになったんです」
「今年は中止のはずだろ」
誕生日だクリスマスだとパーティをしてきたおれたちだったけど、今年は久しぶりにかなり財政が苦しくなっていたから、パーティは取り止めになった。
「そうですけどね、せっかくマリーナが来てくれるっていうんですから、パーティの一つもなしじゃ寂しいでしょう。マリーナも色々と持ってきてくれるそうですし、パステルは普通の食事をみんなで食べるだけでもいいんじゃないかって言ってますしね」
「古着屋兼詐欺師のくせに毎年暇だなんて、よっぽど腕が悪いんだな」
今年はなしで済むと思っていたパーティを急遽開くことになった腹いせのように、思わず毒づいていた。
「詐欺師に季節は関係ないでしょう。大所帯の我々と違ってマリーナは身軽ですからね。せっかく来てくれるんですから、喧嘩を吹っかけたりしないでくださいよ」
「わぁってるよ。おれはパーティに出ねぇし、たいして顔も合わせないだろ」
「出ないんですか?」
「もう他で予約したからな」
「そうですか。わかりました。クレイたちには伝えておきますよ」
せかせかと帰って行くキットンを見送ることもなく、配達の仕事を続けた。
予約が入ってるなんて言うのは嘘だったけど、どのみち今年は一人で過ごすつもりだった。
バーにでも入ってればクレイたちに見咎められる心配もないだろう。

