クリスマスは2人で
「あー、疲れた」
「そうですねぇ」
乗り合い馬車から降りたトラップとキットンは背伸びをしたり肩をもんだりして長旅で疲れた体を癒した。
「もちっと近いと良いいんだけどな、エベリンも」
「まぁ、砂漠のど真ん中にあっちゃあねぇ。シルバーリーブもズルマカラン砂漠にあれば良いんですが。そしたら物価がエベリン並みになってシルバーリーブに住めないでしょうけど」
キットンはそう言って大声で笑い出した。
「っせーよ! おめぇの声は騒音なんだから少しは黙ってろ」
ポカッとキットンを叩きつつトラップは周りを見まわした。
いるはずの人影を求めて。
キットンがトラップに反撃していたのだが、それにも取り合わずに。
「トラップ! キットン!」
トラップが目当ての彼女を見つけたのとその声とどちらが先だったのかはわからない。
大きく手を振る彼女がトラップの視界に入った。
「よぉ、悪かったな。わざわざ迎えにきてもらっちまってよ」
トラップも片手をあげて彼女に応えた。
「いいわよ、別に。お店は今日はお休みにしたし」
「クリスマスに休みにしても良いわけ?」
「いいのよ」
駈け寄ってきたマリーナは二人に笑顔を振りまいた。
「こんにちは、キットン。こいつと二人っきりなんて大変だったでしょ」
マリーナは輝くような笑顔でキットンに話しかけた。
「おい」
「いやぁ、どうも。お久しぶりですねぇ。はいはい、そりゃあもう大変でしたよ。腹が減っただの言い出したり、そうかと思えばわたしの肩を枕に高いびきですよ。図々しいというか…」
ここぞとばかりに不満を並べ立てるキットン。
「おい」
「そうよね〜」
「っておい! 聞けよ、人の話を!」
二人の間に割り込んで、トラップは大きな声を出した。
「何よ、トラップ」
「おれには挨拶なしでいきなり悪口かよ」
マリーナの方を見てすねたように口をとがらせた。
「悪口じゃないわよ。ね、キットン」
マリーナは、トラップの向こうに隠れてしまったキットンに呼びかけた。
「えぇ。悪口なんて一言も言ってませんよ。わたしたちは事実を言ってるだけで」
二人してとぼけてるようだ。
「おめぇらなぁ!」
さすがのトラップもマリーナとキットン、二人が相手ではかなわい。
マリーナ一人相手でも敵わないのだから、当然といえば当然だが。
「で、キットン。奥さんっていうのは? スグリさんっていうのよね」
マリーナはトラップに取り合わずに、自分の店へと誘導しながら真面目な話を切り出した。
「えぇ、印刷してきた張り紙はこれです。たくさん刷ってもらいましたよ」
「頑張りましょうね、キットン。わたしにできることならなんでもするわ。お店にも張っておくわね」
キットンに渡された紙をマリーナはざっと目を通した。
「ありがとうございます。やっぱりマリーナは頼りになりますね」
「わたしに任せて。まずは張り紙よね。ルイザもお店が終わったら手伝ってくれるって言ってくれたわ。アンドラスとかリロイたちも」
話を弾ませるマリーナとキットンをトラップは少し寂しそうな表情をして見ていたが、本人にもそんな顔をしている自覚はないようだ。
マリーナとキットンも気付かない。
そのまま、マリーナの店までの道のりを三人は歩きつづけた。
「遠慮なく入って」
「おじゃましますよ」
服が大量に置かれた店内を通りぬけ、マリーナの自室に入った。
荷物を置いて、お茶を一杯飲んですぐに立ち上がるマリーナ。
「あ? なに、もう行くわけ? もうちっとゆっくりしてようぜ」
「なに言ってんのよ。時間が惜しいでしょう。さっさと行くわよ!」
マリーナはお盆にのせたお茶一式を持って二人を急かした。
「優しいですねぇ、マリーナは。わたしのためにあんなに一生懸命してくれて」
マリーナが台所へと消えた後に、キットンが嬉しそうにトラップに話しかけた。
「あいつは誰にでも優しいんだよ」
口元に微笑をたたえ、トラップはつぶやいた。
「そこに惚れたわけですか?」
珍しいトラップを見たキットンが小さな声でつっこみをいれた。
「キットン!!」
トラップは真っ赤になってキットンに掴みかかった。
「はいはい、マリーナがいるところでは言いませんよ」
「わたしがなに?」
そこにひょこっと顔を出したマリーナ。
「な、なんでもねぇよ! 行くんだろ。行こうぜ。おら、キットンとっとと行くぞ!」
「はいはい」
ぐふぐふ笑いながらキットンは返事をした。
「あに笑ってんだよ!」
不機嫌そうなトラップがキットンの頭を叩いた。
「…なにやってんのよ、あんたたち…。行かないんならわたし一人で行くわよ」
上着に袖を通していたマリーナは、呆れて二人を置いて店から出て行ってしまった。
「待てって! おい! ったくあいつは…。おい、キットン。わかってるよな?」
「わかってますよ。わたしに協力してくれたわけですしね。トラップの望みも叶えますって」
「んじゃ、行こうぜ。あいつ怒らせると恐えぇし」
「そうですね」
笑うキットンは今度はひどく優しげに見えた。
「なぁ、キットン」
パステルの部屋でうたた寝をしていたキットンと、窓わくに片足をのせて外を見ていたトラップ。
二人がエベリンにつく三日前のことだ。
トラップはキットンに声をかけた。
「はい?」
目は覚めていたんだろう。
キットンは思いの他はっきりした声で返事をした。
「なにか?」
キットンは起き上がって首を軽く動かした。
返事をするとは思っていなかったのか、口にすべき言葉を選んでいるのか、トラップが話し出すのにしばらく時間があった。
「クリスマス…付近によ、予定あるか?」
「いいえ」
また、間があいた。
「そうか」
「どうかしましたか?」
「いや、お前さ、嫁さんいるじゃん。探しに行こうとかしねぇーの?」
「あぁ…」
キットンはベッドから降りて、床に座り込んだ。
「探しに行きたいですよ」
顔を上げずに口を開いた。
表情を、誰にも気取られないように、と。
「会いたいですよ。今すぐに見つけられるものなら見つけたい。でも、何の手がかりもないですからね。むやみに動いたって意味がないです。それに、わたしがスグリを探そうとすればみんなも協力してくれるでしょう。でも、それは冒険者がすることではないですよ」
「わりぃ」
「いえ」
短いやりとりだけが交わされた。
キットンは状況を考えることができる人だ。
探したい。
そういう感情があっても、手がかりもないのにやみくもに探してもどうしようもないことも、みんながどう考えるかも、冒険者がすべきことがなんなのかもわかっているのだ。
それでも、みんなから離れることができない自分自身のことも。
それでも、スグリを想い続ける自分がいることも。
それらの感情がキットンの中にあることに、トラップは気付いたんだろう。
お互いに、あらぬ方向を向いたまま黙り込んでしまった。
「悪かった」
もう一度、トラップがはっきりと謝罪した。
「ノルもそうだったんだよな」
同じ過ちを繰り返したことに対する罪悪感。
無神経な発言に対する後悔。
そんなものがトラップの心を蝕んだ。
「いいんですよ。気にしないでください」
キットンはやっと顔を上げた。
「頼みがあるんだ」
トラップは窓から降りて、キットンと同じように床に座り込んだ。
「なんです?」
「ほんとはおめぇの嫁さん探しにかこつけようと思ってたんだけどよ。実は…」
トラップはクリスマスにマリーナと一緒にいたいことをキットンに告げた。
正直に言い出しづらくて、スグリを探しに行くという名目を作ろうとしたことを。
言い終えてから、トラップは一息ついた。