クリスマス当日は、予定通りにバーで過ごした。
クレイたちには早めに帰れないかと言われたけど、無理だと断っておいた。
日付が変わってから戻ろうと思っていたのに、懐が寂しかったこともあって、11時前には店を出た。
今年は雪は降りそうもないな。
去年とは違う、星が光る空を見上げる。
普段よりも暗くない夜のせいで、いくぶんかは星が少ないようにも見えるけど。
旅館の玄関へと曲がったところで、人影が動くのが見えた。
「遅いじゃない」
「パーティはどうしたんだよ」
横を通り抜けようとしたら、腕をつかまれた。
「パーティは終わったわ。みんなはもう寝てる」
「何か用か?」
「用がないのに、寒空の下にいるほど暇じゃないわ」
「中で話せばいいだろ」
「みんなを起こしたくはないの」
ぶっきらぼうなやり取りの末に、狭い庭に距離を開けて立った。
マリーナが待っているのは予想外ではなかったけど、予想通りでもなかった。
「なんだよ」
「ちょっとあからさま過ぎるんじゃないの? 気にしないとでも思ってる?」
いらだたしげな声が、妙にかんに触った。
「おめぇには関係ねぇだろ」
「そうね。関係ないわね。わたしの幼馴染が、わたしの親友に振られたってだけですもの。何一つ関係ないわ」
「何が言いたいんだよ」
うんざりした。
したり顔の説教なんかを聞く気分じゃなかった。
「振られたあんたは一年経っても引きずってるくせに、振ったパステルは気にしてないとでも思ってるの? 傷心の可哀想な自分さえ良ければそれでいいの?」
「あのなぁ! おれがいつでも自分を可哀想がってると思うなよ。去年のクリスマスが過ぎてからは、できるだけ普通に接してきたんだ。パステルもそうしてたようにな。だけど、クリスマスに一緒にいたって気まずいだけだろうが」
「パステルはそんなこと思っちゃいないわよ。一年も前に振った男がクリスマスに近くにいようがいまいが関係ないわ」
「さっきと言ってる事が違うじゃねぇか」
パステルも気にしてるようなことを言ったくせに。
「あんたが普通にしてる限りは気にしないってことよ。それをわざわざクリスマスに予定なんか入れちゃって。こんな遅くまで顔の一つも出さないで。『おれはまだ引きずってるんだから、お前も気にしろ』って言ってるようなもんじゃない」
「そんなつもりじゃねぇよ」
「あんたがどんなつもりだろうと、パステルはそう受け取ったのよ。今日のパステル、時計ばかり気にしてたわ。せっかくのクリスマスだっていうのに」
立て板に水とばかりにまくし立てるマリーナに圧倒されて、しだいにおれの反論は少なくなっていた。
「あんたの傷がまだ癒えていないのはわかるけど、相手のことももう少し考えなさいよ。去年のクリスマスにあんたが自分の気持ちをぶつけたんだから。パステルはぶつけられただけなのよ。あんたが気を使うべきじゃないかしら」
「…そうかもな」
ついにおれは降参した。
口八丁はおれの十八番のはずなんだけどな。
「来年のクリスマスは大丈夫そう?」
マリーナが玄関先の敷石に移動して、横を手で叩くから、おれもそこに座った。
寒くないんかね。
「さすがにそこまで引きずらねぇよ」
「あんたが一年も引きずるとは思わなかったわよ」
「おれも」
毎日顔を合わせてるんじゃ、すぐに切り替えることができるはずもないけど。
「でもまぁ、もう終わるな。一年は確かに長すぎた」
「新しい恋はしないの?」
「そういう気分じゃねぇな。それは、もっと先の話だ」
「わたしは、まだ待たなくちゃいけないのね」
横で深いため息を落とされた。
「何を?」
おれが聞き返すと、マリーナは少し怒ったようだった。
「あんたをに決まってるでしょ。話の流れを読みなさいよ」
「おれを待つって?」
それは、つまり。
「クレイは…諦めたとか言ってたか?」
「忘れないでよ」
「いや、忘れてたわけじゃねぇけど」
「去年のクリスマスはあんたがパステルに告白するし、今年こそはと思えばまだ振られたことで泣いてるんだもの。呆れたわ」
「泣いてはいねぇけどよ」
あまりにも意外だったから、どう対応していいかわからなかった。
「クレイの次におれって言われてもな。妥協でもしたのか?」
軽く笑っていうと、マリーナに平手で叩かれた。
それは軽いもので、頬が赤くすらならなかっただろうけど、玄関の明かりの下のマリーナの瞳にうっすらと涙があるのに気がついた。
「人の気持ちを妥協だなんて言わないで」
「悪い」
しばらく、ぎこちない沈黙が流れた。
「だけどな、クレイの次におれっていうのはやっぱりないだろ」
「なんでよ!」
繰り返されたことに腹を立てたのか、マリーナが噛み付いてきた。
「いや、だって、違いすぎるだろ。見た目も性格も。他に色んな奴がいるだろ? 何でいきなりおれだよ」
「好みなんて変わるものよ。それに、あんたが思うほどあんたとクレイは違わないわよ」
「どこがだよ」
「見た目はぜんぜん違うわよ。クレイはハンサムで、あんたは十人並みだから」
「悪かったな」
わかりきったことを確認されると腹が立つな。
「別に悪くはないわ。だけど、あんたもクレイも優しいわ」
「優しい奴なんかいっぱいいるだろ」
「質の問題よ。相手のことを考えられる優しさを持ってるの。自分を殺してでも優しくできるクレイと違って、あんたは自分を押し付けたりもするけど」
「悪かったな」
なんでこう、一言余計なんだ。
それがなければいい気分になれるってのに。
「その方が扱いはしやすいわよ。怒ればいいんだもの」
「手軽さが売りってか」
「そうねぇ。でも、それだけじゃないわよ。あんたにはあんたの良さがあるから。クレイにはないものがね」
「どうだろうな」
マリーナの言葉は少し嬉しかった。
コンプレックスっていうほどではないつもりだけど、見た目も性格も良くて、家は立派で、女どもに騒がれて、しかもそれを気にもかけないクレイに、おれはとうてい太刀打ちできないと思っていたから。
「だいたいね、あんたとクレイとで違うっていうなら、わたしとパステルも違うわよね? そのわたしを好きになれたら、あんたにもわたしの気持ちがわかるんじゃない?」
「おれとクレイほどは、お前らは違わないだろ」
「そう?」
「パステルはお前ほどは気が強くないけどな。お前はパステルほど手がかからねぇし。おめぇは余計なこともズバズバ言うからなぁ」
「ほら、ぜんぜん違うじゃないの」
そう言われれば、見た目もだいぶ違うわけだけど。
ドジで方向音痴なパステルと違って、マリーナは有能で何でもこなすわけだし。
確認していくと正反対のようにも思えるな。
洗脳されたか?
「ま、いいわ」
マリーナは立ち上がって玄関の扉を開けた。
「今すぐ返事がほしいとは言わないから、来年のクリスマスをめどに返事を考えておいてよね。それからこれ、プレゼント」
どこに持っていたのか、マリーナは小さな箱をおれに投げ渡した。
「お店でジングルベルがかかってると、変えてもらったりするそうじゃない。いつまでも、そんな思い出だけじゃ面白くないでしょ」
マリーナが扉の向こうへと消えた後に、少し重いそれを開けてみると、中にはオルゴールが入っていた。
ねじを回すと、クリスマスソングが流れ出す。
「他にもっとあるだろうよ」
呆れたように笑うおれの耳に届くのは『赤鼻のトナカイ』。
だけど、ジングルベルよりこっちの方がおれに似合うとは思った。
来年は、この曲を聴くたびにマリーナのことを思い出すんだろう。
それは確かに、苦い思い出になりそうではなかった。




END





――― あとがき ――――

久しぶりのあとがきです。
今回の冒頭、はじめはマリーナの予定でした。
だったのですが、「多くの人がマリーナだと思うだろう」と思ったのでパステルに変更しました。マリーナだと、同じような話を何度か書いたことがあるというのもありますが。
曲以外はクリスマスと関係ない感じになってしまいましたが、マリーナとトラップの会話を書くのは楽しいです。





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