「わかりました。協力しましょう。エベリンにいる時にマリーナと二人っきりでいられたら良いんですね」
キットンは膝を打ってそう言った。
「は?」
断られる、どころか怒り出すだろうと予想していたトラップにはその返事は意外なものだった。
「協力、と言ってもわたしも協力してもらうんですしね。それにしてもトラップがマリーナのことが好きだったとはねぇ」
キットンはわざと大声を出した。
「うわっ! おめ! 誰か聞いてたらどうすんだよ!」
トラップは慌ててキットンの口を封じた。
キットンは目を白黒させたが、それでも怒ったりはしなかった。
キットンにしてみれば、トラップがスグリのことを気にかけてくれていたというのが嬉しいのだ。
たとえどういう真実があったとしても、スグリのことを考えていなければ考えつけないことだ。
マリーナに会うというのも事実だが、スグリを探すというのもまた事実なんだろう。
そう言われればキットンだってマリーナに頼ることになるのだから。
その後、キットンはスグリの張り紙を製作しはじめ、パステルとクレイが部屋へと戻ってきたのだ。
「なによトラップ。さっきから妙に大人しいじゃないの」
キットンはアンドラスのところや、知り合いの薬屋に張り紙を頼んでくると行って別行動することになった。
もちろん、トラップとの計画の上で。
「そうか?」
「あんたがしゃべらないなんて珍しいでしょう」
「だかな」
せっかく二人きりになったのに中々上手く話せないトラップ。
心の中は穏やかであるはずもないのだが、だからこそ何も言えないのだ。
「さぁ、まずはルイザのところね。今ならお客もいっぱいいるから情報収集もできるわね」
「そうだな」
マリーナは隣を歩くトラップの顔を見上げた。
あまりの反応の悪さにどうかしたのかと思ったようだ。
トラップはなぜだかひどく厳しい顔をしていた。
「大丈夫よ」
「あ?」
マリーナの突然の言葉に、トラップは間の抜けた声を上げた。
「キットンのことが心配なんでしょ? 大丈夫よ。今日、明日にすぐ手がかりをってわけには行かないけど、キットンもその辺のことはちゃんとわかってるし。落ち込んだりなんかしないわ」
「そりゃそうだろ。あんなマイペースな奴がそうそう落ち込むかっての」
トラップは軽く言い捨てたが、
「素直じゃないわね。鏡でも見せてやりたいわ」
「あんだよ、それ」
「その顔を見せてやりたいって言ってるの」
トラップの顔を指差して楽しそうに笑ったが、言われたトラップにしてみれば、内心を見透かされたように思い、さらに動揺した。
「どうせ元から変な顔だよ。悪かったな」
「あんたのいつもの顔なんか見なれてるわよ。ま、素直に言えないのよね」
マリーナはトラップが素直じゃないことはよくわかっている。
キットンのことを思っていても顔には出ても、言葉や態度には出せないんだろうと結論付けたようだ。
一方、トラップにしてみれば、キットンを思いやってる余裕などはない。
隣にマリーナがいて、しかも二人っきり。
この状況に緊張していただけなのに、あらぬ誤解を受けてしまって居心地の悪い思いをしたが、本当のことを言えるはずもなく、そのまま黙っていた。
マリーナもそれ以降あまり話すこともなく、ルイザの店についた。
「…いい加減、休みてぇな」
お昼前にエベリンについたトラップたちだったが、今はもうすでに夜だ。
エベリンは都会なだけあって真っ暗にはなっていなかったが、それでも夜空の星の瞬きははっきりと見える。
トラップが休みたいといってもおかしい時刻ではなさそうだ。
「そうね。それにしてもあんたが文句一つ言わずについてくるなんて、明日は槍でも降るのかしら。どうせなら今日、雪にしてもらった方が喜ぶ人は多かったでしょうね」
しれっとした顔でマリーナはそんなことを言った。
「…よく動く口だな。ま、エベリンじゃ槍よりも雪が降る方が珍しいんだろうけどよ」
あからさまに嫌味に似たことを言われ、トラップは半眼になった。
それでも、本気で怒っているはずもないのだが。
「普段はあんたの方がよくしゃべるじゃないの」
「あめぇだって負けてねぇよ」
「とりあえず、わたしのお店に行きましょうか。それにしても、キットンとは一度も会わなかったわね」
「そうだな」
誰かと会っていない間は、ずっと二人きりだったトラップとマリーナ。
それもまた、キットンとの打ち合わせ済みのことだった。
キットンは行く先々で、トラップはマリーナと二人きりでいたいから、仕事が終わってからもトラップたちとは合流せずに、独自で張り紙をしてほしいと頼んでいたのだ。
そう言う話を聞けば面白がるのがエベリンの住人。
ルイザもアンドラスもリロイも、それぞれが「へぇ、そういうことなら協力するよ」と、快諾してくれた。
「マリーナが特定の男と付き合うようになったらトラップはさぞかし恨まれるだろうね。エベリンにはマリーナを狙ってる奴は大勢いるからさ」
「ほぉ。トラップがね。わたしはそういうことは気付かないんだが、そうだったのか。親父さんも喜ぶだろう」
「ぼくらのアイドルだったんだけどね。ま、しょうがないか」
それぞれがそんなことを言っていた。
三人に言えば、残りのマリーナの仲間にもすぐに伝わる。
そういうことで、ずっと二人きりでいることができたのだ。
「エベリンだとこんなこともしてるんだな」
トラップは店へと向かう途中で、手の届く位置にあったイルミネーションに触れた。
「そうね。綺麗だわ」
並木に巻かれた電飾。
ライトアップされた大きなツリー。
こういう場所を夜遅くに二人で寄り添って歩く…。
ということができれば問題なく恋人同士になれているだろう。
二人の間には、常に一定の距離が置かれていた。
トラップにとっては縮めたいけど、縮められない距離。
マリーナにとっては気にする事すらない距離。
「なんかこうしてるとデートでもしてるみたいよね」
「は?」
何気なく言ったマリーナの一言。
状況からすれば第三者にそう思われるのも無理はないだろう。
だから言った、それだけのことだ。
「馬鹿なこと言うんじゃねーよ」
「冗談に決まってるじゃない」
「わーってるよ」
心音だけが高鳴り、目がキョロキョロと泳ぐ。
そんな自分を落ちつかせ、トラップはマリーナに声をかけた。
わずかに期待があったのかもしれない。
「マリーナ」
「なに?」
「ちょっと、このへん歩かねぇか」
「歩いてるじゃない」
「いや、そういうことじゃなくてよ」
「なによ」
「…なんでもねーよ」
勘の良いマリーナがここまで言われれば気付かないはずはないのだが、それでも不思議そうにトラップを見上げているだけだ。
隣にいる幼なじみが自分をデートに誘いたいなどと思っているとは想像もできないのだろう。
「なんでもねーって」
「そう? じゃ、キットンも待ってるでしょうし、早く帰りましょうか」
「…来年は、覚えてろよ」
早足になったマリーナの後ろ姿を見据えて、トラップはつぶやいた。
「え?」
マリーナが振り返った。
「何も言ってねぇよ。耳でも遠くなったか?」
「失礼ね。そんなことないわよ」
「おらおら、早く帰んだろ。とっとと行けって」
「なによ、もう。あんたも帰るのよ。カジノなんかには行かせないわよ」
「へーへー」
―今年はこれで我慢してやるけどよ、来年にはおめぇがおれんとこに来るようにしてやるよ。
トラップは決意を秘めてマリーナの元へと駈け寄る。
2人はまた、並んで歩き出した。
2人の距離を少しだけ縮めたトラップに、マリーナは気付かない。
END